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革命のアルランドラ  作者: 姉川京
第1章「黄金の銃弾」
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第6話「ドン・コルッチ(後編)」

「さて、本題に入ってもよろしいかな?」


ナイフとフォークが静かに皿の上で重なり、コルッチはゆっくりと息をついた。目の前の豪華な料理は、まるで芸術品のように美しく、舌の上でとろけるような味わいだった。ニコはその美食に夢中になるあまり、向かいに犯罪組織の首領がいることなどすっかり忘れていた。食事中、沈黙を守っていたコルッチの低い声が響きハッと我に返ると、背筋を冷たい汗が伝った。


「……は、はい!」


「いやいや、そんなに怯えることはない。実は君に謝罪したくてね」


「謝罪……?」


ニコが問い返した瞬間、まるで地響きのような轟音が階下から突き上げてきた。それは、何か巨大なものが破壊されたような、耳をつんざく音だった。


ーーズガンッ!!!!


ーードォォォォン……


下の階で一体何が起こっているのだろうか?不安と好奇心が渦巻き、ニコはいてもたってもいられなかった。


「す、すみません。今のは……?」


ニコがおずおずと尋ねると、コルッチは顔中に底知れない不気味な笑みを浮かべ、低い声で言った。


「心配ない。このホテルは我々の根城でね。今日、他の客はおらんよ」


「え……?」


「それでな、君に直接謝りたくてここへ来てもらったのだ」


直接謝罪したいというならば、そちらから出向くのが筋ではないのか?喉まで出かかった言葉を、ニコは恐怖でかろうじて飲み込んだ。


「ラウロ、あれを」


コルッチが静かに命じると、ポラーノが頑丈でいかにも重そうなアタッシュケースをニコの足元まで運び、手慣れた様子で鍵を開けた。中から現れたのは、ニコの想像通りのものだった。無造作に詰め込まれた札束の塊。しかし、その金額は彼の貧しい想像力を遥かに超えるものだった。


「ここに慰謝料の一万ソロある」


「一万ソロ!?こ、こんな大金いただけないです……!」


「それは、我々と敵対するという意味かね?」


「いっ…いやそれは……」


 その時、ニコは悟った。これは確かに慰謝料という名目かもしれない。しかし、常識外れの金額と、首領の先程の言葉。これは明らかに口止め料なのだ。ロナンディアで絶大な権力を持ち恐れられるマフィアが、人違いとはいえ堅気の人間、ましてや世間ではまだ子供と見なされる十五歳の少年に手を出したとなれば、他の組織に足元を見られかねない。

 しかし、そう理解してもなお、ニコは受け取ることを拒否した。


「ダメです…受け取れません」


アタッシュケースの前にかざされた小さな手は、声と同じようにか細く震えていた。それでも、その奥には決して揺るがない強い意志が宿っているように見えた。


「何故かね?」


「僕は決めたんです。今腐りかけている国を変えるために彼らのトップに立つことを……!!」


コルッチとポラーノは、目を丸くしてニコを見つめた。その青年の瞳には、一時の感情や嘘偽りのない、強い光が宿っていた。


ーー現状、この国は深く腐敗していた。かつて国民から恐れられたパドアン朝の王族が処刑された後、議会が新たな国王を選出した。その王は歴史にも稀に見るほどの賢君であり、国民に多くの自由を与え、彼らの声に真摯に耳を傾けた。しかし、その偉大な王の血筋に突然変異が起こったのか、信じられないほど無能な王が後を継いでしまった。その結果、政府の要人たちが不正に私腹を肥やし、富裕層だけが大きな利益を独占するようになり、不満を抱えた人々が次々と違法行為に手を染めていったのだ。


「首相にでもなるつもりかね?」


「いえ、それでは足りません。僕は……大統領となり、国そのものを変えます!!」


その言葉を聞いた瞬間、コルッチは堪えきれずに噴き出した。


「……クククク、聞いたかラウロ。この王国に大統領だと!共和制に変えるというのか!!」


コルッチは笑いを含んだ声で一喝したが、ニコの震えは既に止まっていた。それどころか、コルッチは彼の瞳の奥に、強い、まるで燃えるような光を見た。


「……」


(この小僧……おどおどしていた癖に瞳の奥に途轍もない野望を秘めている)


コルッチは笑いを収めると、冷静な表情で懐から小型の銃を取り出した。片手で隠せるほどの大きさだが、その無骨な形状と銃身の鈍い光沢は只者ではない雰囲気を醸し出していた。入手ルートは不明だが、おそらくロナンディア国内で容易に手に入るものではないだろう。


「ここで消してしまおう。不敬罪に非国民という理由ならば正当化されるだろう」


銃口はゆっくりとニコの額へと向けられた。冷たい金属の感触が、まるで死の影のように彼の肌をなぞる。その瞬間、昨晩の暗い路地裏で見たマフィアたちの悪鬼のような形相が鮮明に蘇った。醜く歪んだ純粋な悪意と敵意が、再び自分に向けられている。ニコは昨晩に続き、再び死を覚悟した。


「そ、そんな……!」


(こんなところで死ぬわけにはいかないのに……!!憲兵さん……!)


 その時だった。ニコの右手の中指にはめられた指輪が、内側から強い光を放ち始めた。それは、満月の光のように青白く、どこか幻想的な輝きだった。光は小刻みに震えながら強さを増し、まるで意志を持つかのように、ニコの意識とは無関係に彼の中指はゆっくりとコルッチの方を指し示した。


「え……?」


「魔法の指輪か」


ーーズドンッ!!


コルッチがそう呟いた直後、指輪から雷のような発砲音が轟き、室内に白い爆煙が舞い上がった。指輪から放たれた銃弾は、コルッチの手に握られていた銃の銃口に命中し、内部から破壊した。そしてほぼ同時に、指輪の光の中から音速で何かが飛び出した。


「やはり迷い込んでいたか」


煙が晴れたコルッチの目の前には、昨晩ニコを暗黒街の悪党から救い出し、ジェネトーヴァまで送り届け、葬儀の間も彼を見守っていた見目麗しい憲兵レオナルド・アルランドラが立っていた。磨き上げられた剣の切っ先は、今やコルッチの喉元寸前まで迫り、その鋭い眼光は"動くな"と無言で訴えかけていた。


「テスタ、君は正しい。こんな汚い金を受け取る必要はない」


「アルランドラ閣下……」


「君はとりあえず部屋の外へ出ろ。私の部下がフロントまで連れて行ってくれる。そこのロビーで待ってるんだ」


「は、はい」


ニコは、まるで悪夢から逃れるようにその部屋を飛び出した。廊下にはレオナルドの部下である憲兵が既に待機しており、彼はその憲兵に促されるまま、エレベーターへと向かった。

 二人きりになった部屋には、重い静寂が立ち込めていた。ニコが完全に部屋から出たことを確認すると、レオナルドはゆっくりと懐から煙草を取り出し、慣れた手つきで煙草を取り出すと、擦ったマッチの小さな炎で先端に火をつけた。紫煙がゆっくりと立ち上る。


「さて……」


コルッチもまた、煙草を吸おうと革製の葉巻ケースを取り出したが、中身は空だった。それを見た彼は諦めたように肩をすくめ、レオナルドに視線を向けた。


「……葉巻を切らしたか。閣下、私にも煙草を貰えんかね?」


レオナルドは一瞬顔を歪め、苦虫を噛み潰したような表情をしたが、やがて諦めたように小さく息をついた。


「煙草くらい、いいじゃないか」


コルッチに促され、レオナルドは渋々タバコを差し出した。


「ほぅ……マルコ・クラニオか。流石はアルランドラ閣下、良いタバコをお吸いで」


コルッチは丁寧に煙草を受け取ると、感謝の意を込めて軽く頭を下げ、マッチで火をつけた。上質な煙草の芳醇な香りが鼻腔をくすぐり、ゆっくりと煙を肺に吸い込んだ。


「ふむ……心地よい甘みがあり、それでいて洗練された上品な味わいだ……」


レオナルドはタバコの煙をくゆらせながら静かに、しかし明確な口調で本題を切り出した。


「コルッチ、単刀直入に言うぞ。今すぐマフィアを畳み、元の自警団へ戻れ」


その言葉を聞いたコルッチは静かに、そしてわずかに嘲弄の色を滲ませて笑った。


「元の自警団ですか……それは難しい注文ですな」


「断ればすぐに潰す。徹底的にな」


レオナルドの身体からは、有無を言わせぬ強烈な殺気が漏れ出していた。その威圧感に、周囲の空気までもが張り詰めるように感じられ、建物の骨組みがきしむような錯覚さえ覚えた。窓ガラスには、目に見えない圧力によって細いひびが走り始めた。コルッチの頬を冷たい汗が伝うが、それを顔に出さず、冷静な声で答えた。


「それが無駄だというのはあなたが一番よく知ってるはずでは?今例え我々の組織を潰しても、また新しい組織が生まれるんですぞ。それはいつの時代も、どこの国でも同じ事ですからな」


「……分かっている」


レオナルドは、張り詰めていた殺気をゆっくりと鎮め、重い溜息を一つ吐いた。


「だが、市民も迷惑している。このままでは、皆が安心して暮らせないんだよ」


「一般人に直接手を出すのは今回が初めてでしてな」


「あの下っ端どもはどうした」


「今丁度、息子たちと()()()()()をしてますよ」


 レオナルドとコルッチが言葉を交わしているまさにその時、下の階の薄暗い一室では、目を覆うような光景が繰り広げられていた。先程の轟音の正体は、幹部たちの容赦ない暴力によるものだった。むき出しの身体で激しい拷問を受けているのは、昨晩ニコを襲った二人組、コレッティとスポジーニである。顔は原型を留めず腫れ上がり、頭部からは夥しい量の血が流れ出し、もはや誰であるかすら判別できないほど変わり果てていた。拷問を加えているのは、コルッチの長男であり、組織の副首領(ソットカポ)であるディーノと、幹部のアディノルフィである。

 その部屋の廊下側の壁には、大きな、まるで獣が暴れたような穴が開いていた。アディノルフィの仕業だった。彼は、コレッティの肉体めがけて鉄パイプを渾身の力で振り抜き、その衝撃で壁を粉砕し、吹き飛ばされたコレッティは廊下にまで転がっていた。


『ローザ・ソッテラネア コルッチ一家副首領(ソットカポ) ディーノ・コルッチ』


「す…み…ません…でした……」


「殺さ……ない…で」


二人とも既に、まともに声を出せない状態だった。


「言ったろ?お前らは二度と、エルグォンドの空気を吸えねぇんだよ」


そう冷酷に言い放ったのは、レオナルドと交渉していたアディノルフィである。彼の拳には、抑えきれない怒りの炎が宿っていた。


「この後はお前らの肉を豚の餌にでもしてやるから覚悟しろ!!」


彼は、ぐったりとしたスポジーニの頭を掴み上げた。常人離れした握力によって、彼の太い指には幾筋もの血管が怒張し、まるで岩をも砕くかのような力が加えられた。耐えきれない激痛に、スポジーニは最後の断末魔の叫びを上げた。


「あ…あぁぁぁ……ああああああああ!!」


鈍い破裂音と共に、スポジーニの頭部はゆっくりと、しかし確実に握り潰されていくのだった。


-----------------


 その一方、会食室の二人の間には重苦しい沈黙が漂っていた。レオナルドは吸い終えた煙草の灰を灰皿に落とすと、立ち上がり部屋を出ようとした。


「次会うときまでに答えを決めておけ」


「無茶をおっしゃる……」


※一万ソロ……現実の日本円に換算すると約一五〇〇万円。

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