16 “戯曲”プラチナ
「観劇を! 見に行こう! リー……」
ばぁーん、と扉を開けて入ってきたアンナが、部屋の中にいるアタシ達(ギリギリ服は着た)を見て凍りつく。
――気まずい、やばい、気まずい。
またしても酒の勢いでやらかしたアタシ達。一応身支度は整えて、後はこっそり部屋から抜け出すだけという状況だったのだが。
アタシが叫んだこと? 知らない記憶ですね……むしろアレを聞いてたら部屋に近寄らないと思うんだが、こいつ思っクソ寝てやがったな……!
ともあれ、どう考えてもはい、ヤった後ですよね。
相変わらず記憶はないがそれはそれとしてユースが二度目の土下座を敢行した以上、やっぱりヤっちまったもんはヤっちまったわけで。
言い訳のしようもない状況で、
「お、お邪魔しましたぁ……」
そそくさと扉をしめるアンナに、かけられる声は存在しなかった。
んで。
「で、観劇だって?」
「そうだけど、そうだけどぉ。そっちが何でもない風に進行されるとこっちが恥ずかしいよう」
とりあえず身支度を完全に整え、証拠の隠滅を確認してから部屋にアンナを招き入れる。
さっきからすごい目でこっちを見てくるアンナに、アタシとユースはなんとも言えない視線を交わした。
「今回は何を見に行きたいんだよ」
「うう、えっとねぇ」
――アンナは大の観劇好きだ。
観劇、つまり劇場に行って舞台演劇やコンサートを見るそれは、この世界だとかなり一般的な大衆娯楽である。
魔術が発達したこの時代だと、魔術を効果的に使った演出は前世のそれと比べて非常に豪華極まりない舞台であり、映像越しで見るような映画やドラマは、この世界だとあまり発達しないかもしれない。
それくらい、生の観劇っていうのはすげぇ迫力なのだ。
アタシとしては、観劇よりも大道芸の方が好みなんだが。
「戯曲プラチナだよ。最新版をここの劇場がいち早く公演してるんだって」
「プラチナかぁ」
ユースと顔を見合わせる。
溢れたのは苦笑、昔ならともかく、今更その演目に忌避感を抱くようなことはない、ってことだろう。
「アタシは一回見たことあるけど、実はユースが見たこと無いんだよな、プラチナ」
「え!? そうなの!? 今の観劇シーンの最先端だと思うけど、プラチナ」
まぁそりゃ最新の英雄譚なんだから仕方ない。
そして、だからこそそれを見るのを躊躇ってしまう人間も、世の中にはいるんだ。
「まぁ、折角の機会だし観覧させてもらおうかな? 他には誰が来るの?」
「リーダーは忙しいって言ってた。後はてきとーに声かけて、先約があった人以外はだいたい誘ったかなぁ」
「すげー大所帯だなおい」
二十人くらいになるんじゃないか?
と、思うアタシに対して、ふふんとアンナは胸を張った。
「ご安心めされよー、なんと、今日は私のおごりなのだ!」
「へぇ、凄いね?」
実はパーティでも五本の指に入る巨乳ことアンナの胸をしみじみと眺めるアタシ。
感心した様子のユースに、アンナは最高のドヤ顔で言った。
「――取っちった、個室」
それはまた。
……それはまた!?
幾らつぎ込んだよこいつ!?
思わずアタシは凄い顔でアンナの胸をガン見してしまうのだった。
▼
“戯曲”プラチナ。
そもそもプラチナっていうのは、今から数十年ほど前に活躍した、現行最新のSランク冒険者パーティのことだ。
Sランク冒険者ってのは、だいたい三十年から五十年に一つくらい誕生するのだが、多くの場合は数十人から数百人の大所帯パーティ全体の功績を讃えて、昇格する場合が多い。
だが、プラチナは違う。
パーティにおける最少人数、つまり六人パーティでありながらSランクに上り詰めた、歴史上類を見ない活躍と強さを誇るパーティである。
そんなパーティだから当然、演劇の題目としては非常に人気が高い。
何より六人っていうのが話の作りやすさにおいて非常に便利だ。
数十人のパーティを題目にすると、舞台上にモブが大量に必要になるからな。
「いやぁ、今回のプラチナは勇者アルフリヒトのかっこよさを軸足に置いてるんだけどさぁ」
――舞台が終わって、アンナがアタシにしみじみと語りだす。
内容は非常に素晴らしいの一言だった。勇者アルフリヒト・プラチナ。パーティの名前にもなっている姓を持つその男は、稀代の英雄としても人気が高い。
Sランクモンスターを討伐し、世界を救ったことのある数少ない冒険者。
そもそもSランクモンスターってのが、世界の歴史を紐解いても出現例が少ない希少な存在。
たいていは準S級のうちに討伐されてしまうため、Sランクに至るってだけでも貴重な事例だ。
そして、それを討伐するとなれば更に貴重。
大抵の場合、Sランクになってしまったモンスターは封印し、長い時間をかけて弱体化するのが通例。
今も世界各地にはSランクモンスターが封印され、それを管理する冒険者もたくさんいる。
それを倒してしまうってんだから、まぁプラチナはすげぇパーティだって話なんだが。
「最後の殺陣、あそこで使われてた魔術は新技術で、この演目で初めて使われたんだって」
「ああ、あの投影したモンスターに質量をもたせる魔術な。何やったらあんな魔術が作れるんだか」
「すごいよねぇ、人類の技術はこういう風に発展していくんだ。ワクワクしちゃった」
アンナの感想は、勇者アルフリヒトのかっこよさではなく、それを引き立てる魔術の方に向かっていた。
いやそこはイケメンにキャーキャー言うところじゃねぇのかよ、と思うがこいつはAランク冒険者のウィザードである。
なんていうか職業病ってやつだ。そんなんだから男が作れねぇんだよもうちょっと目の前のイケメンを楽しむ心を身に着けろ。
「それで、これを見せるために個室なんてわざわざ借りたのか?」
個室。
観劇は基本的に多数の観客と席を並べて見るものだ。
だがそれとは別に、貴族や富豪向けの個室ってものは存在していて、これを借りるための金はべらぼうに高い。庶民的な金銭感覚も、貴族的な金銭感覚も持ち合わせているアタシから言わせてもらうと、この個室は貴族にとってもかなりお高い買い物になる。
それをわざわざ借りるとか、よっぽどこいつは酔狂な観劇好き……なのかといえばそれだけじゃないだろう。
「実はね、もう一つ見てほしい演目があるのです」
そう言って、仲間たちへ振り返ると。
「続いての演目は、“戯曲”ブロンズスター! できれば見てほしいんだけど、どうかな!?」
――直後、仲間たちは即座に帰り支度を始めた。
うん、そんなこったろうと思ったよ。
戯曲ブロンズスター。
つまるところアタシたちを題材にした演目である。
当然、本人たちがみると滅茶苦茶恥ずかしい。
観劇好きとしては、絶対に見なければならないのだが、一人で見るのが恥ずかしかったのであろうアンナは、こうして個室を貸し切っておごることで、仲間たちの罪悪感を煽ろうとしたのだろう。
が、それなら痛恨だったな。
こういう時に嬉々としてこういうのを観ようとするリーダーがこの場にいないってのは、アンナとしてもだいぶ厳しい状況だっただろう。
「うう、もしみたいって気になったら言ってねぇ、その時はおごるから」
結局残ったのは、アタシとユースを始めとした、数人のアンナと特に親しい付き合いをしているメンバーだけだった。
別にどっちが正しいってこともないのだが。
ちょっとアンナが不憫になるな。
まぁそれはそれとして――
――内容はユースと思しき男と、パーティメンバーである女性のラブロマンスだった。
アタシも帰っていいかなぁ!?
▼
「お、お、お、お手洗い――――!!」
アンナが飲み物を飲みすぎたのか、休憩時間に入ってすぐにその場を飛び出していった。
他の面々も、それぞれに休憩を取るべく部屋を離れていく。
あとに残ったのは、のんきに出された飲み物へ手をつけるユースと――
「……いっそ死にてぇ」
死ぬほど顔を真赤にしたアタシの二人きりだった。
あああああ二人きりになっちまったああああアタシもお手洗い行くべきか!?
「まぁまぁ、脚本はすごく良く出来てるじゃないか。素直になれない女の子と、貴公子と呼ばれる男性のロマンスとしてはよくできてると思うよ」
「一人だけ悠然と構えやがって! 周りがアタシに視線を向ける中、一人だけ悠然とアタシの隣に座りやがって!!」
何だよ畜生、イケメン貴公子と、素直になれない少女のラブロマンス。
二人は生まれた時からずっと一緒に過ごしてきた幼馴染なのだが、イケメン貴公子はいいところの坊っちゃんで、少女はそれを支える立場の人間。ともに冒険者となったはいいものの、その立場の違いから少女は身を引こうとしてしまうが、生まれた時から少女のことが好きだったイケメンは絶対に少女を手放さないと愛を囁いてああああああああああああああああああああああああああ――――
惜しむらくはイケメンって言う割に、ユースより顔がよくなかったことだな。
役者なんだからそこはもっとバリっとイケメン連れてこいよ。
何だったら前の演目のアルフの親父の役者の方がイケメンだったぞ。ユースほどではないが。
「しかし何だな、この舞台ってのは女向けなんだな。プラチナは冒険譚の装いもあるが、本質的にはアルフの親父の顔が良ければ成立するだろ」
「あはは……まぁブロンズスターはまだまだ新鋭だし、有名な顔のいい冒険者がいるって話題性だけで作られてるところのある戯曲だろうしね、これ」
基本的に、観劇ってのは男性向け、女性向けで大きくその内容が分かれる。
男性向けならその多くは勇ましい冒険譚と女性に好かれるハーレムモノが多く、女性向けなら男女のラブロマンスや顔のいい男が中心に据えられる場合が多い。
戯曲プラチナは男女どちらも見れるが、見る人間によって感想がだいぶ変わるだろう代物。戯曲ブロンズスターはごりっごりの女性向けだ。
アンナの場合、その趣向は雑食極まりないので、男の願望垂れ流しみたいなデロンデロンのハーレムものだろうと美味しくいただくだろうが、一般人にしてみればそういうハーレムものも、こういうラブロマンスものも、劇薬といえば劇薬だよな。
「というかリーナ、油断しすぎじゃないか? あの人の名前をうかつに口に出すのは良くない」
「いや、悪い悪い。ちゃんと周りの目ってのは確認してるよ。……今ここに、アタシ達を意識してるやつも、見ているやつも誰もいない」
――ふと、悪戯心が湧いた。
アタシは、隣に座るユースの膝の上に乗っかってみることにする。
「――リーナ?」
「いいだろ別に、誰も見ちゃいねぇんだ」
慌てるユースの顔がなんとも面白い。
何か、昨日、一昨日と、アタシの中で壁になっていたものが壊れちまったみたいで。
遠慮って言葉が浮かばなくなってくる。
どうしちまったんだろうな? どうなっちまうんだろうな?
怖い、楽しい。怖い、楽しい。怖い、楽しい。
こんなことなら、もっと早くにこいつとの関係を進展させてれば、なんて。
「この演劇のテーマはラブロマンス、なんだろ?」
「……つまり?」
「ドキドキしたかよ、色男。ああやってアタシとお前みてーな連中がいちゃついてて、さ」
アタシは――こいつにばかり視線が向いていた。
演目は耳から入ってくる情報ばかりで、ユースモチーフのイケメンの顔がどうだとか、アタシモチーフの女の演技がどうだとかは、全然頭に入ってこなかった。
でも、だからこそ、だろうか。
「アタシは、したぞ。お前を見ながら演劇を聞いてるとさ。お前とアタシがそーなってるみたいだった」
「……それ、は、よかったね」
“あてられた”ってやつなんだろうな。
顔が熱い、どころか体全体が汗ばんで、蒸し暑くって仕方ない。
ああ、こんな。
こんなにもこいつの顔を見ていたくなるなんて、少し前のアタシにいったら、アタシは殺されても文句が言えねぇな――?
気がつけば、アタシとユースの顔は間近にまで近づいていて。
そのまま、後少し近づけば、もう距離はゼロになっちまうってくらい近くにあって。
我慢なんて、とてもじゃないができるはずもなかった。
だからアタシは――――
「ただいまーーーー! まだ休憩終わってないよねーーーー!?」
突如として部屋の扉を開けたアンナの方を向いてしまって、口づけをする瞬間のアタシの顔を、バッチリアンナに見られてしまうのだった。