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四
「全員静聴! 対ラ一号作戦について、いまいちど貴様らに今後の作戦概要を示す! わざわざ再三の説明をくれてやるのだ、感謝しつつ聞け!」
雷鳴が去った後の田園風景に、今度は苛立った中年男の声が響いている。急ごしらえの演台の上に立つ少将の目前には、整然と居並ぶ多数の神事兵たち。
拡声器ごしの鞍掛少将の音声は、ときどきひっくり返っては耳障りなハウリングを起こしている。彼の目前に整列する士卒らは一様に直立したまま、しかし若干不快そうな眼差しを少将へ向けていた。
五十槻もその中にあってひとり、中央列の最前において、静かに少将の弁へ耳を傾けている。
「これから貴様ら対ラ特務群・中核中隊には、八洲列島を西進しつつ随所の羅睺門を破壊してもらう! 行軍にあたっては八洲各地の神事兵部隊等と合流し、特務『群』を形成! 現地部隊と適宜協力のうえ、任務に当たれ! いいな!」
対ラ特務群。今回の作戦の遂行にあたり、特別に編成された部隊である。
「対羅睺蝕国家防衛計画第一号・海㝢縦貫作戦」実行に際し、陸軍参謀本部は対ラ特務司令部を設置。本作戦における実働部隊・対ラ特務群は同司令部隷下として、作戦を遂行することとなる。
対ラ特務群の中核は一個中隊である。この一個中隊が八洲各地を巡察し、門を探知、発見次第、速やかに対象を破壊する。ただし門の破壊に際しては、禍隠の大量発生が予測される。そのため各地方管轄の神事兵科、ならびに他兵科の部隊を適宜特務群へ編入しつつ、人員、物資等に関しては流動的な管理体制を敷くものである。
なお、『群』という部隊単位は、皇国陸軍ではあまり用例がない。複数の大隊もしくは中隊からなり、必要に応じて部隊規模を拡張、縮小することができる編成だ。
今回の作戦では、いまここにいる五十槻ら中核中隊が八洲全国を巡り、各地の神事兵部隊等と合流、分離を繰り返す。各地の部隊と逐次合流する必要性から、今回『群』という編制が用いられたのである。
「つーかさ、全国の神籠の精鋭をぜーんぶまとめてさ、最初っからつよつよ部隊作った方がかっこよくない?」
などと、精一が五十槻の右横で嘯いているけれど。
鞍掛少将のがなり声を背景に、不良伍長のさらに右隣では、万都里がため息を吐いた。青年は苦虫を噛み潰したような顔で、アホのキツネに解説を加えてやる。
「たわけめ、神籠は希少な戦力だ。いくら八洲の今後を左右する重要な作戦とはいえ、平時においても貴重な神籠をいたずらに招集し、各地の対禍隠戦力に穴をあけては元も子もない。各地域の神事兵部隊と適宜連合しての作戦遂行が最も合理的、と……事前の講習でやっただろうがこのアホ!」
などと万都里は最終的にキツネをなじるが、この不良伍長が講習の類を真面目に聞いているわけがない。精一は細い目をへくるりと五十槻へ向けた。
「えーと、なんだっけ。俺たちこの後は西側に進んでいくんだっけ?」
「はい。いましがた鞍掛少将も説明なされた通り、我々は八洲列島を西進し、ひとまず列島西南部を目指すことになります。最南端の玖珂諸島を攻略後は行軍を折り返し、一路皇都まで移動。作戦後半は、八洲東部の門を破壊しつつ、北東方向へ進軍する予定です」
精一の問いかけに、五十槻は正面を向いたまま淡々と答えた。少尉二名からの解説に、伍長はやれやれと肩を竦めて見せる。
「つまり……俺たちは全国津々浦々のいろんな部隊と協力しつつ、いったん門を破壊しながら西に進む。そんで列島の一番端まで行ったら折り返して皇都にバビュンと帰都して、そしたら今度は八洲東側の門を破壊して回る、ってこったな。うわ、めんどくさっ」
「こらっ、そこぉ! なに無駄口を叩いている!」
ビシィ! と演台の上から、鞍掛少将がキツネ顔を指さした。最前列で私語しているのだ、見つからないわけがない。
「まったく、『飛電』配属の連中が情けない! 羅睺門破壊専任小隊として自覚を持て!」
叱声を浴びてしまった。少将の剣幕に、万都里はアホ伍長へ「オイ」と責めるような視線を投げかけ、当の精一は「はいはいサーセン」とまったく堪えていない。五十槻はひとりだけ、「はっ!」と少将からの叱責に深々と頭を下げた。
その様子を、群参謀の綜士郎は演台の脇から呆れ顔で眺めている。「こいつら大丈夫か、色々と」とでも言いたげな面持ちだ。
五十槻、万都里、精一の三名は、まとめて専任小隊「飛電」に配属された。
羅睺門破壊専任小隊「飛電」はその名の通り、羅睺門の破壊を専門に行う。唯一門破壊の異能を持つ八朔五十槻少尉を、神籠数名が護衛、補佐する構成の部隊である。小隊長は獺越万都里少尉が務め、五十槻と精一はその指揮下となる。彼ら以外にも数名、他地域の神籠が今後小隊に加わる予定だ。
なお、万都里が小隊長に任命されたのは、はっきり言って消去法だった。精一は隊の中で最年長であるものの、階級は伍長。また五十槻も作戦の要でありつつも、自他ともに認める指揮官不適任者である。命令を聞くのは得意だが、命令を出す方はとんと不得手なわけだ。そんなわけで、綜士郎に次ぐ五十槻の監督者という面も考慮して、獺越少尉が隊長に選出されたのだった。
それはともかくとして。
鞍掛少将による爆音演説が行われている、この田園地帯の空き地。整列しているのはなにも軍人ばかりではない。
列中央から少し離れた場所には、陸軍神祇研究所所属の研究者たちの姿もあった。先頭はもちろん、現神祇研所長、南桑陣吉氏。その後ろには清澄京華女史もおっとりにこにこと佇んでいる。特務群には、彼ら神祇研の面々も同行することになっていた。
また──さらに少し離れた場所には、ひときわ異彩を放つ集団が配されている。
その集団は、軍服でも白衣姿でもない。もんぺ姿の、うら若き少女たちだ。
「──それから本作戦には、禍隠による外傷の発生が相当数見込まれる。であるからして、民間に特別に募集をかけ、軍医科の補助要員として『随伴女子看護隊』を結成、貴様ら特務群中核部隊に随伴させるものである!」
鞍掛少将のやかましい演説が、さっそく彼女らに言及している。当の少女たちはひそひそ笑いさざめいていて、少将の説明なんて意にも介していない。
「いいか貴様ら! 年若い娘が帯同するからといって、妙な考えは決して起こさぬことだ! 行軍中になんぞやましいことでもあれば、式哨は給金取り上げのうえ除隊処分、神籠の者は収容所送りである! 隊の中にはいいとこの御令嬢もいらっしゃるのだからな! いいな、分かったか!」
鞍掛少将の訓諭に対し、少女たちは「やだぁ~」と緊張感のない声を漏らしている。そんな彼女らへ、士卒の列からは好色な視線が相当数向けられていた。今後の軍紀が危ぶまれる限りである。
──随伴女子看護隊。
その存在に、五十槻は余計に気が重くなっている。なぜわざわざ募集をかけてまで、非戦闘要員──それも自分とそう年の変わらない、非力な若い娘を危険な行軍に同道させるのか。どうして軍医や衛生兵だけで作戦を全うしないのか。五十槻は本来作戦に疑義は差しはさまない性分であるものの、ことこの看護隊なる集団に関しては、さすがに疑念を持たざるを得なかった。
それに懸念事項はもうひとつ。
紫の瞳でちらりと看護隊の列を窺う限り……その先頭に立っている娘は、どう見ても五十槻の知り合いだ。あちらからも、時折ちらちらとこちらを垣間見ているような気配が伝わってくる。
(あれは……清澄さん?)
随伴女子看護隊の、その列の最前に立つ少女は。
射干玉の瞳に、後ろでひとつにまとめた長い黒い髪。遠目にも分かる整った顔立ち。少し地味な色合いの着物に、他の少女と同様、もんぺを合わせている。彼女は五十槻と目が合ったことに気付くと、嬉しそうに笑顔をほころばせた。
見紛うはずもなく、それは──清澄美千流その人であった。




