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魔王様の失敗作  作者: 中村朱里


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19/23

19 魔王

数えきれないほどの騎士や兵士、魔術師達を相手に、たった独りであらゆる魔術と武術を駆使して戦い続ける、人間にとって“勇者”であるはずのリーヴ。

たった一人相手にフェンリル騎士団は苦戦を強いられているけれど、それでもリーヴが無傷であるはずがない。

少しずつ、けれど確実に、彼は追い詰められていっている。


やめて、と叫びたくなった。

もういいの、逃げていいから、お願いだから。

そう叫びたくなった。


けれどそんな女々しい真似をするよりも先に、私の指は魔法陣を描き出し、今にもリーヴを屠らんと剣を振り上げていた騎士に向かって、雷を落としていた。

すさまじい音が響き渡り、そうしてようやく、リーヴを含めた地上の人間達が、空を飛んでいる私達に気付く。


息を呑む人間達を睥睨して、私は生まれて初めて、心からの残酷な笑みを浮かべた。



「――――随分と、好き勝手な真似をしてくれたわね」



自分の声が、自分のものではないようだった。

それまでの喧騒が嘘のように静まり返る戦場に、私の声が朗々と響き渡る。

リーヴが信じられないものを見る目で私を見上げてくる、そのまなざしを一瞥してから、私は笑みを深めてみせた。



「我は魔王、第六六六代魔王たるリティラティカ。欲にかられ戦を呼んだ愚かなる人間どもよ、我が真名を聞け」



そう、私の名前は。



「心して聞くがいい。我が真名はリーヴスラシル。我が真名を分け与えし我が伴侶を、返してもらいに来たぞ」



そう私が宣言すると同時に、私の周りをきゃっきゃと飛び回っていた子供達が、ぐるんと一斉に人間達へと視線を向けた。

あちこちに魔族としての特徴を残しつつも、基本的には人間の姿によく似たそれだった子供達の姿が、本来のそれへと塗り替えられる。

草木をまとう少女、私よりも大きな竜、女性の上半身を持つ巨大なクモ、雄々しく後ろ足で立つ人狼、巨大な蛇―――――数え上げればキリがない。


子供達が本来の姿に戻るのを見るのは私も随分と久しぶりだ。

子供達はきゃは、と、そろいもそろって無邪気に笑った。

その笑顔に宿るのは、圧倒的な怒りである。


「おろかなるにんげんどもめー!」

「うちのこかえせー!」

「ぼくらのかわいいすえっこになんてことを!」

「いじめっこはゆるさないんだからぁ!」


口々に人間を罵りつつ、子供達は膨大な魔力を操り、情け容赦なく人間達に襲い掛かった。


それはもうとんでもない勢いである。

幼い子供である分、余計に遠慮も何もあったものではない。どうやら、ではなく確実に、リーヴという『かわいい末っ子の弟』を害そうとした人間のことが、よっぽど腹に据えかねていると見た。


……いや、これ、私の出る幕、まったくないな?

なんかもうアースガルズ軍、子供達に追いかけ回されて、早くも全滅状態なんですけども。


ラグナロクに参加した歴戦の猛者ならばともかく、どうやらこの戦に参加している人間達は、この九年間で平和ボケした中で騎士団に入団しただけの、実践を知らない素人ばかりらしい。

それでよく魔族に喧嘩を売ろうと思ったものだといっそ感心してしまう。まあ私達はこの九年間すっかり大人しくしていたから、イケばヤれる! と思われたのだろうけれども。


何にせよ、軍隊の方は子供達に任せておいてよさそうだ。

ならば私が向かう先はたった一つ、たった一人のもとへである。



「――――――――――リーヴ!」



六対の羽をはばたかせ、すでにぼろぼろになりつつあるリーヴのもとに舞い降りた。


ああ、ああ、こんなにも傷だらけになってしまって。

それが私のせいなのだと思うとどうしようもなく胸が苦しくなる。


かさばる羽を消してリーヴに手を伸ばすと、その手を取られて思い切り引き寄せられる。


「ど、して、来たんだ……! 俺は、俺はもう、二度と会えない覚悟で……!」

「……ごめんなさい。だってあんな手紙を受け取ってしまったら、いてもたってもいられなくなってしまったの」

「…………読んだのか、あれ」

「ええ。いけなかった?」


間違いなく私宛だったはずなのだけれど? と視線で問いかけると、リーヴはぐっと言葉に詰まってから、もごもごと「隠しておいたのに……」と呟いた。

その呟きに、クロムレックの顔がぽんっと脳裏に浮かぶ。

あいつ、リーヴが隠した手紙をわざわざ探し出したな。


「クロムレックに感謝しなくちゃね」

「……俺は迷うところだけれ、ど。それより」

「うん?」

「その、さっき、俺のこと……その、『伴侶』って言ってなかったか?」

「…………」


勢いのままに口走ったその台詞を、リーヴはしっかり聞き拾っていたらしい。いやあれだけ堂々と宣言したら当然か。

ここで「言葉のあやよ」と言うのは簡単だったけれど、できなかった。


もういい加減、私も覚悟を決めなくてはならないと、そう思ったから。


「――――魔王にはね、両親から与えられる名前とは別に、ユグドラシルから託宣として授かる真名があるの。私の場合は、両親からはリティラティカ。そして、ユグドラシルからは、リーヴスラシルと」

「……リーヴ、って」

「ええ、私の真名の一部。魔王は、生涯の伴侶と定めた相手に、真名の一部と、自分の命の一部を分け与えることができるのよ。リーヴ、あなたと初めて出会ったとき、あなたの命はぎりぎりのところにあった。治癒魔術でも間に合わないほどに。だから私は、『生きたい』と願ったあなたの願いを叶えるために、名前と命を分け与えたの」


リーヴ……当時はまだ“ロキ”と呼ばれていた少年に対して、それが私にできる、唯一の方法だった。

そしてその真名と命の分配は成功し、“ロキ”は“リーヴ”となって生き延びてくれたのだ。


「いつか伝えなくちゃいけないと思っていたのだけれど、その、伴侶、という形であなたを縛り付けたくなくて、ずっと言えなかったの。勝手な真似をして、本当にごめんなさい」

「……謝らないでくれ。謝るべきは、俺のほうだ。ティカの大切な名前と命を奪って、しかも、伴侶だなんて。ティカは、俺のことをそういう風には見ていないのに」


ごめん、と小さく続けたリーヴの表情には、切なげな苦笑が浮かんでいた。

そのかんばせに、ぐうっと胸が詰まって、思わず彼の両頬を、この両手で包み込む。


驚いたように見開かれる紫電の瞳を見上げて、私はちょいとつま先立ちになって、そのまま彼の唇に、自分のそれを寄せた。


ますます見開かれるリーヴの瞳に、顔を真っ赤にした私の顔が映り込んでいる。


「いまさら、だけれど。私も、あなたのことが好きみたい。その、こういうことが、したいって意味で」

「!!」


もうどうにでもなれという気持ちである。


年の差だとか疑似親子だとかそういうことをさておいて、もうどうしようもなく私は、リーヴに惹かれてしまっていたのだ。

思い返してみると、わりとずっと前から。


ただそんな自分を認められなくて、目を逸らして、気付かないふりをし続けていたけれど、それももう限界だった。


あの手紙が決め手だった。

あんなにも熱烈な恋文を贈られて、ときめかずにいられるほど、まだ私は老いてはいない。

リーヴが私だけに見せてくれる柔らかい表情を見ないふりなんて、もう私にはできないのだ。


だから、と思う間もなく、思い切り抱きすくめられる。

そのまま唇をむさぼるように奪われて、私は文字通り呼吸が止まった。


そうしてやって解放された時には、私は肩で息をしていて、リーヴだけが頬を薔薇色に染めて、今まで見たこともないような、幸せそうな笑顔を浮かべていた。


「ティカ……いいや、リーヴスラシル。俺も、あなたが好きだ」

「ティカでもリーヴスラシルでも構わないわよ。ふふ、私もリーヴのことが……」


大好きよ、と。


そう伝えるつもりだった。けれど、叶わなかった。

ざわりと全身が総毛立ち、肌が粟立つ。

身の毛がよだつようなこの感覚が何を意味するのか、考えるよりも先に理解した。


理解して、しまったのだ。



「ユグドラシルが……!」



自分の声が震えるのが、まるで他人事のようだった。明らかに様子を変えた私をリーヴが支えてくれるけれど、大人しく寄り添っている場合ではない。

ふたたび六対の羽を喚び出して、リーヴを抱えるようにして空を飛ぶ。向かう先はもちろん、ホッドミミルの森の最奥、世界樹たるユグドラシルの元だ。


そして辿り着いたその場所で、私は呆然と立ちすくむ羽目になる。


ユグドラシルが、燃えている。

ホッドミミルの森の象徴、魔族の母たる世界樹が。

めまいがするような光景に崩れ落ちそうになる私を、リーヴが再び支えてくれて、なんとか立っていられるけれど、このままこの光景を放置しておくわけにはいかない。


「どうして……!」

「ふふふっ! やっぱりこの樹が魔族の要なのね!」

「っ!」


燃え盛るユグドラシルの陰から、一人の少女が歩み出てくる。

きらめく金の髪、海のようなサファイアの瞳。ブリュンヒルデ嬢、と呟くと、彼女は不快そうに眉根を寄せた。


「けがらわしい魔族が気安く呼ばないでくださるかしら。私は誇り高きワルキューレ、ブリュンヒルデ・ニーベルング。あなたの屋敷で読んだ書物で、この樹こそが魔族の魔力の流れを支配しているって解ったから、戦そのものはフェンリル騎士団の皆様に任せて、私はこの樹の処理に来ましたの。どんな魔術でも消すことは叶わない、魔人スルトの炎。これで魔族も終わりですわ」


魔人スルト、という単語にぎくりとする。かつて封じられた古の悪魔の名前であり、その炎は世界すべてを芥塵に帰すと呼ばれるものだ。


ユグドラシルが吸収した世界の魔力を、魔王が魔族に分配することによって、魔族は魔族たりえるのだ。

ユグドラシルが死ねば、魔族もまた滅ぶ。

考えるだけでも恐ろしい想像が、今、目の前で現実になろうとしている。


ふらりと足元をよろめかせる私を、リーヴが抱き上げるように支えてくれる。

そんな私を憎々しげににらんでから、ブリュンヒルデ嬢はうっとりとリーヴを見つめる。


「ああ、ロキ様……! これでロキ様の目も覚めることでしょう。ご安心なさって、わたくしが口添えすれば、ロキ様は再び“勇者”として返り咲けますわ。ええ、そうですとも。さあ手始めに、その魔王を……っ?」


ひゅん、と。リーヴの手から、瞬時に錬成された氷の矢が放たれて、ブリュンヒルデ嬢の胸を貫いた。

あっけなくその命を散らした美少女を気に留めることなく、リーヴは再び私に視線を落とし、泣き出しそうに顔をくしゃくしゃにする。


「ティカ、ティカ、ごめん、俺があの女を森に連れ込んだからっ」

「……大丈夫よ、リーヴ」


ああ、またこんな顔をさせてしまっている。それがあまりにも申し訳なくてならない。

この子には、リーヴには、笑っていてほしいのに。

それなのに私は、今から、この子をもっと泣かせてしまうに違いない選択をしようとしている。


ごめんなさい、と謝ることすら、きっと許されない。


「ユグドラシルは手遅れだわ。でも、ユグドラシルと魔族の存続を叶えるために、一つだけ方法があるの」

「っどうすればいい!? なんだってする、なんだってしてみせるから!」

「うーん、リーヴがすることは正直何もないわね。私がユグドラシルと同化して、私の生命力と魔力でユグドラシルを癒し続ければいいってだけだから」


できる限り軽い口調で言ってみたけれど、リーヴには、私があえて避けた台詞がばっちり伝わってしまっているらしい。

ひゅ、と彼は息を呑んで、私の顔を覗き込んでくる。


「ユグドラシルと同化したら、どうなるんだ」

「ただ眠りに就くだけよ。ユグドラシルが完全に再生するまで、ずっとね」

「っ!」


ああ、そんな顔をしないで。

どうか笑って見送って。

大丈夫、私、ちゃんと目覚めるから。


そんな気持ちを込めて笑いかけ、私はリーヴの手を借りずに立ち上がり、燃え盛るユグドラシルの根元へと向かう。

青々と茂っていた緑葉は見る影もなく、悲痛な悲鳴が聞こえてくるようだ。


母なる大樹よ、もう少しだけ我慢してくださいませ。

そんな気持ちを込めて、そっと樹肌に触れる。魔力を送り込むと、大木の太い幹に、まるで寝室のような空間が開く。


「ッティカ!」

「ねえ、リーヴ。私が目覚めるまで、待っていてくれる?」


残酷なことを言っているなぁ、と、他人事のように思った。

私がこの“寝室”で眠りに就いて、どれくらいの時を経て目覚められるかなんて、誰にも解らない。

リーヴは人間だ。もしかしたら私が目覚めた時には、もうリーヴはこの世界のどこにもいないかもしれない。

そう思うと自分でも驚くくらいに怖くなって、“寝室”に入ることをためらってしまう。


それなのに。



「待ってる」

「!」

「何年でも、何十年でも、何百年でも。どれだけ時間がかかったとしても、俺は絶対にティカを待ってる」



だから安心して眠っていいのだと、リーヴは私の手を取って、そっと“寝室”へと私を導いてくれた。

促されるままに横たわると、リーヴがそんな私の顔を覗き込んでくる。


「……リーヴ」

「ああ」

「おやすみなさい」

「ああ、おやすみ、ティカ」


泣き出しそうな顔をしていたのは、お互い様だった。

けれどそれでもお互いに不器用に笑い合って、私はそのまま、深い深い眠りの淵に落ちていった。

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