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14 忍び寄る変化

え、と思う間もなく、ずんずんと部屋に入ってきたのはリーヴだ。


しかも様子がおかしい。久々に目にする、感情の一切がそぎ落とされた無表情。

それが意味する感情を私が理解するよりも先に「それでは」とクロムレックが私の影に吸い込まれて消える。


に、逃げたなクロムレック……!


ちょっとそれはないのでは? と私が焦る間もなく、ずんずんずんずんと私の目の前までやってきたリーヴは、ぎらりと紫電の瞳を輝かせた。


「今の、誰だ」

「え」


短い問いかけに目を瞬かせると、リーヴはじれったそうに瞳をさまよわせる。

その瞳に宿る不安と焦燥にこちらのほうが焦らされてくるのだけれど、リーヴはそんなこちらに構うことなく、固い声で続ける。


「ティカとすごく仲がよさそうだった」

「え? ええ、それはもちろん。付き合いが長いもの」


クロムレックは私の護衛兼側近で、それこそ、私が生まれたときからほとんど一緒にいた相手だ。

そりゃあ付き合いも長いし、なんならクソ親父以上に私の父親のようなものでもある。

だからリーヴの問いかけは、今更過ぎるものなのだけれど、なぜかリーヴは、私の答えに、大層傷付いた顔をした。


「ティカは、あいつが好き、なのか……?」

「もちろん好きよ」


護衛で、側近で、大切な家族なのだから当然だろう――――と思ったのに、リーヴの顔が悲痛にゆがむ。


え、え、え?

なになに、どうしたの。


「っ俺、俺もまだもっと大きくなるから。もっとティカよりも背が高くなって、強くなって、誰からもティカも守れるようになるから。だから、だから、待っていてほしい。だから、だから、どうかさっきの奴じゃなくて、っ俺を。どうか、俺を、選んでくれ」


あまりにも切なる声でそう告げられて、私は言葉を失った。

何の話だかいまいちよく解らないけれど、リーヴがこんなにも真剣になってくれるならば、私だって真剣に応えねばならない。


「そうね。リーヴにはまだまだ伸びしろがあるものね。楽しみにしているわ」

「…………覚悟していて」

「ええ、胆に銘じておくわ。ふふふ、まさかリーヴが自分と張り合おうとするなんて、クロムレックもうかうかしていられないわね」

「え」

「え?」

「クロムレックさん、って」

「ええ、クロムレックよ。さっきまでここにいたでしょう?」

「クロムレックさんは、兔じゃ……?」

「クロムレックは魔術が得意なプーカ族だもの。人間への変幻術なんてお手のものよ。ちょっと調べてほしいことがあったからアースガルズに行ってもらっていて……って、リーヴ? どうしたの?」


私が皆まで言う前に、リーヴはずるずるとその場に座り込んでしまった。

私がそのそばにひざまずいて顔を覗き込むと、彼の白皙の美貌は、真っ赤に染まっていた。


「リーヴ?」

「な、んでもない。ただ、ちょっと、勘違いしてたのが恥ずかしいだけだ」

「そ、そう」


頼むからこれ以上つっこんでくれるな、というリーヴの強い意志を感じたので、私は大人しく引き下がることにした。


そんなとき、「リーヴ様ぁ、どこにいらっしゃるの?」という甘い声が聞こえてくる。

この声はブリュンヒルデ嬢だ。わざわざリーヴのことを探しまわっているらしい。


魔族だらけの屋敷でたった独り、頼れるのは同じ人間のリーヴだけだなんて、本当に気の毒なことだと思うし、だからこそリーヴのことを慕うその姿はなんとも健気で泣かせるものがある。


あれはもう完璧にリーヴに恋に落ちているな、とはリーヴを除いた私達魔族の共通認識だ。


「ほらほらお姫様の元に行ってあげなさいな、王子様」

「……俺はティカと一緒にいたい」

「いくらでも一緒にいられるじゃない。ブリュンヒルデ嬢はもうすぐアースガルズに帰っていただくことになるから、せめてそれまでは寄り添ってさしあげて。きっと不安でいっぱいだと思うから」

「…………解った」


いかにも不承不承といった様子だけれど、リーヴが確かに頷いてくれたのをいいことに、私も「ありがとう」とお礼を口にする。そして、「それから」と口火を切った。


「もしも、の話だけれど。リーヴ、あなたがグウェンドリン嬢と一緒にアースガルズに帰りたいって言うのなら、その手配も……」

「――――――――――ティカ」


低い声に遮られ、反射的に姿勢を正す。

リーヴの紫電の瞳が、怒りと切なさを宿して、私のことを見つめていた。

息を呑む私の手を、リーヴの手が握り込む。いつかと同じようにその手は、緊張に震え、ひんやりと冷えていた。


「俺はティカのそばにいる。あの女を拾ったのだって、ティカだったらきっとそうすると思ったからしただけで、あんな女に興味なんてない。俺にとっての唯一は、いつだってティカだ」


覚えておいて、と、そう言い残して去っていくリーヴに、どんな言葉がかけられたというのだろう。


「そんなつもりじゃ、なかったんだけどねぇ……」


誰にともなく呟いた台詞は、宙に溶けて消えるばかりだった。


そして、ブリュンヒルデ嬢がホッドミミルの森にやってきて一か月。

ブリュンヒルデ嬢を人間側に悟られないように平穏無事に送り返すための転移魔術が、ようやく完成しようとしていたころ。


 

また、事件が起きた。


 

なんと侵入者が現れたのである。

しかも、魔族とリーヴ以外はさまよい続けた挙句に命を落とすより他はないはずのホッドミミルの森に置いて、ユグドラシルの根元までたどり着いた、とんでもない猛者が。


幸いなことにクロムレックが迅速にその侵入者を捕らえ、私はクロムレック、リーヴとともに、その侵入者と相対することとなった。


その侵入者の第一声がこれまた問題だった。


「――――ロキ様! お探し申し上げておりました!」


これである。


よくよく見て見れば侵入者が身にまとう銀の甲冑、一年前にアースガルズの王都で見たフェンリル騎士団のそれだ。

ホッドミミルの森に魔族の残党が隠れ住んでいることは既に世間に広まっているからやってきたのだろうけれど、それにしてもよくユグドラシルまでたどり着けたものだと感心している私を無視して、侵入者は懸命にがなり立てている。


「ロキ様、ああ、ロキ様! 我々は信じておりました、ロキ様は一人、魔族どもの巣窟に向かい、今もなお戦い続けていらっしゃるのだと! 我々の考えは間違っていなかった、やはりあなた様は勇者であらせられた! ああ、ああ、ご立派になられて……! さあロキ様、遠慮など無用! その手ですべての魔族を殲滅し、我々を、私めをお助けくださ……っ!?」


侵入者に皆まで言わせず、私は無言で侵入者の頭を鍋でなぐった。

古なじみのドワーフに作ってもらったとっておきのオリハルコンの鍋の強靭さは折り紙付きである。

たった一発で意識を飛ばした侵入者を、最後の嫌がらせでげしっと蹴り付け、「クロムレック」と護衛兼側近を呼ぶ。


「構わないわ。片付けて」

「御意に」


クロムレックが宙に大きな円を描くと、そこにぽっかりと暗闇の空間ができあがる。

それに吸い込まれるようにして消えた侵入者の行先は、いずことも知れない場所、とりあえず確実なのはホッドミミルの森の外であるということだけだ。あとは知ったことじゃない。


そんなことよりも、これは改めて結界を強固にしなくてはならないなぁと反省しつつ、黙りこくっているリーヴに向き直る。


「リーヴ、大丈夫よ」


真っ青を通り越して真っ白になっている頬を両手で包み込み、私は彼に努めて柔らかく穏やかに笑いかけた。


「リーヴはウチの子なんだから、ウチにいればいいのよ。もちろん出ていきたくなったら出て行ってもいいのだけれど、少なくとも、さっきみたいな奴に利用されるために出ていくというのなら、私は他の子供達と一緒にあなたをユグドラシルに縛り付けてでも止めるから、ちゃーんと覚えておきなさいね」

「……ティカはそれでいいのか?」

「それ『が』いいの。大好きよ、リーヴ。私のかわいい子」


そのまま手を伸ばして頭を撫でると、リーヴはなぜかなんとも複雑そうな顔になったし、視界の端でクロムレックが笑いをこらえていたのが気になったけれど、まあ終わりよければすべてよしということで気にしないことにした。


なお、この直後、「リーヴ様ぁ! 怖かったですぅ!」と駆けこんできたブリュンヒルデ嬢に私が思い切り突き飛ばされた件については、完全に余談になるのだろう。

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