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4 だからお前らデートだっていってんだろ!

 ――時間になった。

 気がつけば寝ていたが、冒険者家業で鍛えに鍛えた体内時計が時刻を告げる。

 時計なんて用意できる方がレアな環境だと、こういうスキルが勝手に育っていくのだ。

 ともあれ、今日の場合は冒険ではなくデートなのだが。

 ……いや、デートではなく冒険なんじゃないか?

 ある意味、冒険とは未知への挑戦だ。

 デートなんて前世から含めて一度も経験したことのないアタシにとって、それは一種の挑戦に違いはあるまい。

 うむ、これもまた冒険――クエストだ。

 そうと決まれば、さっさと装備を整えて出かけるとしよう。


 というか、それでユースの野郎と廊下でバッティングしたらハズいなんてもんじゃないな。

 ……いや、今回はリーダーがいい出したことだ、リーダーならそこらへんは間違いなく配慮してくれる。

 気配りの鬼というか、コミュ力がゴーレムになってるようなオカマだからな、リーダーは。


 であれば気にせず出発だ。

 と思って食堂まで降りたところで、アンナとすれ違った。


「――あー、ちょいちょいリーナさんや?」

「なんだいアンナさんや」


 なんか呼び止められたので振り返る。

 どうにも呆れたような顔をしているんだが、何だよ何か文句あるのか?


「その格好でどこに出かけるつもりかにゃーん?」

「どこって、デートだよ、デート。もう約束の時間だからそろそろ行かないとまずいだろ」


 アタリマエのことを、当たり前のように返す。

 だってのに、それはもうアンナは凄い勢いで頭を抱えながら、はぁああああとため息を吐きやがった。

 処女のくせに、って今後煽り倒してやろうかこいつ。


「――約束の時間なら、リーダーが一時間遅らせるようにユースに伝えてあるから。アンタもそのつもりで、一端部屋に戻んなさい」

「ああ? なんで急にんなこと言い出すんだよ、聞いてないぞ」

「ついさっき、アンタよりさきに降りてきたユースにリーダーが伝えたことだからね」


 んん?


「――アンタと同じ様に、普段着で降りてきたユースにね!」


 それのどこが悪いんだ!?

 ――アタシは首をかしげながら部屋に戻されるのだった。


「まずね、デートで普段着とか、ありえないから」

「デートをしたこともないようなやつにだけは言われたくないな」

「常識! 私の意見じゃなくて常識!! 次言ったらぶっとばすわよ!!」


 へいへい、と言われるがままに服を脱ぐ。

 鏡の前に立たされて、下着姿だ。品性なんてものはかなぐり捨てているので、安物である。

 それを見て更にアンナはむっとするが、アタシは知っている。

 アンナが今つけている下着もこれの色違いだということを。

 ともあれ、


「確かにデートなら多少のお洒落も必要だろうけどさ、相手はユースだぞ?」

「だから?」

「あいつ、普段着で降りてきたんだろ?」


 絶対普段着のまま来るつもりだったぞ。

 というか他の女ならともかく、アタシ相手にあいつが着飾るとかありえん。

 断言できるね、アタシたちはお互いに普段着でデートにでかけてた。


「そ、れ、が! ダメなの! 相手が普段着で来たからって、アンタが普段着でいい理由にはならないの」

「まぁ、普通のデートならそうかもしれないけどさぁ」

「普通の! デートだから! たとえアンタ達がどう思ってても、デートはデートだから! いい!?」

「わ、解ったよ……」


 ここまでゴリ押ししてくるアンナとか初めてみた。

 流石に剣幕が怖すぎて、否定はできない。

 正面からマジの喧嘩をした時も、ここまでキレてなかったぞ。

 まぁアンナは喧嘩するくらい譲れない事があった場合、すげー強い意志で睨んでくるタイプだが。


「で――」

「なんだ?」

「――なんで衣装棚に普段着と装備しか入ってないの?」

「普段着と装備しか持ってないからだが?」


 何を言ってんだこいつ。

 アタシがお洒落用の服とか持ってると思ってるのか?

 ――うわ、凄い眼してる。呆れとかそういうの飛び越して、もう悟りの域に達してる。


「いいだろ別に!? アタシだってこれまでデートの経験とかなかったんだぞ!? お前と違って、棚でホコリ被らせてるのと違うんだよ!」

「う、うっさいうっさい! 私は今はいいでしょ!? ああもう、ソナリヤさんから借りてくる!」


 怒ってバタバタと出ていってしまった。

 あいつ、デート用とか言って大量に服を買い込んで、街を移動する度に持ちきれずに一部を売り払っているんだが、今もどうやら衣装棚には大量の使われない服が眠っているらしい。

 あ、ソナリヤさんというのはアタシたちのパーティのメンバーで、アタシと同じくらいの体格のご婦人だ。

 ドワーフの血が入っているので、小柄なのである。


「しかし――」


 おしゃれ、おしゃれねぇ。

 くるくると、適当に切って放置してある髪を弄る。

 なんて女子力の高い行動なんだろう、と思ってしまった自分が心の片隅にいるが、それはそれとして。


「……これくらいは自分でやったほうがいいか」


 といって、アタシは衣装棚の隅に眠っている、久しく使われていないかばんに手を伸ばすのだった。



 ▼



 ――ユースリッドは、気合を入れて着飾った状態で、パーティ『ブロンズスター』が宿泊している宿屋入り口隣の壁にもたれかかっていた。

 行き交うご婦人が、チラリちらりと視線を向けて何やらヒソヒソと話をしている。

 きっと、自分の容姿を指しての話なのだろうが、今の自分にとって、ヒソヒソ話というのは自分を責める話に聞こえてならない。


 やってしまった。

 未だに後悔が心の底から溢れ出してくる。

 よりにもよって、というか。

 ついにやってしまった、というか。


 脳内で、やったというかヤっただよな、と言ってくるリーナを振り払いながら、ユースはため息を吐く。

 その様子に、周囲から黄色い悲鳴が上がるのだが、なんともむず痒い。

 普段ならそれに淡い笑みを返すのが、ユースリッドという男である。


 貴公子、なんて呼ばれることも多々ある男だが、それはつまり女性から目を向けられることが多いということでもある。

 そもそもユースがそういった視線に応えようとしているのは、ある事情によるものだ。

 もっと言えば、周囲に失望されたくない、というのが根底にある。

 真面目というか、融通が利かないというか。

 何でも変わらないが、周囲の期待に応えずにはいられない、それがユースという男を形作っているといっても過言ではない。


 そういう事情を無視して揺さぶってくる相手がいるのも、また頭の痛い状況だ。

 ふと、窓ガラスに映った自分の姿を確認する。

 女性との付き合いで出かける際の自分は、それ相応に着飾った状態だ。

 相手に恥をかかせないため、というのが大きいが、相手に期待されている以上、それに応えなくてはいけないのがユースであるからして。

 だが、今日は輪にかけて着飾っている。

 デートというのは、あくまで私的な人付き合いだ。

 正装と違って、変に畏まった着こなしというのもまずい。

 あくまで自然体に、けれども相手や周囲にお洒落だと素直に思わせるファッションが必要になる。


 ユースの場合、そこらへんの加減は完璧だ。

 酒の席に置いて、ユースの受けは非常に良い、昨日の祝勝会もそうだが、彼が酒を飲んでいると自然と周囲に女性が集まってくる。

 なんでも、ユースは気配りが完璧で、話をしていて楽しいから一夜の相手としてパーフェクトなのだとか。

 特にいわゆる合コンの場にユースが一人いるだけで、女冒険者の食いつきがかなり違う。

 その癖本人は本命の相手がいるからライバルにならないとあって、男冒険者はこぞってユースをそういう場に連れ出すのである。

 そういう時のために、そこそこユースはお洒落というのには気を使っていた。


 が、しかしそのための衣装はNGだと切り捨てられた。

 なんでもそれは、相手をもてなすことしか考えていない衣装だ、とのことで。

 デートとは男が女をもてなすためのコミュニケーション手段じゃないのか? とユースは首をかしげたものだ。

 ともあれ、今日のファッションは過度に着飾ったものである。

 テーマは流行の最先端。冒険者はその知名度もあって、現実で言えば芸能人のような立場に当たる存在でもある。

 故に、冒険者のファッションとは流行における最前線を征くものなのだ。

 そんな冒険者の間で、今一番流行しているファッションを中心にしている。

 そこら辺は流石リーダーというか、ユースからしても文句の言いようがない出来である。

 いささか張り切りすぎじゃないかという、ユース自身の感情はさておいて。


 で、相手の支度があるからと先んじてリーダーに放り出されてから、おおよそ十分。

 宿屋の扉が開いた。

 憂鬱だった気持ちを切り替えて、デートへと意識を向ける。

 いつも女性に対応しているときのように、柔らかな笑みで相手を出迎えようとして、


「――や、待ってたよ、りー……な」


 ――――思わず、絶句していた。



 そこにいたのは、ユースが良く知るリーナではなく、妖精、としか言いようのない少女がそこにいた。



 白を基調としたワンピースは、その小柄さも相まって草原に立つ楚々とした少女像を印象づける。

 何よりも印象深いのは、髪型だ。

 リーナリアは冒険者ゆえの粗雑さで、普段は髪を整えもせずに流している。

 それが今は、キレイに櫛が通され、白い大きなリボンで後ろに結ばれている。

 美白な手足と、透き通るような金髪のコントラストは、まるでひとつの絵画のようで。


 思わず、ユースはそれに見惚れていた。


 いや、それは見惚れているというよりは――

 思い出していた。

 かつて、草原で出会った、白金の少女。

 まるでこの世のものとは思えない、幻想的な光景。


 それは――今から、どれくらい昔の話だったっけ?


「……なんだよ」


 そこに、えらくぶっきらぼうな、少女らしくない言葉が飛んできてユースは正気に戻された。

 思わず呆けていたらしい。

 むすっとしたリーナの様子から、そんな反応は心外だと思われているのだろう。

 きっと、宿屋の中ではコボルドにも衣装だとか、オークに真珠だとか言われてきたのだろう。

 ユースもそうなのだと決めつけて、不満に思っているに違いない。


「いや……その」


 完全に思考が停止してしまっていた。

 普段なら、するりと口から抜けて出る口説き文句が、これっぽっちも浮かんでこない。

 こんなはずではなかった。

 デートということで、経験のないリーナをリードしなくてはいけない立場だったはずなのだ。

 だというのに、


「とても……似合ってるよ」


 漏れてくる言葉は、本当にそれくらいのものだったのだ。

 ただ、それを相手がどう受けるかは、また別問題で。



 ――リーナは、それはもう見事なまでに、顔を真赤にしているのだった。



 ▼



 いやいやいや。

 似合っているとか、誰に向かって言っているんだ。

 アタシは誰だ? 天下のリーナリア、女っ気など皆無の粗野な女だ。

 いや、そもそも女か? こんな性自認曖昧なやつを女と呼んでいいのか?


 いや女にされたんだった、昨夜目の前のこいつにあっけなく。


 って、なんてことを考えてるんだよ!?

 いくらなんでも下世話にも程があるだろ、っていうかユースもユースだ、もう少し気の利いた事を言えよ! イケメンだろ!?


 ――ユースリッドは、それはもうモテる。

 モテるくせに身持ちが硬い。そうなると合コンとかでは非常に重宝される存在だ。

 こいつの場合、そういう状況での女の子の扱いは絶対に外さないのもあって、合コンという意図がないただの宴会の場ですら、誘蛾灯のごとく女がユースに集まってくる。

 それを相手に、誰か一人を贔屓することなく、全員に満遍なく愛想を振りまくこいつはホストかなにかだ。


 ようするに余りにも完璧な対応過ぎて、それは接待の域に達していた。

 そのため一日の恋人としては完璧だが、一生の夫婦となると息苦しすぎてムリ、というのがこいつの評価だったりする。

 いやぁ、モテすぎて逆にモテないって、ある意味うらやましい話ですね。


 ――なんて、現実逃避をしている場合じゃない。

 ちらりと視線を窓に向ければ、自分がすごい顔をしているのがわかる。

 っていうか窓の奥にこっちを観察するうちのバカどもの姿が見えるんだが?!


「お、おいユース!」

「な、なんだいリーナ!」

「今すぐここを移動するぞ、出歯亀なんぞ許しておけん!」

「あ、ああ……それもそうだね、移動しようか」


 そういいながら、アタシは今すぐその場を移動するために、ぱっとユースの手を掴んだ。

 早足であるきだして、しばらく。

 ――ふと、左隣にたってユースを見る。



 ……なんでアタシはユースと手をつないでるんだ?



 よくわからない現実に、脳がバグる。

 結果、それはもう凄い勢いで沸騰しまくった自分のほっぺたを、アタシは何度も引っ張るのだった。

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