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革命のアルランドラ  作者: 姉川京
第1章「黄金の銃弾」
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第4話「父の葬儀にて」

 これからサン・マリオ・モンティノ教会にて、ニコの父親の葬儀が行われる。葬儀の喪主は、父親と唯一血の繋がった家族であるニコが務めた。参列者は親戚や、ニコの父親が生前関係を築いていた友人や仕事仲間である。

 皆始めはニコが教会に到着するなり、目を丸くして驚いていた。それもそのはず、ニコは昨晩マフィアたちに暴行を受けて満身創痍である。そんなニコに対し、皆は心配そうに声を掛けた。


「そんなボロボロになって、どうしたの」


「こんな姿で葬式に参加したら、親父さんも安心できないぜ」


「きっとまたすぐ治るよ」


ニコはこの街で生まれ、この街で育ってきた。参列している人々も皆、共に過ごしてきた家族同然の存在であった。そのため、ニコの身体が頑丈で怪我の治りが異常に早いことも、よく知っていた。肉親が亡くなったことは当然悲しく、すぐに立ち直れるものではない。しかし、ニコからは微塵もそれを感じなかった。


「あ…その……今回のことは本当に残念に思うよ」


「気をしっかり持って」


「俺たちに出来ることがあったら、何でも言ってくれ。お前はもう十五歳だけど、俺達にとっちゃまだまだ子供なんだからよ」


皆彼に慰めの言葉を掛けるが、ニコは俯いたままか細い声で返事を返したり、こちらと目を合わせたかと思えば弱々しい作り笑いを浮かべるくらいだ。


「……はい、ありがとうございます」


「アイツ……やっぱり俺たちの前じゃ泣かないよな」


「そうね、昔から」


「親父さん厳しいけど、本当に仲良い親子だったもんな…」


ニコは棺の中の父親の遺体を見るなり、再び悲しみの感情が体の奥から溢れかえってきた。先日、泣くだけ泣いて涙はとっくに出し切り、枯れたものだったはずなのに。それでも、ニコは涙を流そうとはしなかった。少なくとも父親の前、皆の見てる前では。ニコは、昔からそうやって育ってきた。父親の教育で、「男は弱い面を見せてはならない、弱く見せてもいいのは女だけだ」と言われてきた。父のことは家族として本当に愛しており、父もまた、ニコを本当に愛してきた。それでも、ニコはその言葉の意味を理解できなかった。

 祭壇の後ろにある大天使像の前で、皆は祈りを捧げた。その大天使の名は、ズスエル。死を司る天使である。エーリッシア全土で信仰されているイスカル教において、ズスエルは死者の魂を冥界に運ぶという非常に重要な役割を持っている。


「大天使ズスエル様、我らの祈りを捧げます」


 神父の言葉に続き、参列者は黙祷を始めた。


「……」


 五分ほど続いた後、司祭が持っている聖剣を使った儀式が始まる。神力の集まる特別な石や金銀など、荘厳な装飾が施された教会にのみ置かれる剣で、戦闘用ではなく、儀式用の剣である。始めに、喪主であるニコに剣を渡し、剣の鞘を額に当てる。その後、これを参列者全員が行う。最後に司祭が聖剣を大天使像の前の台に置き、遺体の身体に「タルシエルの血」と呼ばれる液体をかけることで、儀式を終了する。

 その後、遺体を土葬した。皆が棺を囲み、遺体の周りに生花を入れている。ニコは涙をグッと堪え、父親の頭の横に花を入れた。

 その様子を、レオナルドが教会の外から見守っていた。


「……」


 今のところ異常はないと思っていたレオナルドの後方に、突然不快な気配を感じた。


「誰だ?」


レオナルドがそう問いかけると、その男は静かに表れた。


『ローザ・ソッテラネア コルッチ一家幹部(カポ) エルジオ・アディノルフィ』


長い黒髪を後ろで束ねる野性味溢れる男であった。アディノルフィは卑しい笑みを浮かべながら、レオナルドに近づいてきた。


「軍の頭がこんなとこで油売ってんのか?」


「この身体は影だ。本体は本部にいる」


そういったレオナルドの足元を見ると、彼には影がない。影に影はないということだろう。


「なるほど、便利な魔法だ」


「こんなところまでやって来て、彼に何の用だ?」


レオナルドがアディノルフィに強い殺気を飛ばした。並の人間なら腰が抜けて立てないが、この男は組織の幹部級。流石に肝が据わっている。冷や汗を掻いているが、どうにか耐えきった。


「おいおい、そんなに睨むなよ。俺が用があんのはアンタのほうだぜ?」


「私に?」


アディノルフィはグイッと顔を近づけた。


「単刀直入に言う。昨晩彼を暴行した二人を引き渡してもらいたい」


「なんだと?」


レオナルドの表情が強張った。しかしこれは当然の反応、犯罪組織が憲兵に"逮捕した奴らを釈放しろ"と言っているのだ。レオナルドから先程よりも強い殺気を全身で感じた。だが、それでも譲れないものがあるのか、アディノルフィは引き下がらない。先程の卑しい笑みより打って変わって真剣な表情になった。


「あれは俺たち幹部の責任でもある。うちで粛清させてくれ」


全てを察したレオナルドはそれを了承した。


「……容赦はするなよ。二度と一般人に手を出すな」


今回の人違いによる傷害事件は、幹部も腸が煮えくり返っているようだ。アディノルフィの額に血管が浮き出ている。彼の全身の筋肉が、今にも暴れだしそうにビキビキと音を立てている。


「任せてくれよ、アイツらは掟を破ったんだ……エルグォンドの空気は二度と吸わせねぇ」


彼はそれだけ言うと立ち去ろうとするが、ふと足を止めてこちらに向き直した。


「そうそう、金はいくらだ?」


彼の言葉にレオナルドは静かに怒りを露にした。


「ふざけるな……我々は汚れた金は受け取らない」


流石にこれ以上怒らせるのはまずいと判断したアディノルフィは、静かにその場を去っていった。


「相変わらず怖えなぁ、敵にしたくないね」


---------


 葬儀が終わり、参列者はそれぞれ帰路についた。ニコも帰ろうとすると、参列者の一人、ピエトロが話しかけてきた。彼はニコの父親の弟、叔父にあたる人物である。


「ところでニコ、右手のそれなんだ?」


ピエトロの視線は、ニコの右手の中指に移っている。月長石(ブルームーンストーン)が埋め込まれた指輪が嵌められている。


「ああ…憲兵の方に貰ったんだけど、御守りなんだって」


車内でレオナルドと会話したときに彼から受け取ったものである。


---------


「テスタ、これを着けておくといい」


そういって、レオナルドは小さな袋から美しい宝石の埋め込まれた指輪を取り出した。透明ながら内部に月光のような青白い光を放っている。それを受け取り、その美しさに魅了されていた。


「うわぁ……綺麗…これは?」


「御守りだよ、魔法の力がある。いざという時、心の中で助けを求めるんだ」


ニコはその言葉を聞いてもあまりピンとこなかった。念のためと持たせてくれたのだろうが、これが本当に役に立つとは思えなかった。

 その話を聞いたピエトロもまた、その指輪の効力を信じていなかった。


「まあ、よく分かんねぇけど大事にしろよ。それじゃあまたな」


「うん、また」


ピエトロはそれだけ言うと、ニコとは反対方向に歩き出しつつ、手を振って別れを告げた。ニコも彼に別れを告げ、帰ろうと歩き出した。その時だった。


「ニコ!」


背後から声がした。振り返るとたった今別れを告げたピエトロがいた。彼だけじゃない、先程解散したはずの参列者たちが、皆集まって心配そうな顔でニコを見つめる。


「本当にうち来なくていいのか?うち広いから部屋なら空いてるし、金の心配も要らないぜ?」


「いつでも来ていいからね?」


「野菜とか果物とか、お肉も沢山持ってくよ!」


今日で何度泣きそうになり、何度涙を堪えただろう。皆の純粋な優しさが、心に染みる。ジェネトーヴァに雪は降ってないが、今日もとても寒い。しかし、皆の心は温かく、ニコの心も温かくなった。


「皆……本当にありがとうございます。だけど……僕には父が遺してくれた店があります。また、食べに来てくださいね」


ニコの実家は大衆食堂(トラットリア)を経営していた。父親と共に料理を作り、地元ではそれなりに有名で繫盛していた。父親が病気で若くして亡くなり、母親は既に家を出ている。これからはニコ一人で店を経営しなければならない。不安も沢山ある。しかし、これほどまでに自分の店を愛してくれる皆を裏切って畳むことはできなかった。すると、ピエトロが声を上げた。


「俺……手伝うよ!」


彼に続き、次々と声が上がる。


「俺も!農業の仕事の合間だけだけど……」


「私も手伝うわ」


もう、我慢できなかった。ここまで溢れてくる様々な感情。父親を亡くした悲しみ、皆の温かさ。溜めに溜めていた涙が限界を超えて溢れ出てきた。皆に見られてはいけないと後ろを向いたが、遅かった。叔母のルイーザが背後から抱きしめてくれた。


「もう我慢しなくていいのよ…」


「うっ…く…うぅ……」


「男も女も関係ない。人間はそんなに強くないのよ。お父さんも今日くらいは許してくれるわ」


叔母も泣いていた。彼女の言葉を聞き、ニコは我慢することを止め、久しぶりに人の前で思い切り泣いた。親戚や父の友人も、共に泣いた。


「うわあぁぁぁぁ……!!」

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