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12 “白幸”なアタシはいなくなったほうがいい

「っしゃーーー!」

「勝った! おつかれリーナ、ユースもね!」


 わいのわいの。

 アタシ達を激励してくれるアンナ(手を振って返しておいた)や、各々に絶叫するバカども。

 パラレヤさんにはソナリヤさんが抱きついていて、なんかパラレヤさんが恥ずかしそうにしているし、リーダーは黄金のままポージングをしていた。

 リーダーのスキルは効果時間が長いのでちょっとうらやましい。


「よ! リーダーきょうも黄金(テカ)ってる!」

「うふーん、もっと褒め称えなさい、アタシの石像筋肉が躍動しているわぁ!」


 その周囲では黄金のリーダーを囲んで讃えている謎の連中がいるが、アレもすっかり恒例行事だ。

 たまにあるよね、その場のノリで始めたアホな行動が定着すること。

 っていうかテカってるってなんだよ……


「リーナ、ケガはない?」

「そっちこそ、ヘマなんざ打ってないだろうな」


 お互いに状況を確認する。

 うん、ユースは何事もない、いつもどおりのユースだ。

 こいつ、こういう時は本当にただのイケメンに成り果てるよな。

 普段はあそこでリーダーを讃えてるバカどもとそんなに本質は変わらないのに。

 まぁ、余りにもイケメンすぎるせいで酒の席で女に言い寄られまくって、男のバカに乗り込めないのはある意味不幸かもしれない。

 アタシ? アタシはそれを眺めて笑ってるところの住人だよ。それってのは男のバカとユースのバカどっちも指す。


「……急にどうしたのさ、なんかこっち見つめて、呆けたり難しい顔したり」

「別に、何でもいいだろそんなの。お前には何の関係もねー」


 ぷいっと視線をそらす。

 ちょっとかっこいいと思ってたのバレてねぇだろうな。


「というか驚いたんだけど――」


 ふと、



「――――まさか、何の躊躇いもなくやってくれるとは思わなかったよ」



 そう言われて、アタシは停止した。

 ……あれ? そういえば、何も考えずにスキルぶっ放したけど。

 いつもはそうじゃなかったよな?


「あー、そういえばそうだ!」


 そこでアンナが気付いたのかこっちに近寄ってきて、凄い勢いで笑顔になりながらアタシを揺さぶってくる。

 うおおやめろ! アタシに揺れるようなものはない!

 ……そんなに! …………無いわけではない!


「リーナ、普段はアレ使う時、すっごい嫌がるのに、今回全然だったじゃない!」

「あ、ああ……言われてみればそうだ、な?」


 …………そもそも、アタシはどうしてこいつとスキルぶっぱするの嫌がってたんだっけ?

 なんか嫌がるようなことあったかな。


「いや、でもさ……考えてみれば、使えるものなんだから使わないとダメじゃないか? 普通だろ普通、こんなもんだよ」

「いやいやいや、それ数日前のアンタに言ってみなさいよ、絶対ボロクソに言われるわよ」

「そうかぁ?」


 ううむ、分からん。

 確かに昔はいやだったけどさー、心境の変化ってものはあるだろ。

 それを特別なことみたいに言うのは、アタシとしては何か好かない。


「んもー! リーナちゃんは成長したってことじゃなーい! おめでたいことなんだから、そういう風に言っちゃダメよ!」

「リーダー!」


 振り返れば、そこにはブロンズに戻ったリーダーの姿があった。


「思春期ってやつよ、若い頃のことが、大人になったら何でも無いことのように思えてくるの。アンナにもそのうち分かる時が来るわ」

「……セクハラ?」

「いや、そういう意味じゃないでしょ!?」


 アタシは思わず、大人になるってつまるところヤっちまうってことかと思ってつぶやく。

 いや、確かにリーダーにそういう意図はないかもしれないけど、でも考えれば考えるほど、きっかけになるのはそれくらいしか考えられなくて。

 いやいやいや、だとしたら何だよアタシちょろすぎかよ!?

 一発ヤれば過去に踏ん切りが付くとか安い女だなぁおい。


 それとも何か? ヤるときに何かこう、色々と吹っ切ったとでもいうのか?

 分からん、何も覚えてないからな。

 あの夜のことは、完全に闇の中だ。

 なにせ、ユースだってめちゃくちゃに酔っ払っていて――――


「……アレ?」


 ふと、思い至ってしまった。

 思い返してみたのだが、果たしてユースは、あの夜のことを忘れていたと言ったか?

 いやそれどころか――アタシはともかく、

 どうしてユースがアタシとヤったなんて確信が持てたんだ?

 物的証拠はないだろ、それこそ、


 その時のことを記憶でもしてない限り。


「なぁ、ユース」


 でも、あいつは何も言わなかった。

 じゃあそこに、一体何の意味があるんだ?

 意識が、真面目な方向に切り替わる。

 聞かずにはいられない、どうしてか、聞き出さなくては行けない気がして、



「――お前、アタシとヤった時のこと、覚えてるんじゃないか?」



 ――直後。


「いや、いきなり何言い出すんだ、君は」


 マジな返答を返された。

 あ、いや……


「…………大事なことかもしれないけど、いきなりいい出すとドン引きだよ」

「そういうのは二人きりの時にしなさい、ね」


 その、チガクって。

 いや確かに、こんな場所で言うようなものではなかったかもしれないけどさ。

 でもホントに大事なことでさ。

 聞き出さないと、アタシは大きな事を見落としているような気がしてさ。


「……ちょっと聞き方はどうかと思うけど、聞いてくれて嬉しかったよ。君の方からいい出してくれるんじゃないかって、期待してたんだ」

「お、おう……」

「僕だけ先に覚悟を決めて、その覚悟を君に押し付ける形になるから、僕からは伝えたくなかったんだよ、ありがとう」


 いや、えっと。

 真面目に対応されると、何かアタシが子供みたいに思えてくるっていうか。

 あううう、なんだよこいつ、どうしてこんな真面目な顔してんだよ。

 一足先に大人になったってか? アタシだけまだ子供気分ってか?

 思春期が終わらないってかよ……むあー。


「でも、話をするなら二人きりで、ね?」

「…………うん」


 恥ずかしくなって飛び出した言葉は、びっくりするくらい子供っぽくて、女の子みたいだった。



 ▼



 ――思春期、なんて言われて思い出すことがある。

 一発ヤってみて、自分がユースを特別に思っているとこれでもかと思わされてきたが、それ以前のアタシはユースとのことなんて認めるものかと、激しく思っていたものだ。

 ちょうど、その直前での酒の席が顕著だが、自分の性自認はどっちでもないと思っていたし――今でも、はっきりと自分を女だとは言えないが――それは生半なことでは変えられない身に染み付いた感覚だった。

 それ故に、アタシはユースとのオルタナティブスキルを、嫌がっていた時期がある。

 初めて使ったあの時以来、しばらくは使おうともしなかったし、それを使うようになってからも、散々文句を言ったものだ。


 誰が男なんか好きになるものかって。


 それと同じように、アタシは自分の体質から、自分は特別なんだと思っていた。

 いや実際、アタシの体質は世界に二つと無いもので、アタシは公爵家の娘という特別な血筋の人間なんだけどさ。

 大事なのはそのせいで、他の人とは違うのだとかぶれてたってこと。


 アタシの体質は正式には「白幸体質」というらしい。

 オルタナティブスキルの一種で、アタシが能動的に使うスキルはそこから派生した、言ってしまえばおまけみたいなものだ。

 その特性は「幸運の前借り」。アタシがこれからの人生で受ける幸運を前借りすることで、周囲に幸運をもたらすのだそうだ。

 この事を知っているのは、アタシの家族を除くとユースと一部の知り合いしかいない。

 アンナにすら話していない。

 こんな話、知らないなら知らないほうが幸せだからな。


 というか、そもそも幸運の前借りっていうのも一つの仮説だ。

 これまでにその体質に目覚めた人間が、まるで幸運を前借りしたかのように早死するから、そういう考察がされているというだけで。

 ……アタシの母様とか、な。


 別にそのことを悲観したことはない。

 むしろ、そんな前借りなんかに負けてたまるかと思っている。

 アタシが例外になればいいんだ、誰よりも長く生きて、しわくちゃになって死んでやる。

 そもそも前借りといえば、そもそもアタシは前世で不幸を前借りしている。

 前世のアタシは、二十代半ばくらいで死んでいるはずだから、その分今のアタシはこれまでの「白幸」よりは好条件のはずだ。


 問題は、幸運の起こり方。

 周りを幸運にするために、アタシの体質は事件を起こさないといけない。

 今回のように、想像もしないような偶然からアタシは事件を引き寄せて、多くの人間を巻き込む。

 場合によっては命にも関わり、生きていたからその後幸運になれるものの、場合によっては誰かが死んでいたかもしれない。

 そんなろくでもない幸運なのだ、アタシの幸運ってやつは。


 そのことが、どうしようもなく嫌だった時期がある。

 アタシは一人でいなきゃダメなんだって、誰かと関わっちゃいけないんだって、そう思っていた時期がある。

 それはそう、ちょうどアタシ達が、Bランク冒険者になるきっかけとなった事件。


 そこでもアタシ達は、準S級を討伐したんだったか――



「――リーナ、どこへ行くんだよ!」



 ――アタシは、その時大きな危険を齎した。

 アタシが冒険で見つけたアイテムは、あるモンスターを封印していた。

 それはいわゆるAランクの――正確には準S級だったけれど――当時のアタシたちにとってはどうあっても勝てないような敵。

 当然、それが解放された結果、アタシ達パーティだけでなく、他の冒険者たちもそれに巻き込まれることとなる。

 それまでも何度かあったことだったが、故に限界だった。


「どこって……知らねぇよそんなの。明日のアタシにでも聞いてくれ」


 結果、一人パーティを抜け出そうとしたアタシはユースに見つかって、問い詰められているわけで。


「そんなこと言って……誰もリーナを責めちゃいないだろ? 誰も死ななかったし、むしろ報酬で皆喜んでる」

「結果的にそうなっただけだ。次もそうである保証がどこにある? もう疲れたんだよ、これ以上、誰かを苦しめたくない」

「それで一人になったとして、今度は君が不幸にならない保証があるのか? 人は一人じゃ生きていけないぞ!」


 正直、その時のアタシはやけになっていたから、特に後のことなんて考えてなかった。

 その後も、アタシとユースは色々と言い合ったけれど、アタシが反応を見せたのは、ある一言だ。


「――それで、もし生きていけなくなったら、またあの家に戻るつもりか!?」

「…………それは、いやだ」


 誰も頼らず生きていくことなんてできない。

 アタシは冒険者としてそこそこの実力を得たが、サバイバルを一人でこなせるわけじゃない。

 結局の所それはわがまま以外のなんでも無く、もし本気で誰とも関わらずに生きていこうと思うなら、最善は実家に帰ることだった。

 だけど、それだけは死んでも嫌だ。

 あんなところに戻るくらいなら、いっそ死んだほうがマシってくらいに。


「だったら君は、誰かと一緒に生きていくしかない。――僕たちじゃダメか?」

「お前らをダメだなんて思ったことはないよ。ダメなのは、アタシの方だ。アタシが、こんなだから――」

「それは君のせいじゃない。僕が無茶をしたからだ!」

「違う、アタシがアタシとして生まれてきた時点で、こうなるしかなかったんだよ!」


 ――いやだ、やめてくれ。

 アタシを一人にしてくれ、近くにいないでくれ。

 二人だなんて言わないでくれ、希望なんて抱かさないでくれ。


 アタシは怖い。もう一度、あの家に戻ることが怖い。

 アタシは怖い。自分が原因で、誰かを死なせてしまうことが怖い。

 アタシは怖い。目の前にいるこいつがどうしてそこまでしてくれるのかわからないのが、怖い。


 アタシは、怖い。


 ――――こいつを、好きになってしまいそうで、怖い。


 好きということを、認めてしまうのが、怖い。


 前世が男で、女に生まれて。

 厳格な家柄に縛られて、その中でユースという救いを得て。

 ユースを傷つけて、こんな体質になってしまった。

 自分が女であることを認めることも、そのせいで生き方を選べないことも、選ぼうとしてこんなことになってしまったことも。


 何もかもが怖かったんだ。


「――僕は!」


 それを、そんな思いをこいつは見透かしたのか、本能がそうさせたのか。


 アタシを、抱きしめてきた。


 突き飛ばすことはできた。

 でも、できなかった。


「僕が……何のためにここにいると思っているんだ。なんで、君と一緒にいると思ってるんだ」

「……知るかよ」

「だって、そうだろ。そうでなくちゃおかしいだろ?」


 ああ、そういえば、こんなことも有ったっけ。

 その時、アタシたちはすでにAランクモンスターを倒したと思って、こんな話をしていた。

 終わったと安心して、油断していて。


「僕が生きる理由は――」


 ――こいつは、こんな一世一代の告白をしようとしてたんだ。

 だけど、失敗した。


 まるで、最後の最後、その一線だけは絶対に越えさせないとでも言うかのように。



 運命は、アタシたちに最後の最後で意地悪をするんだ。



 ▼



 ――なんで、そんな事を思い出したのか。

 あの時、Aランクモンスターは実は倒せていなかった。

 “仔”を残していたんだ。もしも自分が死んだときのために、次代につなげるための礎。

 それが、アタシ達を襲った。

 準S級は知能が高い。

 <国喰い>が戦いの中で司令塔であるリーダーを的確に狙ったように。


 この隠し通路が、巧妙に隠されていたように。


 <国喰い>は隠されていたんだ。倒されないように。

 真の主として、ダンジョンが殺されそうに鳴った時の保険として。

 つまり、こいつには“隠す”という知能がある。

 であれば、本当に<国喰い>が隠したかったものはなんだ?


 <国喰い>は伝聞によれば、戦闘中に大きな変化を見せるという。

 あの行動パターンの変化がそれか?

 違うだろう。そんなわけがない、あんなもの、ただ戦い方を変えただけじゃないか。


 思えば、そこへ至るピースはいくつもあった。

 このダンジョンの、本命を隠そうとする特性も。

 <国喰い>の取り巻きたちの脱皮も。


 全てはそこへ繋がっているはずだったんじゃないか。


 でも、思い至れなかった。

 いや、幸運にも、アタシが思い至れた。

 いつものように、白幸がアタシをそこまで導いた。


 結果、遅かった。


 アタシの視線の先で、未だ影として残る大蛇の死体が変化を見せる。

 まるで、脱皮を遂げるかのように、うごめいて。

 けれどもそれを伝える時間はどこにもなく。

 ただ、アタシにできることはと言えば、


 <国喰い>が見せた行動パターンの変化、不意打ちのような飲み込みの対象を、



 ――アタシにすること、くらいのものだった。

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