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24/24

24(終) 隣には、誰よりも愛している幼馴染が立っている。

 ――だって、アタシとユースは一線を越えたんだ。

 それまで、頑なに認めることの出来なかったユースに対する好意を、否定することがなくなったんだ。


 アタシの体質に対する問題を乗り越えて、ユースがアタシを抱きしめてくれた時に、アタシはユースを受け入れたものだと思うじゃないか。

 二人が一緒になる前提で、父様に認められる問題を解決しようとした時点で、アタシはユースと一緒になるつもりになっていたと思うじゃないか。


 違うんだ。


 そうじゃなかった。

 それは、ただそうするべきだという覚悟で前に進んでいただけだった。


 もっと根本的なこと。

 ユースを好きだと口にすることから、アタシは逃げていた。


 そんなことか。

 そう、そんなことだ。

 アタシには、他人と違う部分がある。

 前世が男であったという記憶。

 ――それは、アタシが“アタシ”になった今も、人格形成の大半を担っている。


 当たり前だ。

 大前提なんだから。

 人はそう簡単には変われない。

 ましてや、変化を恐れるアタシのような小心者に、そんな意識の変革、容易なはずがない。


 何より、


「……リーナ、どうした? 大丈夫か? リーナ?」

「……いや、違う、違うんだユース、これは」


 ――これは、アタシにしか理解できない問題だ。

 だって、この世にアタシと同じ境遇の人間が他にいるとは思えないんだから。

 もちろん、自分を女性と思えない女性っていうのは、探せばどこかにいるだろう。

 現代では性同一性障害なんて名前が付くくらいなんだから。


 でも、アタシの場合は前提が異なる。


 ただ異常なだけでなく。

 その異常の原因が解った上で、誰に相談できるものでもない異常なんだから。

 今ここで、ユースにアタシの来歴を話す?

 ユースはそれを受け入れてくれるだろうけど、ユースは受け入れた上で今のアタシを見る。

 この問題は、今のアタシじゃなくて、ユースが知るはずもない赤の他人の“俺”に由来する問題なんだぞ?


 それは、解決にならないじゃないか。


 だったらなおさら、アタシは自分で結論を出さなければならない。

 でも、アタシのこれまでの人生で、目をそらし続けてきたそれに、今更目を向けたところで、答えなんて出るのか?


「――リーナ」

「……ユース」

「君が何を抱えているのか、僕には理解することはできない。僕は君の比翼であって、君ではないのだから」


 アタシの様子から、何かを感じ取ったのかユースが声をかけてくれる。

 そう、アタシが思っていることをユースは理解して、言葉にしてくれた。


「だから、君は君で答えを出すしか無い。でも――その助けならできるはずだ」

「……たす、け」

「そうだ、だから――話してくれ。君のこれまでを、一つずつ君の言葉で」


 そうだ。

 言葉にできないなら、できるように、一つ一つ吐き出していくしかない。

 アタシは、ユースのことが好き……のはずだ。

 言葉には出せなくとも、ユースを受け入れて、一緒にいたいと思っているんだから。


 だったら、後は言葉をすべて吐き出すしか無い。

 溜まりに溜まったそれを全部吐き出して、残った言葉が好きという言葉なら、取り出すことは容易のはずだ。


「アタシは……公爵家に生まれて、その生き方を窮屈に感じている時に、ユースに出会った」


 始まりから、一つずつ。


「ユースの剣に憧れた。共に剣を振るいたいと思った。ユースのような剣を振るいたかった」


 始まりは、あこがれから。


「やがて、アタシとユースが一緒にいられないことを知った。それを、ユースがぶち壊してくれた」


 憧れから、救済を得た。

 アタシはユースに救われたんだ。


「ユースと二人で冒険者になった。二人でなら、絶対に最高の冒険者になれると思っていた」


 そうして、家を飛び出して。


「――でも、二人だけじゃ流石に無茶だった。リーダーの助けと、仲間たちとの出会いを経験した」


 パーティ“ブロンズスター”の一員(かぞく)になった。


「多くの冒険と、成功と、失敗を経て――アタシ達はAランクになった」


 そして、



「――そして、アタシはユースと幸せになりたいと願った」



 ああ、よかった。

 その言葉は、口にできた。


 なら、きっと大丈夫だ。


「でも、アタシには乗り越えなきゃいけない問題があって」


 白幸体質と、父様との確執。


「一つは、ユース達を頼ることで、乗り越えることにした」


 アタシ達が、一緒でいれば大丈夫だと、そう心の底から信じることが出来た。


「一つは、正面から父様を納得させて婚約を勝ち取った」


 それまでに積み重ねてきた実績と、守り続けてきた秘密のおかげで、納得させることができた。


「そして、最後に――」


 ――すべての問題が片付いた後。


 アタシに残された問題は、一つになった。

 そう、そこまで掘り下げれば、後は。



「――ユースを好きだという気持ちが、残った」



 その気持を、言葉にするだけだ。


「……うん、じゃあリーナ」

「ああ」


 ――なんだ、言えるじゃないか。

 こんなに簡単に、アタシは――ユースに、



「――――――――ふひぃ」



 好き、ということが……できてないな?


「……リーナ?」

「…………もう一回!」

「う、うん」


 すぅ、はぁ。


「す、す、す……」

「す?」

「すしぃ……」


 美味しいよね。


「…………」

「…………」

「わ、ワンモア!」


 すぅ、はぁ。


「す、すい、しい…………」

「リーナ……」


 憐れむな!!


「しゅい……」

「言えてないよ……」


 ……なんでだよ!?

 アタシがユースに好きって言えないのは、アタシの精神的な問題じゃねーのかよ!?

 ちゃんと自覚してしまえば、後はそれを口に出すだけじゃねーのかよ!?

 っていうかさっき好きって言ってたじゃん、何で直接言葉に出せないんだよ!!


「……やっぱり、リーナはその場の雰囲気に流されないと、素直になれないタイプなんだね」

「言い方ぁ!!」


 そうかもしれないけど、しれないけどさぁ!!


「……違う、違うんだ。アタシはほんとにユースが好きなんだ……って、言えてる!?」

「じゃあもう一回」

「すひ……」

「言えてないね」

「なんでだぁ!!!」


 いいじゃん! 最後くらい素直になっちゃえよアタシ!

 あああああああでも口に出そうとすると口がもつれる!!


「じゃあほらリーナ、もう一回」

「いいだろ!? 好きって言ったんだからいいだろ!? ほら言えた!」

「ダメだよ、今後僕達が一緒になるんなら、こういうことはいくらでも起こりうるんだから、通過点だと思って、ほら」


 ……通過点。

 そういえば、と思い出す。

 ソナリヤさんが言っていた、不幸とは幸福の通過点だ、と。

 ――同じことじゃないか。

 ユースの言う通り、好きはただの通過点。


 アタシたちの未来は、過去よりも長い時間がまっているはずだ。


 だとしたら。

 こんなところで止まってなんかいられない。


「……解決策を考えよう」

「そうだね、具体的には?」


 少し考える。

 ……ダメだ、思いつかない。

 急に考えても、こういうのはいい考えなんてそう浮かんでこない。

 ユースがデートプランを考えて、あの有様だったのと理屈は同じ。


 アタシがユースに素直になれないのは、きっとアタシがそういう気分になっていないからだ。

 酒に酔えば、一線すら越えることができる。

 演劇の熱に当てられれば、キスを迫ることもできる。

 だが、今は……?

 解らない。


 それでも考えを巡らせて――


「…………報い、か」


 ふと、思い出していた。

 パラレヤさんの言葉だ。

 報いとは、良くも悪くも帰ってくるものだ、と。

 だとしたら――


「なぁ、ユース」

「どうしたの? リーナ」


 アタシは、そうだ。


「――何か、アタシにしてほしいことはないか?」


 ユースに何かを返せているか?


 ずっと、与えられてばかりじゃないか?


 ただ、彼との関係に甘んじているだけじゃないか?


「……そうだな」


 そんな考えをユースも感じ取ってくれたのか、少し考えを巡らせて、何かを思いついたらしい。


「どうしても、君とやってみたかったことがあるんだ」

「それは?」

「こういう場に、相応しいことだよ」


 そう言って、ユースはアイテムボックスから、自分の剣を取り出した。



「――僕と一曲。踊ってくれませんか? レディ」



 ああ、まったく。

 ――貴公子かよ、こいつ。



 ▼



 アタシとユースが初めて出会った時、ユースはお嬢様姿のアタシに見惚れて、アタシはユースの身のこなしに感動を覚えた。

 憧れたんだ。

 だからアタシは剣を習ったし、ユースはアタシと一緒にいたいと思うようになった。


 そして、あの夜の花畑。

 アタシたちが白幸に目覚めた夜、アタシはたしかに言った。


『こんな風にきれいな場所で、アタシはアンタと剣をふるいたかった』


 ――と。

 それは、つまるところ。


 演舞、というやつだ。

 剣術とは即ち芸術の一種、時には剣を交わらせて、その美しさを競うこともある。

 戦いのためではなく、誰かのために剣を振るうことの極地。


 アタシは、そういう剣をユースと振るいたかったんだ。


 だからアタシ達は――ただ無心に剣を振るった。

 アタシの得物はレイピア、直接剣をぶつければ弾かれてしまう。

 だから受け流すことで相手を翻弄し、一突きのうちに討つのが正道。

 たいしてユースの剣は大剣、あらゆるものを薙ぎ払い、切るのではなく“斬る”ことが正道。


 豪快に薙ぎ払われる剣を、アタシはひたすらに受け流していく。

 ただ、剣戟の音だけが響く。


 ときには甲高く、時には重く。


 まさしくそれは音楽だ。

 アタシとユースの二人で奏でる芸術が、花だけを観客にここで響き渡る。


 不思議なほどアタシの体はアタシの思う通りに動いた。

 集中という感覚を越えて、領域の中へと入り込んだそれをアタシは受け入れて、ただ無我のままに剣を振るう。

 ユースも、同じように体に染み付いた剣術だけを頼りに、無心のまま剣を振るった。


 一つ、剣を合わせるたびに、アタシの心に熱が灯る。

 一つ、剣を叩きつけるたびに、その熱が炎に変わる。

 一つ、剣を受け流すたびに、相手の熱が伝わってくる。


 今、アタシ達は不思議なほどに一つとなっていた。

 相手の考えている事がわかる。

 相手の思いが分かる。


 それは、つまり。


「――楽しいな!」

「――ああ!」


 ユースの好きが、伝わってくる!


 ユースは笑っていた。

 それまでの、優しい笑みとは異なる、快活で、満面の笑みを。

 それは、アタシも同じだ。

 アタシは笑っていた。

 素直になれない自分がバカバカしくなるくらい。


 最初から、こうしていたんだ。


 やりたいことをする。

 自分の心に素直になる。

 簡単なことじゃないか!


「ユース!!」

「なんだい!」


 がむしゃらになりながら、剣を振るう。

 いくら演舞と言っても、巧いのはユースの方だ、向こうがアタシに合わせる形でそれは続く。

 今も、アタシは一気に追い詰められて、なんとかユースの剣を受け流すので精一杯。

 興奮する心をよそに、頭は冷静にアタシの詰みを告げていた。


 あと一手、次でアタシは致命的な隙を晒す。


 それでこの演舞はおしまいだ。

 ああ、そんなの――


 ――――いやだ、こんな。


 こんな熱の灯る演舞を、アタシは終わらせたくない!

 まだ、



「―――――好きだ!」



 ユースに、好きとも伝えていないのに――



 ――――地面に、剣が転げ落ちる音がした。


 ああ、終わってしまった。

 結果は――すぐに知れた。

 月下の剣舞、お互いのすべてをぶつけ合う舞踏会は、


 ――呆けた、ユースの顔と、地面に落ちた剣。



 ――アタシの勝利で、幕を閉じた。



 ▼



 ――呼び方ってのは、相手との関係を示す上で大事な称号だ。

 父を父と呼ぶのは自然だし、親友を呼び捨てにするのもおかしなことではないだろう。

 兄を妹がお兄様とか言ったら、それは少し特殊な個性ってやつである。

 だからそれは、いわゆるマイノリティってやつで、多くの人間がそうじゃない。少なくとも、アタシの場合は大切な人の事を、呼び捨てで呼ぶのが普通だった。


 だからアタシはユースをユースと呼んだし、ユースはアタシをリーナと呼んだのだろう。


「――なぁ、ユース」


 ユースの左隣。

 アンナ曰く、アタシの定位置らしいそこに立ちながら、アタシは空を見上げる。


「何かな、リーナ」


 月が、浮かんでいた。

 白に光るそれは、さながらアタシたちを祝福するようで。

 きれいな、きれいな満月だ。


「……これから、アタシたちはどういう未来を生きていくと思う?」

「さぁ、冒険か、はたまた貴族の生活か。どちらにせよ、退屈はしないだろうね」


 アタシは、未来を思いながら。


「アタシの体質も、Sランクになったから調べられる情報は増えると思うんだ」

「ああ、ただ守るだけじゃない、全部解決できるように、これからも進んでいこう」


 ちらりと、隣に立つ幼馴染に目を向ける。


「それと、ドレスト卿とも和解しなくてはいけないよ、お互いに、たった一人の家族なんだから」

「善処するけどさぁ、家族は一人じゃないんだ。……頼りにしてるぜ? 旦那様」


 ――あの頃から変わらず、こいつはアタシの隣にいてくれた。

 多分、これからも。


「だから――ユース」

「ああ、リーナ」


 でも、その呼び方は変わらない。

 アタシがユースを好きである限り、ユースがアタシを好きである限り。



「ふつつかものですが、末永くよろしくおねがいします」

「こちらこそ、至らぬことはあるかもしれませんが、よろしくおねがいします」



 そう言葉を交わす隣には、

 ――誰よりも愛している幼馴染が、立っている。

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