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八朔少尉は乙女の枠におさまらない  作者: 卯月みそじ
第二章 純情は苛烈にして渇仰は犬の如く
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4-1 陸軍神祇研究所


 八朔五十槻少尉が行方不明である。ついでに獺越万都里少尉も。


「八朔少尉ー!」

「少尉、どこにおられますかーっ!」

「後生じゃけんはよぉ帰ってきてくれんか少尉ー!」

「獺越ー! 貴様の犯行なのは分かっている! 大人しく投降しろ!」


 第一中隊では、主に八朔少尉親衛隊の面々が率先して捜索に当たっている。一部、あらぬ嫌疑で獺越万都里を血祭りに上げようとしている勢力もいたが。

 捜索隊はそれはもう、中隊や近隣の色んな場所を探した。

 中隊舎のすべての部屋、宿舎の中、食堂の中。万都里の下宿。いかがわしい連れ込み宿。梅干し用の漬物壺の中。居酒屋の便所の便器の中。そんなところにいるはずもないのに。

 五十槻が連隊本部を出立したと思しき時間帯から、現時点で数時間は経過している。


「藤堂隊長! 皇都守護大隊隊長殿より、『大隊の式哨連絡網を使って迷子放送はやめてくれ』と苦情が!」

「構うな! これだけ探してどこにもいないんだ、責任は俺が持つ、もっと広範に式を送って情報提供を呼び掛けてくれ!」


 喧噪のなか、中隊舎前の石段にて。綜士郎は式哨に指示を出した後、そのまま後悔に暮れていた。どうして連隊本部の医務室で、様子のおかしかった彼女をもっと真剣に気にかけなかったのだろう。まさかあの五十槻が自分の言葉を違えるほど、心中に苦悩を抱えているとは思わなかった。気付かずにがきんちょなんて軽口を投げかけてしまった。

 サイダーを飲みながら、色々語らった夜。五十槻とは色々腹を割って話し、以前より打ち解けたはずだった。それは結局、綜士郎の自惚れだったのかもしれない。十五の特異な生い立ちの少女の心境なんて、分からないものだ。


「藤堂大尉。あんま落ち込みんさんな」


 綜士郎の隣では、崩ヶ谷(つえがたに)中尉が慰めの言葉をかけている。


「大体、八朔少尉が出てった後、すぐ第二中隊から呼び出しがかかったんだろう? どっちにしろ、あの子とは一緒に帰営できなかったんじゃない?」

「…………そうかもしれないが」


 崩ヶ谷の声を耳に入れつつ、綜士郎は今日の五十槻との会話を思い返している。特に、医務室での彼女とのやりとりを。


──香賀瀬先生とは、真反対なことをおっしゃるのですね。

──僕をあまり惑わせないでください。


 八朔五十槻の生い立ち。香賀瀬修司。そして。

 綜士郎は軍服のポケットに入れた紙切れに、布越しに触れる。明見欣治宛ての領収書だ。

 今日はあまりに色々なことが起き過ぎて、頭がこんがらがりそうだ。

 ともかくいまは五十槻の行くあてなんて、現時点では二カ所しか思いつかない。


「やれやれ、予想外の事態になってしまったね」

「荒瀬中佐……」


 騒ぎを聞きつけて、連隊本部から駆けつけてきた荒瀬中佐だ。後ろには御庄軍医少佐も控えている。門を破壊できる唯一の神籠が行方不明なのだ、ふだんは連隊本部でのんびり煙管を吸っている中佐も、重い腰をあげての来訪である。


「御庄さんに聞いたよ。八朔くん、ちょっと不安定な状態だったらしいじゃないか」

「ええ……あいつにしては珍しく……」

「ふだんは虚心坦懐の申し子みたいな八朔くんがねぇ……」


 荒瀬中佐が、口から紙巻きたばこを離して紫煙を吐いたときだった。


「大福院きな子、ただいま帰投しましてよっ!」


 中隊舎前の一同のもとへ、ピンクドレスの胡乱な人影が、フリルの裾をひるがえしながら歩み寄ってくる。長いブロンドの髪をしゃらんら☆ とかき上げて現れたのは、大福院きな子──もとい、甲精一伍長だ。


「ああ、甲くん。ご苦労さま。で、八朔家に彼は?」

「残念ながら、いつきちゃんはご不在でしたわっ」


 精一は荒瀬中佐直々の命を受け、五十槻の女学院潜入時の友達を装い、八朔家へ訪問していた。五十槻が帰宅していないか確かめるためだ。結果は先のやりとりの通りであるが。


「……中佐。やはりご家族には、あいつが消息不明ということは伏せておくので?」

「無駄にご心配をおかけするのもね」

「…………」


 綜士郎はじろりと荒瀬中佐へ咎めるような目を向けた。それは五十槻の家族へ対して、不誠実ではなかろうか。いかにもそう言いたげな顔である。

 ただでさえ八朔家は、末の娘を生まれて間もなく軍や祝部に強奪されたも同然なのに、今度はその娘の一大事すら知らされないなんて。

 中佐の判断は、おそらく騒ぎを大きくしないためだ。五十槻の家族は彼女のことを大切に思っている。だからこそ今回の件が明るみに出れば、無事に彼女が見つかったとしても、八朔家の面々はなんとしてでも五十槻を軍から引き離そうとするだろう。それが家族の自然な情というものだ。

 ともかく五十槻の行きそうな場所二カ所のうち、一カ所はあてが外れてしまった。

 となると、もう一カ所。


「ふむ、実家にも帰っていないとなると……」


 荒瀬中佐が思案顔をしていると、その後方から「第三中隊から式です」と式哨が連絡文を持って現れた。


「八朔少尉、および獺越少尉らしき人物を見たという者が」

「詳しく聞かせてくれ」


 もたらされたのは、第三中隊所属の式哨からの目撃情報である。

 ひとつは、皇都中央駅にて、軍装に佩刀の少年を見かけたという証言。

 もうひとつは、中央駅行の路面電車へ、セミのようにへばりついて無賃乗車をしている、歩兵銃所持の神事兵将校の目撃談。


「……八朔少尉と獺越少尉だな」


 悪い予感が当たったように、綜士郎はがっくりと項垂れた。目撃の場所がいずれも皇都中央駅付近、ということは。


「雲霞山へ向かったか。獺越くんと連れ立って」


 中佐が言った通りの状況だろう。現地に所縁のある万都里も同時に姿を消しているのだ。正直、綜士郎はその可能性が一番高いと思っていた。

 五十槻はおそらく功を焦ったか、行き過ぎた使命感のためか──雲霞山の門を破壊しようとしている。

 目撃者の証言から考えて、無理を押して雲霞山行を強行しようとする五十槻を、万都里が追いかけて行ったのだろう。

 獺越万都里は五十槻に対し異常に対抗心を燃やしたり、かと思えばよく分からない執着の仕方をしたりする。どういう動機で同行したものかは分からないが、あいつならやりかねんと綜士郎は思った。

 しかし失踪から時間が経ちすぎている。雲霞山へは汽車で片道一時間程度だ。すでに数時間経過している。下手をすると、二人とも雲霞山山中で既に、屍を晒している可能性がある。もしくは──。


「やっぱり俺、雲霞山へ行ってきます」


 綜士郎は荒瀬中佐へ再度宣言した。本当は、この可能性に思い当ってからすぐにでも現地へ向かいたかった。それを押しとどめていたのが、中佐である。


「……いや、だめだ。藤堂くんはここで待機」

「しかし……!」

「雲霞山へは、念のため管轄の部隊へ式を送って確認中だ。二人の所在が確実になるまではここを動かないでくれ」


 綜士郎へさらなる待機を命じて、荒瀬中佐は御庄軍医少佐へ話を振る。


「御庄さん。八朔くん、診察のときは体調どうだった?」

「ずいぶん悪そうでした。本人は痩せ我慢してますけど、だいぶしんどいでしょう。あの状態で門が破壊できるとは、とても……」

「だが、八朔の神籠はやりかねんのよな……八朔達樹がそうだった」


 中佐が思い出すようにつぶやく。傍らではいつの間にか下士官服に着替えてきた精一が、何やらウンウンと頷いている。


「門へ挑んだことへの安否も気になるが、もっと厄介なのは、彼らが神祇研にまつわる情報を何も持たずに行ってしまったことだ。しまったな、獺越くんにも伝えておくべきだった」


 しくじったな、と中佐は珍しく悔いているような顔色を浮かべている。当初の予定では門破壊任務には、藤堂大尉も同行する予定であった。綜士郎にさえ伝えていれば事足りると思っていたことが、仇になった。とはいえ、こんな展開は予想できない。

 中佐やら大尉やらが雁首揃えて考え込んでいるところへ、再び連絡文を携えた式哨が駆け寄ってきた。「雲霞山管轄の中央軍第三師団麾下の部隊からです」と前置きして、式哨は伝達内容を中佐へ注進する。


「雲霞山の門は無事破壊されたとの由。神祇研職員と護衛の神事兵将校数名が、負傷者二名とともに下山して当地部隊へ報告してきたと。負傷者のうち一人は、珍しい髪色の将校だったそうです」

「……やられた」


 荒瀬中佐が嘆息する。どうやら五十槻も万都里も、神祇研の手中に落ちたようだ。負傷者二名とはつまり、彼らのことだろう。なにより門が破壊されたということは、少なくとも五十槻が現地へ行ったことは確実だ。


「で、報告したあと、神祇研の連中はどうしたって?」

「研究所所有の自動車で皇都へ帰投したと」

「じゃ、二人の身柄はいまごろは神祇研か……」


 事態はひたすらに悪い方向へ転がっていく。


「いかんな、一刻を争うね。獺越くんも神祇研にどう扱われているか、分かったもんじゃない。あのさ、藤堂くん」


 焦っているわりには落ち着いた口調で言いつつ、荒瀬中佐は綜士郎へ願い出る。


「ちょっとここの中隊の電話貸してくれない? あるでしょ」

「ありますが……式哨でもよろしいのでは?」

「いやぁ、ちょっと直接話したい人がいてさ」


 どこへ何の連絡を取るのか分からないが、綜士郎は電話の場所を中佐へ告げる。「みんなはここで待ってて」と言い残し中隊舎へ上がり込む荒瀬中佐を見送って、一同は顔を見合わせた。全員よく分かっていない顔をしている。

 そんな中、御庄医師がふと、綜士郎へそっと近づき、小声で語り掛ける。


「藤堂大尉、ちょっと……」

「あ? なんです?」

「少し、お話ししたいことがあります。他の方には内密で」


 内密で、のあたりで、軍医はいっそう声を潜ませる。綜士郎は真剣な眼差しで頷いた。


 さて、荒瀬中佐である。中佐は騒がしい屋外から、静まり返った中隊舎内の電話がある場所へ移動して。

 受話器を取ると、交換手とやりとりをし、その後取り次ぎに取り次ぎを重ね、ついに目的の人物との通話を果たす。


「あっ、もしもし陛下?」

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