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13 末っ子の拾い物

「……ブ、ブリュンヒルデ、と申します……っ! リ、リーヴ様、お願いですからわたくしの側にいてくださいまし……!」

「森の出入り口に倒れてた。アースガルズが企画したミズガルズの観光中、はぐれて森までたどり着いてしまったらしい」

「あらぁ……それはまた……」


ツッコミどころが満載であるが、流石にそれを怯え震え上がっている本人を前にして口にするほど私は意地悪ではない、つもりである。


かつて栄えた魔族の国、ミズガルズ。

先のラグナロクで敗北を期したことにより、その領地はアースガルズ側に吸収されることとなり、ラグナロクから約十年の月日が流れた今、ちょっとしたスリルを味わうための観光名所扱いにされているとは聞いていた。


聞いていたのだけれど、実際にその観光客のお嬢さんを目にすると、なんとも複雑な気持ちになるものである。


上等な仕立て、上等な生地、流行最先端のドレスに身を包んだ、金の髪に青い瞳の、とんでもない美少女だ。

年のころは十六歳であるリーヴと同じくらいか、少し上、といったところだろう。

リーヴの陰に隠れて震える彼女に、できる限り穏やかな笑顔を心がけて、私は続けた。


「ブリュンヒルデ嬢、といったかしら。安心してちょうだい。手配ができ次第、必ずあなたをアースガルズへと送り届けるわ。準備が整うまではこの屋敷に滞在してもらうことになるから……リーヴ、彼女についていてあげてくれる?」

「……解った」


どこか納得していないながらも頷きを返してくれるリーヴに対し、ブリュンヒルデ嬢が青い瞳をきらきらと嬉しげに輝かせた。

素直なお嬢さんである。早くも彼女はリーヴにぞっこんラブ……いやこの言い方は古いか、ならば首ったけ……いやいやもっと古くなった、うん、とにかく、彼女はリーヴにもう夢中になっているらしい。

そうだろうそうだろう、ウチの末っ子はどこに出しても恥ずかしくない立派な麗しい少年に成長したのだから。


と、いうわけで、リーヴはブリュンヒルデ嬢のそばにできる限りいるようになったのである。

はい、そこで問題が発生した。


「りーぶ、またあの小娘のところぉ?」

「りーぶはあたくしたちのおとーとなのに、なんであの小娘がひとりじめしてるの!!」

「ずるい! ぼくらだってりーぶともっと遊びたいのに!」

「しょーあくな小娘め! おれが退治してやる!」

「こらこらこらこら、みんな、落ち着きなさい」


いくら幼い子供であろうとも、どうやら箱入り娘として育てられた良家の子女であるブリュンヒルデ嬢にとっては、“魔族”というだけで恐ろしくてならないらしく、どこに行くにもリーヴについて回り、はたから見ていると素敵な若い恋人同士のような姿にすら見える。


子供達にとってはどうやら、ではなく、確実にそれが不満極まりないらしく、ブリュンヒルデ嬢のことを『小娘』呼ばわりしてもう言いたい放題だ。

これは気を付けていないと本当に子供達がブリュンヒルデ嬢に襲い掛かる可能性がある。


いや私の子供達はとってもよいこなのでそんないきなり理不尽な真似はしないだろうけれど、子供達にとって『かわいい末っ子の弟』が奪われたという事実は、なんとも許しがたいものであるようだから油断はできない。


「……本当に、恋人みたいだこと」


私の執務室の窓の向こう、ユグドラシルの根元で、リーヴとブリュンヒルデ嬢が歓談にふけっている。

頬を薔薇色に染めたブリュンヒルデ嬢は可憐で愛らしく、とびぬけた美貌を誇るリーヴと並んでも何ら遜色がない。

他に頼れる者がいないから、という理由ばかりではなく、ブリュンヒルデ嬢はどんどんリーヴに惹かれていっているようだ。


解る、解るぞ、何せウチのかわいいリーヴは最高に素敵な男の子なのだから。


リーヴだって悪い気はしていないに違いない。

もしかしたら彼は、ブリュンヒルデ嬢と一緒にアースガルズへ帰還する、と言い出すかもしれないなぁ、と思いつつ、私は机に向き直って書類を片付け始めた。


それからしばらくして、執務室にやってきたのは、私の護衛兼側近のクロムレックだ。その姿を見て、あらまあ、と思わず呟く。


「あなたが人間の姿を取るなんて珍しいじゃない」

「直接アースガルズへ探りを入れてきましたゆえ、必要にかられまして」


本来ならば黒兎の頭に長身の青年男性の身体を持つクロムレックの今の姿は、兔頭の代わりに黒髪赤目の人間の頭がのっかっている。

どこからどう見ても、怜悧な美貌を誇る美青年だ。

この姿を見るのは随分と久しぶりだった。


「それで? ブリュンヒルデ嬢については何か解った?」

「ええ。ブリュンヒルデ・ニーベルング。アースガルズの王都に住まう良家の子女ですね。あちらでは彼女が行方不明になったことでそれなりに荒れているらしいですよ。早急にアースガルズに送り返したほうが身のためかと」

「そう。身元がはっきりしたならば問題なく送り返せるわ。近日中に転移魔術を用意しましょう――――って、何よ、クロムレック。何か言いたいことでも?」


なぜかじっと見つめられたので首を傾げてみせると、クロムレックはモノクルのずれを直しつつ、なんとも意地悪そうに口角をつり上げた。


「魔王様は嫉妬をしないのですか?」

「え、誰に?」

「…………聞いた私が愚かでしたね。あの小僧がさすがに気の毒になってきました」

「ええ?」


何の話だ。

嫉妬。嫉妬ってつまりやきもちだろう。

誰が。誰に。


「そりゃああんなにもかわいい女の子に慕われているリーヴのことは、その、正直うらやましいけれど。でもこんな魔王相手に、あんな可憐なお嬢さんが懐いてくれるわけないじゃない?」

「…………まあ、はい、そういうことにしておいてさしあげます」


なぜかクロムレックは私のことをとてもかわいそうなものを見る目で見つめ、重々しく溜息を吐いてくれた。

だからなんだというのだろう。教えてくれないくせに勝手に納得されるのはちょっとばかり面白くないぞ。


そう私がむっと眉根を寄せると、その眉間を、とんっとクロムレックの人差し指がつく。

不意打ちに目を瞬かせる私に、吐息すら触れ合うような近さで顔を覗き込まれ、え、と戸惑う。

けれどクロムレックは構うことなく、その口を、この距離のまま開いた。


「近頃、人間どもの間で、きなくさい動きがあります。フェンリル騎士団を筆頭にして志願者を募り、どうやらまた我々魔族に戦争をしかけるつもりらしいですね」

「それはまた、随分と不穏な話ね。大方、今までは魔族退治で食い扶持を稼いでいたのに、その魔族が今はほとんど表に出てこないから、フェンリル騎士団をはじめとした魔族討伐部隊がここでもう一度功績を立てようってところかしら」

「さすが魔王様、御明察です」


褒められたのにまったく嬉しくない。嘘でしょマジか、もう勘弁してほしい。


とはいえクロムレックがこんな嘘や冗談をいうわけもないので、おそらくではなく確実に、人間側でその計画は着実に進んでいると見ていいだろう。


「今の私達の戦力で、勝てると思う?」

「難しいですね。我々に残された手駒は、この私クロムレックと、既に前線を退いた老齢の魔族達くらいなものです。人間側もそれが解っているでしょうから、今回は先のラグナロクほどの人員を導入することはないでしょうけれど、それでも戦力差は歴然としていると見ていいでしょう」

「……しかも魔王は私だしね……」

「そうですね」

「ちょっと、そこは嘘でも『魔王様ならば大丈夫です!』くらい言ってくれてもいいところじゃない?」

「何分正直なものでして」

「私があのクソ親父だったら無礼討ちしてたわ」

「ええ、本当にあなた様が魔王に就任してくださってよかったと思っておりますよ」


いけしゃあしゃあとした表情で何度も頷いてくるクロムレックの怜悧なかんばせがなんとも子憎たらしく、椅子から立ち上がって思わずその額を指先で弾く。

間髪入れずにすとーん! と、手刀が頭に落とされた。痛い。


「ちょっとあんまりじゃないかしら!?」

「これも愛情表現ですよ……おや」

「ん?」


何かに気付いたようにクロムレックが背後を振り返る。

その視線を追いかけて私もそちら、つまるところのこの執務室の扉を見遣ると、その数拍後に、ばたん! と大きな音を立てて扉が開かれる。

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