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魔王様の失敗作  作者: 中村朱里


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22 もう子供だなんて呼べません

そうして、詰め込めるだけ知識を詰め込み、合間を縫って衣装合わせを行って、あっという間に祝賀会当日はやってきた。

口を開けばこの二日間で覚えた五十年分の歴史がぽろぽろとこぼれそうである。

幸いなことにコルセットで腰をこれでもかと締め上げるのはもう流行ではないらしく、比較的余裕のある下着を身に着けて、私は用意されたドレスに身を包み、祝賀会の会場となった私達魔族の屋敷の控室で、ぐったりとソファーに身を預けていた。


つい二日前に感動の再会を果たしたリーヴとは、あれ以来顔を合わせていない。

私が眠っている間、魔王の伴侶、つまりは魔王の代理として各方面の政務をクロムレックに指導されながらこなしていたらしい彼は、言うまでもなく今日もとても忙しいらしい。私なんてほとんど子育てしかしていなかったのにな、と自分が情けなくなる。


せめて今日は、リーヴに恥をかかせないように、付け焼刃の淑女の所作を心がける所存である。


既に祝賀会と名付けられた夜会は始まっているらしい。

一応病み上がりの私は、最低限の出席でいいとは言われているものの、一応未だにお飾りながらも“魔王”の座にある私がいつまでもここでくだを巻いているわけにはいかないだろう。

クロムレックには「迎えを寄こしますから大人しくしていてください」とは言われているけれども……と、すっかり冷めきったお茶を口に運んだ、そのときだ。


扉がノックされる音がして、私はいかにも淑女らしく姿勢を正して「どうぞ」と答える。

そうして開かれた扉の向こうにいたのは、上品な銀の光沢が美しい生地に金と紫の糸でほどこされた刺繍が映える礼装に身を包んだリーヴだった。

見惚れるほどのいい男ぶりに感心してしまう。

けれどそのリーヴは、なぜかその場で固まっている。じっと見つめてくる紫電の瞳を見つめ返しつつ、ソファーから立ち上がって、彼のもとに歩み寄る。


「まさか夜会の主役のあなたが直接迎えに来てくれるなんて。わざわざありがとう」

「……え、あ、ああ。その、ええと、絶対にそうするって決めてたから。俺、が、一番に、ティカのその姿を見たくて」

「え? ああ、これ? 馬子にも衣装でしょう?」


私に用意されたドレスは、光の当たり方で生地そのものの色がゆらめく、見事な深紅のドレスだった。

私の朱金の髪と瞳に合わせて、今もなお生き残ってくれているその腕前はピカイチの老齢の蜘蛛の魔族にそれはもうとんでもなく無理を言わせて作ってもらったものだ。


私は別に手持ちのものでいいといったのに、他の誰でもなく蜘蛛族のご婦人自身が「何言ってんだい!」と半ギレで作り上げてくれたのだ。

彼女には改めてお礼を伝えなくてはいけないなぁと思いつつ、ちょいと長い裾を持ち上げて笑ってみせると、リーヴは顔を赤らめた。


「似合ってる。すごく、綺麗だ」

「……ありがとう。その、あなたもとっても素敵よ」


惚れ直しちゃうくらい、とは、冗談でもあまりにも恥ずかしすぎて言えなかったけれど、なんとなく伝わってしまったらしい。

お互いに顔を赤らめながら、リーヴから差し出された手に自分の手を重ねる。

そして向かう先は、この屋敷における大広間だ。


なんとなく、本当になんとなくなのだけれど、どうしてだかお互いに何も言えなくて、お互いの顔を見ることもできなくてただ無言で視線を合わせることもなくエスコートされ、大広間へといよいよ足を踏み入れる。


わっと歓声が上がった。

目の前に広がる光景に、思わず目を見開いた。魔族も、人間も、エルフも、ドワーフもいる。ありとあらゆる種族がそろっている。

いがみ合っているわけでもなく、楽しげに歓談し、お酒を飲みかわし、ときに冗談を言って笑い合っている。

そんな彼らは、リーヴと、そのとなりでエスコートされている私を見つめて、その手に持っていたグラスを高く掲げた。



「祝杯を!」



そう大きく宣誓したのは、なんとクロムレックだ。

彼もまた礼装を着て、私達のことを見つめている。そしてその宣誓を合図に、種族を問わずに集まった管弦楽団がその手の楽器を奏で始めた。


三拍子の旋律。ワルツだ。

え、と思う間もなく、リーヴに手を引かれ、大広間の中心へと連れ出される。


「あ、あの、リーヴ、私、あんまりワルツは得意じゃなくて……」

「大丈夫。俺がリードする。ティカは俺に、身を任せて」


ワルツどころか他のダンスだってお世辞にも上手だとは言えない私をフォローしながら、難なくリーヴはステップを踏む。軽やかな足取りに自然と心も浮き立って、なんだか泣きたくなるくらいに笑いたくなった。

いち、に、さん。いち、に、さん。

あんなにも小さかった子供に、私のほうがフォローされていることが少しだけ悔しくなったけれど、見上げた先にあるリーヴの表情があんまりにも嬉しそうなものだったから、そんな悔しさなんてすぐにどこかへ消え去ってしまった。


そして、ワルツが終わる。

誰かが手を打ち鳴らし始め、それは大広間中に広がり、周囲があたたかな拍手に包まれる。リーヴを見上げると、ばちりと目がった。どちらからともなく笑い合った私達の顔は、やっぱり赤く染まっている。


私の事情について、この祝賀会に参加した方々は、誰もが理解してくれているらしかった。だからこそ、勝手に気を利かされて、バルコニーに追い出され、私はリーヴと二人きりにされてしまう。


祝賀会の喧騒がまぼろしだったかのような、静かな夜だ。

月が輝いて、星が瞬いて、そうしてリーヴが目の前にいる。

見上げればならないくらいに伸びた背丈、記憶の中のそれよりももっと長く伸ばされた髪、残っていたはず幼さがそぎ落とされた凛々しい美貌。


それでもこの子は……いいや、“彼”はリーヴなのだ。



「本当に、いい男になったのね」



喜ぶべきなのか、さびしがるべきなのか、実に迷うところである。

目覚めたばかりのときに口にした台詞をもう一度繰り返すと、リーヴは誇らしげに笑った。

あ、この笑顔も私は知らない。


「ティカに釣り合う男になるために、頑張ったから」

「あら、じゃあ褒めてあげなくちゃね。頭を撫でさせていただいてもよろしくて?」

「……だから、俺はもう子供じゃない」

「ふふふ、そうね。そう、なのよね」


もうリーヴは子供ではない。誰もが見惚れる立派な男の人だ。


だからこそ今もなお私のことを想ってくれているのが、どうしても不思議に思えてならない。

選びたい放題だろうに、それでもなお私のことを選ぼうとしてくれるのは、それはもはや義務感にも似た何かではないのだろうか。


ならば私はやはり、リーヴの想いを受け入れるべきではないのでは、と、そこまで思った瞬間、リーヴが私の目の前に片膝を立ててひざまずく。そう、まるで、絵物語の中で、姫君に騎士が愛を乞うかのように。


想定外すぎて目を見開く私をまっすぐに見上げ、私の手を取って、リーヴは続ける。


「ティカは言っていただろう」

「……なに、を?」

「俺はいつか、ティカではない誰かに恋に落ちるって。俺はティカに恋をしていたけれど、それは本当の恋ではないって」

「…………そうね」


言った。言いましたとも。よーくよくよく覚えている。

なるほど、いよいよこれは、私のほうがリーヴにフラれる日が来たと言うことか。


よしきた、普通にとても胸が痛いけれど、私とてリーヴの養い親だ。きちんと最後通牒を受け取らなくては、と、覚悟を決める私を見上げて、リーヴは、見たこともないような、やわらかで穏やかで、そして何よりも甘い微笑みを浮かべた。


「俺がした恋は終わったけれど、そのかわり、恋に落ちた。ティカ、きみに」

「……え?」

「ティカがユグドラシルと同化して眠ってから、毎日ティカのもとに通った。いつ目覚めてくれるのか、本当は気が気じゃなった。毎日同じ寝顔なのに、どうしてかな。いつかティカが目覚めてくれたら、俺は間違いなく今度こそティカに恋に落ちるっていう確信があった」


それは思い込みではないだろうか、と思っても、言えなかった。

だって、ああ、なんてことだろう。

リーヴのその言葉一つ一つを、私は、嬉しいと思ってしまっているのだから。



「ティカ。きみの言う通り、俺は恋に落ちたんだ。きみが目覚めてくれた一昨日、きみのその暁のような瞳を見た瞬間に」

「っ!」



~~~~ああ、ああ、もう、もうもうもうもう!

ずるい、と内心で吐き捨てた。

自然と眉根がよって、我ながら随分とぶさいくな顔になっている自覚はある。

だってそうでもしなくては、涙があふれてしまいそうだった。



「ティカ。いいや、リーヴスラシル。俺は、きみがくれたリーヴという名の男は、あなたに恋に落ちた。あなたを、心から愛している」



きみは? と問いかけられて、考えるよりも先に身体が動いていた。

ひざまずいたままのリーヴの前にしゃがみこんで、その細身ながらもしっかりと筋肉がついた身体を、全力で抱き締める。


「私も」


あーあ、と自分に呆れかえりながら、泣くのを我慢して続けた。



「私も、あなたを愛しているわ。愛する子供達の一人としてではなく、たった一人の殿方として」



命を懸けて、一生を駆けて、私のことを愛し待ち続けてくれた男に、勝てるわけがないのだ。

悔しくてたまらない。いっそ腹立たしいとすら思う。けれどそれ以上に、リーヴのことが大切に思えて仕方なかったから、もう諦めるよりほかはない。


まさかこんなことになるなんて、と溜息を吐き出す私の顔を覗き込んでくる紫電の瞳を見つめ返すと、その距離がどんどん縮まってくる。

当たり前のように瞳を閉じた私の唇は、そうしてそのまま、リーヴによって奪われたのだった。

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