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4 ぅわこの末っ子っょぃ

――――そして、この三日後。事件は起こった。



いつものようにユグドラシルの根元で子供達の相手をしていたところ、突然、私達の住居である、かつて魔王城と呼ばれた屋敷の一角から、爆音が上がった。

きゃー! と子供達が悲鳴とも歓声ともつかない甲高い声を上げる。


「ティカちゃまぁ!」

「ねぇねぇ、なぁにぃあれ!?」

「花火!? あれが花火っていうの?」

「花火、ではないわねぇ……。クロムレック!」


私の足元にぴよぴよとまとわりつく子供達を宥めつつ、側近の名前を呼ぶと、私の影からクロムレックがにょい、と姿を現した。

ちらりと彼の赤い目が私を見つめ、そうして「だから言ったでしょう」という呆れ声とともに肩を竦められる。


うう、耳が痛い。けれど耳をふさいでいる暇があったら、一刻も早く現場に向かわなくては。

そう、事件は会議室ではなく現場で起こっているのだから!


「クロムレック、子供達をおねがい!」

「御意に」

「私のかわいい子供達、ちょっと行ってくるわね!」

「はぁい、ティカしゃま」

「あそこ、りーぶのお部屋だよねぇ、だいじょぶかなぁ」

「おれたちも一緒にいく! りーぶはだいじなすえっこだから!」

「こらこら、ドラク、無茶を言うものではありません。魔王様はご自分の尻ぬぐいに向かわれるのですから、邪魔をしてはいけませんよ」

「おしり?」

「おしりふき? ティカしゃまは、もう大人なのに?」

「なんでぇ?」


ええー? と首を傾げ合う子供達の姿に、無性に恥ずかしくなりながら、私は地を蹴った。

ああもう、クロムレック、確かにその通りだけれど、他にもっと言い方があったでしょうに!


けれどそんな文句を言う余裕もなく、とにかく急いで駆けたその先にあるのは、屋敷の一角、現在はリーヴの私室となっている部屋だ。

もうもうと立ち込める粉塵に飛び込み、ベッドに駆け寄る。


「リーヴ! 大丈夫!?」

「……けほっ、こほっ、う、ん」

「よかった……」


幸いなことに最悪の事態は避けられたらしい。

けれど、安堵している暇はない。リーヴを背後に庇って振り返ると、突き刺さるような視線にさらされる。


あらぁ、と私が苦笑してしまったのも無理はないと思っていただきたい。


私の視線の先にいる、下半身が蛇の少女の名前はラミア。

私がお世話している子供達の中でもピカイチの嫉妬深さを誇る少女である。


「ラミア、どうしたの? リーヴと遊びたかったのかしら?」

「ちがうもんっ! あそびたくなんかないもんっ! ティカしゃま、そいつ、そいつが来てから、そいつのことばっかり! あたくしだってティカしゃまともっと一緒にいたいのにっ!!」

「あらぁ、そうなの」


ああ、恐れていたことが現実に……。

クロムレックの言う通りだ。これは完全に私の采配の誤りである。


私はラミアのこともリーヴのことも、もちろん他の子供達のことも同じくらい大切だけれど、まだ幼い子供にとっては、直接どう私が接するかがすべてだ。

ラミアにとっては、私がリーヴをひいきにしているとしか見えなかったのだろう。

大きな瞳にいっぱいの涙を浮かべて、ラミアは吠えるように叫ぶ。


「ティカしゃまどいて! そいつやっつけられない!」

「ラミア、ティカ様はあなたにはその台詞はまだちょっと早いと思うわ!?」


どこの誰だ、こんな台詞を教えたのは!?

思わず全力でツッコミを入れると、ラミアはびたんびたんと地団駄を踏むように蛇の下半身を床に叩きつけ、そして鞭のようにそのままその尾をしならせる。


「りーぶとかいうそいつも、ティカしゃまも、だいっきらあああああああい!」

「っ!!」

「ッティカ!?」


リーヴを抱き込むようにして庇った次の瞬間、したたかに背中を打ち据えられる。

お、おおお、なかなかどころではなく普通にとても痛い。一瞬呼吸すら忘れる勢いだった。


自慢ではないが私はあくまでもお飾りの魔王、実態はただの子供達のお世話係の保母さんである。

だからこそこうして身体を張るしかないのだ。


しかし本当に痛い、ああでも、とうとう堰を切ったように泣き出したラミアのほうがもっと痛いに違いない。

すぐに抱き締めてあげたいのに、未だに衝撃でしびれる身体は思うようには動かず、抱きかかえたリーヴごとその場に倒れ込むことしかできない。


「ティカ、ティカ!」

「だ、い、じょうぶ……」


震える声が何度も私を呼んでくれる。リーヴだ。


私の腕から抜け出した彼が、懸命に私を呼んでいる。かろうじて返事をするけれど、それ以上のことはちょっとばかり難しい。

なんとか笑みを浮かべてみせると、その瞬間、リーヴの美貌から、すとんっと感情が抜け落ちた。

今まで散々彼の無表情は見てきたけれど、そのどれとも異なる、本当に、無、と呼ぶべき表情。


「よくも」


幼い声が淡々と紡がれる。そこに宿る底知れない響きにぞくりとする。



「よくも、ティカを」



次の瞬間、目の前からリーヴが消えた。

え、と思う間もなく、きゃああああ! と悲鳴が上がる。ラミアだ。


慌てて痛む身体に鞭を売って体を起こすと、気付いた時にはすでに、リーヴは押し倒したラミアの上に馬乗りになって、つい先ほどの爆発で砕けた窓ガラスのかけらを握り締め、ラミアに振り下ろそうとしていた。


……いや、いやいやいやいや、ちょっとちょっと待った。



「ま、待ちなさああああい!!」



もうこうなると身体が痛いとかなんて言っていられない。

全力で立ち上がって、リーヴを背後から抱き締めるようにしてラミアから引き剥がす。

ラミアの、その、ひぐひぐと恐怖にしゃくりあげている姿にこれでもかと胸が痛む。


「ティカ」

「な、何かしら? だめよ、リーヴ。ラミアはあなたのお姉さんなんだから」

「でも、ティカを殴った」

「これくらいよくあることよ。落ち着きなさい。私はあなたがラミアを傷付けることも、ラミアがあなたに傷付けられることも、同じくらいとっても悲しいわ」


そう、子供達がふざけて私を吹っ飛ばすくらいのこと、よくよくある日常の光景である。

今日は少しばかりラミアがやりすぎた感があるけれど、それでも十分許容範囲だ。

だから大丈夫なのだと、ぎゅっとリーヴを改めて片腕に抱き直し、そしてもう一方の腕で、床に座り込んで泣きじゃくるラミアを抱き寄せる。


「ラミア、ごめんなさいね。あなたは私のことが大好きだもの、やきもちをやいてくれたのね?」

「うん、うんっ! ごめ、ごめんなさっ!」

「謝らなくてはいけない相手は、私ではないでしょう?」


むしろ私こそがラミアに謝るべきであり、そして、ラミアが今、その謝罪を向けるべき相手が誰なのか、彼女自身は解っているはずだ。

腕の中で何度もラミアは頷いて、そうして、すぐとなりで、同じく私の腕の中にいる、『末っ子の弟』へと向き直る。


「ごめんなさい、りーぶ」

「…………」


リーヴは何も言わなかった。

けれどその無表情が確かに柔らかくなって、彼は静かに無言のまま頷きを返した。


だからこそなのか、ラミアは安堵のあまりもっと泣き出してしまって、そうして私達三人……ばかりではなく、子供達全員と、私は、その夜、ユグドラシルの根元に毛布を持ち寄って眠ることになった。


初めてまともに外に出てきた『末っ子の弟』、もといリーヴに、子供達は大はしゃぎして、よってたかって彼をもみくちゃにして、リーヴはほとほと疲れ果てた様子だった。

けれど「リーヴはあまえんぼさんのすえっこだから、ティカしゃまのとなりで寝ていいのよ!」というラミアの提案には、どうやら喜んでくれたらしい。


いつになく穏やかな彼の寝顔に、私もまたほっと安堵の息を吐いたのだった。

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