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八朔少尉は乙女の枠におさまらない  作者: 卯月みそじ
第二章 純情は苛烈にして渇仰は犬の如く
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1-1 獺越少尉、あらわる

第二章において、一部シーンにて未成年に対する虐待、またR18描写までには至りませんが性暴行等の描写が存在します(だいぶ先ですが)

該当シーンの前書きにて再度注意喚起する予定ですが、苦手な方はご注意をお願いします。


──拝復

  師走の寒気一層厳しく、軍営の風雪愈々(いよいよ)肌を刺すが如くに相成り申し候。

  過日御来示賜り、清澄(きよずみ)殿の平素よりの御友誼に感謝し奉り候。


 まったくもって相変わらずの、硬い文章、硬い字体である。いまの時代に十代の少年が候文を使って手紙を書くなど、なかなか時代錯誤かもしれない。

 朝食の後。受け取った手紙を洋テーブルの食卓で読みながら、美千流(みちる)はちょっと笑ってしまった。この手紙をあの彼は、いつもの真顔で淡々としたためていたのだろうか。まあきっとそうだろう。

 机に置かれた封筒には、手紙と同じ筆跡で表書きと裏書きが記されている。表はもちろん美千流の名前と自宅の住所だが、裏に書いてある送り主の名は──稲塚いつき。


 美千流が八朔(ほずみ)五十槻(いつき)と再会してから、大体一ヶ月ほど経つ。あらためて友人同士となった軍人と女学生は、さりとて日常的に顔を合わせることなどできないわけで。彼と美千流が交流する方法は、自然文通となった。これで手紙がふたりの間を行き来するのは、三往復目だ。

 それにしても、なぜ五十槻は偽名の「稲塚いつき」名義で手紙を寄越すのか。それは、美千流が彼にそうするよう頼み込んだからである。


「美千流、友達からの手紙か?」

「ええ、そうよ。お父さま」


 訝しむ父の声へ、美千流は手紙から目を離さず、はつらつと答える。

 そう、五十槻が偽名を使わざるを得ないのは、この父が原因である。美千流の父、清澄(きよずみ)崇彦(たかひこ)は、目の前に広げた新聞から覗き込むようにして、美千流の手前に置かれた封筒を凝視していた。


「……女の子にしては(いか)つい字を書くな?」

「もう! 人様の筆跡に文句をつけるなんて、はしたないことしないでくださいまし!」

「まったく……まあ女子の友達なら、いいんだが」


 父は新聞をばさりと脇に置き、食後の珈琲を手に取った。財閥総帥らしく、恰幅の良い体格に、髭も髪の毛もしっかり整えられている。


「美千流。この間の神籠(こうご)の軍人とは、会ってはいないだろうな?」

「もぉ、会ってませんってば!」

「いいか。我が家は絶対に神籠の婿は取らんからな!」


 そういうことである。父、崇彦はなぜか、神籠を家族や家庭に近づけたがらない。以前美千流が攫われたときのような緊急時は致し方ないとして、それ以外の私生活に関して、彼は徹底的に神籠の存在を拒否した。なぜかは美千流には分からない。兄や母も、理由はよく知らないようだ。


「そうだぞ美千流。大体、神籠なんて普段から戦時中みたいなもんで、頻繁に殉職すると聞く。兄はお前が悲しむ姿を見たくない!」


 美千流の向かいの席から、兄までもが話に入ってきた。去年大学を出たばかりの兄は、将来この清澄家、及び財閥を継ぐ予定だ。すでに会社をひとつ任されていて、なおかつもう頭角を現している。優秀な兄ではあるが、妹バカなのが玉に瑕だ。幼い頃は大好きなお兄ちゃんだったけれど、美千流はこの頃うんざりしている。


 というわけで、五十槻が偽名を使わざるを得ないのは、父や兄に見つかると厄介、という理由からだった。彼らに手紙の内容が透けて見えぬよう読む角度を工夫しつつ、美千流はざっと内容に目を通す。どうしてもいま確認しておきたい事柄があり、美千流はいたしかたなく、鬱陶しい父兄の前で大事な手紙を読んでいた。


──よろしければ、年明けにでも一緒にお食事に行きませんか。


 それは前回の手紙で、美千流が勇気を出して付け加えてみた質問だった。それに対する返答があるか、どうしても早く確かめたかったのだ。

 はたして五十槻からの堅苦しい手紙のなかに──返事はあった。「了解し奉り候」とある。なんにでも候をつけるんじゃないわよ目が滑るでしょ! と内心でつっこみつつ、美千流は口角にのぼる微笑をこらえきれない。


(ふふふ、お父さま。残念でしてね。神籠の軍人の方とおデート決定ですわよ!)


 美千流と五十槻は、いまは友人同士。だが美千流にはまだ、あわよくばという思いがあった。

 とはいえ、美千流は五十槻に対して色々と前科がある。讒言や傷害未遂だけでなく、はては毒殺未遂までやらかした身だ。被害者である彼に対し、大っぴらに「好きです!」などとは口が裂けても言えない。

 けれども、彼に二度も命を救ってもらっておいて恋に落ちないなどというのも、夢見がちな年頃の美千流には、どだい無理な話であった。友人以上の関係となるのに、逢引きは絶好の機会である。

 ほくそ笑む娘の胸中いざ知らず。父はずず、と気難しい顔で珈琲をすすっている。

 食卓にはもう一人、母も同席している。母は食事が終わってからずっと、今朝清澄家に届いたたくさんの手紙を、無言で検分していた。毎朝の彼女の務めである。しかしふと一通の葉書(ハガキ)に気付くと、怪訝な面持ちで手に取って差出人を確かめる。どうやら海外から届いたもののようだが。


「ま、まあ! みなさんお聞きになって!」


 育ちの良さゆえの淑やかさを損なわず、母は喜びに満ちた様子で全員に告げた。


京華(きょうか)さんが八洲(やしま)にお戻りになるそうよ!」

「はぁ、なんだって!?」

「京華お姉さまが!」


 清澄家一同、色めきたつ。父は驚愕と困惑をないまぜにした声で戸惑っているし、兄もひたすら困った顔。単純に喜んでいるのが、美千流と母だ。

 清澄(きよずみ)京華(きょうか)、二十五歳。十数年前から八洲より西方の大陸・太華(たいか)へ留学し、現在はあちらの大学院に在籍している。

 何を研究しているのかは知らないが、太華での学業や生活が忙しいらしく、滅多に八洲へ帰って来ない。そんな姉からの帰省の報に、美千流の顔は思わずほころんだ。会う機会の少ない肉親ではあるが、いつも綺麗でお洒落で、あらゆることに通暁している優秀な姉が、美千流は大好きだった。


「まあ、お姉さまがお帰りになるなんて……! ねえお母さま、いつ頃お戻りになるって書いてあるのかしら?」

「実はもう、帰ってたりして」


 突然背後から発せられた声に、美千流はびっくりして振り返った。さっきまで待ち遠しく思っていた顔が、もうすぐそこにある。


早安(ザオアン)大家(ダージャー)!」

 ゆるくまとめた黒い柔らかな髪に射干玉(ぬばたま)の瞳。美千流によく似た顔立ちながら、妹よりもおっとりとした表情。しっかりと唇に引いた紅のおかげで、少し妖艶な雰囲気を纏う美貌。上品に着こなしている黒基調の旗袍(チーパオ)。身体の輪郭は、女性らしい色香に満ちた起伏に富んでいる。

 彼女が清澄京華である。

 朝から神出鬼没に現れた京華は、家族の困惑など意に介した風もなく、給仕の係へ「私にも珈琲を」と軽く手を上げている。


「お、おまっ、京華!」


 突然の長女登場に、一番驚いているのは父だ。ばん、と卓へ手をつき立ち上がると、家長は京華へ向かって唾を飛ばしながら問い質す。


「な、なぜ急に帰ってきた!」

「なぜって……そうねえ」


 ほとんど激昂に近い勢いの父に、一切怖気づくこともなく。のんびりした調子で京華は告げた。


「強いて言うなら……婚活かしら?」

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