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Ep.10

リリアナはベッドの中で、静かに天井を見つめていた。


(……戻りましたわね)


ループの初日。

再び、一ヶ月前に戻ってきたことを確認し、深く息を吐く。


毒を煽った時点で失敗は確定していた。

だが、今回の周回では十分な情報を得ることができた。


「さて……どうしたものかしら」


ベッドから起き上がると、机の上に置かれた地図を手に取る。


(ウィンザー家の状況はアニメで予習済みですわ)


ウィンザー家が抱えていた問題は、貴族院の夏季休暇前にクリスティーナが解決したばかりだった。

この件はアニメ化もされていたため、リリアナも詳細を知っている。


(つまり、ウィンザー家は現在、かなり不安定な状態にあるということですわね)


事の発端は、ウィンザー公爵の兄──つまりセシルの叔父が、ウィンザー家を乗っ取ろうとしたことだった。


ウィンザー公爵は元々体が丈夫なほうではなかったが、ある日突然、病に倒れた。

食事の度に体調が悪化し、医師たちも原因を特定できないまま、公爵の病状は悪化していった。


そんな中、貴族院から帰省していたクリスティーナが、この異変に気づいた。

彼女は事件の背景を調べ、ウィンザー公爵の食事に微量の毒が混入されていたことを突き止めたのだ。


そして、見事に**「ウィンザー公爵の兄が犯人である」**と推理し、証拠を集めてその罪を暴いた。


(クリスティーナが王太子妃として相応しい才女であることを示したエピソードでしたわね)


ウィンザー公爵の兄は糾弾され、現在はウィンザー家の牢屋で軟禁状態になっている。


モビーはこの話を聞いたとき、興奮気味にこう語っていた。


「セシル、かっこよかったよね!僕がこの家を継ぎます!って堂々と宣言してさ!」


「それにしても、クリスの推理力はさすがだったよなぁ。原作でも名シーンだったし、アニメ版の演出も最高だったし……!」


リリアナはモビーの話を聞きながら、微かに苦笑していた。


(まあ、クリスティーナが優秀なのは間違いありませんけれど、私にとってはただの脅威ですわ)


彼女は自分を断罪し、リリアナの運命を破滅へと導いた張本人なのだから。


(とはいえ、ウィンザー家が内乱を経験したばかりで、未だに不安定な状況にあることは確実ですわね)


ここに付け入る隙がある。


「それで、どうすることにしたの?」


モビーが興味津々の表情でリリアナを見つめる。


リリアナは優雅にティーカップを持ち上げ、淡々と語り始めた。


「私は、ウィンザー公爵の叔父を味方につけようと考えましたの」


「……えええええええ!?!?」


モビーの驚きの声が部屋に響き渡る。


「ちょ、ちょっと待って! あの悪役を!? なんでそんなこと考えたの!? 彼、アニメでも相当なクズ扱いだったよ!? クリスが華麗に断罪してくれたおかげで視聴者みんなスカッとしたんだよ!?」


「ええ、知っていますわ」


リリアナは落ち着き払った様子で頷く。


「でも、よく思い出してくださいまし。彼は確かに私欲のためにウィンザー家の乗っ取りを企んでいました。ですが、大勢の前で断罪され、糾弾され、言い訳すら許されずに軟禁された……」


モビーは言葉に詰まる。


「……あっ」


「そう。あの状況、私には見覚えがありましたの」


リリアナの瞳に、一瞬だけ冷たい光が宿る。


「かつての私と同じですわ」


モビーはゴクリと息を呑む。


「確かに……リリアナも何も言い返せないまま断罪されたんだったね……」


「ええ。だから、私は彼に同情していました。悪役として裁かれた人間が、そのまま忘れ去られていくのが、どれほど悔しく、そして耐え難いことか……」


モビーは少し神妙な顔をしながら頷く。


「……それで、彼をどうやって味方につけようとしたの?」


リリアナはカップを置き、ゆっくりと語り続ける。


「まずは、彼と直接話をする必要がありましたの」


「えっ、どうやって? 彼、ウィンザー家の牢に軟禁されてたんでしょ?」


「ええ。だからこそ、『かつてお世話になった者として、彼の話を聞きたい』という名目で面会を申し込みましたのよ」


石造りの薄暗い牢の中、ガイ・ヴァン・ウィンザーは頬にやつれた影を落としながらリリアナを見つめていた。

その眼差しには、長い幽閉生活の中で蓄積された諦めと怒りが滲んでいる。


「今さら私に何の用だ?」


低くくぐもった声が牢の空気を震わせた。


リリアナは微笑みながら、ゆっくりと歩み寄る。


「ウィンザー家の現状について、お話を聞かせていただきたいのです」


「はっ、冗談を。貴様はエーベルハルト公爵の娘だったか? 我が家のことを嗅ぎ回るつもりか?」


「ええ、もちろんですわ」


リリアナは平然と応じる。


「ですが、私は貴族の家名や誇りに興味はありませんの。ただ、今のウィンザー家の状況を見て、あなたにとって納得できるものかどうかが気になっただけです」


ガイは眉をひそめる。


「……何が言いたい?」


リリアナはゆっくりと指を絡めるような仕草をしながら、言葉を紡いだ。


「ウィンザー家は王家に従属しているように見えますが、実際は切り捨てられつつある。王都からの支援は削られ、影響力は日に日に弱まっている。このままでは、いずれ王家はウィンザー家を完全に排除するでしょう」


「……王家が?」


ガイの目が僅かに揺らぐ。


「あなたがいなくても、遅かれ早かれウィンザー家は衰退する。ならば、その流れを変えられるとしたら?」


ガイは冷笑し、椅子の背にもたれかかった。


「何を言い出すかと思えば……そんな話、私に何の関係がある?」


「関係なら、大いにありますわ」


リリアナは静かに言い放った。


「私は、この国を変えようとしているのです」


その一言に、ガイの目が見開かれる。


「……なに?」


驚愕に満ちた声が牢の空気を震わせた。


「あなたもご存じの通り、私は王家の人間ではありません。そして、王家に忠誠を誓うつもりもございませんわ」


リリアナは微笑みながら言葉を続ける。


「私はこの国を取るつもりです」


ガイは目を細め、じっとリリアナを見つめた。


「……何を馬鹿なことを」


「いいえ、至って本気ですわ」


リリアナはその場に腰を下ろし、静かに言った。


「私は何度も何度も死に、何度も何度もやり直してきました。そして、その度に理解しましたの。――王子アレクシスを倒しても、結局は王家の権力が私を消し去る。ならば、王子を討った後の全てを支配するしかない」


「だから、貴様はこの国を……?」


ガイは思わず息を呑む。


「ええ」


リリアナはにこりと微笑みながら、静かに告げた。


「そしてそのためには、あなたの力が必要なのですわ」


牢の中、運命の歯車がゆっくりと回り始めていた。


「しかし今の私は囚われの身、何の力もない」

ガイ・ヴァン・ウィンザーは、牢の中で腕を組みながらリリアナを睨みつけた。

「そんな人間に戯言を抜かすな」


リリアナは微笑を崩さず、静かに言葉を返す。


「私なら、あなたをその窮屈な牢屋から出して差し上げることができますわ」


ガイの目がわずかに揺らいだ。


「……ほう?」


「ここから脱出できたら、あなたはこの領地を掌握できますか?」


リリアナは冷静に問いかける。


ガイはしばし考え込んだ後、にやりと笑う。


「できるとも。ワシの影響力は、まだ完全には失われておらん。ウィンザー家の中にも、ワシの復権を望む者は少なくない」


「では、話は早いですわね」


リリアナは牢の外に視線を向けながら、静かに尋ねた。


「この牢の鍵は、どなたが持っているのかしら?」


「ウィンザー公爵だ」


ガイは即答する。


リリアナは頷き、ゆっくりと立ち上がる。


「では、それを頂きに行きますわ」


「……まさか力づくで奪うわけではなかろう?」


ガイが苦笑混じりに問いかける。


リリアナは微笑を浮かべながら、腰の剣を抜き放った。


「あら、これは飾りではございませんのよ」


ガイの目が見開かれる。


だが次の瞬間、彼は豪快に笑い出した。


「がははは!面白い!」


牢の鉄格子を叩きながら、満足げに頷く。


「もし本当にワシをここから出すことができたら、息子の嫁として迎えたいくらいだ」


リリアナは肩をすくめながら、小さく笑う。


「光栄ですわね」


そして、静かに剣を構えた。


「では、少し血の雨を降らせることになりますわね」





リリアナは迷うことなく剣を振るった。


牢番が血を噴き出しながら倒れる。


衛兵たちが次々に駆けつけるが、その細剣の軌跡を視認する間もなく喉を貫かれ、命を奪われる。


(ふふ……王子との戦いに比べれば、こんなもの……)


彼女はまるで舞を踊るように剣を振るい、敵を片付けながらウィンザー公爵の部屋を目指す。


だが――


「そこまでだ」


廊下の先、静かに立ちはだかる影があった。


リリアナは足を止め、目を細める。


「……セシル・ヴァン・ウィンザー」


彼は剣を抜き、冷たい視線を向けていた。


「君がここまでやるとは、正直驚いたよ」


「まあ、あなたに会うのは遅かれ早かれ避けられない運命でしたわね」


リリアナは軽く剣を持ち直し、静かに前を向いた。


(……さて、何回ループすればこの男を倒せるかしら?)


セシル・ヴァン・ウィンザー。


ウィンザー公爵の次男にして、国内屈指の剣士。

貴族院では剣の達人として名を馳せ、過去の武勇伝には事欠かない。


彼は、王子アレクシスに次ぐ実力を持つと評されている――


「君を止めさせてもらうよ」


セシルが剣を構える。


鋭い気迫が廊下を満たす。


リリアナはゆっくりと息を吸い込む。


(私は王子と百回以上斬り結び、勝利してきましたの)


剣が生み出す風が、静かに床をなでる。


(……今の私は、私が想像する以上に強くなっている)


そして――


「私、スプーンより重いものを持ったことがありませんの」


リリアナは、静かに微笑む。


セシルは眉をひそめる。


「……何?」


「剣しか」


次の瞬間、リリアナの剣が閃いた。


華麗な剣技が空を裂き、閃光のように舞う。


セシルは迎撃しようとした。


だが――


「ぐっ……!?」


彼の剣が吹き飛ばされ、細剣が彼の喉元に突きつけられる。


「ば、ばかな……!」


セシルの顔に、これまで見せたことのない驚愕の色が浮かぶ。


「あなた、意外と大したことありませんのね」


リリアナは冷笑しながら、剣を払い血を散らした。


そして、そのままウィンザー公爵の部屋へと足を踏み入れる。


「……なっ……!?」


ウィンザー公爵は、目の前の光景に息を呑んだ。


彼の護衛はすべて斬り伏せられ、リリアナが血塗られた剣を手に立っている。


「さて、鍵を頂きますわ」


リリアナは一歩前に出ると、ウィンザー公爵の腰から牢の鍵を奪い取った。


「……馬鹿な……!」


公爵は椅子にもたれかかり、震える手で口元を覆う。


リリアナは冷たく微笑みながら、部屋を後にした。


「……これで終わり、ですわね」


牢の扉が開かれ、ガイ・ヴァン・ウィンザーがゆっくりと立ち上がる。


彼は肩を回しながら、大きく息を吸った。


「ふははははっ!!」


豪快に笑う。


「貴様……本当にやりおったか!」


「ええ、約束通りですわ」


リリアナは軽く礼をする。


ガイは大きく頷きながら、歯を剥き出しにして笑った。


「では、ワシがウィンザー家を貰い受けるとしよう」


彼は立ち上がり、堂々と牢の外へと踏み出す。


そして、ウィンザー家の新たな支配者としての第一歩を刻んだ。


リリアナは、その光景を静かに見つめながら、小さく呟いた。


「敵の敵は味方、ですわ」


リリアナがガイ・ヴァン・ウィンザーを牢から解放したその瞬間、ウィンザー領の支配構造は一変した。


「ふははははっ!!」


ガイは、血の気の多い兵たちとともにウィンザー公爵の屋敷を制圧すると、即座に自身の立場を公に宣言した。


「ワシがウィンザー家の当主となる!!」


これまで抑圧され、不満を抱えていた旧派閥の貴族たちがガイの旗の下に集い、瞬く間に西辺の領主としての地位を確立する。


反発する者もいたが、ガイは一切の容赦をせずに粛清を断行した。


(思った通り、優雅な公爵とは違い、この人は力で支配するタイプですわね)


リリアナは静かに状況を見守りながら、その展開を冷静に計算していた。


「どうやら、すんなりいきましたわね」


「当然よ!!貴族というのは結局、強き者の下につくものよ!」


ガイは豪快に笑いながら、ウィンザー家の家紋が刻まれた椅子に腰を下ろす。


「さあ、リリアナ嬢よ……。貴様の目論見はこれで成功か?」


「ええ。これで、北と西、二つの戦力を手に入れましたわ」


リリアナは微笑みながら答える。


北のエーベルハルト公爵軍は、隣国との戦争を繰り返してきた実戦経験豊富な軍団だ。

そして、西のウィンザー家は、もともと王都に匹敵する経済力と兵力を誇っていた。


王家の冷遇により疲弊していたが、ガイが掌握したことで、再び軍の士気が高まりつつあった。


「これなら、王子を討った後の王都襲撃と制圧も十分可能ですわね」


リリアナは、静かに机に広げられた地図を指でなぞる。


王都は中央に位置し、南北と東西を結ぶ要所だ。


王族を討ち、近衛騎士を鎮圧した後、王都を完全に掌握するためには強力な武力が不可欠だった。


(王子を討つだけでは足りませんのよ。その後に待ち構える貴族連合、近衛騎士、そして国全体の統治体制――それを考えれば、王都を即座に制圧する必要がある)


王都防衛軍の兵力は決して少なくない。


だが、今のリリアナには北と西、二つの軍事力がある。


公爵軍の精鋭とウィンザーの騎士団が王都を包囲し、混乱に乗じて一気に制圧する。


「ガイ様、貴方の兵力はどれほど動かせますの?」


「ワシが出陣すれば、直轄の兵三千は即座に動く。さらに、ウィンザー領の諸侯をまとめれば、追加で二千を超える軍勢が揃うだろう」


「合計五千……」


リリアナは計算しながら、静かに頷いた。


「エーベルハルト公爵の軍と合わせれば、万を超える兵が動かせますわね」


「ふははは!これで王都を焼き払う準備は整ったな!」


ガイは豪快に笑いながら酒を煽る。


リリアナはそんな彼を見ながら、静かに決意を固めた。


(これで――運命を覆すための土台は整いましたわ)


「では、準備を進めましょう」


王子の部屋。豪奢な調度品が揃えられたそこは、かつて次期国王の私室だった。しかし、今やその主は存在しない。代わりに、暗い灯火の下で向かい合う二人がいる。


リリアナとモブロック。


モブロックはリリアナの話を聞き終え、深く息を吐いた。


「なるほどね……そういうことだったんだ」


リリアナは何も言わず、静かに彼を見つめていた。


「つまり、エーベルハルト家とウィンザー家の軍は、君の計画通りに王都に攻めてきた。王子を倒したタイミングで、王都を制圧するために……」


モブロックは腕を組みながらゆっくりと頷く。


「いやあ、まさかウィンザー家まで動かすとは思わなかったよ。クリスティーナの推理で失脚したあの叔父さんを助け出して、さらに反乱の首魁に仕立て上げるなんてさ。ゲームのイベントでもそんな展開はなかったよ」


リリアナは淡々と微笑むだけだった。


「それで……今につながるってわけなんだね」


モブロックは肩をすくめながら、王子の部屋の豪奢な天蓋付きベッドを見上げた。


王都の外からは、戦の喧騒が遠く響いてくる。


火が放たれ、剣が交わり、人々の悲鳴が交じる音。


それは、リリアナが作り出した「新たな運命」の音だった。


「……で、王子を倒して、王都を制圧して」


モブロックはリリアナの顔をじっと見つめた。


「その後、どうなるの?」


リリアナは微かに目を細め、ふっと視線を外した。


答えない。


モブロックは眉をひそめた。


「すぐにわかりますわ」


そう言うと、リリアナはゆっくりと立ち上がり、バルコニーへと向かう。


モブロックも急いで立ち上がり、その後を追った。


バルコニーから見下ろす王都は、一見すると静かで平和に見えた。


しかし――


ゴゴゴゴゴ……!


不気味な震動が地面を揺るがした。


「まさか……!」


モブロックは息を呑む。


そして、大地が裂けた。


バキバキバキッ……!!


城壁の向こう、地面に無数の亀裂が走り、黒い瘴気が溢れ出していく。


その裂け目から、何かが蠢く気配がした。


ズズズズズ……!!


「な、なんでこいつらがここに……!?」


モブロックの目の前で、黒い影が這い出してくる。


闇そのもののような漆黒の存在。


人間のような姿のものもいれば、四足の獣のようなもの、さらには異形の怪物まで――。


無数の影のバケモノたちが、大地の裂け目から溢れ出してきた。


モブロックは震える声で続けた。


「おかしい……! こんな奴らが出てくるなんて、普通の展開じゃないはずだろ!? なんで……!? そんなはずない……!!」


リリアナはそんなモブロックの反応を見て、静かに目を細める。


「……やはり、知っているのですね?」


モブロックはリリアナの言葉に一瞬戸惑ったように彼女を見つめるが、すぐに視線を影のバケモノたちに戻した。


「こんなの……本来、こういう場面で出てくるはずじゃない……!!」


そして、その群れが一斉に動き出す。


それはまるで、黒い波。


不気味な影たちは、街を襲うことなく、ただ王城を目指していた。


「こっちに来る……!」


モブロックは反射的に後ずさる。


影のバケモノたちは、王城へと一直線に迫ってきた。


ドドドドドッ……!!!


城門へと辿り着く寸前――


バチィィィン!!!


突然、雷のような衝撃が走った。


見えない壁に弾かれるように、バケモノたちは一斉に吹き飛ばされる。


「やっぱり結界が……!」


モブロックは目を見開き、驚きの声を上げる。


リリアナは静かに振り返り、彼を見つめた。


「やはりあなたは、結界のこともご存知なのですね」


モブロックは動揺を隠せずにリリアナに言った。


「でも、どうして……? この結界も、影のバケモノも、本来なら『あのルート』でしか登場しないはずなのに……!」


モブロックは必死に頭を巡らせる。


「いったい何が何やら、何が起こってるのこれ!?もうめちゃくちゃだよ!!」


しかし、リリアナは静かに言った。


「これが私が断罪イベントを生き延びたあとも命を落とした理由です」


モブロックは息を呑む。


影のバケモノたちは、結界の壁を打ち破ろうと、何度も何度も押し寄せていた――。


影のバケモノたちは、なおも王城の結界に向かって突進を続けていた。


バチンッ!バチンッ!


見えない壁に弾かれるたび、黒い霧のようなものが宙に舞い、バケモノの体は瞬間的に形を崩す。しかし、時間が経つごとにその数は増え続け、結界の光も徐々に不安定になっていく。


モブロックは、震える足を押さえつけながら、リリアナの横顔を見た。


「王子を倒し、王城を制圧して……今度こそ生き延びたと思ったのですが…」


リリアナは、静かに語り始めた。


モブロックは息を呑んだ。


「でも結局……こいつらに殺された、ってこと?」


リリアナはバルコニーの欄干に手を置いたまま、わずかに瞳を伏せる。


「ええ。どれだけ戦い、どれだけ足掻いても……最後には殺されましたわ」


彼女の声には、悔しさも、怒りも、もはや滲んでいなかった。まるで、その事実を受け入れたかのような静かな声音だった。


「王子を倒し、王都を制圧し、北と西の軍を手に入れた。それでも戦力が足りなかった……」


モブロックは顔をしかめた。


「影のバケモノ相手に、どれだけ戦っても勝てなかったってこと?」


「ええ。兵士たちは次々と影のバケモノに飲み込まれ、私は剣を振るい続けました。何度も、何度も」


リリアナは目を閉じる。まぶたの裏に、過去の戦場が浮かぶ。


夜の王都に響く断末魔、崩れ落ちる城壁、黒い波に飲み込まれていく兵士たち――。


そして、最後に自分が倒れた瞬間。


(結局、足りなかった)


剣の腕は十分鍛えた。


北と西の軍を手に入れた。


それでも、勝てなかった。


「……でも、それでどうしたの?」


モブロックの声が、リリアナの思考を引き戻す。


「それで、何をしたんだよ?」


リリアナは、ゆっくりと振り返った。


「これですわ」


そう言うと、リリアナはおもむろに剣を差し出した。


モブロックの目に映るのは、これまでリリアナが語ってきた過去の話では一度も使われていなかった剣だった。


そういえば――モブロックは思い出した。


「……これまでの話だと、リリアナはずっと細剣を使っていたよね?」


彼が聞いてきた過去のループでは、リリアナはずっと華麗な細剣を使っていた。


しかし、今、彼女が手にしているのは――巨大な剛剣だった。


「でも……僕が見たのは、これなんだ」


モブロックは思い返す。


あの決闘の場、リリアナが王子と対峙していたとき、彼女はこの剛剣を振るっていた。


モブロックは、リリアナがカルヴァロスを片手で持ち上げる姿を見ながら、思わず言った。


「それにしても……重そうな剣だね。よく持てるね」


リリアナは、その問いにすぐには答えなかった。


ただ、剣の刃を指でなぞりながら、静かに言う。


「この剣…カルヴァロスを手に入れた経緯を、お話ししますわ」


その声音には、どこか遠い記憶を懐かしむような響きがあった。

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