6-13
十三
「山頂への抜け道があります」
八朔克樹は暗い通路を先導しつつそう告げた。
第二班一同はあの池沿いの小道の先にあった、古い坑道を進んでいる。克樹と一緒にいた初老の男は、観念したように一向にまぎれて歩みをともにしていた。この初老の男は、克樹の紹介によると八朔家の馴染みの医師らしい。医療器具の入った鞄を大事そうに抱えている。
「この先は縦穴に続いています。長い年月をかけて掘られた場所で……梯子で山頂の社殿裏につながっている」
「この標高の山の山頂まで……とんでもない労力ね。百雷山は古代の伝承も含め、他所に比べて禍隠の出現率が高い傾向がある。この遺構は避難経路、ということかしら」
「で、その縦穴は社殿の裏手……断崖の中を掘って作られた石室に続いている。広さは三間四方くらいだな」
克樹の解説に京華が考察を述べ、さらに綜士郎が、縦穴の先を見知っているかのような口調で言い当てる。克樹が驚いた顔で青年の方を見た。
「あの……この場所のことをご存じで? 八朔の当主と祝部しか知らぬはずですが……」
「俺の神籠は、神域内の地形や構造を仔細に探知できる異能です。八朔さん。この先の石室には──奥方とご子息が身を隠しているようだ」
「!」
綜士郎の言葉に、克樹がぐっと声を詰まらせる。
外からはとめどない雷鳴。自然の雷ではありえないこの激しさは、きっと五十槻だ。この轟音が鳴り響き続ける限り五十槻は生きているということだが、同時に少女は命を削ってもいる。早く駆け付けて、保護してやらねばならない。
「しかし、ここを登るのか」
香賀瀬少佐が苦渋を浮かべつつ、下から上へ目線を動かした。少佐は手提げのカンテラで、通路最奥の縦穴を照らしている。橙色の光が届ききらぬほど、縦穴の天辺は遥かに遠い。壁に打ち付けられた金梯子の一段一段が、暗い影をぬるりと壁面に滑らせた。
「野外で登山をするよりも簡便かもしれないが、やはり時間がかかる。外には常軌を逸した大きさの禍隠も出現しているし、もし彼奴が山に突っ込むことがあれば全員生き埋めだ」
香賀瀬の告げるもっともな懸念に、綜士郎は焦る気持ちもあれ、冷静な部分では至極同意した。
とにかく時間が惜しい。こうしている間にも五十槻は消耗しているだろうし、神籠の異能で探知するに、精一ら第一班もまだ彼女と接触できていないようだ。なにやら中腹あたりまで樹を二本伸ばしてうだうだしている。
「つまり……ここを一気に突破する方法があればいい、というわけね」
一同の最後方から、京華が落ち着いた口調でそう問いかけた。「そんなものあればいいがな!」と不機嫌に応える香賀瀬に、美女は少し考えこむ素振りをしている。
なお、八朔克樹は綜士郎の同行者にずっと、怪訝そうな目を向けている。事態が事態なので、悠長に紹介し合っている暇はない。綜士郎は克樹へ、ふたりの名前と役職くらいは簡単に説明したが、少佐があの香賀瀬修司の弟と知るや、五十槻の父はほとんど敵視に近い眼差しで彼を見るようになった。とはいえ衝突を起こしている場合ではない。
若干ギスギスしている縦穴空間に、綜士郎、香賀瀬、克樹と老医師、それから式哨。そして出入口を背に紅一点の京華が立っていて、合計六人がすし詰めになっている。その状況で不意に、京華が再び口を開いた。
「……藤堂さん。美千流は……無事かしら?」
少しか細い美女の問いかけに、綜士郎は「ああ」と力強く答えてやる。
「いまのところは無事だ。甲の神籠で伸ばした樹にしがみついて、獺越と言い争ってるみたいだ」
「そう……」
京華は少しだけほっとしたような色を浮かべる。その彼女の後ろから。
どどどどど、と音がする。細い通路に、鉄砲水が差し迫っているような音だ。克樹と医師が「洪水!?」とおっかなびっくり後方へ視線を遣っている。
何をしようとしているのか察して、綜士郎と香賀瀬は美女を凝視した。水音の程度から言って、香賀瀬の神籠ではない。少佐の神籠で操作できるのはせいぜい洗面器一杯分程度の水量だ。この規模の水量を扱えるのは──。
「いいのか、あんた……?」
清澄京華には疑惑がある。水の神籠を宿している、という疑惑が。
そして、神籠であることが確定すれば──香賀瀬修司への傷害の嫌疑が、いっそう深まることになる。
香賀瀬少佐はじっと彼女の方を見つめている。嫌疑を避けるために、清澄京華は神籠であることを徹底して否定していたはずだが。
綜士郎の問いかけに。京華は観念したように、おっとりと微笑んだ。
「……もういいの。美千流と──いっちゃんのためだもの」
そう彼女が告げたところで。どどどっと鉄砲水が縦穴へ殺到した。おそらくは山際の雷神池の水を汲み上げて、坑道内へ押し流しているのだろう。八津曲水早神の神籠を使って。
「お、溺れる! 溺れてしまうー!」
八朔克樹と老医師がよく分からないままに、流れ込んできた水に揉まれている。だが溺れない。
坑道と縦穴に満ちていく眞澄の水は、水嵩を増しつつ、誰一人沈ませないような喫水を保ったまま、六人を上へ上へと持ち上げていた。
霊峰百雷山の内側を、お迎え小隊第二班は怒涛の勢いで上昇する。
「藤堂さん! 天井が近くなったら早めに合図して!」
「分かっ……」
分かった、と返事をしようとしたところで。綜士郎は突如愕然とした。
やりとりの間中、彼は百雷全体の大気へ意識を配りつつ、なおも五十槻の動向に注意を払っている。
ちょうどこのとき、五十槻は百雷山西の崖際で、真っ逆さまに落下し始めたところだ。神籠不発、からの意識朦朧の状況である。ヒュッと綜士郎の呼吸が止まる。
ところが。安堵の瞬間はすぐに訪れた。五十槻の身体は、山の五合目あたりで無事に着地したようである。横合いから不自然に伸びた銀杏の樹の枝に、受け止められたのだ。綜士郎はどっと安堵の息を吐く。
「で……でかした甲! よくやった!」
「えっ、なに? 何事?」
突然喜びに沸く綜士郎に、どばどばと上向きの鉄砲水に打ち上げられながら、他の面々はひたすら困惑しているけれど。
さて、場面は変わって百雷山西側。八朔少尉お迎え小隊、第一班では──。
── ── ── ── ── ──
「う……」
五十槻は呻き声をあげた。頬をこしょこしょと撫でる葉がこそばゆい。どうやら樹木の上に落ちたようだ。下半身を支えるように、しっかりとした太い枝が、自分の身を受け止めているのを感じる。
同時に五十槻は、自分の背中に回されている腕に気付いた。身体の左側に誰かのぬくもりを感じる。抱き起こすような格好で、五十槻の身を支えてくれている。
「いつきちゃん、しっかりして。いつきちゃん!」
よくよく聞き覚えのある声だ。五十槻は呼び声に応じるように、ゆっくりと目を開いた。
おぼろげな視界が徐々に、明瞭さを取り戻していく。曇天を背景に、こちらを心配そうにのぞき込む──戯画のキツネの如き細い目は。
「甲……伍長……!」
「いつきちゃん!」
にぱっと笑うその顔に、五十槻は心底ほっとした。
甲精一伍長。会いたいと願っていたうちのひとり。でもどうしてか、久々に会ったという気があまりしない。さきほど叔父の記憶の中で、若い頃の彼を垣間見たからだろうか。
はたと五十槻はあたりを見回した。まずは自身の状況である。怪我の程度は落下前から変わっておらず、特に新たに骨折や捻挫といった負傷は負っていないようだ。
それから自分のいまいる場所。銀杏の葉に包まれているということは、ここは銀杏の樹の上であろうか。それにしては視界の景色はかなりの高所である。少なくとも百雷山の中腹に位置する標高のはずで、銀杏の樹高限界を遥かに超えているはずだ。
……と思ったが、五十槻のことを受け止めているこの銀杏は、やたらと長い。また隣にはもっと高い樹高の銀杏も一本にょきりと屹立している。五十槻は思わず精一を見た。
「これは……伍長の神籠ですか」
「そ。いやぁ、まーじであぶなかったぁ。いつきちゃん、軍刀持ったまま落ちてくるからさぁ、危うく突き刺されるところよ?」
「えっ、あっ」
慌てて五十槻は右手を確認する。たしかに右手は軍刀をしかと握りしめたままだ。もし落ち方が少しでも違っていれば、精一の言う通り彼を串刺しにするところである。五十槻はいまさら顔面を真っ青にさせつつ、慌てて刀を鞘におさめた。
それにしても五十槻には分からない。
「あの、甲伍長はどうしてここに?」
甲伍長は現在、特務群として西八洲・山代に駐留しているはずである。それがどうして、北八洲の百雷山くんだりで神籠を使っているのか。
「俺だけじゃないよ。ほれ」
精一は軽い仕草で眼下を指さして見せる。応じて五十槻も、枝から身を乗り出して下方へ顔を覗かせた。
「みんな……!」
五十槻が顔を見せるなり。クソ長の樹にしがみついている複数名が、わっと歓喜と感涙に湧いた。
五十槻さん! 八朔少尉! おいハッサクオレもいるぞ! と、見知った顔の連中から歓迎の声が上がっている。「うぉーっ! 八朔少尉ー!」と泣き叫んでいる中津くんの声が、特に野太くてうるさい。
「いつきちゃんのこと、助けにきたんだぜ。西八洲からみんなで!」
「そう、だったのですか……!」
精一に肩を支えられつつ、五十槻はしんみりしている。
さっきまでたったひとりで戦っているつもりだった。けれど、こんな近くに──みんなが駆け付けてくれていた。
「そうそう、綜ちゃんもこっちに向かってる。たぶんもうすぐ追いつくんじゃないかな。これをまっさきに伝えてあげるべきだったかもねぇ」
「藤堂大尉が……!」
その名前を聞いて、今度こそ五十槻は泣きそうになった。ぎゅう、と胸の内が締め付けられるような心地がする。けれど。
空からギャオーッ! と響く声に、五十槻はふと我に返った。見上げれば、うずくまって痛みに耐えている大猿の頭上を、鳥類の禍隠が悠々と群れで飛行している。彼らの向かう先は──社殿だ。
感動の再会から一瞬で頭を冷やし。五十槻の脳裏に、八朔の神籠の思考が戻ってくる。
即断即決の戦いの思考が。
「甲伍長!!」
「わっ、なに!? 急に大声だね!」
「ここにいる皆さん全員、上にいる方の足を掴んで貰うことは可能ですか!」
「急に謎の要求をするんだねいつきちゃん! まあいいけど! ねえみんな聞いたー!?」
精一は話が早い。五十槻の意図は正直よく分かっていない顔だけれども、キツネ伍長は小隊全員へ五十槻の言う通りにするよう、改めて指示を告げる。なんだなんだ? と皆不思議に思いながら、それぞれがそれに従った。
「絶対に手を離さないでください! 途中で手を離されますと、落下して死ぬ恐れがあります!」
「ヤダー! いつきちゃん何する気! コワイ!」
「さあ伍長も最上段にどうぞ」
「ヤダー!」
駄々をこねつつも、精一も伸ばした枝をみょみょんと幹に戻し、五十槻の言う通りにする。
かくして幹に連なるお迎え小隊の全員が、直上にいる者の足を掴む格好になる。
「それではみなさん、三、二、一で幹から手を離してください! よろしいでしょうか!」
「よろしくねえ! 何をする気だハッサク!」
「三、二、一!」
「聞いちゃいねえ!」
万都里のツッコミの言葉を、置いてけぼりにするように。
一同がパッと幹から手を離した瞬間。五十槻はそばにいた精一の腕を掴みつつ──電光と化した。
かくて強引少尉は小隊の合計七名を連結させて輸送しつつ、稲妻となって社殿へ向かう。
「わっ……!」
さてお迎え小隊は意味が分からない。やっと八朔五十槻と合流できたかと思えば、感動の再会もそこそこに数珠繋ぎを命じられ、とんでもない速度で山頂方面へ運ばれていくのだから。稲妻の中で美千流が「ギョエーッ!」と珍妙な悲鳴を上げている。
雷の速度で、社殿内部までは一瞬だ。紫電は欄干を乗り越えて社殿内へ飛来すると、即神籠を解いた。雷光から解放されたお迎え小隊一同が、連結体勢のままどでんと板の間へ投げ出される。
「い、いつきちゃん……何をするのか、ちゃんと先に……言って……」
「ふざけんなハッサク……おぇ、きもちわる……」
「ほんっとなんじゃこいつ……!」
さきほどまでの歓喜、感涙の雰囲気はなんだったのか。小隊の一同は死屍累々の様相で、口々に不満だの不服だの乗り物酔いだのを訴えている。
「すみません。この社殿を死守したいのですが、僕だけでは手が回らず、みなさまにご加勢いただければと」
そして五十槻はいつもの通りの真顔である。血まみれの軍服のまま直立しつつ、少女は恬然とそう告げた。
なおその後方では。欄干越しの西の空、鳥の禍隠の群れが先刻より激減している。さきほどお迎え小隊を輸送するついでに、五十槻が焼き払っておいたのだ。式哨数名がその光景を呆然と眺めつつ、「もう全部少尉一人でいいんじゃないかな」とでも言いたげな顔をしている。
とはいえ五十槻としてはそうもいかない。真顔少尉は紫の瞳をちらりと、社殿奥へ向けた。
「そこの……石の扉の奥に、僕の継母と、弟が身を隠しています。みなさんには、二人を守っていただきたくて……」
「ねえいつきちゃん。そこで小便漏らしながら気絶してるおっさんは?」
「それは当家の祝部の古田です。できれば彼も死なせないようにしてやっていただきたい」
「まったく……」
淡々とやりとりを交わす五十槻の足元で。
やっと雷酔いから復帰したらしい万都里が、少しよろめきながら立ち上がる。美千流も目元をおさえながら身を起こすところだ。
そのふたりの姿に視線を投げかけて、五十槻は申し訳なさそうにうつむいた。万都里とも美千流とも、五十槻は断交して以来の再会だ。
「……ごめんなさい、獺越さん、清澄さん。僕……」
「たわけ。謝罪とかそういうのは後にしろ」
ごすっ。下げかけた頭に、軽く小突くような感触が落とされる。五十槻の脳天に手刀を見舞ったのは、万都里だ。青年は小銃を担ぎ直しつつ、やれやれとため息をつく。
「お前こらハッサク。オレもお前に言いたいことは山ほどあるがな! 積もる話はお前が! この場から生還して! そんでちゃんと怪我を治して! 完治してからにしてやる! ありがたく思うがいい!」
「獺越さん……」
「癪だけど私も獺越の次男と同感よ。ほんっっっと、あなたに対する文句だけで三日は潰れちゃいそう! 覚悟しときなさいよね、五十槻さん!」
「清澄さん……はい……」
美千流もようやく立ち上がって万都里に同意している。軍服の令嬢はそっと五十槻へ歩み寄ると、少し屈みながらさっそく怪我の具合を確かめた。目立つ傷は、脇腹と片足の脛。もちろん最初に確認するのは、銃創を負った脇腹だ。
「傷を確認してもいいかしら」
五十槻が頷くと、美千流は少年の軍服の破れ目をそっと開き、それから慄然とした顔を浮かべた。
「ちょっとあなた、これ……」
「戦闘中に縫合が破れ、出血を抑えるために電撃で焼灼の処置をいたしました。甲斐なく再出血しましたが」
「もう! あなたって人は!」
淡々とした応答に、美千流が声を詰まらせる。軍服の下、裂かれた血染めのシャツの奥にあったのは、ひどい状態の傷口だ。銃創の上に火傷が覆いかぶさるように広がっている。なおかつ、傷口からは血がにじみ出ている。
その様子を横から垣間見つつ、万都里と精一も悲痛な顔を浮かべていた。
五十槻はといえば、自らの胸部の際どい部分を衆目に晒されているわけではあるが、誰も自分の性別に疑義を呈する様子がないあたり、己の乳は男性と遜色ないくらいに平坦なのだなとあさっての方向で安堵している。
ふと、五十槻の傷口から出血が止まる。脇腹だけでなく、脛に負った禍隠咬傷の出血もだ。美千流が神籠を使ったことは明白である。令嬢はぐすっと鼻をすすりながら、五十槻の衣服をそっと戻した。
「ありがとうございます、清澄さん」
「いいえ。私、こんなことくらいしかできないわ……」
「十分です。これでまた……戦える」
そう言い放った五十槻に、万都里が再びごすっと手刀を落とした。
「だからたわけ、お前はもう大人しくしてろ! なぜそう死に急ぐ!」
「別に死に急いでいるわけではありません」
「こんな大怪我でさらに出撃しようという奴の、どこが死に急いでないっていうんだ!」
真剣な怒声が五十槻の頭上に降ってくる。年上の同期は眦を潤ませながら、五十槻の手首を強く握っている。「そうよ」と美千流がそれに続けて口を開いた。令嬢の声はほとんど潤み声だ。
「お願い五十槻さん、もう避難しましょう。もちろん、お義母さま弟さんも連れて。これ以上あなたに傷ついてほしくないわ!」
「いいえ」
五十槻は同期と令嬢の必死の説得に対し、にべもない。きっぱりと言い切り首を横に振ると、西の空へ紫の眼差しをまっすぐに向ける。空からはなおも不吉な赤い光が降り注ぎ、うずくまっている大猿の背を照らしていた。痛みに喘ぐ大猿の背が、ゆっくりと遠い海原を背景に上下している。黒く、蠢動する山が景色の中に増えたようだ。
「僕がここで山を下りたら……あの羅睺門は誰が破壊するのです」
五十槻の返答に、「それは……」と万都里が口ごもる。
禍隠を出だす異界の構造体・羅睺門。これを破壊できる手段は、現状、八洲にただひとつ。
八朔の神籠をおいて他にない。
「甲伍長」
「はいよ」
ここまで精一は、黙ってやりとりを見守っている。その彼へ、五十槻はいまいちど確かめる。
「たしか、藤堂大尉がこちらへ向かっているということでしたね」
「そう。たぶん俺たちより一時間遅れで到着するはずだ」
精一はそう答えるが、実際綜士郎はもうすでに百雷山へ到着している。いま現在、この山に縦に掘られた坑道を急上昇中である。
そんなこととは露知らず。五十槻は「なるほど」と怜悧な面持ちで頷いた。
「藤堂大尉がいらっしゃるのなら、大猿の対処は大尉の神籠が最適任だ。到着次第、香瀬高捷神の神籠による体腔膨張を試みてもらいましょう。そして、僕はやはり門をなんとかしないといけない」
それから落ち着いた眼差しを、美千流と万都里のふたりへ向ける。
「おふたりのご心配痛み入りますが、現在百雷上空に出現している羅睺門は、類を見ないほどに大規模です。いったん下山し、僕の回復を待って出直すにしても、その間にどれほどの禍隠を吐き、惨禍を及ぼすか想像もつきません。現に大猿もあの門から排出されている。周辺住民を禍隠の禍から守るためにも、いまここで破壊するのが最善かと存じます」
「し、しかし……!」
「俺はいつきちゃんの言う通りだと思う」
「き、甲! キサマ!」
突然口を挟んで五十槻の言に同意した伍長に、万都里が激昂する。けれど精一は冷静だ。
「こんなヤベエ代物を放置して下山するのは、俺もどうかと思うぜ。いつきちゃんに死なない程度の余力があるのなら、いま破壊しておくべきだと思う。それに……いつきちゃん、何を言われても説得に応じる気はないでしょ? ここで問答に時間かけるより、本人のやりたいようにやってもらうのがいいんじゃない」
「おまっ、無責任な……!」
「無責任なもんか。俺は覚悟を買ってるんだ。なぁ、八朔の神籠」
にっと笑いかけるキツネ伍長に、五十槻は「ええ」と応じた。少女の口許はほんのり微笑を浮かべている。
「伍長。よくご存じのようですね、八朔の神籠の扱い方を」
「さあて」
肩をすくめてはぐらかす精一に、五十槻はなんだか少しうれしくなった。叔父の部下であった彼は、その事実を無闇に明かすことなく、いままでそっと五十槻のことを見守ってくれていたのだろう。
さて。五十槻は面持ちを引き締めて凛然と姿勢を整えた。
八朔の神籠は守るための力である。他者を、自らを。
「ご安心ください。僕はもとより死ぬつもりはない。そのために──おふたりの力もお貸し願いたい」
真剣な紫の瞳を向けられて、万都里と美千流はぽかんとしている。本当にあの八朔五十槻だろうか、と。なにより藤堂が近くにいると把握しておきながら、なんだその落ち着きぶりは。自認藤堂の犬のくせに、もっとワンワンキャンキャン取り乱すとかないんかい。
……とふたりからの怪訝な眼差しを浴びつつも。五十槻は真顔で続けた。
「僕に案があります。この全員が、状況から無事に生還を果たすための案が。もちろん、僕自身も含めて──!」




