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12 魔王様、子供の成長のはやさを知る

リーヴが成人して、一年が経過した。

つまり彼は十六歳になったというわけなのだけれど、ここでも私は人間の成長の速度に大層驚かされる羽目になった。


一年前は私と目線が変わらなかったはずの彼の身長は、気付けば私をとうに追い越した。

今では私の方が見上げなくてはならないくらいだし、なんならさらにまだ成長中だというのだから、リーヴはきっと人間の中でもそれなり長身とされる部類の体格になるのだろう。


いや、それはいい。

彼が健やかに育ってくれることはとても素敵で、とても素晴らしいことだ。

問題はそこではなくて。


「ティカ!」

「あら、リーヴ。どうしたの? 子供達とのピクニックはどうだった?」

「楽しかった。だから、その、これ」


子供達のたってのご要望により、リーヴをお目付け役にして出かけたピクニックは大成功だったらしい。

どこか誇らしげに報告に来てくれたリーヴの柔らかな表情が実に微笑ましい。わざわざ全員分のお弁当を用意した甲斐があったものだ。

厨房で今夜の献立のための下ごしらえをしていた私が、綺麗に空っぽになったお弁当の包みを受け取っても、なぜかリーヴはこの場を去ろうとはしない。

どうかしたのかと視線で先を促すと、ばっと目の前に色鮮やかな花々が差し出された。


「お土産。とても綺麗だったから、ティカに似合うと思って」

「まあ、お上手ねぇ。ふふ、いい匂い」


ピクニックに向かった先の花畑でわざわざ摘んできてくれたらしい色とりどりの花束から香る匂いについついうっとりしてしまう。

私もピクニックについていければよかったのだけれど、何せ一応魔王なので。今日は家事とは別に普通に政務があったので。


普段はクロムレックに任せきりだけれど、私だって必要最低限は政務に臨んでいるのである……なんて、誰に対する言い訳なのか解らないことをごにょごにょと内心で呟いていると、ふいに、リーヴが、私の手の中の花束から、黄色い花を一輪引き抜いた。


え、と思う間もなく、彼はそのまま、その黄色い花を、私の左の角のすぐ近くにそっと差し入れてくれる。


「うん。やっぱり似合う」

「……ありがとう。嬉しいわ」


まさかこんな形で、花で髪を飾ってもらう機会が得られるとは思ってもみなかった。しかも相手は養い子。

いや見ず知らずの相手にこんな距離感の行為を許すつもりはないけれど、それにしてもリーヴのこの態度にはらしくもなく戸惑ってしまう。


「食事の準備、手伝う。こっちの芋、皮むきをすればいい?」

「え、ええ。お願いするわ」

「解った」


早速椅子に腰かけてじゃがいもにナイフを滑らせ始めるリーヴの姿に、ついつい見惚れてしまうというか、見入ってしまうというか。


この子はこの一年で随分変わった。

髪が伸びたのもあるし、身長が伸びたのもあるけれど、何よりもその心か変わったように思えてならない。

一年前の『二人きりのお出かけ』以来、まるで憑き物が落ちたかのように彼は、固く閉じていたつぼみがほろほろとほころぶように、美しく咲き誇っていく。


その変化を喜んだのは言うまでもなく他の子供達だ。

リーヴが笑うたびに……そう、リーヴはぎこちないながらもちゃんと笑うようになっていて、そのたびに子供達はうっとりと「ぼくらの自慢のおとーとがこんなにりっぱになって……」と感極まった様子である。


気持ちは解るけれど、それはそれとして子供達はいまだにリーヴのことを末っ子扱いしているし、おそらくそれは今後も変わることはないのだろうと思うと、その辺についてリーヴがどう思っているかは気になるところだ。


……とは、話がずれたが、とにもかくにもリーヴはすっかり立派な少年になり、このまますぐに青年への階段を登るのだろう。


――――私達は、違う、速度で。


「ティカ? 鍋が噴きこぼれそうなんだけど」

「えっあ、いけない……っあつっ!」


野菜たっぷりのポトフがすっかり煮立ってしまって慌てて火を止めるけれど、うっかり指先を火傷してしまった。

うーん、水膨れにはならなさそうだけれど、普通にジンジンと痛い。

ついつい恨めしげにその指先を見ていると、立ち上がったリーヴにその手を取られた。

おや? と思う間もなく、リーヴが私のその指をぱくりと咥えてしまう。


ひゃっと身を竦ませる私の指先を舌先でなぞってから、リーヴはいつになく意地の悪い顏で笑った。


「ティカのことだから、舐めておけば治るって言うだろう? だから代わりに俺が舐めた」

「……お気遣いはありがたいけれど、リーヴ。こんなこと、他のお嬢さんにしちゃだめよ?」


こんなとんでもない美貌の少年にそんなことをされたら、それだけで恋に落ちてしまうお嬢さん……いやお嬢さんに限らず老若男女が陥落してしまうに違いない。

もう、とわざとらしく眉をつり上げてみせると、なぜか反対に、リーヴの整った眉尻が下がった。


「…………俺がこんなことするのは、ティカだけだ」

「だったら安心ね」

「……………」


それはよかったわ、と私が笑うと、リーヴはがっくりと肩を落として、また椅子に座り込み、じゃがいもの皮むきを再開した。


「兄さん姉さん達は、押せばいけるって言ってたけど……俺の押し方が足りないのか……?」

「あら、何の話?」

「……兄さんと姉さん達との、秘密の話」

「私にも秘密?」

「ティカにだけは絶対教えない」

「それは残念だわ」


リーヴだけではなく、他の子供達も徐々に親離れをしていっているということか。

それはとても嬉しいことで、同時に少しどころではなくさびしいことでもある。

みんなもっとゆっくり大人になってくれればいいのに。

まだまだ私のかわいい子供達でいてほしい、なんていうのは、私のわがままだと解っているけれど。


「いつか、みんな、私の手元から巣立っていってしまうのねぇ……」


そのとき私はどうしたものか。

変わらずこのホッドミミルの森の、ユグドラシルの根元で暮らし続けるに違いないけれど、今は当たり前の子供達の歓声が聞こえなくなる日が来るのだと思うとやっぱりもうめいっぱいさびしくてならない。


「俺は、ティカのそばにいる。ずっと。絶対に」

「そう、ね。だったらきっとさびしくないわ。あなたと一緒に子供達の冒険譚を聞く日が楽しみだこと」

「俺はティカに、さびしい思いなんてさせない」

「ふふ、ありがとう」


何やら固い決意を宿した紫電の瞳が私を見上げてくる。けれど私は、口先だけならばともかく、本心ではその決意は叶わないだろうなぁ、なんて薄情なことを思っていた。

子供達が巣立つころには、きっと、人間のリーヴは……いや、やめよう。


脳裏をよぎったあまりにもさびしい想像に自分で蓋をして、私は料理を再開したのだった。


そして、その三日後。

食糧確保のための狩りに出かけていたリーヴが、とある『拾い物』を持って帰還した。

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