二 突然の訪問者
美織はショートヘアが似合うボーイッシュ女子で、細身で手足が長く、美少年のようだと女子の間で人気がある。一方杏香はくびれのある豊満な体、そして背中まで伸ばした髪をゆるくカールさせ、いつも男子の視線を引き付けていた。
そんな見るからに正反対の二人が校内を歩いていると、嫌でもお互いを強調し合って注目を浴びるので、美織としてはそこは歯がゆく感じて仕方がなかった。
翌日、さっそく杏香に謎の招待状を見せると、杏香はアーモンド形の目をしばたかせてから魅力的な顔を曇らせ
「差出人が明記してないじゃない。ミオ、あなた誰かにストカーされてるの?」
と、心配そうに訊ねた。
「ううん。それはないない」
美織は顔の前で手を振って否定した。
何やらスマホを操作していた杏香が突然「やだ、今日じゃないの」と呟き、美織を見据えた。
「ちょっと、ミオ。望月って満月の異称で、今晩がそうなんだって。だから家にいないほうがいいよ。……そうだ。念のため今日から二、三日私ん家に泊まりなさい」
「本当? いい?」
「もちろんいいわよ。授業終わったら、お泊りグッズ取りにミオん家一緒に行ってあげる」
当然とばかりに杏香が答えると、不安そうな美織の表情が少し和らいだ。
「ありがとう、助かる。悪戯だと思うけど、やっぱりちょっとね……」
取り敢えず杏香の家で過ごせることになって、美織は安堵した。
杏香の部屋はセンスの良い洒落たインテリアが置かれていて、落ち着いた統一感もあり美織は来るたびにその趣味の良さに感心していた。
「いつ来ても素敵な部屋ね」
部屋に入るや否や褒めると、杏香は照れくさそうにしつつも、まんざらでもない表情をした。
「私ね、卒業したらインテリアコーディネーターになりたいの」
「あら、そうなの。杏香さんならなれるよ。この部屋は本当に素敵な部屋だもの。その暁には、私の部屋のコーディネートをお願いしようかな。あ、超激安でね」
美織は笑いながらウィンクした。
「ふふふ、いいわよ。……それにしても、お腹空いた。食べましょうか」
学校帰りにテイクアウトした食事と、コンビニで購入したスィーツと飲み物をテーブルに並べる。
「ここのパスタ食べたかったの。すごく美味しそう」
杏香は満足そうに微笑み、早く座るように美織に手招きした。
そのとき玄関チャイムが鳴り、杏香が怪訝そうに首を傾げた。
「こんな時間に誰だろう」
「宅配じゃないの?」
美織が紅茶をコップに注ぎながら訊くと「ううん、何も頼んでない」と杏香は首を振りながら席を立った。
ドアスコープから覗くも相手の顔がよく見えないらしく、ドアチェーンをかけてからそっと開けて「どなた?」と訊ねた。
「オノミオリ様のお迎えにあがりました」
若々しく繊細な響きがあるテノールボイスが答えると、美織がヒャッと息をのんだ。
杏香もドアノブからさっと手を離し、一歩後ずさる。そして驚いた表情でゆっくりと美織に振り向いた。
「……………………」
ふたりとも見つめ合ったまま、微動だにしない。まるでそこだけ時間が止まっているようにみえた。
再びチャイムが鳴り、今度はコンコンと玄関ドアをノックし開けようとしている。
「オノミオリ様、お迎えに上がりました。聞こえてますか? 時間がありませんので失礼いたします」
外で何やらしていると、何とドアチェーンがひとりでに動き出した。チェーンがゆっくりと外れると、ガチャンとドアの開く音が響いて、黒い燕尾服と白い蝶ネクタイという出で立ちの、体格の良い青年が現れた。
あまりの出来事で呆然としていた杏香がハッと我に返り、キッと睨みつけてスマホを突き出した。
「出て行きなさい。警察を呼ぶわよ」
しかし声が震えている。
青年が面倒くさそうに「まあまあ落ち着きなさい」と言いながら部屋を見渡した。
「ほう、お友達はなかなか上品な趣味をお持ちのようですね。大変結構なことです。さあ、ミオリ様、時間がありませんのでお急ぎください」
至極当然のように言うのを、美織は不思議そうに訊いていた。青年の声を耳にしたとたんに恐怖心は失せて、何故だか懐かしささえ感じたのだった。
「どこへ行くの? どうして私がここにいるのを知っているの? そもそもあなたは誰?」
美織が質問すると青年はわずかに驚いた様子を示したが、すぐ冷静沈着になり押しの強そうな話しぶりで答えた。
「これは驚きました。我が獅子王様からの招待状が届きませんでしたか。ミオリ様は次期国王になられる方の成人の儀に招待されたのです。人間の分際で、しかも女性とは前代未聞のことで……おっと、失言しました。お許しください。これはとても光栄なことなのです。イブニングドレスはこちらでご用意いたしますので、どうぞそのままでお越しくださいませ」
さあさあと急き立てられて、訳が分からずあたふたしている美織の腕を掴み、出て行こうとするのを杏香が慌ててふたりの間に入って止めようとした。青年がチッと舌打ちして杏香の背中を軽く押し、苛立たしく呪文を唱えると杏香はその場で膝から崩れ落ちた。
「杏香さん!」
驚いて美織が叫ぶと青年が澄まし顔で言った。
「大丈夫、お休みになっただけですから心配ありません。明日になれば、今起きたことは綺麗さっぱり忘れて目覚めるでしょう。さ、それよりも急がなくては」
青年は杏香を抱き上げてベットまで運び、有無を言わせない勢いで美織の腕を掴んで玄関まで突進した。腕を離そうともがくも、びくともしない。美織はいいように振り回されることにカッと頭に血が上り、思わず叫んだ。
「いい加減にして! だいたいあなた何者? 私は招待される謂われはないし、そんな怪しい儀式に出るつもりもないから! 離してよ!」
力任せに手を引っ込めると、バランスを崩した青年の手が離れた。
不意を喰らった青年も感情を高ぶらせて美織を睨みつけ、冷たい声で鋭く言い放つ。
「この私に恥をかかせるおつもりか…………、儀式に遅れでもしたら私は生きてはいられない」
青年の黒目がちの瞳孔が楕円形に大きくなり、光を反射して妖しく光りだした。その異様な様子に身を固くした美織は、小刻みに震えだした。それに気がついた青年は気まずそうに目を伏せ、申し訳なさそうに謝った。
「ああ、すみません。怖がらせるつもりはありませんでした。感情的になりやすいのが私の悪い癖です。マヘス様に気を付けるように言われていたのに……、ああ!」
勝手に怒り勝手に反省して大仰に頭を抱えている姿に美織は目を白黒させ、喜怒哀楽が激しいこの青年に辟易していた。
「マヘス様って誰? それに、あなたの名前を教えてもらえるかしら?」
ひとつひとつ明らかにしないと、美織には何が何だかサッパリ分からない。しかしこれを聞いた青年は、驚いた様子で目を見開いた。
「おやまあ…………、あのですね。獅子王は跡目が現れるのを、長い間ずっと待ち望んでおられました。このたびやっとケット・シーが誕生し、成人の儀を迎えることとなったのです。儀式が無事終了すれば、ケット・シーはマヘス王となり、そして私はマヘス王に仕えるバトラーのアパデマクと申します」
アパデマクと名のった青年は背筋を伸ばし、つんとした自慢そうな顔つきで答えた。




