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八 亀裂の始まり

 パカンバの名を耳にするとアパデマクの口は貝になり、美織が声をかけても開かなかった。彼の表情は硬く人を寄せ付けないオーラを出し、心ここにあらずという様子で壁を見ている。ハトルはそんなアパデマクを盗み見るも、何も言わない。


 仕方なく美織とハトルでウガの森について聞き込みをするが、アパデマクはふたりを虚ろな目で追うだけだった。そして新しい情報が出てくることはなかった。


 重苦しい雰囲気のなか宿に戻ると、アパデマクは「明日は森に入るから」とだけ言って、自分の部屋のドアに手をかけた。そんなアパデマクの背中に、美織は声をかけた。


「パカンバという妖魔が、呪いの矢を放った犯人だと思う?」


 アパデマクは振り向いて即座に否定した。


「ありえない。絶対に違う」

「なんでそう言い切れるの?」

「……、あいつはそんな奴じゃない」


 言いにくそうに、だがきっぱりとアパデマクは答えた。


「へえ……、だけど、私たちが城を出る前日に、パカンバは城にいたわよ」


 それを聞いたアパデマクは、驚きのあまり目を皿のようにして口をパクパクさせるが、言葉にならなかった。


「このことはハトルには伝えたわよ。あなたたちはパカンバと同郷なんですってね」

 美織が構わず言うと、アパデマクはさらに驚きハトルを凝視した。


「お前、パカンバが城にいたのを知っていたのか? 何で黙っていた」

 アパデマクはぎゅっと唇を噛みしめ、ハトルを睨んだ。


 ハトルは突き刺さるアパデマクの視線に目をそらし

「兎に角ここでは何だから、なかに入りましょう」と、美織にアパデマクの部屋に入るよう促した。


 アパデマクの部屋は美織の部屋とそう変わらなかったが、出窓がある分広く感じられた。美織は出窓に腰掛け、月光を浴びて浮かび上がる森のシルエットを見つめた。


「パカンバは何か言っていたか?」

 アパデマクが重い口を開き、美織に訊いた。


「……、パカンバは妖魔なの?」

 美織が注意深く二人の様子を窺うと、

「違う……。絶対に違う」

 アパデマクは自分に言い聞かせるように言った。


「何型?」と美織。

「え?」

「パカンバは何型なの? 蛇型でしょう? それにウガジンの仲間だし……、さっきの男が言っていた妖魔の条件に、ピッタリ合っているじゃない」


 美織は冷たく言い放つ。


「ウガジンの仲間だって? それは誰から聞いた?」

 気難しい顔をしてアパデマクが美織に訊くと、美織は目を細めて見つめ返し、片眉を上げながらハトルに言った。


「ハトルはどうなの? パカンバがウガジンの仲間だと知らなかった? 知っていたんじゃない?」


 美織には、ハトルとパカンバは繋がりがあるように思えてならない。ハトルは、腕組みをしてしばらく考えていたが、口を開いた。


「まず美織にパカンバと私たちの関係を話すべきみたいね」

 そう言って話した内容は、ヘルメスから聞いた話で間違いなかった。美織は訊きたかったことを口にした。


「仲が良かったのにパカンバと別れたのは何故?」


「理由なんてない! あいつが勝手にいなくなったんだ! 俺たちを置いて、いなくなったんだ! ケット王国を捨てていなくなったんだよ!」


 それまで黙っていたアパデマクが、怒りのこもった声で言った。しかし、すぐにハトルがそれに反論した。


「それは違うと私は思う。パカンバには、彼なりの理由があったのよ」

「どんな理由だよ!」

 アパデマクは眉間に皺を寄せて、ハトルに詰め寄った。


「……パカンバは、姿を消す前に呼ばれているって、自分は呼ばれているって言っていたでしょう」

「誰にだよ。そんなの気のせいだろ。そんなことで俺たちから離れたのか?」


「…………あの時は私も理解できなかったけれど、今思えば、もしかしたら、ウガジンに呼ばれていたのかもしれない」

 ハトルは確信するように「そうよ、きっとそう」と呟いて、首を縦に振った。


「馬鹿な。あんな怪しげな森を仕切っている奴のところに行ったというのか? 俺たちよりも奴を選んだというのか?」


 苦々しく言うアパデマクを見ながら、美織がハトルに口添えした。


「ハトルの言っていることは正しいと思う。ヘルメスが言っていたもの。パカンバはウガジンの仲間だって」


 アパデマクは声を荒げて、美織にかみついた。

「何だって! いつのことだよ。何で黙っていたんだよ!」


しかし美織はそれを聞くと、今まで押し殺してきたモヤモヤした感情が、一気に湧き出した。


「私が悪いっていうの? 冗談じゃない! ウガの森にパカンバがいるらしいと、二人とも薄々勘づいていたでしょ。それなのに、私が振るまで何故黙っていたのよ。パカンバは、いったいどういう人物なの?」


 美織の剣幕にアパデマクはたじろぐものの、ハトルの目には好奇な色が浮かんでいた。美織はそれを認めると、またもやパカンバの言葉が頭をよぎった。ハトルに対して不信感がぬぐえないことに苛ついていると、コツコツと出窓をたたく音がした。美織が窓を開けて暗くなった外を窺うと、背の小さいでっぷりとした中年の男性が立っていた。


「誰? 何の用?」

 美織が訊くと、男は無言のまま封筒を差し出し、美織がそれを受け取ると、男は踵を返して立ち去ろうとした。慌てて美織が「ちょっと待って」と、後ろ姿に声をかけるが、男はそのまま暗闇の中に姿を消した。


「なにそれ。手紙?」

 ハトルが美織から封筒を受け取り、表裏ひっくり返して見てからアパデマクに渡した。封筒の宛名は『アパデマクへ』とあった。


封筒を開けて何が書かれているか確認すると、アパデマクの表情はこわばり口を一文字に結んだ。ハトルが手紙を奪って、美織に聞かすように読んだ。


「とうとうその時がきた。きみに会うのが待ち遠しい。僕の居場所は魔女が知っている。たとえ平和に見えても、ウガの森は危険だから騙されないように。パカンバより………………この手紙はパカンバからだ」


 ハトルがため息交じりに言うと

「あいつ、どういうつもりだ! 俺がここにいるのを何で知っているんだよ」

 アパデマクがテーブルをドンと叩いた。


「……この宿に着いたとき、窓の外にパカンバがいるように感じたけれど、やはりあの時そこにいたんだわ」

 美織が納得したように言うと、アパデマクが悲しそうに美織を見た。


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