飛びたい男
鳥のように空を飛びたいと、小さい頃から思っていた。誰もが一度は思うだろう、『空を飛びたい』と。しかし、実際には飛ぶことなどできない。構造上無理な話だ。人間が鳥のように空を飛ぶなどということは、人間である限り無理だ。成長するにつれて、人は理解し、その願望を忘れていく。空を飛びたいなどという願望は自然と消えていく。
だが、何事にも例外はある。成長するにつれてその願望は強くなっていく者も中には居る。そして、少なからず、実行に移す奴は居るものだ。現にここに居るのだから。
高層ビルの屋上に、俺は立っていた。空を飛ぼうと思っていた。心の底では、理解していた。だが、その常識は俺を止めることはできなかった。自分だけは特別。そう思いたかった。この身ひとつで飛翔する。それが、俺の夢、願望、欲望、アイデンティティ。
眼下に広がるコンクリートジャングル。人の往来する道。車が激しく行きかう国道。空を見上げれば、雲によって一色に染められたものが見える。
理解していた。認識していた。分かっていた。認めていた。知っていた。この高さから落ちればどうなるのかを。だけど、だけどやめることはできない。それは、自分自身を否定することだから。俺の存在を認めないということだから。俺は飛ばずにはいられない。飛ばないわけにはいかない。だから……
足を一歩、宙に浮かせる。そして、その足を降ろす。何もない場所に。崩れるバランス。全身が宙に浮かび、重力によって、コンクリートへと向かい加速していくのが感じられた。
「……俺は飛べたのかな?」
否、これは飛翔ではなく落下。俺は特別でも何でもなく、ただの『ヒト』だった。
目の前に近づくコンクリート、それを俺は凝視した。恐怖を押し殺し、最後は無様に散ろうと、持てる力をすべて出して、叫んだ。下に居る人たちは、その場から走り去り、遠くから俺を見る。ハハッ、俺の人生、これにて終わり。