プロローグ その二
(うん、目が見えない)
転生先に着いた、のではなく産まれた優依は早速問題に直面していた。
(それに喋れない)
そして優依は産まれた直後にそれ以上の問題を放り込まれていたのである。
「ああ玄徳!起きていたのね!」
(うん、私、母親に玄徳って呼ばれてるのよね。三國志の時代って言ったのは私だけど。三國志で玄徳って私、あの人しか思い浮かばないんですけど…?)
ここまで考えた優依は自身がまだ自由に動けない間はこれ以上考えるのを止めようと決め、新たな母親の腕の中で眠る事に決めるのだった。
それから時は経ち、四歳になった優依はこれまでに入手した情報の整理を始めるのだった。
(まず私の名前は『劉備玄徳』。そして男ではなく女。最初は逆行TS転生?かと思ったけどどうもそうでは無いらしい。というのは私には兄がいてその名前が『劉備玄徳』。兄妹で完全に同じ名前ってどんな親よ!って思ったけどどうやらそれも問題無いらしい。というのが兄の劉備玄徳、私が産まれる半年前に村に押し寄せた野盗にあっさり殺されたんだそうな。それを嘆き悲しんだ母親が「産まれてくる子供にも劉備玄徳と名付ける!」と、宣言したらしい。で、産まれたのが女の私だったんだけど母親が一切気にせず『劉備玄徳』と名付けたらしい。どんな親よ…。更に問題は私の年齢…と言うか産まれ年…。兄の劉備の年齢その他様々な状況を踏まえて考えるに私は西暦百七十一年産まれっぽい。そして黄巾の乱が勃発するのが確か西暦百八十四年…。となると私はその時十三歳…。そうなると十三歳の少女が義勇軍を率いて参戦するという事になる?いや、どう考えても不可能でしょ…。どうするのよこれ…)
今まで整理した情報に頭を抱える優依こと劉備に声を掛ける者がいた。
「よう『玄ちゃん』!またなんか考え事かい?」
「…え?あぁ『憲兄ちゃん』。うん!」
自身を玄ちゃんと呼んできた相手に年齢相応に満面の笑顔で答える劉備。
そして彼女が簡兄ちゃんと呼んだ相手は簡雍憲和、史実の劉備と同郷の出身で史実の劉備の最古参の家臣の一人と言う人物であった。
(実はこの人と出会って私の中のある懸念が薄らいだんだよね…)
劉備が言う薄らいだ懸念とは『三國志に登場する武将が全員女性になってたらどうしよう?』である。
(最初は『私は劉備の妹であって劉備では無い。ただし他の武将も同じだとは限らない』って思ってて他の武将も女性化してたらどうしようって思ってたんだけど簡雍さんが男だったから多少安心したんだよね…)
そんな事を考える劉備に簡雍が再度話し掛ける。
「反応したと思ったらまた考え事かい?兄貴と違って頭を使うのが好きだねぇ」
「…あ、ごめんなさい!またしてましたか?」
「ああ、またしてたぜ?で?今度は何考えてたんだい?」
「うん。母上も他の皆も火起こし大変だなって思って…」
劉備の発言に簡雍が腕組みをしながら唸り声を上げた。
「…あー…うーん…。確かに玄ちゃんの言う通りなんだが…こればっかりはどうしようも無くないか?簡単に火起こし出来る方法とか道具とかあれば話しは別だろうが…。そんな方法すぐに思い付くもんじゃ無いだろうし、そんな道具も聞いた事無いからなぁ…」
「…そうですか…」
そう一言答えた劉備だったがその頭の中では、
(方法は知ってるし道具の作り方も知ってるんだけど突然作ってみせたらヤバい奴認定されるよねぇ…。どうしようかなぁ…)
と、いう事を考えていた。
それと同時に目の前の『簡雍』という人物の事も考えていた。
(基本的にどんな三國志題材のコンテンツでも序盤から登場する人だけど能力が残念というか地味なんだよねぇ(失礼)…。同じ様なタイプの『糜竺』や『孫乾』がわりと使える能力設定(失礼)なのに…)
そんな本人には絶対に言えない事を考えていた劉備に簡雍がまた声を掛けた。
「なぁ玄ちゃん、考え事も良いけど早く帰らないとそろそろ日が暮れるぜ?」
「え?…あ」
言われて辺りを見回した劉備は日が沈みかけている事に気が付いた。
そして簡雍に言われたように家に帰ろうと思い立ち上がると土や草を払い落とすと簡雍に丁寧に挨拶をした。
「それじゃ帰りますね。憲兄ちゃん、さようなら」
「あぁ、さよなら、玄ちゃん」
劉備の挨拶に簡雍も挨拶を返すと二人共がそれぞれの家に帰っていくのだった。
「ただいま戻りました、母上!」
「あぁ、お帰り、玄徳」
劉備が家に入ると母が夕食を作っている所だった。
それに気付いた劉備は足早に母の元に駆け寄った。
そして元気良く、
「手伝います、母上!」
と、言ってキラキラした目で母を見上げるのだった。
そんな劉備に母も嬉しそうに仕事を頼むのだった。
「あら、それじゃあこれは出来ているからこれを運んで貰おうかしら?」
「はい、母上!」
そして頼まれた料理を運ぶ劉備。
そのやり取りをこの後二回繰り返して全ての料理が並び二人は夕食を食べ始める。
「「いただきます」」
そうして二人は食べながら今日一日の出来事を語り合う。
「今日は憲兄ちゃんとね…」
「ふふ、簡雍君は兄さんの時と同じ様に貴女に接してくれているのね…」
「…兄上ってどんな人だったんですか?」
「…うーん…。貴女の方が家の事を手伝ってくれるから…それを考えると苦労する子、だったかしらね?」
「…はぁ?」
「貴女は何も言わなくても毎日料理を運んだり、それ以外にも色々手伝ってくれるでしょう?」
「はい」
「兄さんは言わないと何も手伝ってくれなかったからねぇ…」
「…はぁ」
(ええ!?劉備ってそんな奴だったの!?イメージと違うんだけど!?)
劉備(妹)が見た事も無い劉備(兄)への評価を落とす中、母親はそれに気付かずに劉備(兄)の事を劉備(妹)に話して聞かせるのだった。
「ただ人には好かれる子だったかな?大人からも子供からも…」
「はぁ…」
(ふぅん…。この辺はイメージ通りかな?)
母親の次の言葉で劉備(妹)の劉備(兄)への評価が多少持ち直した所で劉備(兄)に関するその他の母親の評価を聞いた劉備(妹)は自身の知識とイメージにこの世界での劉備(兄)の評価にそんなに大きな違いが無い事を知って安堵したり、実の父親が劉備(妹)が一歳の時にあっさり病死したと言う衝撃のカミングアウトに驚愕したりしていた。
(ええ!?お父さん病死したの!?全然知らないんだけど!?そう言われれば劉備のお父さんって早死にしたって聞いた事があるような気がするけど、それにしても早すぎない!?)
こうして衝撃のカミングアウトで後半の料理の味が全くしなくなった夕食を終えた劉備は母親を手伝って洗い物を終わらせると母親と一緒の布団に入るとすやすやと寝息を立てる…演技をするのだった。
そしてそれを見た母親が安心して眠りに付いたのを確認した劉備はその状態のままパッチリと目を開いた。
(…さて思考再開…と。まずは私が『劉備玄徳』として『三國志』の世界でどう行動するか、ね。『ただの一農婦となる』か、それとも『史実の劉備玄徳になる』か、それとも……『史実を越え、天下に覇を唱える劉備玄徳となる』…か…。ふぅ…)
この三択を出した劉備は小さく溜め息を吐くと神への恨み言を頭に思い浮かべた。
(三國志の時代に転生するとは言ったけど主要人物中の主要人物になるとか想像するわけ無いじゃない…。恨むわよ神様…)
この恨み言で少しとはいえ心の平静を取り戻した劉備は先の三択問題に再度取り掛かった。
(『一農婦』は…前世知識を使い始めると無理かな…。前世知識を使ってこの村で色々やらかすと遅かれ早かれ必ず偉い人に知られて宮城とかに引き摺られて行って使い潰される未来が容易に想像できるし…。そして『史実の劉備玄徳』は…どう考えてもアウトよねぇ…。放浪生活を繰り返してようやく根拠地を手に入れた!と思ったらあっさり死んじゃうし…。と、なると『史実越えの劉備玄徳』か…)
そこまで考えた劉備はふむ、と一呼吸置いて『史実の劉備玄徳』の問題点の列挙とその対策を考え始めた。
(まずは『根拠地の確定』が遅い事よね…。荊州益州の支配者になったのが五十代だったはず…。これは流石に遅すぎるよね…。…うーん…となると根拠地の確定を早める必要に迫られるよね…。……根拠地の確定…か…。どこが良いんだろ…。今いるのが河北北方だから…やっぱり河北?河北なら袁紹をどうにかすれば割りと簡単そうだし…。うん、やっぱり根拠地は河北に決定ね!さて次は『人材の少なさ』ね。これはもう…支配領域の人達を身体的にも知能的にも鍛え上げる以外に無いかなぁ…。そうなると筆頭は簡雍さんね。あの地味な能力(失礼)を鍛えて鍛えて鍛えまくって武官としても文官としても筆頭格にしてあげないと!(謎の使命感))
こうして『史実の劉備玄徳』の問題点の列挙とその対策を考え終えた劉備。同時にこの時、簡雍本人の預かり知らぬところで簡雍のスパルタ育成計画の草案が練られ実行に移される事が決定したのだった。続けて根拠地確定の第一歩として、まずは『楼桑村開発計画』の草案を練り始めるのだった。
(うーん、まずは『火』と『水』かな…。火起こしは本当に大変だし水は…結構濁ってるからなぁ…最初は驚いたけど良く考えたら前世でもまだ綺麗な水を飲めないって人や国があったもんね…。今は前世から考えると単純に千八百年前だもんねぇ…。そりゃ綺麗な水を飲めるはずが無いわよね…。…それはそれとして解決策は『濾過装置』と『ファイアーピストン』、この二つだね。『濾過装置』はサバイバル方式の簡単な奴を大型化して、後は濾過した水を煮沸消毒かな?『ファイアーピストン』は道具さえ揃えば簡単に作れるし道具を集めるのもそんなに難しくないしね。それより問題はどうやって皆に広めるか、よね…。下手な事をしたら『仙人の娘』とか『妖術使い』とか言って祭り上げられたり軍事利用されるだろうし…。何か無いかな…ヤバい奴認定されずに技術を広める良い方法…)
「…うう…ん…」
劉備が技術を広める方法を考え始めたその時、隣で寝ている母親が声を上げた。
(…起きた?)
母親が目を覚ましたのかと思った劉備はすぐに目を閉じて寝たふりをしてしばらく母親の様子を調べていたが、母親がまだ寝ていると判断すると再度技術を広める方法を考えようとした。
その時再度母親が声を上げた。
「…う…ん…玄徳…」
(…寝言かな…?)
母親の言葉を寝言だと判断した劉備はしばらく黙って母親の寝言を聞いてみる事にした。
「……玄徳……玄徳……どうか……あの娘の事を……見守ってあげて……あの娘が……あなたの分まで……長生き……出来るように……」
(母さん…兄さんの霊に私を見守るように頼む夢を見てる…?)
眠りながらでも自身の無事を祈る母親の思いを感じた劉備はその顔をまじまじと見詰めながら母親の愛情の深さと前世での父親と母親がどれだけ必死に神仏に祈っていたのかを思い出してどれだけの時代の差があっても変わらない親の愛情の深さを噛み締めていた。
(そう言えば前世の父さんと母さんも毎日神様仏様にお祈りしてるって言ってたっけ。ただその娘の私は完全な無神論者になっちゃったけど…。それにしても本物の劉備玄徳の霊に祈るのか…。そういうのを全く信じてない私でもめっちゃご利益ありそう!って思うもんなぁ…。ただ本当にご利益があるなら夢でもなんでもいいから出てきてありがたいお告げでも聞かせてくれれば良いのに……。………ん?…夢に出てきて…ありがたい…お告げ…?…ああぁぁぁ)
その時自身の脳裏に雷撃のように閃いたアイデアに思わず大絶叫しながら大暴れしそうになった劉備は目の前の母親の寝顔を見てなんとかその衝動を押し止めた後、まだ続く興奮状態の中で自身がたどり着いた『答え』に思いを巡らせていた。
(そうだ、この方法ならヤバい奴認定されずに前世知識を思う存分使えるはず!…まあ本当に大丈夫かどうか確かめる必要があるのは認めるけど…十中八九問題無くいけるはず!…仮に問題が起きた時は…まあその時はその時で何か考えよう…。それよりも!!)
こう考えて劉備は一呼吸置いて決意を新たに心の中で叫んだのである。
(これで明日から全力で暴れられるはず!よーし頑張るぞ!!さて寝よう!おやすみなさい!)
ところがテンションが物凄く高くなっていた劉備はなかなか眠れず、眠りに付くのに苦労するのだった。