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1 魔王様は子育て中

さあさあ皆様ごきげんよう。私の名前はリティラティカ。

真面目に読むと舌を噛みそうな本名ではなく、愛と親しみを込めてぜひティカと呼んでいただきたい。


解りやすい目印は、クソ親父譲りの朱金の髪と瞳、ついでにやっぱりクソ親父譲りのこめかみから生える一対の漆黒の角。

平和と安寧とちょっぴりの刺激を愛するこの私こそ、第六六六代魔王である。


いきなりこんなことを言われて驚かれただろうが、これが事実なのだから仕方がないと諦めていただくより他はない。


私が魔王として即位したのは、今からちょうど半年前。

長く、長く、それはもう「いい加減にしませんかあんたら」と突っ込みたくなるくらいには長く続いた、人間族との戦争が、我らが魔族側の敗北にて終止符が打たれたのがきっかけだった。


終戦のきっかけはこれ以上なく単純明快。

“勇者”により“魔王”が討伐されたからだ。


それでもなお人間側は、実はとっくの昔に戦意を失っていた魔族の残党への猛追をやめなかった。

私達は魔国ミズガルズを追われ、その北の果て、魔族にとっての聖域であるホッドミミルの森へと追い立てられた。


そこで細々と新たな暮らしが始まり、ついでに私がクソ親父の跡を継いで第六六六代魔王となる羽目になった。

魔族には魔王が必要で、その資質がある魔王の血族は、もう私しか残っていなかったからだ。


いやはやいやはや、魔生とは何が起こるか解らない。


幸いなことに、わざわざ政と呼べるような治世が求められるほどの人数は残っていないし、私の護衛兼側近が優秀であったこともあって、私が魔王として求められるのは、戦時中と何一つ変わらない、子供達のお世話だった。


そして今日も今日とて、私はホッドミミルの森の最奥で、子供達と楽しく平和に生きている。


ホッドミミルの森の象徴である世界樹、ユグドラシルの根元で、元気に子供達が駆け回る。

微笑ましい光景に癒されつつ、今日もたっぷりたまった洗濯物を畳んでいると、うわあん! と一際大きな泣き声が上がった。

 

おっと、問題発生か。

 

今日はまたどんなきっかけで、とそちらを見遣ると、黒鉄のような髪と瞳を持ち、その背にドラゴンの翼を背負った幼児が、涙目で駆け寄ってくる。


「わーん! ティカしゃまぁ、アルネがちくってしたぁ!」

「だってドラクが! ドラクがアルネのお人形を取ったから!」

「ちがうもん、ちゃんと貸してって言ったもん!」

「アルネはやだって言った!」

「けち!」

「~~~~ティカちゃまぁ、アルネ、ケチじゃないもん!」


植物系魔族の少女アルネと、龍種系魔族の少年ドラクが、涙ぐみながら口々に訴えかけてくる。

少女、少年と呼ぶにはまだまだ幼い、幼すぎる子供達の視線に合わせてかがみ込み、両手でそれぞれの頭を撫でる。


「うんうん、アルネはそのお人形が宝物だものね。ドラク、アルネの大事なものを貸してほしい気持ちは解るけれど、無理矢理奪うのはいただけないわ」

「だって! アルネ、おれと遊んでくれなくて、人形遊びばっかり……!」

「そうねぇ、だったらドラクにもお人形を作りましょうか。アルネと、ドラクと、お人形さん達、四人でおままごとなんて、とっても楽しいと思うわ。ね、アルネはどう思う?」

「……みんなでお人形遊びしたい」

「決まりね。はーい! お人形さんと遊びたい子、他にもいるかしら?」


私が大きく声を張り上げると、思い思いに遊んでいた子供達が、わっと歓声を上げて駆け寄ってきた。

口々に「ぼくも!」「わたしも!」と繰り返す魔族の中でも多種多様な種族の子供達に笑いかけ、ここ数十年で慣れ親しんだ裁縫魔術で何体もの人形をいっせいに作りあげる。

わあっとますます大きな歓声が上がり、それぞれがお気に入りの人形を手に取ってはしゃぎだした。


よーしよしよしよし、とりあえずしばらくはこれで満足していてくれるだろう。

 

洗濯物はこのくらいにして、その間に今日の夕食の準備を……と、立ち上がろうとすると、不意に視界に影が落ちる。

このホッドミミルの森で、私よりも身長が高い存在なんて、今となっては数えるほどにしかいないし、その上でこのタイミングとなると、もう相手は決まったようなものだ。


「クロムレック? あなたがこの時間にここに来るなんて珍しいわね」

「我らが魔王陛下におかれましてはご機嫌麗しく。私とてたまには子供達の顔をきちんと見に参りますよ」

「すばらしい心意気ね。子供達はあなたのことが大好きだから、もっと来てくれればいいのに」

「たまに来る程度だからこそ好かれる立場、というものもございますよ」

「そういうものかしら」

「そういうものですとも」


したり顔で深く頷くのは、成人男性の身体の上に愛らしい黒ウサギの頭をちょいと乗せ、その赤い瞳にモノクルがお似合いの、長身の高位魔族。

私が幼い頃から側にいてくれて、今もなお護衛兼側近として戦後残された魔族をまとめあげてくれている、プーカ族と呼ばれる種族の生まれのクロムレックだ。


いつもならば執務室で書類とにらめっこしている彼が、こんなにも日の高い時間にわざわざ子供達の遊び場であるユグドラシルの根元にやってくるなんて、何があったのだろう。


まさか事件でも?

いやでも私、子供達のお世話以外にまともにできることなんてないんだけれど。

魔王なんて立場はお飾りで、実質ただの保母さんでしかないのだけれど。


うん? と首を傾げてみせると、クロムレックは、「くろさんだ!」「くろしゃん、あそんでぇ!」「みてみて、くろさん、ティカちゃまがお人形さんつくってくれたの!」とわらわらと周りに集まってきた子供達の頭を撫でてから、びしっと人差し指を私に突き付けた。


えっなに、どうしたの。


「魔王様。本日は休暇をどうぞ」

「え」

「いやなに、あなたも長らく子供達の世話役として働き詰めでしょう。子供達の情緒も落ち着いてまいりましたし、本日だけ、わずかな間ではございますが、どうぞお好きなお時間をお過ごしください。その間は、私めが子供達の相手を務めさせていただきますゆえ」

「え、え、ええ? でも、別に私、子供達と一緒にいるの、楽しいけれど?」

「存じ上げております」

「ならどうして?」

「これは魔王様の子供離れ、子供達の親離れとして、少しずつ慣れていくべきだと、他の者と話し合いまして。ご理解いただけましたら、さ、魔王様。いってらっしゃい」

「え、あ、ちょっ!?」


クロムレックが私に突き付けた人差し指で、宙に大きな円を描く。

その円はそのまま転移魔術となって、私はあっという間に吸い込まれてしまう。


子供達が「ティカちゃまー!」「おみやげ買ってきてね!!」と元気に見送ってくれる声を最後に目を閉じる。

そうして次に目を開けた時には、私は鮮やかに紅葉する木々の中にぽつんと立ち竦んでいた。

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