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3 ボロ雑巾、末っ子になる

結局のところ、私が“リーヴ”と名付けた少年は、そのまま“リーヴ”として、私達とともに暮らすことになりました。完。


……というわけで、物語があっさり完結するはずがなく、とにもかくにも私達の平和と安寧の日々に、ちょっぴり刺激が加わることになったのである。


リーヴを森で保護したあと、えっちらおっちらユグドラシルの根元まで運んだ私は、彼が目覚めるのを待って事情を聞くことになった。

とはいえ、彼は何やらずっとぼんやりしているばかりで口数は極めて少なく、名前を聞いても無言であり、ならもう“リーヴ”でいいわよね、いいのよね、ええそうしましょ、そうしましょう、という流れで彼はリーヴになったのである。


かろうじて聞き出せたのは、彼が人間であること、そして、年齢が七歳であることだった。


私の記憶が確かならば、人間の七歳児は、もう少しばかり大きく成長していると思っていたのだけれど、どうやら違っていたらしい。あるいは、リーヴが特殊であったのか。

今のリーヴの体型は、人間でいう三歳、四歳程度の、私が育てている子供達の勢いにたやすく敗北してしまうくらいには頼りなく小さいものだ。

まああれだけ体内の生命力と魔力をいじくりまわされていたらまともに成長できるはずがないので、逆に納得ではあったのだけれど。


子供達は私の“おみやげ”もといリーヴに怯えるどころかむしろ大喜びだった。

「おとーと!?」「おとーとだ!!」「ぼくらのすえっこだ!!」と大はしゃぎしてリーヴに詰め寄り、病み上がりの彼を振り回そうとするのを止めるのはほんっとうに大変だった。


逆におかんむりだったのが、言わずもがなクロムレックである。

私がベッドにリーヴを運び込むやいなや、即、「捨ててらっしゃい」と言い放ってくれた。


――捨ててらっしゃい。今すぐ。迅速に。

――大丈夫よ、私がちゃんとお世話するから。

――そういう問題ではありません!

――とは言われても、もう名前もあげちゃったし……。

――…………魔王様、まさかとは思いますが、まさか、まさかあなた……。

――えへ、たぶんそのまさかで合っていると思うわ。それよそれ。

――~~~~このっ大馬鹿者の小娘がああああっ!!


なーんてやりとりがあった、なんてことは、もうお察しの通りであるとしか言いようがない。


いや~~あれだけ叱られたのは何年ぶりだろう。

あれか、五年前くらいに、子供達の間にタチの悪い魔族風邪が流行って、ほとんど不眠不休でその看病に追われて、最終的に子供達が全快するのと入れ替わりで私がぶっ倒れたときが最後だった、気がする。

……わりと最近だったな、申し訳ない。


まあとにもかくにも、リーヴは晴れてウチの子になったわけである。

多種多様な魔族の子供達を現在進行形で育てている私だけれど、人間の子供を引き取ったのは生まれて初めてだ。

そのせいか、なかなか勝手が掴めなくて難しい。


「リーヴ、ご飯よ。そろそろお粥じゃなくて、雑炊くらいは食べられるんじゃないかしら」

「…………」


始めはとろとろの、ほとんど液体だったお粥から、少しずつ固形物に慣れさせていって、ようやく今日の献立は、しっかりと噛み締めつつものど越しは間違いないはずの雑炊にしてみた。


リーヴがやってきてから既に一か月が経過している。

だがしかしまだまだ本調子にはほど遠い少年のお世話は、気付けば私の日常の一部に組み込まれている。


ほかほかと湯気を立てる雑炊を乗せたトレイをちょいとばかり掲げてみせると、ベッドの上で上半身を起こして、そこから見えるユグドラシルと、その根元で遊んでいる子供達を眺めていたらしいリーヴが、ようやくこちらを向いてくれた。


「調子はどう?」

「…………」


返事はない。

いつものことなので今更気にするまでもなく、私はベッドの脇の椅子に腰かけて、サイドテーブルの上にトレイごと雑炊を置いてから、うーん、とやっぱり雑炊のお椀とスプーンを手に取った。


「はい、あーん」

「…………」


二度、三度、と、ふうふう息を吹きかけてから、スプーンで雑炊を少年の口へと運ぶ。

ぱか、とリーヴの口が開いて、それを勝手に了解と受け取って、そとスプーンを差し入れる。


やがてもぐもぐと咀嚼を始める少年の姿を、改めて見つめてみる。


ぼさぼさばさばさ伸び放題だった髪は、とうの昔にしっかり洗い、綺麗に整えられて、ほうき星のような銀色にきらめいている。

土気色だった肌には赤みが差し、もともと白かったらしいそれは健康的な意味合いでの白となった。

乾燥してばきばきにひび割れていた唇も淡く色づき、長く濃い睫毛に縁どられた瞳には紫電が宿って、確かな生命力を感じさせる。


一般的に、美形、だとか、整っている、だとか、そういう風に受け取られる魔族の容貌と比べても、何ら引けを取らない、なんならそれ以上の、と表してもおかしくはないほどの美貌の少年である。


一か月前よりも肉が付いたとはいえまだまだやせぎすだけれど、これからこの子はもっと美しくなるんだろうなぁ、なんて、他人事としてしみじみ感心してしまう。

魔族の子供達は成長がゆっくりだから、それと比べたら、きっとその日はあっという間に来るのだろう。


改めて考えてみると、それはなんだかとても不思議なことのような気がした。


「雑炊、大丈夫そうね。自分で食べられるかしら?」

「!」


この一か月というもの、ずっと私が食べさせてあげてきたけれど、そろそろ自分で食べ始めてもいい頃合いなはずだ。

毒がないことはもう理解しているだろうし、密かにベッドの上で身体を動かす練習もしているようだから、訓練としてもちょうどいいのでは。


そう思っての提案だったのだけれど、何故かリーヴの瞳が、ぱちん、と大きく瞬いて、そのままそっと視線が下へと向けられる。

えっなにこの反応。そんな見捨てられた子犬みたいな反応をされるとは思わなかった。

私にいつまでもお世話されているのは本意ではないだろうと思っていたのだけれど……ううん?


「……じゃあ、明日からにしましょうか。今日は特別ね」

「…………」


クロムレックが見たら「甘すぎる」と溜息を吐かれるに違いない提案に、リーヴはこっくりと、想定以上に深々と頷いてくれた。うん、私も甘いと思います。

でも、まだこの子はたった七歳なのだ。

魔族の年齢換算と比べちゃいけないけれど、私にとっては赤ちゃんみたいなもので、ついつい世話を焼きたくなってしまうのである。


ああもう、表情こそずっと無表情なものの、こんなにも明らかにまとう雰囲気が嬉しそうなものになってしまうと、やっぱり甘やかしたくなってしまうのだ。


よくない、よくないわよねぇと解っているのに。


「はい、どうぞ」


そして私は今日も、紫電の瞳に宿るかすかな期待に敗北し、せっせと彼の口に食事を運ぶのである。

グリフォンの子も今よりももっと小さいときはこんな感じだったということを思いだした。

いやあの子はこの子のような無言ではなく、今も昔もぴーちくぱーちく愛らしく騒がしくさえずってばかりいるけれども。


「最後のひとくちね、おしまい。ごちそうさまは?」

「……ごちそう、さま」

「ふふ、よろしい」


すっかり触り心地の良くなった銀色の髪を撫でる。紫電の瞳のまなじりが少しだけ柔らかくなって、心地よさげに細められる、そのささやかな変化が素直に嬉しい。


さて、そろそろ戻らなくては。


この一か月というもの、すっかりリーヴのお世話にかかりきりで、なかなか今までのように他の子供達のことを見てあげられていない気がする。

リーヴが怪我人というか病人というか、とにかく本調子でないこともあり、他の子供達にとってリーヴは『末っ子の弟』であるらしいから今のところ見逃してくれているけれど、そろそろ不満を爆発させる子が出てきてもおかしくはない。

なにせ、それくらいにはあの子達に愛されている自覚と自信があるもので。


「それじゃあリーヴ、またね。動けるようなら好きに出歩いてくれてかまわないわ……ってこれは毎回言ってるかしら。とにかくそういうことだから、もし大丈夫なら、よかったら他の子供達とも遊んであげて。末っ子が元気になったって、あの子達、きっととっても喜ぶもの」

「……ティカは、そっちのが、いいのか?」

「え? うーん、そうね、仲良しなのはいいことよね。でも別に無理にとは言わないわ」


子供達はリーヴが元気になって、自分達と遊んでくれるのを心待ちにしているようだけれど、それはそれ、子供達が仲良くなることは誰かに強制されてなるべきものではない。

のんびりゆっくりでいいのだ。


ただ人間の時間は、私達魔族にとってはとても速く過ぎ去ってしまうものだから、できたら早めに仲良しになってくれると個人的に嬉しいとかなんとかそういうわがままを……いや口には出さないけども……。

とかなんとかいう私の不埒な考えに気付いているのかいないのか、リーヴは無表情ながらもなんとなく神妙な顔つきになって、こくり、と小さく頷いた。

どうやら「解った」と言いたいらしいけれど、大丈夫だろうか、これ。


リーヴは七歳という年齢の割に、随分と大人びた子である、という印象である。

他の子供達はこの子を末っ子扱いしているけれども、実際の精神年齢はリーヴのほうが上だろうという認識だ。


――だったら、大丈夫かしら。


リーヴに遠慮させたいわけではないけれど、私の心配を脇に置いたとしても、この子はいい意味で引き際をわきまえている子である。

いつか遠慮も引き際も取っ払って、他の子供達とお団子のようになって転げまわり笑い転げる、そんな日が来たらいいな、というのは、私の希望的観測が過ぎるだろうか。


「じゃあリーヴ、お夕飯のときにまた来るわね。他に用事があったらそこのベルを鳴らしてちょうだい。もちろん、直接呼びに来てくれても構わないから……あら、どうしたの?」


綺麗に空になった器とトレイを手に立ち上がると、くん、と、スカートのすそを引っ張られた。

見れば、リーヴが俯きながらも、私のスカートのすそを握り締めている。

あらあら、と目を瞬かせてから、ふふ、とつい笑ってしまった。


「お腹がいっぱいになったら眠くなるでしょう。寝物語と子守歌、どっちがいいかしら?」

「……べ、つに、ティカ、が、いてくれるだけで、いい」

「まあ、光栄ね。それじゃあもう少し一緒にいさせてもらおうかしら」


こんな風に、ようやく、あまりにもささやかな、わがままだなんて呼べるはずもないお願いをくれるこの子を、どうして捨て置けるだろう。


ただ一人に入れ込みすぎるのは本当によくないと解っている。

つい先日クロムレックにも「いい加減になさい」と苦言を呈された。本当によくできた、私にはもったいなさすぎるほど有能な側近だ。

そして私は、あらゆる魔族にとって等しくあるべき、魔族こそを至上とすべきとされる『魔王』にはつくづく向いていないのだと思う。


でも、今だけは、もう少しだけ。

この子が本調子になるまでは、と自分に言い訳して、私は再び椅子へと腰を下ろしたのだった。

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