一時帰宅
「さて、それじゃあ、菜々美。俺たちは一度家に帰るぞ。着替えも持ってこないといけないしな」
「……ん……おにぃの黒歴史ファイルの入ったノートパソコンを持ってこないと……」
一時帰宅する許可は、先ほど神寄さんにとっておいた。
「わたしも行くー!」
ブンブン手を回しながら同行を主張するが、さっき神寄さんから「菜々美ちゃんは、もちろんしゅーくんさんの家にいくのはだめですよ~」と言われていた。
「神寄さんからダメだって言われてただろ?」
「そんなの関係なーい! わたしはフリーダム!」
――ヴィイイイン
そこで菜々美のスマホが震えた。
「ひぃい!? 神寄さんからだぁーー!?」
スマホを手にとった菜々美の顔面から血の気が引く。
このタイミングのよさ。まさか……。
「む、むぅう……たまたまだよね……? って、ひぃいいっ!?」
菜々美はスマホを操作して画面を確認すると、さらに悲鳴をあげる。
「ど、どうした?」
「……ん……どれどれ……」
すぐ横にいた瑠莉奈が菜々美のスマホを覗きこむ。
「……『もちろんダメですよ~。週刊誌の記者が張ってるかもですし~、同行したらお仕置きですよ~』……と、書いてある……」
俺たちの会話が筒抜け!?
「むうぅ~……これ絶対に神寄さんに盗聴されてるよぅ~」
――ヴィイイイン。
またすぐに菜々美のスマホが震える。
「むうう! 『これも仕事の一環です~』じゃないよぅ~!」
菜々美、激おこである。
――ヴィイイイン。
「『菜々美ちゃんが暴走癖のない真っ当なアイドルならこんなことする必要ないんですけどね~』じゃないよぅ~!」
まあ、菜々美については自業自得な面もあるか……。
……でも、まぁ、芸能界は恐ろしいところだ……。
神寄さんは特にかもしれないが……。
「むむむむ……! むぅう~~~…………!」
菜々美は葛藤しているようだったが――。
「……ここは断腸の思いで我慢するよぅ……! しゅーくん、すぐに帰ってきてねー!」
「お、おう……」
どうやら神寄さんからお仕置きされる恐怖のほうが上回ったらしい。
「……おにぃ……早く家に帰って、おにぃの黒歴史を……」
気が重い。
でも、ノートパソコンの奥深く眠っていた原稿が陽の目を見ることは喜ばしいことなのかもしれない。一生懸命がんばって書いた原稿ではあるからな。
まあ、精神的なダメージはあるかもしれないが。
ともあれ……。
俺たちはホテルを出て、一度自宅に帰ることになったのであった――。




