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八朔少尉は乙女の枠におさまらない  作者: 卯月みそじ
第一章 八朔少尉、女学生になる
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2-4


 わたくしの名前は大福院きな子☆

 このたび国立櫻ヶ原高等女学院三年一組に編入することになった、爆裂可憐な転校生ですわっ!

 実家は元々地方の貧農でございましたが、祖父の代で心機一転、大福屋を開業。改良に改良を重ね作り上げた大福が売れに売れて爆売れし、ついにわたくしの父の代で大・確・変! 憧れの成金世帯にのし上がったのでございますわ!

 皇都内へ越してきたのは他でもありません、父の大福屋をこちらでも出店することになったからでございましてよ!

 お店の場所? 屋号? まだ営業準備中につき秘密ですわっ!

 なんで金髪? 祖母方に西洋の方がいたからでございますわっ! 声が低い? 遺伝ですわ! 女性にしてはがっしりしてる? 遺伝ですわっ! その目見えてる? もちろん今現在もばっちりあなた様をガン見中でしてよっ! なんで制服着ないの? こっちの方がかわいいからにございましょーがっ! 別に着物に袴だと喉ぼとけが丸見えだとかすね毛がチラ見えするとか、決してそんな理由じゃございませんことよオーッホッホッホッホッホ!


 なにを聞かされているんだろう、と五十槻(いつき)は真顔で困っている。目の前には高笑いの勢いのまま、後ろに倒れんばかりののけぞりっぷりを見せる大福院きな子嬢──もとい、(きのえ)精一(せいいち)伍長。


 潜入三日目。今日は他の生徒が登校するより少々早め前に、五十槻と精一は学校の廊下で顔を合わせていた。

 会うなりいきなり聞かされたのが、先程の謎の口上である。


「……というのが、きな子ちゃんの生い立ちや人となりヨン! いつきちゃんもきちんと頭に入れておいてね!」

「はぁ……」


 どうやら甲伍長は、潜入にあたって細かい役作りをしているらしい。

 こんな早くに、本当に何を聞かされているんだろう。ちなみに呼び出してきたのは精一の方である。話したいことがあるから朝早くに来てくれ、と昨晩自宅に文が届いたので来てみたら、これだ。とはいえ、精一には精一なりの理由があるらしい。廊下にはまだ他に人気はないものの、禍隠を警戒してか、精一は潜めた声で五十槻へ耳打ちした。


「ほら、俺らせっかく二人で潜入してんのに、クラスもバラバラだし連携取りづらいじゃん? せめて転校生同士の(よしみ)で仲良くなったってことにして、休み時間でも自然に話せるようになった方がいいと思うんだわ」

「さすが伍長」


 五十槻は普通に感心した。女装して適当に遊んでるだけではなかったとは。そんな彼女へ、精一はチッチッチと得意げに指を振り、「いまはきな子とお呼びになって☆」とエセお嬢様の口調で言う。


「それとね、いつきちゃん」


 精一はキツネ顔をにぱっとさせて続けた。


「風の噂で聞いたのだけど、今回の禍隠(まがおに)ちゃん、なんでもこの学校の美人の生徒ばっかり狙ってるんでしょう? きな子、こわ~い!」


 藤堂中尉がいたら「お前の方が怖いわ!」と一喝しそうだが。

 そろそろ登校してくる生徒がいることを考えてか、精一は誰に聞かれても支障のない語り口で続ける。あくまで女学生同士の日常会話、という(てい)だ。傍から聞けば女友達の立ち話。だが本作戦において、五十槻に必要な事柄をそれとなく伝えるしゃべり方である。ノリは馬鹿だがなかなか高度なことをしている。


 今回の禍隠が美人ばかりを狙うという話は、五十槻も荒瀬中佐から聞いていた。


「それでね、わたくしのクラスメートの方に色んなお噂を聞いてみたんだけど……この学院に、美人の女子生徒にたいそう縁のある方がいるらしいの! それでね、きな子の調べによると、その方に口説かれた方が次々に禍隠に襲われているんですって!」

「なんと……」


 五十槻は舌を巻いた。普段はちゃらんぽらんのパッパラパーで通っている甲伍長の、なんという情報収集能力。正直軍隊にいるよりも、警察や探偵の方が合ってるんじゃないだろうか。

 それにしても、『口説く』とは。


「ああ、いやだいやだ。次は絶対わたくしの番でしてよ? いつきちゃんも多分わたくしの次くらいだと思うから、せいぜい気を付けてくださいまし! ほら」


 精一が会話の最後で、キツネ顔を廊下の先──正面玄関の方へ向ける。玄関の方から、きゃあ! と黄色い声が沸き立った。下足箱のあたりから、「先輩!」「すばる先輩!」と少女たちが口々に誰かを歓迎している声が伝わってくる。


「噂の方がいらっしゃったわよ」


      ── ── ── ── ── ──


「おや」


 五十槻はその人物と出くわすなり、目を疑った。黒い詰襟の学生服を着ている。男物だ。

 青年のような短い黒髪に、爽やかに整った顔立ち。足が長く背丈もあり、にこやかな笑みは二枚目役者のようである。周囲にはたくさんの女生徒が群がっている。全員が全員、きゃいきゃい言いながらその人物へ熱い視線を向けていた。

 一瞬男子生徒がいるのかと思ったが、違う。よくよく見ると、学生服ごしにうかがえる体の輪郭は、柔らかく丸みを帯びている。なにより胸元にはふくらみがあった。

 さて、転校生には五十槻だけでなくきな子も当てはまるが、彼、いや彼女は颯爽とした歩みで傍らのピンクドレスの化け物を無視し、五十槻の前で立ち止まった。


「キミかい、最近きた転校生って」


 男のしゃべり方だが、声は女性のものだ。男装の麗人、というやつかもしれない。「類友(るいとも)だね!」と精一に耳打ちされたが、意味はよく分からない。しかし、男子の制服が許されるなら、自分も着慣れた男の装いの方が良かったと残念に思う五十槻である。とはいえ任務中の装いは矢絣の制服と命じられているので、いまさら勝手に変えることはできない。隣に立つ甲伍長のドレス姿については、ちょっとよく分からないけれど。

 麗人はまっすぐ向けられる五十槻の視線に、少し困ったように笑いながら告げる。


「はは、こんな格好で驚いちゃうよね。矢絣よりもこちらの方が似合うって、みんな言ってくれてね。おだてられるまま、なんとなくこの格好でいるんだ」


 そう言うと、学生服の麗人は、清々しい口調で名乗った。


「ボクは四年三組、薬師寺(やくしじ)(すばる)。気軽に昴と呼んでくれ」

「三年二組、稲塚いつき。宜しくお願い申し上げる」


 麗人──昴の名乗りに対し、五十槻は挙手礼で返す。その様子に、昴はぷっ、と上品に噴き出した。


「ははは。噂通りの面白い子だね。それに……」


 昴は五十槻の後ろにある壁に、そっと手をついた。いわゆる壁ドンという状態である。周囲の女学生からきゃあ! ギャピーッ! といった黄色い歓声が上がる。


「すごく綺麗な眼の色だ。紫の瞳なんて、ボクは初めて見たな。ずっと見ていたくなる」


 じっ、と覗き込んでくる昴のぱっちりした二重の目を、五十槻もいつもの癖でまっすぐに見つめ返す。

 しばらく見つめ合ったのち、昴はその整った顔立ちへふわりと微笑を浮かべた。


「ねえキミ、もしよかったら、ボクと……」

「昴さま!」


 そのとき。玄関方面から、屹度(きっと)問い質すような声が響いた。五十槻が声のした方を見てみれば、つかつかと不機嫌な顔で歩み寄ってくる女生徒が一人。清澄(きよずみ)美千流(みちる)だ。彼女の腰巾着二名も、少し後ろからおずおずと美千流の様子を伺いつつ、ついてきている。昴がさっと五十槻から身を離した。

 やってきた美千流は、憤慨の表情で昴と五十槻を交互に見る。


「昴さま、朝から一体全体、どういうことですの!? あなたは私のお姉さまだったはずでしょう!」

「美千流くん」


 なにやら剣呑な雰囲気である。


(お姉さま?)


 姉妹なのだろうか。五十槻は美千流と昴の顔を見比べてみたが、全然似ていない。そんな五十槻へ、にまにま顔の精一がそっと耳元で説明した。


「エスって間柄ですわ。シスターの頭文字を取ってエス。女学校の中の、特別仲のいい先輩後輩って意味ですのよ」


 説明されても五十槻にはよく分からなかった。

 昴と美千流のエスの絆がどれほど深いかは軍属の二人には見当もつかないが、美千流はいま、たいそう立腹している。まるで恋人を奪われたかのような剣幕だ。


「稲塚いつき! あなたも人のお姉さまを取るだなんて、とんだ尻軽女ね!」

「あ、あの美千流さん。白獅子の君にご執心だったのでは……?」


 取り巻きその一からの指摘に、美千流は自信満々に断言する。


「だまらっしゃい! 素敵な殿方や麗しい先輩はすべて私のものよ!」

「さ、さすが美千流さん!」


 そこに痺れる憧れるぅ、な取り巻きたちは置いといて。


「まあまあ美千流くん、ボクが悪かったよ。お願いだから、機嫌を直しておくれ?」

「昴さまもひどいわっ! 私というものがありながら!」


 やれやれと宥める昴と、彼女の胸をぽかぽか叩く美千流。本当に何を見せられてるんだろうと思っている五十槻。「修羅場ですわーッ!」となぜか喜んでいる大福院きな子。

 ひとしきり昴の胸の中で甘え放題甘えた後、美千流は再び五十槻を憎らし気な目で見た。


「いい、稲塚いつき! 私の大事な方を横取りしようとするなんて……ちょっと顔がいいくらいで、調子に乗りすぎではなくて?」

「別に横取りなんてしていません。自分はその方に話しかけられただけです」


 五十槻の冷静な反論に、野次馬女子たちはどよめいた。財閥令嬢へ口ごたえをして、ただで済むわけがない。

 美千流が可愛らしい桜色の唇をぎりっと噛み締め、敵意の視線をさらに強める。


「いいえ、あなたが誘惑したのだわ! そうでしょう、昴さま!」

「はぁ……」


 同意を請われて。昴は困ったような笑いを浮かべ、肩をすくめて言った。


「ボクはただ、彼女の綺麗な瞳に見入っていただけだよ」

「つまり誘惑したようなもんじゃない! この泥棒猫!」

「いえ、仰せのような事実はありません」


 五十槻は断言する。傍らでは大福院きな子が必死で笑いをこらえている。

 真顔を微動だにさせず恬淡(てんたん)と発言する転校生に、理不尽にも美千流の堪忍袋の緒が切れた。

 美千流はつかつかと五十槻へ歩み寄ると、右手を振り上げ、生意気な彼女の横っ面へ……


「おっと、暴力はだめだ美千流くん!」


 その手を後ろから素早く掴んだのは、昴だった。昴は後ろから美千流を抑えつつ、あやすように言い聞かせる。


「さ、その手のひらをおろしておくれ。キミがボクをそんなに想ってくれてることは、充分に分かったから」

「うぅ……」


 昴の腕のなかで、美千流はなおもしばらく恨めし気な眼差しをこちらへ向けた後、大人しく引き下がっていった。


「さ、みんなも教室へ向かおう。ほら美千流くん、笑ってごらんよ。今度どこかで甘味をご馳走してあげるから……」


 そうして昴が、美千流だけでなく野次馬の女学生もみな引き連れて去っていく。

 男装の麗人は五十槻に背を向け、財閥令嬢の肩を抱きつつ歩みを進める。しかしふと、美千流に気づかれないようこちらを振り返り、五十槻へ向けて爽やかに笑ってみせた。

 嵐が去ったあとのように、廊下には静けさが戻った。もはや五十槻ときな子以外、人っ子一人残っていない。


「……一体なんだったんだ」


 首をかしげる五十槻の後ろで、ついに大福院きな子嬢のこらえていた笑いが爆発した。「オ、オホホ……」と最初こそ令嬢っぽさを意識した笑い方であったが、途中から「ちょ、むりむりお腹痛いダハハハハハハハ!」といつものアホ伍長の抱腹絶倒っぷりである。

 ひとしきり腹を抱えて爆笑した後、精一は息も絶え絶えに五十槻へ言った。


「はー……、やっぱり口説かれちゃったね、いつきちゃん!」

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