ぜひもなし
――ピンポン、ピンポーン♪ ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン♪
いきなり呼び鈴が連呼された。
ただならぬ雰囲気だ。
これは菜々美が言うように追手だろうか。
「菜々美ちゃ~ん♪ いるのわかってるんですからねぇ~♪」
外からは、のんびりした声。
しかし、怒りの波動が伝わってくる。
なんだろう、逆に怖い。
のんびりした声なのだが、逆に怖い。
「ひぃい!? やっぱり神寄さんーーー!?」
菜々美の表情も恐怖に駆られたものになった、
よほど恐ろしい人なのだろう。
「……おにぃ……どうする……? 出たほうがいい……?」
瑠莉奈が声に怯えの色を滲ませて訊ねてくる。
このピンポン連打をスルーするのは無理だろう。
菜々美がいるのは向こうにはわかっているようだし。
「菜々美……」
俺は菜々美の意見を聞くべく視線を向けたが……、
「こ、こうなったらぁ――せめてキスだけでもぉーーーっ!」
菜々美は瞳を血走らせたまま、こちらに顔を思いっきり近づけてきた!
「うわっ!?」
咄嗟によけてしまう。
回避は成功。菜々美は俺の顔の横を通過。
結果として、菜々美のことを抱きしめるような形になった。
長い黒髪が首筋にサワサワとあたる。
くすっぐったい&気持ちいい。シャンプーのいい香りがする。
すぐに菜々美は顔を戻して俺のことを血走った瞳で睨んできた。
「なんでよけるの!?」
「い、いや……つい……」
「つい!?」
「ご、ごめん……でも、心の準備が」
まさか国民的トップアイドルである菜々美から、いきなりキスをされそうになるとは思わなかった。
「と、ともかく落ち着いてくれ」
「落ち着いてるよ! わたしはいつだってクールだよっ! 好きな四字熟語は明鏡止水だもんっ!」
もう本当にこれはどうしたものか。
エキセントリックすぎて、ついていけない。
アイドル活動のしすぎで、情緒不安定になってしまったのだろうか?
「菜々美ちゃ~ん。早くしないとこの家のドアを破壊しちゃいますよぉ~~♪」
そして、外の神寄さんとやらはほんわかした声でムチャクチャなことを言っていた!
「ううううう~……!」
菜々美は瞳を血走らせたまま唸っている。
「な、菜々美……」
「……ぜひもなし、だよ」
そう言って、菜々美はガックリとうなだれた。
つまり、これは諦めたということだろうか。
「……おにぃ……?」
「……あ、ああ。ドア開けていいか、菜々美」
「……ぜひもなし、だよ……」
もう一度、繰り返す。
ちなみに、「是非もなし」とは「仕方ない」みたいな意味だ。
確か、本能寺の変のときに織田信長も口にした言葉だったかな……。
そう言えば、菜々美は日本史と日本文化を紹介するテレビ番組にも出演しているので、微妙に歴史知識もあるようだ。
ともあれ。菜々美は観念したようだ。
なら、俺たちは従うだけである。家を壊されたくない。
「瑠莉奈、それじゃ、頼む」
「……ん。わかった……」
瑠莉奈は頷き、一階に下りていった。