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五
「五十槻さん、ねえ五十槻さんってば!」
「はい」
「びっくりしたでしょう? 私、密かに女子看護隊に応募して、首席で合格したのよ!」
「左様ですか」
「左様ですかって……やだわ、なんだか言い方がお通夜みたいでしてよ?」
「気分的には近しいものがあります」
鞍掛少将演説後の軽い休憩時間。さっそく走り寄ってきた清澄美千流嬢に対し、五十槻はご指摘の通り喪中のような受け答えである。真顔はいつにも増して硬直し、笑みも特段の驚きもなく、旧知の令嬢へただ沈鬱な視線を注いでいる。
「……なぜ、応募なされたのです。危険が伴う職務であると、聞かされていたのですか」
紫の瞳を細め、五十槻は口早にそう尋ねた。咎めるような口調である。
令嬢はにわかに顔色を翳らせた。
美千流はきっと、五十槻が驚いたり、喜んだりする様子を期待していたのだろう。歓迎されていない気配を察して、彼女は口をパクパクさせながら、必死に紡ぐ言葉を探している。しかし。
「おい、その辺にしておけ清澄美千流! ハッサクが嫌がっているのが分からんか!」
五十槻と美千流が会話しようものなら、すぐに首を突っ込んでくるのがこの男である。獺越万都里。
「ったく、見た顔がいると思えばまさかキサマだとはな! なーにが首席で合格しただ、さほど勤勉な性格でもあるまいに……さては裏金を使ったな! 不正入隊だ!」
などと万都里は、根拠のない憶測を声高に発しながら現れた。さらにこれ見よがしに五十槻の肩にガシッと手を置いて見せたので、対面している美千流は「ぐぬぬっ!」と苛立ちの形相を深めている。
剣呑な犬猿同士の雰囲気に、五十槻は同期をたしなめようとするけれど。
「あ、あの獺越さん。出合い頭にそのような失礼な発言は……」
「出たわね獺越万都里! あんたは相変わらず徹頭徹尾失礼ね! 怪我したら塩か辛子でも傷口に塗り込んでやろうかしらクッソ腹立つ!!」
五十槻の制止も甲斐なく、美千流も万都里へ食って掛かる。令嬢は万都里の登場で、ちょっと気を取り直したようであるが。犬猿のふたりはいつもの如く喚き合いを始めてしまい、ぎゃんぎゃんとやかましいことこのうえない。五十槻は「あの……」と遠慮がちに仲裁に入ろうとするけれど、火に油もいいところ。「五十槻さんは黙ってて!」「ハッサクは黙ってろ!」とふたりは取り付く島もない。
傍から見ればそれは、三角関係の修羅場であった。作戦開始早々、八朔少尉と獺越少尉が女を取り合っているぞと、周囲の士卒は騒然としている。いかにも風紀上よろしくない雰囲気だ。精一が遠巻きにきゃっきゃしている。
「おい、なにを騒いでるんだ」
見かねて……というか、荒瀬大佐に肘で小突かれて、渋々綜士郎が仏頂面でやってきた。参謀も楽ではない。というか喧嘩の仲裁なんて参謀の仕事だろうか。
五十槻、万都里、美千流の三人を順に見渡して、綜士郎は若干げんなりした様子だ。現れた上官に、五十槻は申し訳ない顔で俯き、美千流と万都里は口論こそやめたものの、まだ互いに睨み合っている。
「まったく……獺越! 重要な任務が始まるというのに、しょっぱなから軍紀を乱すんじゃない。清澄のお嬢さんも、どうかお控えを」
藤堂大尉にたしなめられて、財閥令嬢と公爵令息はチッ! ケッ! と互いに舌打ちだの敵意の視線だのを交わし合う。そんな両人を前に、綜士郎の形の良い眉が片方、ヒクヒクと引きつっている。参謀の顔はいかにも「仕事増やすなばかたれ」と言いたげだ。
「あの、藤堂大尉」
そんな空気の中で、五十槻はおずおずと口を開いた。
「……藤堂大尉はご存じでしたか。清澄さんが看護隊として同行なさること」
「いや、隊の人選については司令部が担当していたからな。俺も今日初耳だった」
そうですか、と五十槻は項垂れる。胸中に満ちる、暗澹とした気持ち。
綜士郎の発言通り、特務群所属の将校は、随伴女子看護隊の人選には一切関与していない。
看護隊の設立は、特務群が隷属する「対ラ特務司令部」の意向によるものである。
藤堂群参謀は看護隊結成の草案が発表された当初より、危険な行旅になること、男所帯に年若い娘を帯同することの風紀への影響などを理由に少女らの同行を拒む意向を示していたものの、結局司令部側に押し切られる形で現況に至っている。
特務群司令部上層のおじさん達曰く、
「若い娘さんたちがそばにいた方が、兵たちも士気が上がるというもんだろうよ」
……とのことである。
この決定に綜士郎は脱力するとともに、腹立たしさを露わにしていたし、五十槻も同感だった。神籠でない者──それも非力な娘たちを同行させる。もし禍隠相手に何かあったとき、彼女らは自力では対処できないだろう。
五十槻と違って、彼女たちは普通の女の子なのだから。
「…………」
美千流が傍らから気づかわしげな、どこか辛そうな眼差しをこちらへ送っている。けれど、五十槻は気付かないふりをした。
さて、随伴女子看護隊の同行は、決定事由こそおじさんのおじさんによるおじさんのための理屈であるものの、発案者自体はまっとうな人物である。発案者の『彼』に思い至り、五十槻は人知れず軍医科の隊列の方へちらりと視線を傾けた。思えば『彼』と清澄美千流とは、そういえば互いに顔見知りだったはずだ。
果たして、視線を向けた先には──看護隊の結成を提唱した件の人物が、こちらへ向かって駆け寄ってくるところだ。白衣を翻しながら、白髪まじりの頭髪をばさばささせて現れたのは──御庄軍医少佐だ。




