埼玉的な三途の川
★☆★
「わーい」
お花畑の中を俺は駆けていた。
咲き乱れる四季折々の花たち。
小鳥の囀り。
心地よい風。
まさにここは別天地。
まごうことなき楽園。
なんとなく秩父の美の山公園を彷彿とさせる場所だ。
「おー、川だ」
気がつけば、俺は川の畔に辿りついた。
立て看板があり「三途の川」と書かれている。
はて。どこかで聞いたことのあるような川の名前だな。
埼玉にあったっけ、そんな川。でも、聞き覚えがある。
「うーん、利根川か荒川の支流かな。それとも秩父の山奥……三峰山あたりの川かもしれないな。三がついてるし」
埼玉マインドの持ち主である俺は、そう判断した。
「…………おーい、おーい……修人ー…………」
おや。向こうで手を振っているのは……死んだじいちゃんとばあちゃんじゃないか。
久しぶりにじいちゃんとばあちゃんと一緒に埼玉銘菓でも食べるか。
俺は川のそばの舟にいた鬼に秩父の和銅遺跡で拾った和同開珎を渡す。
三途の川の舟の渡し賃だ。
「さあ、いくか。彩の国埼玉から黄泉の国へ」
漕ぎだす舟。
水面は川越にある新河岸川のように穏やかだ。
これならすぐに向こう岸へ辿りつけそうだな。
しかし、そこで――。
「しゅーくぅーーーーーーん!」
いきなり水中から菜々美が飛び出してきた!
「うああああああああああっ!?」
菜々美に抱きつかれた俺は舟から川へ転落してしまう。
「しゅーくん! まだそっちにいっちゃだめぇーー!」
水中なのにしゃべれるだと!?
よくわからないが、俺はそのまま菜々美に引きずられていって元いた岸に戻されてしまった。
「……はぁはぁはぁ……な、なんなんだ……? あ、あれ? 瑠莉奈?」
上陸した俺を待っていたのは妹の瑠莉奈だった。
「……おにぃ……キモイ……」
いやだから兄に対して気軽にキモイって言うなって、傷つくから!
「しゅーくん、だいしゅきぃいーーーー!」
そんな俺に対して、再び菜々美が抱きついてくる。
「うぷぁ! うぐぐぅっ!?」
巨乳によって呼吸ができない。窒息する!
……し、死ぬ! まだ俺にはやり残したことが!
そこで、俺は気がついた。
これ、夢じゃなくて本当にリアルで死にかけているのでは?
そのことに気がついた途端、俺の意識はどこか遠くへ翔んでいった――。




