7 末っ子は思春期真っ盛り
そして今日も、ホッドミミルの森は、幼い子供達がきゃらきゃらと笑う楽しげな声がこだまする。
「りーぶ! おにごっこしよ!」
「だめ! りーぶはわたしたちとおままごとするの!」
「えー! みんなで動物さんごっこしようよぉ。好きな動物さんのまねっこしてぇ、それから、それからぁ……」
「そんなのよりかいぶつたいじごっこがいい! 昨日ティカしゃまが読んでくれた絵本のやつ!」
「りーぶはどれがいい? りーぶはいちばんちっちゃいさんだから、好きなのえらんでいいよ!」
「……ええと…………」
いとけない子供達に囲まれて、今年十五歳になるのだというリーヴはやっぱり無表情ながらもどことなくどころではなく困っているようだった。
経験上、誰か一人の提案を優先すると後が怖いということをすっかり身に染みて理解しているからだろう。
さて、どうするつもりかな。場合によっては私はこの洗濯物の片づけを切り上げて、リーヴの加勢に行かなくては……という私の考えは、結局杞憂に終わった。
リーヴが「兄さんと姉さん達みんなで、花冠を作るのはどうだろう。お互いに交換し合うとか……」と提案すると、子供達はぱっと顔を輝かせて一様に「そうする!」と口を揃えた。
流石リーヴ、抜かりのない采配である。
わっと歓声を上げて花を集め出す子供達に付き合って、リーヴもまた花を集め出す。
その姿を見ていると、本当にどちらが『お兄ちゃん、お姉ちゃん』なのか解らないなぁ、なんて感慨深くなってしまう。
リーヴがこのホッドミミルの森にとどまると決めてから、三年。
クロムレックには「ほら言わんこっちゃない」とばかりに溜息を吐かれたけれど、それがリーヴ自身の選択であるのならば、私はそれをむげにできないし、できる限り尊重したいと思うのだ。
そうしてこの八年間、変わらない日常が続いている。
ホッドミミルの森は、今日も平和だ。
「ティカ」
「あらリーヴ、どうし……きゃっ!?」
子供達に早くも渡された花冠を、頭の上で山積みに挿せているリーヴが、何かを私の頭に乗せた。
その途端に鼻をくすぐる香りと、手で確かめた感触に、これはこれは、と思わず笑う。
「私にもくれるの? 気にしなくていいのに」
「……ティカだからあげたいんだ」
「ふふふ、養い親冥利に尽きるわね。似合うかしら?」
「…………うん」
「ありがとう、リーヴ」
他の子供達に教えられて、リーヴはすっかり花冠を作るのが上手になった。
流石私が手塩にかけて育ててきた『お姉ちゃん、お兄ちゃん』達だ。
花の摘み方すらおぼつかなかったはずのリーヴがここまで素敵な花冠を作れるようになるなんて、それだけ子供達が教えるのがとってもお上手だということなのだろうし、リーヴ自身の努力の賜物でもあるのだろう。
「あー! りーぶずるい! あたくしもティカしゃまにあげるぅ!」
「ぼくも! ほら、ぼくは青いお花でつくったんだよ!」
「わたしはね、ティカちゃまにはピンクと赤がいいとおもってね、だからねぇ!」
「おれだって、これ! なあティカしゃま、じょーずにできたんだぜ!」
「あらあらあら、本当に、みんなとっても素敵……ってきゃああっ! ふふ、ふふふふっ! もう、ティカ様ったら大人気ね」
それぞれが作った花冠を手に、我先に争って駆け寄ってくる子供達に勢いよく押し倒され、私は喜びの悲鳴を上げた。
そんな私に、これまた我先にと子供達が次から次へと花冠を乗せてくる。
全身を包む花の香りがあまりにも心地よくてついついうっとりしてしまう。
「そうだよぉ、ティカちゃまのこと、みーんなだいしゅきなの!」
「ね、りーぶもでしょ?」
「え」
「りーぶもティカしゃまのことだいしゅきだもんねぇ」
「え、あ……」
子供達にまっすぐに見上げられ、リーヴが気圧されたようにたじろいだ。
その紫電のまなざしが、子供達を抱き締め返しつつなんとか身体を起こした私と、子供達の間を何度も行き来して、そうして彼の白皙の美貌がうっすらと赤らむ。
「……うん、俺も、す、すき、だ」
「ねー! そうだよね、みーんなティカちゃまのことだいすきだよね! りーぶもおそろいだよね!」
「い、や、その、ちょっと意味が違……」
嬉しそうな子供達ににこにこと同意を求められ、何故かリーヴは何やらもごもごと口ごもった。
子供達を傷付けないための優しい嘘で、実は彼が私のことを好ましく思っていない……なんて勘違いするほど、私は若くはない。
リーヴはちゃんと私のことを慕ってくれていて、子供達のことも大切に思ってくれていることを知っているから、私はふふと笑みをこぼす。
「ティカしゃまぁ、りーぶもティカしゃまのことすきだって! よかったね!」
「ええ、嬉しいわ。ありがとうリーヴ。私も大好きよ」
「ええー! ティカしゃまぁ、ぼくは!?」
「わたしは!?」
「もちろんみーんな大好きよ。かわいい私の子供達!」
両腕を広げてみせると、きゃー! という歓声が上がって、またしても一斉に子供達が飛びついてくる。
ああもう、こんなにもかわいい宝物達……! と感動するのも束の間、子供達はすぐに気を取り直して、「かくれんぼしよー!」と私から離れていった。
もう少しくらい抱き締めさせてくれてもいいだろうに、なかなかつれないおちびちゃん達である。
結果として残されたのは、お互いに花冠を山ほど頭に乗せた私とリーヴだけだ。
当たり前のように隣に座って、私が畳んでいた洗濯物に手を伸ばし、几帳面に畳み始める彼の姿に、なんだかしみじみとしてしまう。
「お手伝いしてくれてありがとう、リーヴ。あとでご褒美をあげるわね」
つい先日、クロムレックが土産だと言って、ドワーフ族との取引でついでにもらったおまけの飴の瓶詰が私の部屋に隠してある。
まるでドワーフ族が採掘する宝石のようにきらめく飴玉は、食べるのがもったいないくらいに綺麗なものだ。
子供達に見せると確実に一瞬でなくなるに違いないから、いざという時のための特別なご褒美として取っておいたのである。
今こそあれを出すべきとき……と思っていると、なぜかリーヴはなんとなく不機嫌そうな顔になった。案の定今日も今日とて無表情なのだけれども、もう私も子供達も、この美貌の些細な変化を読み取るのは慣れたものだ。
どうかしたのだろうか。
今の私の発言で、どこをどう気分を害してしまったのか解らず首を傾げると、リーヴはむすっと唇を尖らせる。
「いつまでも子ども扱いしないでほしい。手伝いをするのは当たり前だろう。俺だって、もう次の満月で成人なんだから」
「あ、ああ――……。そういえば、人間は十五歳で成人だものね」
リーヴの正確な誕生日は、誰も知らない。
本人も解らないと言うし、私達も調べようがなくて、だから彼の誕生日は、彼がこのホッドミミルの森にやってきた日、ということにしている。
そうか、もうこの子は、十五歳になるのか。
「本当に大きくなったわねぇ。このあいだまで、あーんなにちっちゃかったのに」
私の腰に届くか届かないかくらいの身長だったくせに、今となっては私の目線と彼の目線はもう同じ高さだ。
そしてリーヴの成長期はまだ終わっていないらしく、これからもまだまだ背丈が伸びていくことが容易に想像できる。
こうなると、彼に見下ろされるようになるのも時間の問題だろう。
「魔族は誕生日には重きを置かないけれど、人間はそうじゃないのよね? ごめんなさいね、今まで何もしてあげてこなくて……」
「別に。俺は気にしてないし、ティカが気に病むことじゃない」
「でも……ううん、やっぱり何かしらお祝いすればよかったわ。あなたは一年ごとにどんどん変わっていくんだもの。それはやっぱり素敵なことだと思うから」
何せ魔族の寿命は長いので、一年ごとにお祝いをする、なんて文化はない。
それらしいお祝いといえば、せいぜい成人祝いくらいなものだ。
けれど人間にとっての一年は私達のそれとは大きく意味が異なるだろうし、リーヴくらいの年齢の子供ならばなおさらだろう。
今更になって何もしてこなかったことが悔やまれる。なるほど、これが後で悔いるからこその後悔か……。
思わず溜息を吐き出すと、不意に、リーヴの手が伸びて、私の頬にかかった髪をその指先が絡め取る。
花びらを巻き込んでいたその朱金の髪をたわむれるように遊ばせながら、リーヴはじっとこちらを見つめてくる。
「俺は、ティカにはもうずっと、色んなものをもらってるから。だから今更祝ってくれなんて言わない。いつだって祝われてるようなものだから」
「……本当に無欲な子だこと。もっとわがままを言ってもいいのに……うん、やっぱり今年はお祝いをしましょう。成人祝いだもの、魔族だって成人祝いくらいはするんだから、みんなでぱーっとお祝いしなきゃ」
そうだ、そうだとも。
今まで何もしてこなかった分、ここで一つぱーっとひと騒ぎしようではないか。
私はリーヴの好きな料理をたくさん作って、子供達には屋敷の飾り付けをしてもらったり、ああそうだ、きっと誰もがリーヴに何かしらあげたがるだろうから、そのお手伝いもして……。
ふふ、考えたらどんどん楽しくなってきてしまった。
「楽しみにしていてね、リーヴ」
「…………ああ」
何やらものすごーく複雑そうな表情で、なぜかがっくりと肩を落として頷いてくれるリーヴの頭を撫でてから、私は次の満月へ向けての計画を練り始めるのだった。