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八朔少尉は乙女の枠におさまらない  作者: 卯月みそじ
第二章 純情は苛烈にして渇仰は犬の如く
67/116

5-3


「あれは……」


 神祇研の敷地を遠目から眺めつつ。式哨の報告を受けながら奪還作戦の推移を見守っていた荒瀬中佐は、研究所の敷地内から赤い光がこぼれるのを見た。八朔五十槻が起こしたらしい、激しい落雷の直後のことである。


「門、でしょうか」

「だろうねぇ。今頃になって輝きだしたということは、さっきまでは休眠していた、ということだろうか」


 傍らの御庄軍医へ応じながら、荒瀬は整えられた髭を撫でる。


「……ということは、藤堂くんは先程、休眠中の門を感知したというわけか、なるほど……」


 つぶやきつつ、中佐の髭の下の口には満足げな笑みが浮かぶ。この突発的な大騒動の中で、思ってもみなかった収穫だ。

 さらにはつい今しがた、研究所の異変を知らされたのか、香賀瀬修司が駆け付けるところも確認できた。いまごろ研究所内の大騒ぎに、神経質に怒鳴り散らしていることだろう。


「とにもかくにもだ。ここからでも門の光が見えたということで……大隊のみなさん、こちらへ」


 荒瀬中佐はにこやかな笑みを背後へ向ける。綜士郎と精一を潜入させている間に、彼も準備を整えていたことがある。

 中佐の背後へ整然と並ぶ、神事兵の軍服の列。神事兵連隊麾下、皇都守護大隊の精鋭部隊である。神祇研の中に門と思しき構造物があるということで、急遽出動を要請した部隊だ。

 整列する士卒の中から。荒瀬中佐の前へ一歩進み出てきたのは、大隊指揮官の鞍掛(くらかけ)(いたる)少佐だ。三十代後半の、神實華族にしては冴えない風貌の男である。鞍掛少佐は明らかに狼狽した気色をにじませながら、不安そうに荒瀬中佐へ尋ねる。


「いやいやいや、荒瀬中佐ぁ。御命令通り大隊の精鋭を集めてきましたけどね? 突入先、ほんとに神祇研で合ってます? これ何かしら反逆行為とかになりません?」

「ならないならない。心配しないの鞍掛くん。御覧の通り、ぼくたちは神祇研内に出現した『門』の対応をするだけだから。知ってる? 門ってものすごい数の禍隠出てくるんだよ。大隊の精鋭呼んでも不自然じゃないって」

「いやでも……神祇研に話通してないんでしょう? 大丈夫かなぁ……」

「めっちゃくちゃ上の人に諒解取ってるから大丈夫だっての! ぼくたちは門と禍隠の処理をするだけ、以上!」

「ほんとのほんとに?」


 心配性なのかしつこく尋ねる鞍掛へ、荒瀬はいつもの如く莞爾と笑って告げる。


「ほんとのほんと! ま、強いて言うなら……『転用派』に強奪された八朔五十槻少尉の身柄を取り戻したい、が本音かな!」

「ほらそういうの隠してるぅ」


 佐官同士にしてはゆるいやりとりを終え、荒瀬中佐は鞍掛へ背を向けた。


「それじゃ、まずは穏便に研究所への立ち入り許可をもらってくるとするかね。だめな場合は合図するから、即突入して」

「そんなぁ、中佐ぁ」


 不安でたまらない鞍掛を置いて、荒瀬はてくてくと神祇研の正門へ向かった。所内で異変が起きているので、門衛はかなり動揺しているようだ。そこへ突然、神事兵連隊の長である荒瀬史和連隊長が現れ、部隊の立ち入りを求めようとしたらどうなるか。

 研究所の門衛を務める青年は、混乱したように「えっ、ちょ、ちょっと待ってください上長に……」とどもりながら対応を上席へたらい回しにしようとするが。


「お宅んとこに『門』があるの。すぐ対応しなきゃいけないからね。ハイ、大隊突入」


 荒瀬中佐はあっけらかんと、鞍掛へ突撃の合図を送る。「ええいままよ!」と鞍掛も部隊へ突入の指示を振った。

 かくして中佐が集めた神事兵の精鋭部隊が、どやどやと門を破って陸軍神祇研究所へなだれ込む。門衛の若者は「ワッ、ワァーッ!」と錯乱しながら、それでも闖入を引き留めようと、持ち場を放棄して部隊の後を追った。


「はぁ、大丈夫かなぁ、荒瀬中佐。中佐の指示とはいえ、私ら処分されないかなぁ」


 一番しんがりを青息吐息の鞍掛少佐が務める。少佐は経緯をぽかんと見ている御庄医師に目を留めると、心許ない口調のまま指示を告げた。


「御庄軍医少佐はひとまずここに残って、負傷者が出た場合に備えてください」

「は、はぁ……」


 鞍掛少佐は「はぁやだやだ」と悲観的なつぶやきを漏らしつつ、神祇研の正門から先へ去っていった。


──荒瀬中佐、今日はやたらと大胆だな。


 そう思いつつ立ち尽くしていた御庄軍医は、ふと視界の端を走り去っていく影に気付いた。「なんだ」と振り向いてみるけれど、すでに気配はない。神祇研へ、何かが入り込んだ気がしたのだけど。

 人と言われれば人のようでもあり、猫と言われれば猫のようでもある。そんな不思議な気配だった。


(猫……かな?)


 猫だとすると、これから荒事が起こるだろう場所へ入り込んだわけだ。御庄はちょっと心配する。

 大丈夫かな、猫もみんなも。心配ではあるが、御庄も負傷者の発生に備えて準備をしなければならない。荒瀬中佐が大隊精鋭とともに呼び寄せた衛生兵へ指示を出しつつ、医師は五十槻や他の者の無事を祈った。

 一方、神祇研の正門近くの塀の内側では。周囲に誰もいないことを確認し、ひとりの人影がそっと立ち上がった。長い髪をゆるくまとめ、女性らしい起伏に富んだ身体に旗袍を纏っている。


「ふふ、御庄先生……お元気そうでなにより」


 少し嬉しそうな笑みを残し、旗袍の美女──清澄京華は人知れず研究所内へ姿を消した。


      ── ── ── ── ── ──


「やばいやばいやばいぞ!」


 赤く光る門から、どろりと黒い不定形の物質が放出される。多数の禍隠に変化する粘液だ。

 精一の神籠で樹上から地上へ速やかに降り立ち、五十槻たち四人は門から逃れようとしている。


「おい、ハッサク! 何してる、走れ!」

「は、はい……!」


 万都里に急かされ、五十槻はやっとのことで門から目を離した。赤い光にも、こぼれる黒い粘液にも、なぜか瞳が惹かれてしまう。


「甲! 足止めできそうか!」

「やだぁ! 俺も逃げるぅ!」

「お前の神籠がいま一番ちょうどいいだろうが、ばかたれ!」


 四人でバタバタ走りつつ、全員ひたすら正門を目指した。もはや警備がどうのと言っている場合ではないし、先方も大量の禍隠が出現しては捕縛どころではないだろう。

 さっそく後背から、不気味な鳴き声や唸り声を発しつつ、粘液から大勢の禍隠が現れる。


「くっそぉ! 精力一番、甲精一! とりあえず参る!」


 精一はなんだかんだ神籠を発動し、その辺の樹木の枝を鞭と化して追いすがる禍隠を薙いでいる。走りながら後ろへ視線をやり、キツネはびったんびったん禍隠をしばきつつの遁走。

 万都里も時おり振り返っては、銃撃を見舞っている。「くそっ、散弾がほしいな」とぼやきつつも、彼の弾道は禍隠の急所を外さない。群れを突出した禍隠が数体、眉間や頸部に銃弾を食らい倒れていく。

 そんな中を五十槻も走っていた。殴る蹴るされた身体があちこち痛む。少し眠り、少し食べたとはいえ、体調もあまり良いとは言えない。けれど禍隠へ向かう視線をどうにも止められない。


「五十槻、神籠は発動できそうか!」


 綜士郎がすぐ隣を駆けながら尋ねる。念のためいつでも抜刀できるよう軍刀の柄に指をかけつつ、五十槻は「はい!」と返事をした。


「よし、正門が神籠での移動射程に入るようなら、先にそちら方面へ脱出しろ! 荒瀬中佐らが待機しているはずだ!」


 藤堂大尉の指示に、五十槻は真顔の眉をしかめる。


「しかし、僕だけ脱出しては、みなさんが……!」

「お前が一番消耗が激しいんだ! いいから大人の言うことを聞け!」


 そうは言われても、五十槻は気が進まない。巻き込んでしまった万都里や、救出に来てくれた綜士郎に精一を置いて、自分だけ逃げるなんて。特に綜士郎は足を負傷している。

 押し問答の最中、ふと綜士郎が顔に苦渋を浮かべた。「くそっ、意外と足が速いなあいつ!」と前方を見る、彼の視線の先に。

 研究所本棟から駆けて来る、大柄な人影。顔の輪郭は四角い。


「楢井……!」


 こちらへ憤怒の表情で走ってくるのは楢井信吾だ。綜士郎がとっさに、そばにいた五十槻の手を取った。

 万都里や精一は、少し離れた場所で禍隠に対応している。楢井の声の届く範囲に、それぞれがバラバラにいる。


「動──」


 楢井の低い声が発せられる。言い切る直前に、綜士郎の視線が万都里へ目配せを送った。猫に似た目元を、万都里は一瞬そちらへ向ける。同時に五十槻は綜士郎から押し倒される形で地面へ組み伏せられる。そのまま、長身が五十槻を守るように覆いかぶさった。


「──くな!」


 一瞬、場に突風が吹いた。けれど禍隠も含めて、全員がその場へ停止している。精一も、万都里も、綜士郎も、五十槻も、禍隠たちも。楢井を囲むように作られたはずの真空の壁は、うまく機能しなかったようだ。


「ははは、神籠の使い過ぎで精度が悪くなったか! 藤堂綜士郎!」


 楢井が笑う。全員が楢井の神籠にからめとられてしまった。

 言霊の神籠はせせら笑いながら、綜士郎のもとへ歩み寄る。身体の下に五十槻を隠すようにしている彼の横腹を、楢井は容赦なく蹴り上げた。


「うぐっ!」

「ははっ、良かったなぁ八朔五十槻! お前の大好きな上官が、身を挺してかばってくれてよ!」

「藤堂大尉!」


 そのまま大柄な男は、綜士郎の背や頭へ容赦ない蹴りを浴びせた。五十槻は綜士郎の身体越しにその衝撃を感じつつ、動けない身体を必死で動かそうと、微動だにせずもがいている。

 暴行を働きつつも、楢井は周囲へ気を配っているようだ。静止している万都里や精一からの怒りの視線を、嗜虐的な笑みで受け止めている。


「藤堂、起き上がれ」


 ひとしきり暴力を奮って満足したのか、唐突に楢井が命じた。綜士郎は意志のない動作で身を起こす。傷だらけの顔が露わになる。神籠の過剰使用の影響で、鼻から血も垂れている。


「八朔は立て」


 言われた通り、五十槻も綜士郎の前へ立ち上がった。


「刀を抜け。刃は藤堂の首もとへ添えろ」


 望まないのに五十槻の手が、佩いた刀を抜刀する。月光を反射する刀身が、綜士郎の首筋近くで静止する。


「目の前の男をどう思っている。言ってみろ」

「藤堂大尉は、僕の尊敬する上官で、僕にとって兄のようなお方です。僕は、藤堂大尉が大好きです」

「ははっ、上出来だ。健気なもんだ。なあ藤堂」


 蒼白な顔で淡々と述べる五十槻の身体をいやらしい手つきで撫でつつ、楢井が嗜虐的な笑みを綜士郎へ向けた。


「さあ八朔。次の命令は分かるな。大好きなお前の上官の首を、お前自身の手で刎ねろ」


 紫の眼が見開かれた。

 綜士郎の首元へあてがっていた刃が、月下に振りかざされる。


──嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ!


 握った軍刀がカタカタ震えている。眼下の綜士郎は、呆然とこちらを見つめている。

 しかし振りかざされた刀身は、天へ切っ先を向けたまま、一向に振り下ろされる気配がない。


「五十槻……!」

「こいつ、言霊に逆らってるのか……?」


 五十槻は抗っていた。自らの意志と関係なく、藤堂大尉を殺そうとする自分自身の身体に。

 みしみしと腕の筋肉がきしんでいる。食いしばった奥歯が砕けてしまいそうだ。刀を握る両腕の周囲へ、ビリッと紫電が走る。

 無自覚な身体への神籠の使用。五十槻は全身の神経に走る電気刺激を制御することで、言霊の支配に耐えている。

 気付いた楢井が焦ったように口を開いた。


「おい、神籠を使……!」

「嫌だ!」


 新たな言霊が言い終えられる、直前。場にひときわ激しい落雷が起きた。今日五十槻が落とした雷の中で、最も大音響の轟雷が鳴り響く。楢井の言霊を、掻き消してしまうくらいに。続けて雷は起き続ける。


──これ以上言霊は使わせない。絶対に!


 震霆(しんてい)は止まらない。網膜が焼けついてしまいそうな稲光が、鼓膜がどうにかなってしまいそうな爆音が、已むことなく五十槻や綜士郎、楢井の超至近距離へ立て続けに起こっている。


「このガキ……!」


 楢井は神籠の使用をやめさせるような言霊を吐いているのだろうか。口元がぱくぱくするばかりで、もはや何を言っているのか分からない。

 五十槻の目の前では綜士郎が鋭い目をまっすぐに、彼女へ向けている。何かを訴えかけるかのように、唇を動かしている。五十槻は紫の双眸の瞳孔を極端に縮めながら、聞こえない大尉の言葉へ耳を傾ける。


──大丈夫だ。獺越がいる。


 落雷の外側で。

 獺越万都里は楢井へ銃口を向けている。少し離れた場所から、標的に気付かれないように。

 先刻、綜士郎が神籠を防音目的で使った先の対象は──楢井と、万都里であった。

 過剰使用による精度不足で、楢井へ向けた方の真空の壁はうまく機能しなかったが、万都里の周囲に張った防壁は完全に楢井の言霊を遮断した。

 いったんは言霊に囚われたふりをして、万都里は狙撃の機会をうかがっていた。楢井の注意が完全に綜士郎らへ向かったところで密かに移動し、小銃を構え、銃先(つつさき)の照星ごしに楢井の四角い顔を狙い。


──掛まくも綾に畏き山津大鉄大神ヤマツオオカネノオオカミの大前に 神實獺越万都里(かしこ)み恐み(もうさ)

  八洲(やしま)千萬(ちよろず)の金山より出でし荒金(あらかね)を 打ち鍛え清め (あた)屠る(くろがね)となさん

  (いかづち)なす小銃こづつ大筒(おおづつ)銃音(つつおと)を 彌遠彌廣(いやとおいやひろ)に響かして

  大神が耀(かがやか)しき御名を 天下四方(あめしたよも)に知らしめん


──神よ! オレにあのクソ屋根瓦の顔面をぶち抜かせろ!


 心中に祝詞を唱え心を落ち着け狙いを定め、最後の最後に楢井へのいままでの恨みつらみを爆発させて。

 万都里は引き金を引いた。雷音のなか発砲音。そして。


「!」


 万都里の弾丸は万雷の間隙を縫い、楢井の下顎を側面から一直線に撃ち抜いた。破裂するように血飛沫が舞う。


「あ、が……!」


 楢井の角ばった顎はもはや、原形を留めていない。

 万都里の小銃は続いて、楢井の膝の関節を撃った。大柄な体躯が崩れ落ちる。


「ハッ、キサマの顎はでかい的だったぞ! 楢井!」


 万都里はまた中指を立てる。

 舶来の侮辱の作法を示す万都里の目線の先で、楢井はまたがっくりと意識を失った。本日三回目の失神である。負傷の度合いはかなりひどいが、それでも死んでいない。丈夫な男である。


「藤堂大尉!」


 五十槻は軍刀をかなぐり捨てるようにして放ると、綜士郎のそばへへたり込んだ。楢井の神籠はすでに効力を失っているようである。


「すみません、僕があのとき、ためらったばっかりに……!」

「いや、お前がすぐ指示に従ったとしても、楢井の神籠に捕まっていたかもしれん」


 とっさに獺越への防壁が間に合ってよかったと、綜士郎はどっと安堵のため息をつく。けれど、安心している場合ではない。


「おいキサマら! ほっとしてる場合じゃないぞ! 禍隠も動き始めてやがる!」


 万都里の言う通り、綜士郎の後方では黒い塊が蠢き始めている。たった一人、精一がとっさに樹木を操って禍隠らを押しとどめているが。


「ちょっとぉ! 精一くんだけだと大変なんだけどぉ!」


 その辺の木を操り簡易の柵を作って禍隠を囲い込んでいるものの、精一の目前の柵はみしみしと、いまにも破られそうだ。

 けれど、キツネの神籠のおかげで禍隠は一カ所へ集められている。綜士郎がよろよろと立ち上がりつつ、意識を集中する。


「甲……そのままゆっくりこっちへ来い! 全員俺の後ろへ回れ! 絶対に巻き添えを食らってくれるなよ!」


 綜士郎の指示通り、各々が了解の声を上げつつ彼の後ろへ移動する。

 何をするつもりなのかは、全員が理解していた。綜士郎の神籠ほど大規模制圧に向いた異能はない。おそらく現在展開されている神域の内、禍隠が密集してる範囲の大気だけ、膨張させようとしている。


「しかし大尉! これ以上神籠を使ったら……!」

「ああ、俺がもし再起不能になったら、誰か担いで連れて帰ってくれ!」

「やだよ綜ちゃん背ぇ高くて運びづらい」


 精一の軽口を聞き流して。

 ただでさえ今日は神籠を連発している。精度もだいぶ落ちている。それでも。

 綜士郎は意識を集中する。

 そして月下に突風が吹き荒れた。

 柵の中に押し込められた禍隠が、一斉に内側から破裂する。一匹の例外もなく。

 その他に一人の巻き添えもいない。五十槻も万都里も精一も、楢井でさえ。

 役目を果たし、綜士郎の長身がぐらりと後方へ揺れた。そのまま仰向けに倒れそうになる彼を、部下三人がそれぞれ腕を伸ばし、慌てて支えた。

 綜士郎はしばらく虚ろな目をしていたが、段々と明瞭な意識を取り戻す。


「やばい……頭の血管が切れそうだ……」

「神籠の反動がここまで強いのも大変だねぇ。歩ける?」

「なんとか……」

「おい藤堂。肩を貸してやる、ありがたく思え」

「すまん獺越。……さっきはよく機転を利かせたな。いい立ち回りと狙撃だった」

「ハッサクが雷撃で奴の気を惹いたおかげだ」

「僕は……獺越さんがいなかったら……!」


 声を詰まらせる五十槻に、万都里が「泣くな!」と叱声を送る。ちょっと照れ声の叱声である。

 ともかく脱出を急がねばならない。禍隠はいったん殲滅されたものの、門は破壊されたわけではなく、またいつ輝きだして新たな禍隠を生み出すか分かったものではない。


「……なんか荒瀬中佐がどっかの部隊を連れてきてるな。神祇研の門前で何かやってる」


 綜士郎は万都里の肩を借りつつ、神域内の状況へ再び気を配っている。大気の局所操作ほどではないが、探知能力の使用もそこそこ脳神経へ負荷を与える行為である。


「…………?」


 鷹のような鋭い目が、探知域の中で何か捉えたのだろうか。少し怪訝に細められる。


「なんであの女がここに……」

「なんだって?」

「いや、それより」


 綜士郎は研究所本棟の方向へ厳しい視線を向けた。

 警備の人員を連れ、早足で歩み寄ってくる人影がある。

 月の光に露わになる人相に、五十槻の紫の瞳が一瞬こわばった。


「どういうことだ、なぜ門が活性化している」


 冷たい言葉と視線は五十槻へ向けられている。


「指示を守らなかったな、出来損ないめ」


 四人の前へ立ちふさがるように、香賀瀬修司は歩みを止める。五十槻へ向かっていたきつい視線は、ふと和らげられ、そして綜士郎へ投げかけられる。


「やあ、久しぶりだね──綜士郎」

「香賀瀬さん……」


 綜士郎の指が思わず、軍服のズボンの布地越しに、ポケットへ入れた紙切れへ触れる。目の前にいる香賀瀬修司の顔は──十二年前、思い惑う綜士郎を導いてくれたときと、同じ笑みで。


「こんな再会の形になったのは、残念だよ」

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