3-6
六
「おい急げ! 人命がかかってるんだ!」
「そうは言っても、これが最大出力ですってば」
櫻ヶ原女学院の校庭で。大の軍人がわんさと集まって、穴掘りをしている。
藤堂中尉は荒瀬中佐らとともに女学院へ急行し、ひとまずスコップでひたすら穴を掘っていた。
五十槻に渡した式札の位置は、やはり女学院の地下でいったん停止した。その後移動を開始し、しばらくして広めの地下空間内を縦横無尽に駆け巡るような動きに変わる。戦闘状況に入ったことは明らかである。
土の神籠である第三中隊所属の崩ヶ谷黄平中尉がやっと到着すると、藤堂中尉は鬼監督に変わった。ひたすら崩ヶ谷少尉を鼓舞し焚き付けつつ、自身もスコップをふるい続けている。
「藤堂中尉。特別手当があれば俺ももう少し頑張れると思います」
崩ヶ谷中尉は守銭奴で有名である。かつ、二連休一日目の夜に呼び出しを受けた彼は、あからさまに機嫌が悪かった。
地面にあぐらをかきながら崩ヶ谷が座っている位置は、ぼこ、ぼこ、と少しずつ下へ下がっている。正直藤堂中尉のスコップの方が早い。藤堂は汗だくになりながら、「いい、いい! いくらでも出す!」とやけくそで太っ腹なことを言っている。崩ヶ谷中尉は生意気そうな面立ちをにやりとさせると、やっとやる気を出したかのように立ち上がった。
「よーし、じゃあ臨時収入のためにいっちょ頑張るかー! おりゃっ」
崩ヶ谷中尉は片足を上げて、たしっと軽く地面を踏みしめた。すると。
「おわっ」
ずどどどどどどっ。崩ヶ谷中尉周辺の地面が、藤堂中尉もろとも凄まじい勢いで下がっていく。排出された土が勢いよく穴から吹き上がってまるで間欠泉のようである。最初の最大出力とやらはなんだったのか。
「おーい、藤堂くーん」
地上から田貫大尉が呼びかけた。中尉の姿は崩ヶ谷とともに、すでに遥か下方である。だがまだ、五十槻たちがいるらしい地下空間へはたどりつかない。
「随分深い位置にいるようだね、八朔くんは」
「ええ。無事だといいですが……」
荒瀬中佐と御庄軍医も、じっと状況を見守っている。校庭に空いた穴からは、「特別手当おかわり」「てめッ、ふざけんな! いくらでも出すつったろ、さっさ掘れ!」「やったー」と言い合いする大人たちの声。緊張感があるのかないのか分からない。
荒瀬中佐は煙草の煙を吐きつつ、独り言ちる。
「……ま、ここで八朔くんが死んだら、我々全員遅かれ早かれ終わりだよ」
── ── ── ── ── ──
一、二、三、四、五、六、七、八、九、十。
十体目の蜘蛛を撃破して、五十槻は荒い息で刀を構えなおす。硬い体表を持つ蜘蛛はしかし、体内と腹の部分は柔らかく、弱点さえ狙えば最小の手数で討伐することができた。しかし電光石火の五十槻の速度をもってしても、この蜘蛛たちは素早く手強かった。うまく狙いが定まらないこともあり、その都度五十槻は傷を負う。しかし極度の興奮状況なのか、痛みは一切感じない。ただ神経が異様に研ぎ澄まされている感覚がある。
五十槻が刀を向ける先はついに、カシラのみ。
いまだに春岡雫の姿を保っている禍隠の頭領は、余裕ありげな冷笑を崩さずにいる。
「……手勢はもう終わりか」
「そうね。最初からここにいる子はもうおしまいみたい」
「最初からここに……?」
意味深な言い方に、五十槻は真顔へ怪訝な雰囲気を漂わせる。カシラは特に隠し立てする必要もないのか、少し嬉しそうな声色で告げた。
「八朔の神籠。『門』は知っている?」
「門?」
「我らが故郷、羅睺とこの四海内をつなぐ、異界の門」
羅睺、という言葉に五十槻は聞きなじみがない。しかし四海内はよく知っている。八洲の神話では、神の世界『天津㝢』に対し、『四海内』はこの人間の世界を指す言葉だ。けれど、いまの禍隠の語り口で、『門』とやらがどういうものかは推察できる。
「貴様らの仲間を呼び寄せるつもりだな?」
「もちろん。見目のいい女学生を連れ去ったのは私の趣味だけど……そもそも彼女らに禍隠をしかけ、神事兵連隊の注目を女学院へ向けさせたのは、あなたをこの場所へ誘導し、我らが悲願を果たすため」
そう言って、カシラは少し後ろへ下がる。彼女の背面にある壁が、赤い光を放ち始めた。
正確には、光っているのは壁の内側である。やはり蜘蛛の巣でできた壁面の奥に、何か異様な物体がある。
「これは……」
赤い光は段々と強さを増す。光そのものに熱が宿っているのか、『門』前方の蜘蛛の糸が溶けるようにたわみはじめ、その様相が明らかになる。
宙に浮く巨大な赤い円。禍隠が門と呼ぶものは、そんな見た目である。放たれている赤い光には、やはり熱を感じる。
カシラはかつかつと靴音を立て、門のそばへ歩み寄る。そして雫の姿で門の輪郭にしなだれかかった。愛おしそうに門を撫でて、やはり嬉しそうに言う。
「さあ、我らが同胞よ。古き羅睺の地より出でて、八朔の血族を絶やしたまえ──」
やはりカシラは八朔の神籠に特別の関心がある。先刻から繰り返される言動に、五十槻は真顔の面持ちへ緊張の色を宿した。
どうして自分の血筋に因縁をつけられているかは分からない。五十槻はやはりごちゃごちゃ考えるのが苦手だ。だが最初からはっきりしていることがひとつある。
──とにかくすべての禍隠を殲滅すればいい!
門からひときわ強い光が放たれて、どろりとした黒い不定形のものが門の内側からこぼれ落ちる。
不定形は段々と形を成し、あるものは豺狼に、あるものは猿猴に、そしてあるものは蜘蛛に変わる。
蜘蛛の巣の広間には、再び禍隠の群れが充満した。しかし生存者は甲精一伍長の格別の働きにより、すでに全員安全地帯にいるはずで。
「その紫の目玉だけくりぬいて、ホルマリンの瓶漬けにでもしてやるわ!」
カシラは雫の化けの皮を、めりめりと内側から引き裂いて本性を現した。小柄な女学生の体には、到底収まり切れるはずのない質量がぼこぼこと顕現する。それは、建物ほどの大きさのジグモである。
五十槻はやっと解き放たれたような気分だった。生存者を気遣いながら神籠を揮うのは、実に骨が折れる。藤堂中尉の神籠と同様に、雷の力も偉大で強大な自然の力である。閉鎖環境で他者に危害を加えずに力を扱うのは、中尉の神籠ほどの難度ではないにしろ、五十槻にとっても難しい操作だった。
禍隠の総数は百はあるだろうか。五十槻は落着した心持ちで、いったん刀を鞘に納める。
並みいる禍隠たちは、五十槻の出方を伺いつつ、隙あらば襲い掛かってくる算段だろう。いましも、山犬の姿をした真っ黒な禍隠が、牙を剥いて踊り出てくるところ。五十槻は鯉口を切る。
抜刀。
広間を切り裂くように、今までで最も長大な稲妻が閃いた。獅子の咆哮のような雷鳴の中で、五十槻は身を翻し、もう一度ひと筋の稲光と化す。水平方向に数多の禍隠が切り裂かれ、雷火に焼かれ、一瞬の間に骸を晒した。
門は一度多数の禍隠を排出した後は、赤い光をひそめて沈黙している。仕組みはよく分からないが見たところ、しばらく再使用はできないのではないか。
──一気呵成!
紫電がそこら中を駆け巡り、当たるを幸いに禍隠が死んでいく。
けれど決して油断はできなかった。攻撃の合間、五十槻が地面へ着地するたび、カシラの蜘蛛が彼女めがけて巨大な足を振り下ろす。紫の眼で間断なく周囲の状況へ気を配りながら、少女はひたすら雷撃と回避を繰り返す。
つ、と鼻から血が垂れてきた。神籠の使い過ぎで、神経に負荷がかかっている。
「ぐぅっ!」
着地の虚を突かれて、豺狼の禍隠が五十槻の腕を噛んだ。痛みに呻きながら、五十槻はそのまま自身の腕越しに電流を垂れ流し、消し炭をひとつ後に残してひたすら奔る。
──集中を切らすな。
──身命を賭せ。
自らに言い聞かせながら、ひたすら雷撃と斬撃を繰り返す。正式な軍属になっておよそ半年の五十槻には、これまで経験したことのない激戦だ。しかも戦える神籠は自分ひとりのみ。
「いつきちゃん……!」
精一は木の根で作ったバリケードの内から五十槻の孤軍奮闘を見守っている。だが彼は生存者の保護がある以上、ここを離れるわけにはいかない。精一は細い目で暴雷轟く激戦を望みつつ、呆然とつぶやいた。雷鳴のなか、夜叉の如く戦う様はまさしく。
「……ありゃまるで……達さんだ……」
「ね、ねえ大丈夫なの!? あの人死んじゃうんじゃ……!」
美千流は隣のキツネ顔を揺さぶりながら、泣き顔に不安を上乗せした顔で問う。
けれど、当の五十槻は外野の不安など知るよしもなく。
数多の禍隠の爪牙をかいくぐり、軍刀と雷撃が次々と悪鬼を断つ。雷光の明滅を映す瞳は、恍惚の色を宿していた。
軍服の内で──少女の内で、血潮が騒ぐ。禍隠の手足を捥ぐごとに、命を絶つごとに、全身に悦びが駆け巡った。
反面、心境は凪のように落ち着いている。まるでこの場所が──神域が、禍隠の満ちるところが、己の元々在るべき場所であるかのように。命のやりとりのさなかで、五十槻はようやく息をした心地だ。
矢絣、行燈袴、学舎。軍服、軍刀、軍営。
神籠、神域、禍隠──。
性別に身分に本性に。すべてを偽り続けた生涯の中で、ここは唯一、自らのありのままを示せる場所。
──やはり、僕の居場所は……!
空中、あわやのところでカシラの鋏角を躱し、軍帽の脱げた顔には薄く笑みが浮かぶ。けれど、遠目には誰にもそんなことは分からない。
そして回避を成し遂げ、五十槻の位置からはカシラの口吻の位置が丸見えだ。勝機である。
血濡れ将校の周囲に、紫の電光が迸る。
紫の眼が、蜘蛛の禍隠を屠るに最もふさわしい一瞬を見定める。明滅する電光の中、瞳孔が異様に窄まる。
そして五十槻は一条の紫電の光となり、超巨大な蜘蛛の口吻から、腹に至るまでを貫いた。
続けて起こる雷声の中、すでに人語を話さなくなったカシラが、耳をつんざくような咆哮を上げる。広間の中心へ、ずざ、と軍靴を滑らせながら五十槻が着地した。しかし。
(まだ息がある)
カシラの蜘蛛は口吻から体液を噴出しつつ、まだ足を動かしている。ガサガサと音を立てながら、赤い光の方へ。門の方へ向かう。
「門が……!」
門が再び赤い光を宿していた。カシラと残り少ない禍隠の残党が、一目散に門へと向かっている。
「逃がすか──!」
退却する気だ。五十槻はそう直感するや、再び身を雷に変じる。一兵卒たりとも逃がしてなるものかと思った。
奔る霹靂の中で、五十槻は眼前へ軍刀の切っ先を向ける。昂り荒れ狂う神気が刃こぼれした軍刀を覆い、すべてを貫き通す神刀の加護を宿す。
そして半ば門へ身を埋めるようにしているカシラの頭部へ、紫の雷が──五十槻の刀が深々と突き刺さった。
門の赤い光と熱は強くなる。五十槻は無我夢中で祓神鳴神に祈りつつ、刀を通して神雷を放ち続けた。
──掛まくも畏き祓神鳴大神の大前に
神實八朔五十槻 恐み恐み白く
清浄なる霹靂あらわし 千早振る神寶の剣刀以て
四海の外より来る禍隠どもの尽くを
祓いたまえ 清めたまえ──!
もはや、雷鳴なのか自分が叫んでいるのかも分からない。
紫の雷光に灼かれ、まずカシラの頭部が炭化する。続いて胴、腹。雷火は周囲の他の禍隠へも波及し、鏖殺する。
段々と赤い光に、紫電の雷光が打ち勝っていく。
ビキッ、と門の輪郭がひび割れた。
そしてひときわ強い光の後に、禍々しい赤い光を放つ異界の門は、数多の禍隠の死体だけを残し、跡形もなく消え去った。
自分が何をやったのかも分からない。地下空間は暗がりに戻り、五十槻は完全に炭と化したカシラの死体の上をごろごろと転がって、床へ投げ出された。
── ── ── ── ── ──
誰かが自分を呼んでいる声が聞こえる。
応じたいけれど、立ち上がりたいけれど。
腕も足もこわばって震えていて、ろくに身を起こすことさえできやしない。
戦っている時には気にもならなかった心臓の音が、いまさらうるさい。
傷はじわじわ痛んできた。脈動に合わせて痛覚が鮮やかになっていく。
なにより呼吸がままならない。横隔膜は勝手に気息を速めていて、激しい肺の拡縮がなにより苦しかった。
「ね、ねえあなた大丈夫!?」
清澄さんだ、と五十槻は思った。大丈夫と聞かれても、この荒い呼吸では答えることができない。かすんだ視界のなかには、白くて小さな顔がこちらを見下ろしている様子がうかがえる。
「お、お願いよ、死なないでよ!」
そうは言われても、五十槻はいまの自分の状況が分からない。
けれど、彼女がこうやって様子を見に来てくれたということは、五十槻は自分の使命を果たせたのだ。それにしても、彼女は泣いているのだろうか。声がやたらと湿っぽい。
心配してくれているのかと思うと、五十槻はちょっとだけうれしかった。
「ね、ねえ。これ、大事な物なんでしょう? ちゃんと預かってたわよ」
そう言いながら少女の白い手が渡してくれたのは、白い獅子の面だ。しっかりと手に握らせてくれたので、五十槻は声にならない声で「ありがとう」と言った。美千流が俯きながら、ふるふると首を横に振る。
続いて一人分の駆け足の音が近づいてくる。自分の脇に、もう一人しゃがみ込んだ。
「八朔少尉」
「中尉……」
藤堂中尉が来てくれた、と五十槻は少し安心した。中尉は五十槻の体を横に向けつつ、落ち着いた声で言う。
「神籠の使い過ぎで神経に負荷がかかったんだろう。大丈夫、ただの過呼吸だ。ゆっくり呼吸してみろ」
背中を大きな手でさすられながら、言われた通りに五十槻は深呼吸を試みる。背中をさする手に合わせて、緩慢に。
「……あ、あなたあのときの喫茶店の美男!」
「は? どのときだって?」
美千流の発言へ呆れた声を返し、中尉は再び五十槻へ視線を向ける。少し楽な呼吸をし始めた彼女へ、安心させるように告げる。
「深手もいくつかあるが、すぐに手当てすれば命には関わらんだろう。よし少尉、抱えるぞ」
ふわっと体が持ち上げられる感覚。五十槻はあまり回らない口で、上官に運んでもらうわけにはいかない、というようなことを言ったと思う。伝わったかは分からない。中尉は構わず五十槻を抱えてどこかへ向かう。
「五十槻。すぐに来てやれなくて、悪かったな」
本当に申し訳なさそうに言われたので、五十槻は首を横に動かす。
中尉は少し後ろを振り返るような素振りをしながら、少しだけ微笑ましそうにつぶやいた。
「……あの子、ずいぶん心配しているようだ」
あの子。近くにいる同級生は、美千流だけ。彼女のことを言っているのだろう。
「……よかったな、友達ができて」
ともだち、と五十槻は中尉の言葉を繰り返す。そうか、と腑に落ちる思いがした。
これまで彼女のことは到底好ましく思えなかったし、危害も加えられそうになったけれど──それでも今、この場で自分に向けられている善意は、確かなものであるはずで。
中尉が二人の関係を「友達」と定義してくれるなら、それもいいなと五十槻は思った。
今後また、彼女と会えるかは分からないけれど。もし、再会の機会があるならば──。
それにしても、他のみんなや、甲伍長も無事だろうか。怪我はしていないだろうか。朦朧とする意識の中で五十槻はただぼんやりしている。
「にしても……まったく、本当にガキにやらせる仕事じゃねえよなぁ……」
藤堂中尉のぼやきを聞きながら、五十槻は意識を失った。
「おいクソ軍医! 御庄軍医はどこだァ! せめて職責は果たせよクソ軍医ぃ!」
昏倒した八朔少尉に気付かず、藤堂中尉は怒声を張り上げて御庄医師を探している。
かくして、地下に潜む禍隠により拉致された櫻ヶ原女学院の生徒は、無事に全員救出された。
木のバリケードの内から出てきたピンクドレスの甲伍長が、第一中隊の爆笑をさらったことは言うまでもない。
現場検証や負傷者の救護などが同時に進む地下空間にて、春岡雫はやっと目を覚ました。
「……ここは?」
「雫! 目が覚めたかい!」
「すばるせんぱい……」
雫の隣で目覚めを待ってくれていたのは、ずっと大好きだった薬師寺昴先輩だ。昴は雫の手を取って、無事を喜んでくれている。けれど。
「だめだよ先輩……私、すごく汚いよ……」
雫の衣服や体は、約十日間に及ぶ禍隠の仕打ちでぼろぼろだ。けれど、昴は決して雫の手を離さず、ぽろぽろと涙を流しながら懺悔した。
「雫は汚くないよ……よっぽど汚いのは、わたしだよ……!」
そんな悔恨の嗚咽を、雫は少しすっきりした面持ちで聞いている。
荒瀬中佐は禍隠の死体の山を眺めながら、煙草の煙をくゆらせていた。極高温の雷電で灼かれ、真っ白になった地面を見つめつつ、やれやれと肩をすくめる。
やはり門はここにあったようだ。八朔五十槻を送り込んだ甲斐はあり、期待通り彼女は門と禍隠の一切を駆逐し尽くした。けれど。
──さて、神祇研の連中がうるさいぞ、これは。
これからの情勢を思うと、気が重くなる。
そんな中佐の、少しくたびれた背中を見つめる人影がひとり。挙手礼のまま待っているのは、崩ヶ谷中尉である。
後ろの気配に気付いた中佐が振り返ると、崩ヶ谷はさも当然のように口にした。
「荒瀬中佐。特別手当を頂きにまいりました」
「? それって藤堂くんが……」
「はっ、おそれながら、『荒瀬中佐指揮の作戦なんだから中佐に貰うのが筋だろ』と藤堂中尉に言われまして」
「ええ……?」
荒瀬中佐の懐から、結構な金額がごっそり消えた。
そして波乱の一夜が終わった。
一連の事件の後処理で、学校にも連隊にも忙しい日々が待ち受けている。
五十槻は療養のため、しばらく軍務を離れることになる。
けれど先のことなんて何も知らず、少年の顔をした少女は、いまは昏々と眠るのみ──。