謝罪という名の異次元空間
ともあれ……そのあとは神寄さんに引き連れられて、やたらと立派なビルに行った。
そして――偉い人への謝罪タイムとなったのだが……。
「ブヒィイイイイイイイイ! 菜々美ちゃんだぁあーーー!」
偉い人は、たいへんよく肥えた体型であり、とっても油ギッシュであらせられた。
しかも、服装は菜々美をアニメキャラ化したTシャツである。
こんな絵に描いたようなキモオタが現代にいらっしゃったとは……。
「萌豚社長さま~、このたびはうちの菜々美ちゃんがたいへん申し訳ございませんでしたぁ~」
「菜々美ちゃんかわいいよ菜々美ちゃん! やっぱりナマ菜々美ちゃんは最高だなぁ!」
聞いちゃいない。なんだこの一般的な社会生活を送ることすら支障をきたすレベルでダメな人は……。こんなオッサンが社長だというのか……? カルチャーショックだ。というか、その苗字はマジなのか。
「ほら、菜々美ちゃんも~、謝ってください~」
「むうぅ……わ、わかりました……このたびは騒動を起こしてしまってごめんなさい!」
神寄さんに促されて菜々美は頭を下げた。
「うんうん、大丈夫だよ、菜々美ちゃん! ぜんぜん大丈夫だから! 僕がなんとかするから! その代わり僕のことを罵って菜々美ちゃん! それで今回のことは不問にするから! 菜々美ちゃんに罵ってもらえるのは我々の業界ではご褒美です! デュフフ!」
早口でまくしたてる萌豚社長。
頼りになるのかただの変態なのか判別がつかない。
というか社会的地位という裏づけがなかったら、絶対に近寄れないタイプである。
秋葉原の路上を歩いていたら速攻で職質されるレベル。
むしろ、古きよきキモオタとして保護されるレベルかもしれない。
存在自体が天然記念物だ。
「え、えっとぉ…………む、むうう……」
菜々美ですら、ちょっと引き気味である。
やっぱり芸能界は恐ろしいところだな……。
無敵の菜々美に対抗できる人材(強敵)がいるんだからな……。
まぁ、神寄さんもすごいエキセントリックだし。
今さらながら俺はトンデモナイ世界に足を踏み入れてしまった気がする。
「菜々美ちゃん~、ぜひ、萌豚社長さんを罵ってあげてください~♪」
「……むうぅ……わ、わかりましたっ!」
気が進まないといった感じの菜々美だったが、神寄さんから促されて覚悟を決めたようだ。
「カモン、菜々美ちゃん! 罵声プリーズ! ご褒美ください! ハァハァハァ!」
鼻息荒くしながら萌豚社長はスタンバイ体勢をとる。
両手を広げて、罵声を受けとめるという珍妙なスタイル。
もはや異次元レベルである。
「……芸能界は怖いところ……」
瑠莉奈ですら動揺している。
「……む、むうぅ……」
菜々美も覚悟が鈍ったのか、口を開きかけて再び閉じた。
「ほらほら、菜々美ちゃん~、豚盛社長さんが罵声をご所望ですよ~? あなたもプロでしょう~? クライアントの要求に応えてこそプロフェッショナルなんじゃないですかぁ~?」
神寄さんはもっともらしいことを言っているが、実際にやることと言えばハァハァしている太った中年男性(しかも菜々美をアニメ化したキャラTシャツを着ている)に対して罵声を浴びせるという行為だ。なんだそれ。
「な、菜々美ちゃん、は、早くぅ! ハァハァ! 僕もう我慢できない!」
もうこのオッサン存在自体がアウトだろう。
今この場にいるのが俺だけだったら、速攻で逃げだして警察に駆け込むレベル。
しかし、やっぱり菜々美はアイドルだからなのか、こんな状況でも踏みとどまる。
大きく口を開き――。
「このブタぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
すさまじい声で罵った。
「ぶっひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
それに対して萌豚社長は歓喜の鳴き声をあげる。
……なんというショッキングな光景だ……。
大企業の社長たるものが、こんな醜態を俺たちの前で晒すとは……。
……ビジネスの世界って、恐ろしいな……。