3 私の親友はだいぶおかしい。
私、アンナ・ライネには親友がいる。
名をリーナリア。名字がないことから田舎の出身か何かだと思われる。
周囲からはリーナ、と呼ばれるそいつには、幼馴染がいた。
ユースリッド、ユースと呼ばれるそいつも、リーナと同じく名字がない。
二人の特徴はとにかく顔がいいということだ。
貴公子だなんだと持て囃されるユースは言うに及ばず、リーナも絶世の美少女だと評判である。
うすーくエルフの血が入っているらしいリーナは、若干そのせいか発育が悪い代わりに、常に最高の美貌を保っている。
本人は粗野もいいところなのに、常にパーフェクトな美少女でいられるんだから憎たらしいことこの上ない。
まぁそれでも、リーナと私は私が冒険者になって以来の付き合いだ。
私より少しだけ先に冒険者になったリーナが、偶然冒険者になるためにダンジョンのある街を訪れた私を案内したのがそもそもの始まり。
当時は今より更にちみっこかったリーナは、どう見ても子供以外の何物でもなく、聞けば同年代なんだっていうからびっくりだ。
それからリーナの紹介で彼女のパーティ――『ブロンズスター』に所属することとなった私たちは、努力の末にAランク冒険者となるに至った。
Sランク冒険者は基本的に世界的な英雄とされるため、Aランクといえば冒険者の中での実質的なトップだ。
私達は案外凄いのである。
当然リーナも、その例に漏れない。
“幸運の妖精”リーナリア。
それがリーナの二つ名だ。
あいつ、どういうわけか変なところで運がいい。
幸運、というよりは勝負強さ、というのが正しいのだけど、とにかくやたらめったら引きがいいのだ。
ボスと戦えばラストアタックを持っていったり、ギャンブルで追い込まれると凄まじい強運で盛り返したり。
そういう悪運の強さというか、“持っている”感がリーナの持ち味。
結果、その美貌も相まって幸運の妖精なんて呼ばれるようになったリーナだが、もちろん実力だって本物だ。
剣と魔法を自在に操りながら、前線を飛び回る姿に、妖精なんて呼び名がされるくらい。
間違えてはいけないのは、高い実力を有した上でさらに勝負強い、なんていうかズルとしか言いようのない特性を持つのがリーナなわけで。
当然、冒険者仲間の間でも人気は高い。
特に男連中はリーナに夢中なやつはかなり多いのではなかろうか。
なんたって距離が近い、やたら無防備で、誰にだって馴れ馴れしい。
かと思えば義理堅くて優しくて、純情なところもあるっていうのだから、男心を擽る要素てんこ盛りだ。
俺でも仲良くなれるんじゃないか、とか。
あいつ俺のこと好きなんじゃないか、とか。
そういう男を勘違いさせる魔性の女、それがリーナである。
そういうヤツは、女に嫌われるんじゃないかっていうと、案外そうでもない。
なぜならリーナは文句なしに強いからだ。
冒険者社会は実力主義とはいうが、それでもやはり男女の間に意識の差っていうものはある。
女だから剣じゃなくて魔法を選ぶ、なんてのは普通の世界だ。
そんな中で女だてらに剣を握って男と並んで前線を張るリーナのスタイルは、案外女受けがいい。
私だって、魔術師としてまだまだだった頃は、剣を振ってバッタバッタと魔物を切り倒すリーナに憧れたものだ。
加えて、リーナが女性に好かれる理由がもう一つある。
既に特定の相手がいる、という点だ。
リーナとユースは、冒険者になる以前から一緒だったという。
おかげで駆け出しの、まだ知名度が低かった頃だと二人は完全に一つの存在として扱われていたし、周りもあいつらは付き合っているんだろうと思っていた。
今になってみれば、それは一種の勘違いだったわけだけど、今でも冒険者の間で、リーナとユースがカップルであるという話は有名だ。
ユースはイケメンだ、顔がいい。
気配りもできて、女性にはすごい人気だ。
荒くれ者しかいないような冒険者の中で、貴公子なんて言われるイケメンはそういない。
ただ、それ以前にユースはリーナと付き合っている。
非常に線引がしっかりしているユースは、女性相手に失礼な対応はしないが、かといって深く踏み込んでくることはない。
最初からそれがわかっていれば、それはもうただイケメンを遠くから眺めるだけというか。
既に結婚した役者に熱をあげるようなものだ。
中には本気になるやつもいるけど、一般的にはそういうのは少数派なのである。
おかげで、他の男をその美貌で奪っていくことがないと思われているリーナは、言ってしまえば女性にとっては安牌だ。
安全に女性として憧れることのできる対象というか、これまた都合のいい偶像というか。
どっちかというと、男のほうがそのあたり過激なやつは多いかもしれない。
変なところでマジで惚れてる男を量産しがちなリーナの男ファンのほうが、厄介と言えば厄介だ。
まぁ、そういうのは私やリーダー、何よりユースがこっそり裏で対処しているから、リーナに危害が及んだことはないのだけど。
――私?
私はまぁ、どうしたって第三者だ。ユースはたしかにいい男だし、リーナがいなければ本気になっていたとおもう。
それくらいにはユースは好きだし、何だったら惚れてた時期もある。
でもまぁ、やっぱりユースとリーナは二人で一人だから、その間に割って入るのはムリだと諦めたのだ。
が、しかし、ここで一つ問題がある。
リーナが一向にユースとの関係を認めないのである。
曰く、自分とユースはカップルでも夫婦でもない。
はぁ? 何みて言ってんだぶっとばすぞ。
いけないいけない、美少女がそんな言葉を使ってはいけない。
リーナは当たり前のように使い倒しているが、私はリーナと違って淑女なのである。
あんな野蛮人と一緒にされたら憤慨ものだ。
ともあれ、リーナは頑なに自分はユースが好きではないとかおっしゃる。
ふざけるのも大概にしてほしい。
酒の席になったらまずは周囲を見渡して、ユースを見つけてから遠巻きにそれを眺めつつ酒を入れ始め、なんかぶすっとしているリーナがユースを好きではないというのだろうか。
冒険中に戦闘が終わったら、まず何よりもユースに話しかけて無事を確認するリーナがユースを好きではないというのだろうか。
道を歩く時、絶対にユースの左隣を譲らないリーナがユースを好きではないというのだろうか。ちなみにユースの利き手は左手だ。
他にも散々に好き好きオーラを出していながら、口を開けばそんなわけないとおっしゃるリーナは、側で見ている分には楽しくもあり、歯がゆくもあり、ふざけんなというのもあり。
じゃあユースの方はどうかと言えば、どうもリーナに対して遠慮している部分があるらしい。
普段からリーナとユースの力関係は、リーナが提案してユースが了承するという関係性だ。
反論があれば修正してもう一度リーナが提案、問題なければ改めてユースが承認。
決してリーナが一方的に決めているわけではないが、ユースの方から提案することは早々ない。
決断力の高いお嬢様と、それを支える有能な執事を見ているかのようだ。
もしくは有能女社長と敏腕秘書。
こういう、男に対してずばずばと言っていけるところも、女性人気が高い秘訣だと思う。
男にも自分を導いて甘やかして欲しい、なんて願望をリーナに持つやつはいるけど、リーナは何もしないやつは即座に見捨てるタイプだからそういうのは解釈違いだぞ。
話がだいぶそれたけど、リーナの意志が最優先であるらしいユースは特に何か言うことはない。
傍から見れば優柔不断というか、どっちつかずな対応にも見える。
リーナなんて、それで随分ご立腹なようだけど、実際は違うだろう。
ユースにとって、リーナこそが何よりも一番の存在なのだ、リーナがヨシとしなければ、たとえそれがどれだけリーナの為であっても切り捨てる、そんな一途さが、ユースの本質であると私は思う。
ほんと、勝てないな……と、思わされる事実でもあるが。
とにかくリーナとユースは絶対に両思いだ。
リーナの方に、なぜかそれを受け入れられない理由があるだけで。
本人を問いただしたら、自分は男女の意識がないだとか、恋愛に興味を持っていないだとか言うが、それとこれとは話が別である。
人を好きになるのに理由はいらない、リーナはユースが好きなのだから、恋愛とか男女だとかで受け入れないのは単純に我儘だ。
ただ、それを外野が押し付けるのも我儘ではあるので、私達は遠巻きにそれを眺めるにとどめていた。
当然酒が入れば好き放題言いもするが、それはあくまで酒の席で、気の置けない仲間同士の会話だからだ。
んで、その日も散々にリーナを煽り倒して、リーナをユースの席に放り込むことに成功した。
リーダーグッジョブ、口を滑らせたリーナも悪いが、そこで私達の期待に応えてくれるのは流石リーダーだ。
ちょっと動きは大げさだけど。
そして今日は結構珍しいことがあった。リーナがユースに酒を一気飲みさせたのだ。
ユースはそんなに酒が強いタイプではない、でもってそれが解っているので飲む量をコントロールしているタイプ。
どこかのリーナさんと違って。
そんなユースが、それはもう顔を真っ赤にしているのだからリーナ、どんだけ強いお酒を呑ませたの?
まぁ、それを確かめるより先にリーナが倒れて、ユースは慌ててリーナを二階のリーナの自室に連れて行ったのだが。
ちなみに私達は一つの街に滞在する間、宿をパーティ全体で貸し切って使うようにしている。
ので、リーナの部屋は常に決まっているのだ。
それから次の日、リーナが涼しい顔で降りてきて、朝食にいつもより軽めのサンドイッチを頼んだかと思ったら、続けて降りてきたユースが、なんとリーナに土下座をかました。
ユースの土下座である。
普段、どれだけ誠心誠意謝るとしても、土下座まではしないユースが、土下座である。
人生で初めての経験に、アタシとリーダーは思わず困惑した。
絶対リーナが何かしたのだ、リーナが悪いに決まってる、そんな決めつけの元、話を聞きに行って、
リーナとユースが一線を越えたとリーナから何気なく告げられた。
一線を越える、男女の関係になる、セ……をする。
なんとでも言っていいが、つまるところ交尾である。
くんずほぐれずでアハーンである、経験豊富を自称している私から言わせれば、それはもう凄まじく大人な行為である。
……が、リーナは処女だ。
半月ほど前、いろいろな事情でユニコーンの神殿なんて場所に私とリーナの二人で行ったことがあるから知っている、リーナは処女だ。
それを酒の勢いで散らして、更には犬に噛まれたみたいな反応をするリーナは普通じゃない。
正直、思った以上に重傷だったらしい。
リーナは本当に自分の性別に対する意識が薄かったのだ。
かねてから無防備だとは思ってはいたが、それなら確かに納得である。
でも、そうなると酒の勢いで一線を越えてしまったユースが不憫というか、そうでもなければ踏み込めなかったのが不憫というか。
どちらにせよ、根が深い問題であることは間違いなかった。
言葉の上だけでなく、本当に誰であろうと、男を男と意識できないという事情をリーナ自身が抱えた上で、ずっとふたりで生きてきたなら、そりゃあユースは遠慮してしまうだろう。
多分、リーナ一人でも、ユース一人でもどうにかできる問題ではないのだ。
今回の行為をきっかけにして、何か変化があればいいのだけど。
――と、思った矢先にリーナは部屋にこもってしまった。
気になったアタシは、それをこっそり伺ってしまう。
悪いとは思うけれど、こんな状況で部屋にこもるリーナが悪いのだ、私は悪くない。
そこには、
布団に顔をうずめて、足をバタバタさせているリーナの姿がそこにあった。
どうやら、ちゃんときっかけにはなったらしい、とか。
リーナにもこんな情緒が存在していたのか、とか。
そんなことはどうでも良くなってしまうくらい、私はそれを――かわいいと思ってしまった。
え? 何アレ、ほんとにリーナ?
リーナのくせにかわいい?
あの性別なんてものかなぐり捨ててしまった粗暴娘のリーナが?
いやでも、ほんとにカワイイ、何だあれどういう生き物?
やばいやばいやばい、私には同性愛者のケなんてこれっぽっちもないのに、ちょっと心ひかれる物がある。
いやこれはどっちかというと愛玩の感情か? 抱きしめて撫で回したいという感情か? なら納得。
ていうかそうじゃない。
私は、ふと思ってしまったんだ。
そんな可愛らしいリーナを見て、
――この子、こんなにカワイイのに処女じゃないんだよなぁ。
……おっさんか!
どうやら、私自身、突然のことで脳がバグってしまっているらしかった。




