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ハクシュヲクダサイ

"頑張って歌ったのでみんな拍手ください!"


「これでよし」


 録音を終え、キャプションの入力と確認を終えた所で私は投稿ボタンを押した。



 拍手が欲しい。

 私が今使っているjoymuという音楽アプリは短い90秒の録音時間の中で歌や演奏を投稿する事が出来るアプリだ。私は楽器の演奏は出来ないので、同アプリ内で他の伴奏者の方が投稿されている音源をお借りして歌を重ねて投稿させてもらっている。

 

 投稿されたサウンドには拍手という所謂"いいね"的な機能やコメントの記載が可能となっている。

 投稿し始めて間もない頃はフォロワー数も少なかったので拍手もなかなかつかなかったのだが、次第にアプリ内で色んなユーザーさんと繋がっていく中で拍手数も増えていった。


 "あなたの投稿にいいねが付きました"


 そんな通知と拍手の数が増えていくのが、たまらなく快感になっていった。


 ――もっと欲しいな、拍手。


 しかし人間というのは現金なもので、次第に欲は強まっていく。

 いまだに拍手は片手におさまる程度の数しかない。しかし周りを見ればみんなもっといっぱい拍手をもらってる。それこそ二桁、三桁なんて人もいる。


 ――もっと、もっと。


 自分の歌の良し悪しはともかく、とにかく拍手が欲しい。

 そうして私は色々調べて拍手を増やす方法を試した。手あり次第フォローをする事で相互フォローを増やし母数を増やす。後は"拍手返し"という、自分のサウンドに拍手をつけてくれた人には私もあなたに拍手を返しますよというタグをつけておく、といった手法だ。

 

 こうした色々な方法を重ねた結果、今では拍手が70,80を超えるようになった。


 ――拍手、いっぱいきてる。


 自分が投稿したサウンドについた拍手の数を見て、私は悦に浸った。







『拍手をください 』


 いつものように投稿したサウンドに、知らないアカウントからフォローと拍手とそんなコメントがついた。アカウント名は【patipatigurui】。


 ――変な名前の人だな。


 気になり私はプロフィールページを覗いてみた。

 

 プロフィール画像は設定されておらず初期設定のままだ。しかし驚いたのが、プロフィール画面からその人が拍手をした数を見る事が出来るのだが、その拍手は10000を超えていた。パチパチ狂い。確かにアカウント名に偽りはないようだ。

 それに対して自身の投稿は10個程度だが、奇妙なのはそのどれにもタイトルがついていない事だ。試しに1つ再生してみたが、雑音がすごくてよく聞き取れなかったのですぐに閉じてしまった。

 本来なら拍手返しのタグをつけたサウンドへの拍手をもらった場合、相手にも拍手を返さないといけないのだが、何となく気味が悪かったので、私は拍手を返さずそのままアプリを閉じた。







『拍手をください』


 しかしそれからも、そのアカウントからは立て続けにコメントが続いた。


『拍手をください』

『拍手したでしょ 』

『拍手返せよ』

『拍しゅしろよ』

『おいハク手』

『ハクシゅくだサイ』


 ページを開く度に凄まじい数のコメントと共に、内容もどんどん過激になり、果てはちゃんとした変換も出来ず気味の悪い形となって送られてきた。

 ネットの世界ではどこにでもこういった厄介で粘着質なユーザーというのは存在している。こういった輩は徹底的に関わらないに限る。

 

 私は迷うことなくpatipatiguruiをブロックした。







『ハクシュヲクダサイ』


 しかしそれでは終わらなかった。ブロックしたはずのそいつから翌日以降も当たり前のようにコメントが送られ続けた。アカウント名を見ると、patipatigurui1,paripatigurui2といったように別のアカウントを使って私に執拗に付きまとってきた。


 ――どうして?


 ブロックしても増殖し続ける正体不明の存在からのとめどない拍手の要求。


 ――私はただ、拍手が欲しかっただけなのに…。


 もうアプリを開くのも怖くなってしまい、とうとう私はアプリをアンインストールした。

 軽率に拍手が欲しいだなんて言わなければ良かった。始めて間もない頃、私はもっと純粋な気持ちでこのアプリを楽しんでいた。拍手は少なかったけど、歌もうまくなかったけど、私は楽しかった。でも、欲張って、承認欲求に突き動かされて、気付けば私は本質を見失ってしまった。


 でも、もういい。これでいいんだ。











 パチ、パチ。


「……ん?」


 寝ていると、部屋の中から音がした。


 パチ、パチ、パチパチ。


 ーーこれ、まさか……。


 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ。



 ーーそんな……何で……。


 それは私が求めていたもの。欲しく欲しくて縋りついたもの。

 怖くて目も開けれず、私は必死に音が消えるを耐えた。


 そうだよ。私が欲しいって言った。言ったけど、そういう事じゃない。こんな理不尽な事なんて求めてない。


 ーーもういらない、いらないの!


 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ。


「もうやめて! そんなものいらない!」


 こらえきれず私は部屋の中で大声で叫んだ。

 すると、ぱっと音がおさまった。

 

「はぁ……はぁ……」


 鼓動が早い。息が乱れる。怖い、怖い。

 怖すぎて目が開けられない。夢だったのか。ただあまりにも生々しく部屋に鳴り響いた拍手の音。


 ――きっと疲れてたんだ。


 アプリであんな事があって心が疲弊していたんだ。だからこんな悪夢を見たんだ。

 落ち着こう。アプリのない平穏な日々に慣れれば、こんな夢ももう見なくなる。


「ふぅ……」


 さあ、寝よう。 

 そう思った次の瞬間、耳元で声がした。











「お前が欲しいって言ったくせに」


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