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2 土下座と乙女と秋の空。

 ――土下座。

 ある種、謝罪の最上位表現。

 自身の尊厳を生贄にすることで相手の許しを得る、ある意味反則とも言える手。

 当然といえば当然だが、そこに価値が生まれるかは当人の普段の行いが全てだ。


 アタシの場合は、多分その時の状況によると思う。

 酒の場で酔って窓を割ったとか言う状況で土下座しても、そこに価値なんてそう生まれないだろう。

 なんたってよくやるからな。

 逆に、パーティに危機が訪れて、それを助けるために別のパーティに救援要請なんてした時に土下座したら、そのパーティからは凄い驚かれるだろう。

 つまるところアタシは、巫山戯ているときはかけらも信用されていないが、真面目なときはきちんと信用されるくらいの立場であるってことだ。


 逆に、どんな時でも土下座なんてすればそれはもう驚かれて、逆に心配されるやつもいる。

 具体的に言おう、ユースのことだ。

 ド真面目を通り越して堅物の域に達している割に、人付き合いがうまくて女にモテるユースは基本的に土下座が必要な事態にはそもそも陥らない。

 あいつが謝罪するってことは、事前に謝罪相手へ相談して、限界まで事態をどうにかしようとした上でムリだった場合ってこと。

 つまり、もうそれ以上はどうしようもないって周りも理解している時だ。

 誠実ってのは、それだけで得なんだろう。


 ――そんなやつが、突然公衆の面前で土下座なんてしたら、周囲はなんと思うか。


 早朝。

 アタシが例のアレに衝撃を受けつつも、とりあえず朝食にしようと宿屋の一階に併設された食堂でサンドイッチをもさもさしていた時、ユースは降りてきた。

 何というか今にも死にそうな顔で、なんか周りが心配していたが、アタシとしてはあいつのそういう顔は見たことが無いわけではなかったので、特に気にしていなかった。

 あいつがああいう顔をする時は、本人が自分を信じられないくらいとんでもないミスを――それも周りからすればバカみたいなミスをした時だ。


 つまりアタシとヤっちまったってことだな。


 ううん、自分で言っていて理解が追いつかない。

 ユースとアタシが? なんかの間違いじゃないか?

 いやでも未だに色々ズキズキ痛むからなぁ、あいつどんだけ手荒に扱ったんだよ。


 で、そのままユースはつかつかとアタシに近づいてきて、ノータイムで土下座を敢行した。

 思わず吹き出しちゃったね、こいつの土下座なんて見たの、人生で二回目だ。

 それもこんなところで見るとは思わなかったから、なんか逆に面白くて笑ってしまったよ。


「……あー、ユース?」


 とりあえず食べていたサンドイッチをぱくりと口に放り込み、飲み込んでから呼びかける。

 うああ、周囲の視線が痛い。

 なんかアタシが悪いみたいな雰囲気を感じる。

 この場にいる半数はアタシのパーティメンバーで、残り半数が顔見知りだからムリもないだろう。


「とりあえず顔を上げろ、な?」

「…………すまなかった!」

「いやいや、解ってるから。悪いと思うならすぐに顔を上げて立ち上がれ、な? アンタが土下座してるせいでアタシが悪いみたいな扱いになってるぞ?」


 ――が、それでもユースは動かなかった。

 これがどういうことかというと、こいつの申し訳無さがあらゆる感情に勝ってしまっているということだ。

 真面目すぎて、時折融通利かないのがユースの数少ない欠点と言えるだろう。


 うーむ、どうしたものか。

 正直、未だにちょっと気だるいので朝食を食べたらもう一眠りしたいんだが。

 あーいやその前に、部屋を掃除しないとな。

 宿屋の主人にあんな部屋を掃除させるのは申し訳ない。


 なんて考えていると、



「あーらぁ! どうしたのふたりともぉ!」



 甲高い、男性のものと“思われる”声が聞こえてきた。

 同時に、


「ちょっとリーナ、今度はユースに何したのよ」


 隣から、アタシを責める声が聞こえてくる。

 ああ、よく見知った声だ。

 半笑いになりながら振り向くと、想像した通りの顔ぶれがそこに居た。


 一人は、ブラウンのふんわりとしたセミロング少女。見た目はアタシより大人びているが、同年代だ。

 名をアンナ・ライネ。アタシ達が所属するパーティのメンバーであり、アタシの親友。


 もうひとりは、何というか凄まじく存在感のある石像だ。

 名をゴレム・ランドルフ。我らがパーティのリーダー、麗しきオカマゴーレムである。


 ――この世界には、それはもういろいろな種類の種族が存在している。

 ゴーレムが普通の人間と同じように、種族として認められて暮らしているというのはこの世界の特徴であろう。

 ゴレムはそんなゴーレム族の一人で、ゴーレム族は性別を有さない。見た目は筋肉質な男性だが、ゴレムのように女性的な口調で話すゴーレム族は多い。


「ユースが土下座なんて、アタシ初めてみたわぁ、うふふ、土下座しててもユースはイケメンねぇ」

「あー、それは同意。ほんっと何しても絵になるわね、こいつ」


 アンナはと言えば、この世界では逆に珍しい純粋な人間だ。

 アタシはかなり薄くはあるけどエルフの血が入っているし、ユースも家系をたどると天使と結ばれた人間の子孫らしい。

 特徴は、一言でいうと普通。平凡とはまた違う、本当にごくごく普通の、当たり前の感性を有する稀有な存在だ。

 前世知識で言えば、ソシャゲ主人公みたいなやつ、というのが近いかも知れない。


「あー、それな」


 アタシは二切れあるサンドイッチのもう片方をつまみながら、



「昨日、アタシが酔いつぶれた後に、こいつとヤっちまったみたいでさ」



 何気なく、二人に事情を話した。

 ――と、その時。


 周囲の姿勢が一斉にこちらへ向いた。


 …………あれ?

 なんか思ってた反応と違うな?

 っていうかユースすら、びっくりしたように顔を上げている。

 なんだ、そのまま起き上がって土下座をやめろ。


「え? ちょ、ヤ……ヤ? って、え、そういうこと?」

「うん、こう、ずぶっと……くそ、未だに痛いぞおいどうなってんだ」


 ちょっとどうかと思うジェスチャーをする。○かいて人差し指みたいな。

 驚いた様子でこっちを見てくるアンナの顔が蒼白になる。

 うわ、よく見たらユースのヤツもすげー顔してる。


「ガチなの……?」


 なんでそんなすがるような眼でユースを見るんだアンナ。


「………………お恥ずかしながら」

「…………そっかー」

「アタシとしてはお前らのその反応に色々言いたいことがあるんだが?」


 はぁ、とため息一つ。

 サンドイッチを食べきると、アタシは視線をアンナたちへと向けて、


「別に、女で冒険者をしてる以上、いつかはそうなるもんだろ。むしろアタシとしては、こいつで捨てれてラッキーだったと思うけどな」


 冒険者は実力社会だ。

 男だろうが女だろうが、実力があれば評価される。

 だが、女である以上は男からイヤらしい視線を向けられることは多々あるし、男なら金や顔目当てに女に言い寄られることはママある。


 長く冒険者をやって、そういう経験が一切無い冒険者というのも稀な話だろう。

 うちのパーティでもそれが一切ないといい切れるのは、昨日まで実際に男性経験ゼロだったアタシと、そもそもそういった機能を持ち合わせてないリーダーくらいだ。


「アンナだって、いつも武勇伝を得意げに語ってるじゃないか。それとアタシのこれの何が違うんだよ」

「え? あ、あ、そそそそうね、私はモテちゃうからねー」


 ……まぁ、ここにもうひとり見栄を張っている処女がいるんだが。

 見た目はいいんだから、選り好みしなければいくらでも相手はいると思うんだがなぁ。

 自分が一足先に卒業したからか、なんかアンナのことがかわいそうに思えてきた。


「っていうか、それを言ったらユース。お前だって――」


 ――お前だって、そういう経験の一つや二つあるだろ。

 モテるんだからさ。

 なんてことを、言おうとしたのだが、それを遮る者がいた。



「やったじゃないのォ、ユースちゃあああん!」



 そういいながら、先程まで黙りこくっていたリーダー殿が突然ユースに抱きついたのだ。

 ゴレムの抱擁と呼ばれるそれは、並の人間ならぺしゃんこになってしまう勢いがある。

 もちろん素人相手には加減するが、ユース相手なら全力でハグするだろう。

 実際、ハグされた時、ユースからぐえ、という声が漏れた。

 油断しすぎだ、バカめ。


「ついにリーナちゃんと一線を越えれたのねぇ! んもう、めでたいわぁ、おめでたよぉ!」

「いやまだおめでたとは決まってないからな、リーダー」


 可能性はあるんだが。

 まぁデキてたら諦めるしかないな。

 性行為には興味などかけらもないが、子供には少しだけ興味がある。

 こんな職業だから、機会なんて無いと思っていたが、まぁデキてしまったならそれはそれだろう。


「もう、そういう野暮なことはいわないの、リーナちゃん。っていうか、リーナちゃんももうちょっと喜びなさいよぉ」

「いやいやいや、一夜の過ちだぞ? よくあるアレじゃないか。冒険者あるあるだよ」


 なぁ、と周囲に訴えかけると、一部が視線をそらした。

 どうも昨日の馬鹿騒ぎの影響で、アタシ達以外にも同じ穴の狢がいたようだ。

 ええい、恥ずかしそうにするなよアタシがおかしいみたいだろ?


「だからそういうコト言わないの! ……よおし、決めたわ、リーナちゃん、ユースちゃん!」


 パンパン、すごい勢いでユースを抱きしめたままアタシの背中を叩くリーダー。

 備えていたから痛くはないが、それはもうすごい勢いで風圧がやばい。

 下手するとアタシが朝食を食べているテーブルが吹っ飛んでしまいそうだ。


「これ、二人で買ってきてちょうだい」

「ん? なんだ?」


 と、何やらメモをリーダーから手渡された。

 さっきから黙っていたのは、これを書いていたからか?

 内容はごくごく普通のお使いである。

 日用品の買い出しをしてこいというお達しだ。


「あ、それってもしかして」


 ふと、アンナがなにか気付いたのか、リーダーを見る。

 パチコン、リーダーのウインクが返答となった。

 ……というか、アタシも気付いたぞ。

 これはいわゆる――



「二人にオーダー! 二人っきりでデートしてきなさい!」



 ――デート。

 男女間で行われる、恋愛活動の一種だった。



 ▼



 ――それはいいんだけど、午後からでいいか?

 眠いからちょっと寝たい。


 そんなアタシの要望は了承され、デートは午後からになった。

 アタシは部屋に戻り、汚れきったシーツを引っ剥がして洗濯をして、ベッドメイクを済ませるとぼすん、とそこに倒れ込む。

 なんか、どっと疲れた。

 このまま眠りにつこう――と、思ったのだが。



 なんか眠れん、目が冴える。



 いけない傾向だ。

 頭が疲れているのに、眠気は一向にやってこない。

 こうなったら寝るまでに一時間か二時間かかる。

 そうなってくると、何が起きるか。


 色々考えてしまうのだ。


 まず思ったのは、これでアタシも大人の女かぁ、ということ。

 一般的に処女は子供で、非処女は大人、というのが冒険者の考え方。

 どれだけ強くて実績のある冒険者でも、未通と判れば男どもからは盛大にからかわれる。

 アンナのように、見栄を張って逆に自爆するやつも相応にいるが、たいていはそもそもおくびにも出さないことで乗り切るのが普通だ。


 アタシの場合は、そもそも性行為に興味がなかったし、するとも思っていなかったから態度に出したことはなかったし、周りから指摘されることもなかった。

 逆に言うと、そういうヤツってのはそもそも、異性として見られていないんだ。

 冒険者の社会で、合意のない行為ってのは絶対にNG。もしバレたら即座に追放されて村八分なんてことになる。

 究極的に言えば自己責任の世界なのだが、だからこそお互いに責任を果たさないヤツってのは認めるわけには行かないわけで。


 正直、昨日の行為もかなりグレーな方だ。

 相手がユースで、ヤられたのがアタシだったから、まぁ幼馴染の好で犬に噛まれたと思って忘れるという対応ができたが、そうでなかったらどうか。

 多分、リーダーはそれはもう烈火のごとくキレてただろうなぁ。

 アタシもマジになってたかもしれん。


 ……自分が襲われたら?

 もっと言えば、昨日の相手がユースじゃなかったら?


 ふと、そこまで考えて、アタシは何というか、恐ろしくなった。

 というか、今の今までアタシは自分で自分をきちんと管理できていた気になっていた。

 アタシに限ってそんなことはないだろう、と思っていたが、実際はどうだろう。

 ヤっちゃってるじゃん。犬に噛まれただなんだと言ってるが、その犬がユースじゃないって思ったら、急に怖くなってるじゃん。


 まてまてまて、おかしいぞ。

 アタシは性別の意識が曖昧になっていて、そういうことはどうでもいいって思ってただろう。

 でもそれは実際には単なる思い込みで、そういう防衛本能が働いていただけ?

 ユース以外だったら、こんな平静を保ってはいられなかったってことか?


 逆に言えば、



 アタシ、ユースなら別に構わないって思ってた?



 まてまてまて、それは早計というものだ。

 ユースはたしかにイケメンで、幼馴染で、アタシの相方だ。

 冒険者になる以前から、ずっと二人で過ごしてきた相手だ。

 だとしても、だとしてもだぞ?

 アタシは元男、恋愛なんて興味なし、ましてや男なんてもってのほか。

 おかしいおかしい、ありえない。


 そんなはず無いのだ、無い。

 無い、はずなのに――



 あああああああ、なんか逆に恥ずかしくなってきたぞ!? ちょっと待てよ、落ち着けよアタシ!!



 ……っていうか、この後リーダーに言われて、デートすることになってるじゃん。

 待ってくれよどんな顔で会えばいいんだよぉ!


 違う、違うんだ。

 アタシはそうじゃないんだよおおおお!


 それからしばらく、余計に眠れなくなったアタシは、布団に顔をうずめながら、ひとしきりジタバタするのだった。

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