3-6
六
薬師寺昴と、春岡雫。かつて、国立櫻ヶ原高等女学院で起きた禍隠潜伏事件における、主要人物だったふたりだ。
雫は相変わらず、おさげに眼鏡という出で立ちである。桜色の可愛らしい小袖が、小柄な彼女によく似合っている。
昴はというと──また男装をしていた。髪は再び短くなり、今度は男物のスーツを身に着けている。しかしかつて櫻ヶ原で多くの女生徒をたぶらかしただけあって、着こなしは様になっていた。
現れた櫻ヶ原三人組。まず五十槻の目を惹いたのは、もちろん昴の装いだ。
「薬師寺先輩、その格好は……」
「ちょっと五十槻さん! 会うなりいきなり指摘することが昴先輩!? もっと言うことがあるでしょ、私に!」
「はは……やっぱり男の装いの方が好きだなと思ってさ」
「すばる先輩、いま師範学校に通ってるんだけど、また学園の王子様やってるんです。懲りない人、ほんと!」
「し、雫ぅ……」
きゃいきゃい。女子三人寄ればかしましい。ほんとは五十槻も含めると四人だが。
駅前で偶然再会した、櫻ヶ原女学院の生徒たち四人。実は大福院きな子だった精一も含めると、五人という勘定になる。
「おやおや、急に華やかになったもんだな! いつきちゃん、知り合いかい?」
その元・大福院きな子が、いかにもわざとらしい口調で割って入った。精一は細い目をにこやかに女子一同へ向けている。美千流たちはそのキツネ顔へ、じっと視線を注いだ。
「あの、五十槻さん……その方は?」
「はっ、僕の同僚で先輩の、甲精一伍長であらせられます!」
「伍長……ということは、五十槻くんの方が階級が上なのか。あらせられますって……」
「どーもー! 甲でございまーす!」
「むー……どっかで見た顔ねえ……」
精一のお気楽愉快な自己紹介に、女子一同──とりわけ美千流と昴は、胡乱げな面持ちを浮かべている。それを横目で観察しながら、五十槻はひとり冷や汗をかいていた。もしや、伍長の正体がバレたのでは? 大福院きな子だと、バレてしまったのでは?
しかしながら杞憂であった。
「……なんか、すごく似た顔立ちの知り合いがいた気がするんだけど……」
「全然思い出せないわね……」
「やだ~、精一くんみたいな愛嬌満点のお顔立ちの人間が他にもいるのぉ~? 会ってみたーい!」
難なくやり過ごせてしまったことに、五十槻はほっとするやら納得できぬやらである。
ちなみに、実は美千流はお見合い事件のときにも精一と顔を合わせているが、この娘が美男以外を記憶しているわけがない。
それはともかく。五十槻は内心の安堵を真顔で隠し、三人へ向き直った。まず口を開くのは美千流である。
「ま、改めて……お久しぶりね、五十槻さん。去年の二月の……あの忌まわしい事件以来ね」
「その節は大変申し訳ございませんでした。改めて深く謝罪させていただきま……」
「ちょっと! 往来で土下座しようとすんじゃないわよ、私が性格キツいワガママ女みたいになっちゃうじゃない!」
「なんと……違うので?」
「認識! コラ認識!」
「すみません。清澄さんはやや他者に厳しい性格で、比較的ご自分の我を通すことを優先されるお人柄でしたから、てっきりそう自認されているのかと……」
「キーッ! 相変わらずなんじゃコイツ!」
五十槻と美千流のやりとりがひと段落したところで、昴と雫も「私たちは去年ぶり」と久闊を叙してくれた。
「それにしても、偶然もあったものね。私たち最近ね、毎週この時間に、このあたりで一緒に遊んでるの」
「なんと、この三名で……」
美千流による説明を聞いて、五十槻は少し感慨深くなった。さらにその感慨を深めるように、昴がさらに言葉を引き継ぐ。
「キミがあのとき、命を懸けてボクらを救ってくれたからだよ。そうじゃなければ、こうやって仲直りして──街を一緒に歩くこともなかった」
「私も大好きな虫の調べ物が続けられて幸せ……」
「…………」
感謝を込めてそう告げてくれる昴に、夢見る乙女の表情で虫を想う雫。
これまでの五十槻なら、「職務ですから」と真顔を崩さなかっただろう。でも、いまは。
──そうか。僕が……僕のしたことが、彼女らを……。
そんな少女将校の横顔をちらりと見て、精一は「へっ」とちょっと嬉しそうな笑声をこぼした。伍長は少尉の肩をバスッと叩きながら、告げる。
「さ。俺はちょっと用事を思い出したからさ、いったん抜けさせてもらうわ。いつきちゃん、みんなとは久しぶりでしょ? 積もる話もあるでしょーし、ちょっと一緒にお茶でもしてきなよ」
「え、でも伍長……」
「二時間くらい後にここでまた落ち合おうぜ。それなら、日没前の帰宅に間に合うだろ」
そう言うと、五十槻が返事をする前に精一はさっと踵を返した。キツネは颯爽と去っていく。
肩で風切り、男らしい足取りで彼が向かう先にあるのは一軒の店──『熟女カフェー、徒花』。
伍長の行く先を見て、五十槻、ぽつりと。
「かふぇー……お茶ならば、僕らも伍長とご一緒すればいいのでは? なぜお一人で入店を?」
「いかがわしいお店だからよ! もう、相変わらず世間知らずね!」
「え……」
カフェー。一見、喫茶店のようであるが、その真の業態はまさしく、いかがわしい店である。
五十槻はまたひとつ、世間を知った。
── ── ── ── ── ──
「ねえ、見て! 五十槻さん!」
美千流たちの行きつけの喫茶店へと向かう道中。美千流や雫に昴は、ことあるごとに五十槻を寄り道へいざなった。
五十槻にとって街とは、役所での各種手続き、及び日用品などを入手しに行くための経路である。目的を果たせばすぐに帰路をたどっていた彼女にとって、買いもしないのに店のショーウィンドウを覗いたり、呉服屋の店先でじっと反物に見入ったりするのは一見、時間の無駄である。
けれど、無駄であるはずのことが、彼女たちにとっては大事なことのようだった。
「似合う?」と反物を自分の襟元に合わせて問う美千流へ「よくわかりません」と返せば。いつもの如く「もうっ!」と憤慨された後に、可笑しいそうにくすりと笑いを漏らされて。その様子に、昴が苦笑して、雫が微笑ましくにこにこしていたり。
通りかかった洋服屋のショーウィンドウから、美千流はなかなか目を離さない。そんな彼女の横顔は楽しそうだ。
雫はそろそろ鳴き始めた蝉の声を聞いては、これは何ゼミだなんだと早口で解説を繰り広げている。真剣に講義を拝聴している五十槻の隣で、昴が「やれやれ」と肩を竦めていた。
最初こそ、この集まりに場違いな感じを覚えていた五十槻も、二十分ほどぶらついたあたりで自分から問いを投げるようになっていた。あれは何の店なのか、あそこにいる猿を連れた者はなんなのか、と。
少女たちは面白おかしく答えてくれた。あれは猿回しという大道芸の一種だとか、あの店は洋菓子屋さんだとか。
「みなさん、よくご存じなのですね」
「むしろ、あなたが知らなさすぎることにびっくりするわよ!」
猿回しを眺めつつ、五十槻は美千流に呆れられている。我がことながら、まったく同感だ。五十槻は街へ出かける際、こんなにもゆったりと周りを見回したことなんてなかった。これまで五十槻にとって街とは、ただの建物の連なり、ただの人の群れだった。それが今日一日を経て、まったく違うものに見える。
饅頭屋の売り文句。路面電車に乗り降りする人。喧嘩しているカップル。
生まれて初めて、路地裏の猫に猫じゃらしを揺らして見せた。しかし、あまりにもじっと見つめる紫の瞳に警戒したのだろう。猫は「シャーッ!」と毛を逆立ててひらりと身を翻し、どこかへ逃げていった。「あ……」と残念そうに見送る五十槻の背中に、少女たちが可笑しそうに笑いかけてくる。
少女たちの間に、知らない自分がいるようだった。八朔の神籠でもない、神事兵少尉でもない、知らない自分が……。
目的の喫茶店は、まっすぐ向かえば十分ほどで到着しただろう。少女たちの歩みはあちこちふらふらした挙句、三、四十分ほどかけて目的の場所へたどり着いた。行軍としては最悪の成績である。
「はー、やっぱりあのワンピース、取り置いてもらえばよかったかしら……」
「私も新しい眼鏡買おうかな~。でも、欲しい本もたくさんあるし……」
やっとこさ入店を果たし、四人はさっそく卓に案内されている。実態は少女四人ながらも、うち二人は男装だ。パッと見、男ふたりに少女ふたりの、ダブルデートの様相を呈している。美千流は素早く五十槻の正面の席を陣取って、さっそく射干玉の熱視線を意中の少年へ送った。
五十槻はその熱のこもった眼差しに、少しだけ身じろぎした。なんだかちょっとだけ居心地が悪い。
そんな若干引け腰の将校に構わず、美千流は口を開いた。
「ねえ五十槻さん、何にします? もう節制はおやめになったんでしょう?」
「はい。食事制限は撤廃しております。現在は大豆製品もすべて解禁されました」
「うぐっ……要所要所で古傷をえぐってくるわねえ、あなたって人は……!」
「古傷?」
「ははは。あったねえ、大豆事件」
櫻ヶ原女学院の生徒たちの話題は、自然と昨年九月の禍隠騒動へと移っていった。もはや懐かしむ口調の美千流と昴だけれど、彼女らと違い、ひとり雫だけが「むぅ」と頬を膨らませている。
「八朔さんがうちの学校に潜入してたお話、私だけ蚊帳の外なんだよね。八朔さん、私に化けてた禍隠とお友達だったって、本当?」
雫の問いに、そういえばそうか、と五十槻は改めて思った。事件の間、春岡雫はずっと禍隠のカシラにより、学校の地下に捕えられていた。結局、櫻ヶ原で五十槻が関わった雫は終始、禍隠のカシラが化けた存在だったのだ。本物の春岡雫と会話をするのは、彼女の入院を見舞ったとき以来、二度目となる。
「たしかに、潜入中の僕と最も交流を深めたのは、あなたに化けた禍隠でした。いま考えると物凄く不愉快ですが……。最初はなぜか、友達ではなく師弟の関係を求められましたね。師と仰がれて、たいそう困惑したのを覚えています」
「し、師弟……? しまった、師弟モノのボーイズラブ小説をこっそり読んでたからだわ……恨むわクロちゃん……」
「ボーイズ……?」
「し、知らなくていいわ五十槻さん! そ、それにしても、大変な事件だったわねー!」
五十槻の知らない概念は、美千流によってはぐらかされた。財閥令嬢は慌てた口調で話題の軌道を変える。
「いやもう、ほんっとに大変な事件だったわ! ……というか、禍隠? カシラ? いま考えると、まどろっこしいことするわよねぇ。おかげで大迷惑!」
「まどろっこしい?」
美千流の言葉に、五十槻は反応する。禍隠は彼女にとって、討ち滅ぼすべき存在だ。その意図を深く気にしたことはない。
元クラスメイトの問いかけに、令嬢は美しい顔を困惑気味にしかめながら、続けた。
「だって、考えてもみなさいよ。あいつ、綺麗な女の子が怖がってる顔が好き~、なんて、何百年も昔から女の子を殺しては標本にしてたわけでしょ? でも、あのカシラってやつ、わざわざ昴先輩を利用して櫻ヶ原の生徒を物色してた」
「それが?」
「つまり、昴先輩の目を通して、綺麗な女の子を見繕ってたってことでしょ? そういう人間の顔立ちにこだわりありそうな趣味嗜好の持ち主なら、自分で目利きしそうじゃなくて?」
それは、いままで考えてもみなかった着眼点だった。「私なら、好きなものは自分で選びたいけれど」とじっとこちらへ射干玉の瞳を向ける少女は、五十槻には無い視座を持っている。
「……薬師寺先輩を仲介することで彼女を容疑者に仕立て上げ、カシラ本人への嫌疑を逸らすためでは?」
「うーん、言われてみればそういう理由の方が合理的……なんだけど……」
五十槻が神事兵としての見解を述べれば、美千流はあまり納得はしていない様子である。そんな隣席の二人の議論に触発されたのか、雫が向かい側に座る当事者──昴へ問いを投げかけた。
「そこんとこどうなの? すばる先輩」
「えっ! いやぁ、ボクは別に、禍隠にどうこう言われてナンパしてたわけじゃないから……」
「そうだよねえ。先輩はあくまで、女の子漁りにのめり込んでるところを、クロちゃんに利用されちゃっただけだもんねえ~」
「雫、やっぱり根に持ってるな! まったくもう……みんな、そろそろ注文を決めないか!」
話の成り行き上、矛先はやっぱり昴に向いてしまう。男装の麗人は雰囲気に耐え切れず、恥ずかしさを誤魔化すようにメニューをばさばさと卓上へ広げるのであった。メニューにあんみつの文字を見つけた瞬間、五十槻の脳から禍隠に関する考察は吹っ飛んでしまった。
その後、彼女らからは様々な近況を聞けた。
美千流と雫は、四年生の今でも同じクラスであること。雫は虫の研究者を目指しているが、なかなか家族から理解は得られないらしい。美千流の姉・京華が神祇研で研究者として勤めていることから、ときどき清澄邸を訪れては、彼女に進路の相談に乗ってもらっているそうだ。
昴は現在、女子高等師範学校に通っている。不誠実な男と恋人ごっこに励んだ挙句、禍隠の事件に巻き込まれ、その件がもととなり、両親が用意していた縁談が破談になった。しばらく嫁の貰い手はないだろう。しかし昴はこれ幸いとばかりに師範学校へ進学し、女の園の学園でまた王子様を演じている。相変わらずどういう思考なのか、五十槻には分かりかねる。
そんな昴に、五十槻は先刻から気がかりだったことを尋ねてみた。例の事件の際、彼女は男性不信であったから。「自分は男性だが同席していて大丈夫か」という旨を問いかければ、男装の麗人は気楽に笑って見せてくれた。「命の恩人を怖がったりはしないよ」と。実は似たような苦しみを持つ五十槻は、その言葉に少し救われる思いがした。
美千流と五十槻に関しては、昴と雫から『お見合い詐欺事件』について詳細を求められた。五十槻としては自らの不祥事について語ることとなり、大変気まずかった。美千流がそれを聞きながら、明らかに不機嫌そうな顔をしていたのでなおさらである。ただ雫と昴には大ウケだった。特に五十槻が美千流にビンタを食らったあたりは大爆笑である。
友人の話に耳を傾けながら食べるあんみつはひときわ美味しい。珈琲は相変わらず苦かった。
やがて、楽しい歓談の内容は段々、それぞれの家庭事情へ寄っていく。美千流が青息吐息で、父親に対する愚痴を吐き始めた。
「はぁ……こんなに楽しい集まりなのに、このあと家に帰らなきゃいけないのが憂鬱ね……最近お父さまがうるさくてうるさくて」
「ボクもだよ。あの事件以降、親と折り合い悪くてさ」
「うちも……虫のことばっかり考えるのをやめなさいって、内心の自由に干渉してくるのよ? 嫌になっちゃうわ。今度お父さまとお母さまの寝室にセミの群れを放ってやろうかしら……」
「…………」
少女たちの愚痴を、五十槻はといえば、衝撃の心境で聞いている。
──なんと……家族を疎ましく思っているのは、僕だけではなかったのか……!
「みなさん、ご家族と仲がよろしくないので?」
そう五十槻が問えば、目の前の美千流が泡を食った様子で慌てふためいた。
「あっ、えっとその……! しまったわ! 五十槻さんがいる前で家族の文句なんて、私……! や、やだわ。聞かなかったことにしてくださいましっ!」
「五十槻くんは親に対してそういうのなさそうだよねぇ。大人しいというか、従順というか」
「いえ」
昴の五十槻評を遮って、少女は真顔をいつになくキリッとさせる。そして無駄に凛然と言い放つ宣言。
「現在絶賛反抗中です!」
「あ、あの五十槻さんが……反抗期!?」
どよっ。五十槻たちの卓にどよめきが走る。三人は俄然興味を惹かれたように食いついた。
「ちょ、ちょっと詳しく聞かせてくれないかしらっ! なにか、原因とか理由があったりしますの?」
「あ、いえ、詳しくはちょっと……ただ、僕の将来に関し、家族と僕とで意見が違っていて……」
「将来?」
「その……平たく言えば、軍人を辞めるか続けるか、ということです」
五十槻は持てる知恵を総動員してはぐらかした。正直にすべて打ち明ければ、自らの性別をばらしてしまう羽目になる。ポンコツの将校は、自身の性別を偽る嘘以外は苦手である。しかしここ最近の五十槻は、嘘をつかずにうまいことお茶を濁す術を覚え始めていた。櫻ヶ原に潜入していた頃に比べれば、成長したものだ。
さて、五十槻の返答に三人は、「ふむふむなるほど」といった面持ち。
ふと美千流が可笑しそうに噴き出した。
「ぷふっ。五十槻さんもなんだか、私たちと似たようなことで悩んでるのね」
「僕も驚きです。自分の人生にこのような悩みが出現するとは、思いもよりませんでした」
「まあ、神籠の軍人さんなんて危険なお仕事ですもの。それも十五歳から士官されてるし、ご家族もきっと心配なんでしょうね。でも、五十槻さんは軍人であり続けたいと思っている。そうでしょう?」
「え、ええ……」
見透かすような美千流の言葉に、五十槻は素直にうなずいた。同時に、心の中では驚いてもいる。
異能の将校と財閥令嬢なんて、正反対の存在だと思っていた。その正反対からまさか、自分を理解しているような言葉をかけられるなんて。
八朔五十槻を正しく理解してくれる人なんて、藤堂綜士郎だけだと思っていたけれど──。
「なるほどねぇ。五十槻くんもご家庭では苦労してるんだ」
「八朔さん、お辛いわね。もしよかったらうちで飼ってるゴキブリをお裾分けしてあげる」
「用途が分からないので結構です」
雫と昴も親身に話を聞いてくれる。五十槻は自身の素性を明かさない範囲で、彼女らに悩みを吐露した。父に軍を辞めるよう仕向けられていること。姉たちが望まぬ習い事を押し付けてくること。一度家族へ激昂した旨を伝えた時、美千流は衝撃の面持ちであった。けれど五十槻の激怒の甲斐なく、八朔家の不和は現在に至るまで続いている──。
「なかなか厄介だね。ちゃんと怒ってみせたのに、暖簾に腕押しというわけか……」
「うーん。おそらくお父さま達へ、うまく怒りが伝わってない可能性があるわね」
美千流は白い顔を俯かせて、しばし思案している。少女はふと、いじめっ子時代を思わせる不敵な笑みを浮かべた。
「いいこと考えたわ。五十槻さんに、上等な反撃の手段を教えて差し上げる!」
「上等な反撃の手段……?」
「いい、五十槻さん。あなたいつも丁寧で物腰が低いでしょう? きっとご家族に対しても同じだと思うから、それをね……」
ひそひそひそ。美千流は周囲の客を憚って、そっと耳打ちしてくれる。それを横から雫と昴も耳を澄ませて聞いていた。
反撃の概要を聞いて、五十槻は少々真顔を狼狽させた。
「そんな。いいんですか、親にそんな口のきき方をしても……」
「だからこそいいの! いいから、今日おうちに帰ったら試してみなさい!」
妙案を授けられ、五十槻は戸惑っている。本当に、いま教えてもらった言葉を父上や姉上に、ぶつけていいのかと。
「ふふっ、健闘を祈るわ!」
そして美千流の激励。対面に座る彼女は、少女雑誌の表紙から抜け出してきたかのように美しい。射干玉の瞳に、艶の良い長い髪。挙措のすべてが淑やかで、女の子らしくて。いままではどこか遠くに感じていた彼女だけど。
五十槻は今日、やっと美千流のことを身近に感じた。彼女らのおかげで、悩みはどこか軽やかになったように感じられる。
友人同士の共感、歓談、愚痴りあい。これまでの五十槻には、味わうことのなかった形態のふれあいである。
(こういうのも……いいな)
あんみつの残りを食べながら、五十槻の倍は親の文句を言い連ねる彼女らの声に、将校の少女は耳を傾けるのだった。