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4-1 対羅睺蝕一号作戦


 八朔五十槻神事兵少尉に辞令がくだる。


──慶照二十五年八月朔日付を以て左の通り命ず。

 

 皇都守護大隊第一中隊所属 陸軍神事兵少尉 八朔五十槻

 右を「対羅睺蝕国家防衛計画第一号・海㝢縦貫作戦」(通称「対ラ一号作戦」)に関する

 特別専任部隊「対ラ特別任務遂行群」に転属し、

 同群所属羅睺門破壊専任小隊「飛電」へ配す。

 作戦は同年同日を以て実施するものとする。

 以降、己が一身を任務遂行に捧ぐべし。


 八洲大皇国陸軍 参謀本部



 正式な辞令が出たのは、作戦決行の直前も直前、七月二十八日のことである。五十槻が第一中隊の事務所へ駆け込んだ、次の日だ。

 綜士郎は眠い目をこすりながら車を運転している。陸軍省での通達式の帰り道だ。助手席では精一がばりばり煎餅をかじっていて、後部座席には五十槻と万都里が黙したまま座っている。五十槻は昨日の泣き顔が嘘のようにとりすました真顔で、背筋をピンと伸ばして着座していた。その隣で万都里は、あからさまな不機嫌な顔を浮かべつつ、時折ちらちらと隣の同期を窺っているようである。

 この四人の中で、一番上位の階級は綜士郎である。だがしかし、彼が運転手をやっているのは、単に自動車免許を所持しているのが綜士郎しかいないからであった。助手席の後ろでは万都里がふんぞり返っている。

 さて、四名は今回の異動で、全員対ラ特務群へ異動となる。特に綜士郎は群参謀にまで任命されてしまった。いましがた授与された、参謀職の証である飾緒が非常に胃に悪い。

 軍の大学を卒業していない綜士郎が参謀職に任命されるのは、陸軍でも異例の人事である。とはいえ今回の特異な作戦の遂行にあたり、作戦の要である八朔の神籠の性能について知悉(ちしつ)していることと、自身の神籠で門の探知ができること、また、これまでの実績を評価されての抜擢だった。出世欲のない綜士郎にとっては胃が痛いだけのことである。

 そして特務群指揮官には、荒瀬史和中佐が大佐階級へ昇任のうえで就くことになった。荒瀬中佐、改め大佐は、通達式でも「イェーイ」などと飄々とはしゃいでおり、相変わらず食えないおっさんっぷりを発揮していた。

 

「うけるよねー。まつりちゃん、夜勤だったのに昨日、綜ちゃんに宿舎の部屋追い出されたんでしょ? めっちゃ草ー」

 

 精一は相変わらずのんきなキツネ顔で煎餅をむさぼっている。話しかけられた万都里はというと、「ケッ」と車窓の方へ不機嫌な顔を向けた。

 

「ったく、人が休んでるところを急に『出て行け』だもんな。腹が立つなんてもんじゃねえ」

「悪かったよ獺越……」

「ま、まあ、ハッサクの寝場所を確保するんじゃしょうがないよな。なんか知らんがやたら打ちひしがれてたし。そこは理解してやる」

「すみません獺越少尉、昨晩はご迷惑をおかけいたしました」

 

 淡々とした謝罪が会話に割って入る。万都里は「いいって」と五十槻へ返すが、青年の不機嫌だった面持ちは心配そうな顔色に変わっていた。

 

「で、結局まつりちゃんどこで寝たの?」

「藤堂の部屋。寝袋で床に転がされた」

「ファー! なんそれ、男二人で一晩を同じ部屋で明かしたってこと? やだ親衛隊に藤獺(とうおそ)派が増えちゃう……!」

「とうおそってなんだ?」

「おっ、車窓越しにナイス熟女発見! へいお姉さーん!」

「なんかはぐらかされたな……」

 

 昨晩。五十槻が実家から逃げるようにして、中隊へ戻ってきたときのこと。まず困ったのは、五十槻の寝床の確保である。苦慮の末、綜士郎は夜勤者用の部屋にたまたま泊まっていた万都里を部屋からたたき出し、かつ自身の部屋の床を貸し与えることにした。先刻のやりとりの通り、万都里は不満たらたらで、現在まで不機嫌を引きずっている。

 とはいえ、この飴色の髪の青年は、五十槻に惚れている。事情があって五十槻に寝場所を提供したいと言えば、不平こそぐちぐち言いながらも部屋を空けてくれた。「ハッサクなら一晩一緒にいても構わん。だって親友だし」と十分ぐらい駄々をこねてはいたが。

 当の五十槻はと言えば、事務所で八朔家のあらましを綜士郎へ語ったきり、ほとんどしゃべらなくなってしまった。起こったことを考えれば、致し方のない反応である。いびつな環境で育った十六歳には、受け止めきれない顛末だ。

 少女は今朝から完全に、八朔五十槻個人としての振る舞いをやめている。最近顕著だった真顔の範疇内での喜怒哀楽や、いつものちょっととぼけたやりとりなどは、すっかり息を潜めていた。

 綜士郎はハンドルを握りながら、やるせなくため息を吐いた。

 突如八朔家に現れた、祝部・古田。連れ去られた弟、弓槻。そして──。

 元言霊の神籠──楢井信吾。

 昨晩遅く、五十槻の安否を確かめに、八朔家の使用人が中隊を訪れている。その際に対応がてら、綜士郎は八朔家のその後についても、軽く話を聞くことができた。

 やはり弓槻は古田に連れていかれてしまったこと。和緒は屋敷へ引き戻されたけれど、その後も半狂乱で、屋敷は混迷を極めていること。父や姉たちも五十槻のことは心配しているが、彼女を連れ戻しにここまで来るほど、気持ちに余裕がないようだ。中隊へ来た八朔家の家従は、五十槻の無事が確認できればそれで十分と、しかし釈然としない顔のまま屋敷へ帰っていった。五十槻の性別に関しては、特に言及はなかった。

 念のため綜士郎は家従へ、五十槻が特務群へ異動すること、しばらく皇都を離れることを伝えておいた。本当は五十槻自身が伝えるはずだったことだ。やるせないけれど、出発の日程が差し迫っている以上仕方ない。こんな形で家族が離れ離れになるのは、実に無念極まりないことである。

 事の顛末は通達式の合間に、荒瀬大佐にも委細報告している。特に楢井信吾の件は不可解だ。楢井は神祇研での騒動にて五十槻や万都里に対し、神籠を用いた暴行を加え、神籠専用の収容施設へ送致されていたはずだ。それがどうして出所して──歩兵将校の軍制服を着ていたのか。

 荒瀬大佐は綜士郎の報告を受け、「ふむ」と軽くうなずいた後、詳細の調査を約束してくれた。綜士郎はこのいまいち腹の読めない髭面のおっさんを信用しきれない。けれど神祇研の騒動の折には謎の人脈を駆使して、事後処理をうまいことこなしてくれている。その手際を鑑みるに、いまのところは荒瀬を頼るほかなさそうだ。

 後部座席の沈黙をものともせず、精一は煎餅をバリバリしながらまた口を開いた。

 

「やーれやれ。ついに始まるか、うんちゃら作戦」

「対ラ一号作戦な」

 

 運転しながら、綜士郎は不真面目な部下に応じる。

 

「甲お前、ちゃんと内容を予習しとけっつったろうが」

「だってぇ、あれこれごちゃごちゃ名前が取っ散らかってて分かりづれえんだよぉ。ところでなんで一号なの? 二号とかあるの?」

「まったく……。いいか、八洲全国の『門』を探知、発見、破壊するのが、今回の一号作戦だ。国内の広い地域の門をあらかじめ破壊し、羅睺蝕発生時の被害を最小限にすること目的だ。海㝢縦貫作戦の海㝢(かいう)とは海の内側……つまり八洲の国土を指す。八洲列島を南北縦断して門を破壊する作戦、だから海㝢縦貫作戦。ただ軍務上は、対ラ一号作戦という呼称で通すということだ」

「長っ。分かりづらっ。んじゃ二号は?」

「羅睺蝕そのものが発生したときの対応が『二号作戦』になる。正直こっちは前回の羅睺蝕が五百年前ということもあって、羅睺蝕が具体的にどういう現象かも満足に分かっていない。現在も司令部で詳細な内容を策定中だ。それに、二号作戦に向けた法整備も突貫だが進んでいる」

「ウンウンふむふむナルホドナルホド!」

「全然分かってない相槌やめろ! わざわざ人に説明させといて!」

「いやはやご説明感謝いたします群参謀どの! まつりちゃんといつきちゃん、いまの聞いてた? 俺の代わりに覚えといてね~」

 

 相変わらずの軽い男である。助手席から後部座席を覗き込むキツネ顔に、万都里は「ふざけんなテメエで覚えろ」と不機嫌な面持ちで不快を露わにしている。五十槻はというと。

 

「………………」

 

 精一中心の軽妙な空気にも、一切混ざらない。ただ正面をまっすぐ見据えて、姿勢よく車の揺れに耐えている。ただ少し、目の周りが赤くなっていた。隣の万都里はそんな同期を、ちらちら見ながら気遣っているようである。アホのキツネがいなければ、きっと車内の雰囲気は最悪だったであろう。精一のアホっぷりがちょっと助かる綜士郎であった。

 やがて車は第一中隊へ到着した。綜士郎はハンドルを切り、正門前へ車を回す。

 そのとき、門衛と会話しているらしき、一人の男性の姿が目に留まった。

 

「あれは、八朔の……」

 

 綜士郎が言いかけたところで、急に後部座席の五十槻がバッと身をかがめた。車窓から顔が見られないよう、上半身を伏せている。

 

「何やってんだハッサク?」

「もし話しかけられても僕はいないと言ってください」

「いいのか五十槻。お父さんと話さなくても」

「いいです。必要ありません」

 

 門衛と会話しているのは、五十槻の父、八朔克樹である。

 克樹は憔悴した面持ちで中隊の門衛と会話していたが、近づいてきた軍用車に気付くと、そっと道を開ける。ただ、車の正面窓から見える綜士郎の顔には気付いたのだろう。憔悴の面持ちから、縋るような目線がこちらへ投げかけられた。

 車は正面にこそ窓ガラスが取り付けられているものの、側面の窓は吹き抜けになっている。綜士郎はそこから少し顔を出して、克樹へ向けて声を張った。

 

「八朔さん、お話なら後ほど伺います。危ないのでお下がりを」

 

 克樹は綜士郎の言葉にうなずくと、車の移動に支障がないよう、ゆっくりと後ろへ下がっていった。それを脇目に見ながら、綜士郎は車を正門へ入れる。五十槻は相変わらず屈んだままで、親子は顔を合わさぬままである。

 そのまま車は、中隊の駐車場所へ。

 

「着いたぞー」

 

 車のエンジンが止まった途端、弾かれるような挙動で五十槻がドアを開けた。「あ、おい」と万都里が声をかけるも虚しく、華奢な軍服姿はさっさと中隊舎の方へ向かっていく。

 

「お、おい五十槻!」

「行旅の準備をして参ります。失礼いたします」

 

 綜士郎が止めるのも聞かず、五十槻はさっさと行ってしまった。こういうときは綜士郎の制止も効かないようだ。

 

「なんだ? さっきのおっさん、八朔の当主だろう。ハッサクのやつ、まだ親子喧嘩してるのか?」

「すまないが甲と獺越、五十槻のやつを見てやっててくれ。神祇研のときのように、無断でどこかへ行ったりはしないだろうが、念のため……」

「お? おう」

 

 五十槻の情緒が不安定なときは、少々突飛な行動を取ることがあるので不安である。綜士郎は精一と万都里に少女の面倒を押し付けると、自分も車を降りる。精一は服についた煎餅のくずを、車内で払ってから降車した。逆にしなさい。

 ひとまずは五十槻の父の対応をせねば。綜士郎は今度は徒歩で、中隊正門へと向かった。

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