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六 パカンバ

 青年は足をぶらつかせながら庭園を振り返って、気持ちよさそうに目を細めている。


「この庭園は自然に見えるけれど、石の形から配置、樹木の選択に至るまでとても計算しつくされているんだ。あそこが獅子王のお気に入りで、秘密の話をするのによく利用される。ほら、周りに隠れるところがないだろう。だから、誰かに盗み聞きされる心配がない」


 青年が指さす先には簡素な東屋があり、今も誰かが休憩していた。


「……、あなたは庭師なの?」


 ここの連中は、なんでみんな質問にちゃんと答えられないのだろうと、美織が少しイラついた口調で訊くと、青年は首を傾げてニヤリと笑った。


「ふ、僕の名はパカンバ。きみは……ハトルにメイド服を着せられたの? でもメイドにはとても見えないよ。ははは、完全にハトルに遊ばれてるね」


「あなたはここの使用人? あなたこそ使用人には見えないから。それに、どうしてハトルを知ってるの? そもそも窓から侵入するなんておかしいでしょ……、あ、ここは三階だわ。どうやってここまで上がってきたの?」


「そんなのわけないよ。アパデマクだって出来るさ」

 つまらなそうに答えた。


「え! アパデマクも知ってるの?」

「もちろんそうさ…………一つ忠告してあげる。ハトルに気を許さないほうが良い。じゃあね」


 言うが早いか、パカンバは笠木に足をかけて姿を消した。


「ちょっと待って!」


 美織が慌ててバルコニーに駆け寄り下を覗くと、すでにパカンバは東屋とは反対側の川辺を駆け抜けて行った。


 何なの一体。ハトルに気を許すなってどういうこと?


 美織が川面を見つめて考えていると、上機嫌なハトルが洋品店から沢山の衣服を持って帰ってきた。


「さあ、服選びをしましょう。この旅は私とアパデマクが恋人同士で、ミオリは私の弟という設定よ。ミオリは私の可愛い弟なの。ああ、面白くなりそう…………どうかした?」


 美織の様子がただ事でないのに気がついて、ハトルが怪訝そうに訊いた。


「パカンバって青年を知ってる?」

「え! なんで?」

「誰なの? 今さっきバルコニーから入ってきて、そして出て行ったわ」

「ここにパカンバが現れたの……」


 ハトルが難しい表情で庭園を眺めていると、下から物音が聞こえてきた。覗き込むと「馬車の手配が整ったぞ」とアパデマクの声がした。


「じゃあ明日には出発できるわね」

 ハトルが答えると「おう」と明るい返事が返ってきた。美織が黙ったままハトルを見つめていると、美織に近づいてそっと耳打ちした。


「今はパカンバのことは、アパデマクには言わないで」

「どうして? 秘密にするのは良くないと思う」

 美織の頭の中を「ハトルに気を許すな」と言う言葉が駆け巡る。


「あとでちゃんと説明するから。今はとにかくお願い、ね!」

 ハトルは強引に言ってアパデマクと入れ替わりに出て行った。


 何も知らないアパデマクが「あいつどこ行ったんだ」と訊くと、美織は「知らないわよ」と不機嫌そうに答え、一仕事終えたアパデマクにしてみれば、少しは労いの言葉がもらえると期待していただけに、邪険にされてがっくりと肩を落とした。


「明日、ウガの森に出発するからそのつもりで」

 ため息交じりで、アパデマクが言った。

「ウガの森? 隣国との境にある森のこと?」

「そうだよ。ウガジンが仕切っている森だからそう呼ばれている」

 美織はアパデマクの目の焦点がどこか合わないのに気がついて、違和感を覚えた。


 何だかふたりともどこかおかしい。ふたりとも何か隠しているみたい。 

「ああ、嫌だ。むしゃくしゃする。私、散歩に行ってくるから」

 美織が急に立ち上がって叫ぶと、アパデマクが目を丸くして驚いていた。



 イライラしながら庭園の中を歩いていると、一本の道にでた。そのままぶらぶらと木立の中を進むと急に開けた場所が現れ、高台の頂上には東屋が建っていた。東屋には人影があった。


 その人影がヘルメスだと分かると、美織は少し躊躇した。彼の物腰は優雅だけれど眼差しは鋭く、心を見透かされる様で美織には苦手意識がある。

 引き返そうとしたとき、運悪くヘルメスが振り向いたため目が合ってしまった。


 うわっ、さすが勘が鋭いなあ


 美織の動作はピタッと止まってしまい、それは自分がいつかテレビで見たハシビロコウのようだと感じて、少し可笑しくなった。

 ヘルメスがこちらに来るように身振り手振りで示すので、仕方なく美織は高台に上った。


 東屋につくと、ヘルメスがお茶を用意して美織の前に置いた。きっとバトラーマギが至れり尽くせりで、いつでもセッティングしているのであろう。


「どうかしたのかい? 機嫌が悪そうだね」

 ヘルメスは観察する目で、目の前の美織を見つめる。


「そんなことはないです。……準備ができたので、明日ウガの森に旅立つそうです。だから少し緊張しているのかも」


「そうか。アパデマクだけでは心配だが、ハトルがついていれば、きみも心強いだろう」


 本当にそうなのかな……、美織が心の中で呟くと、ヘルメスが首を傾げた。


「何か気がかりなことがあるのかな?」

 美織を見つめる目に、柔和な眼差しが浮かんだ。


「マヘス王の容態はどうですか?」

「ずっと意識のないままだよ。意識を取り戻すには、きみ達の力が必要だ」

「……さっきパカンバという青年が部屋に来ました」


 そう言って、今度は美織がヘルメスを見つめた。


「……パカンバという青年を知っていますか?」

「パカンバ……、聞いたことはないが、誰だい?」

「さあ、何者かなんて私には分かりません。でも私に会いに来て、先ほどまで部屋にいたんです」

「何の用で? 何か言っていたのかな?」


 ヘルメスは探るような目つきになり、城を見やった。


「…………」


 ヘルメスはパカンバを知っている。そう美織は確信した。そしてハトルもアパデマクも知っている。でも、誰も私には話そうとしない。実に不愉快だ。


「パカンバは、ハトルに気を許すなと言いました。これってどういうことでしょうか。ハトルと一緒に旅して大丈夫なのでしょうか。私はこんな気持ちで、三人で旅なんてできません」


 美織は、蚊帳の外状態で不満が溜まっていたために、一気に激しい感情が沸き上がりブチ切れたようだ。ヘルメスは驚いたように目を見開いて、ただ美織を見つめていた。


「あなたもハトルもアパデマクも、みんなパカンバを知っているくせに、私に隠している。いったい何を隠しているんですか?」


「いやいや……、ふ、ふ、ふ……、ミオリは面白い。パカンバはウガジンの仲間だよ」

 へルメスは笑いながら言った。


「え! これから行くウガの森を仕切っているという?」

「ああ」

「……わけわかんない……」


 美織が困り果てた表情でつぶやくと、ヘルメスが「まずはこれを食べて、お茶を飲んで落ち着きなさい」と焼き菓子を勧めた。




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