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10 知ってはいけない、知られてもいけない。

 この世界において、S級というのは特別な意味を持つ。

 人間の称号として頂点の一つ上、歴史に名を残す偉業を為した存在へ送られる称号。

 それ以外に対しては、世界を滅ぼす可能性を有する存在へ送られる称号。

 前者の偉業が大抵の場合、世界を救ったという偉業に対してのものであったとするなら、つまり。


 S級とは、世界を揺るがす存在を指す称号である、と言える。


 では、準S級とはなにか。

 一言で言えば、「A級の中から、S級に進化する可能性のあるモンスター」を指す。

 普通モンスターが進化することはありえない。

 しかしA級の中でもごく一部のモンスターだけは、S級に進化する可能性があるのだ。


 じゃあそんな存在を秘匿するなんておかしいと思うだろうが、理由があるのだ。

 この世界はどこかゲーム的な要素で世界が作られている、ステータスとか、ダンジョンとか。

 だから、S級のような超大型モンスターが討伐された場合、それに対する見返りが起きる。

 アイテムドロップだ。これは準S級の状態――S級に進化する前のAランクモンスターの状態で倒しても、同じものをドロップする。

 そしてこのアイテム、一国のパワーバランスを崩すと言われるほどのとんでもない代物だとすれば、


 その情報こそが国の強さそのものだ。


 もしこの準S級を事情を知っているアタシ達以外が討伐すれば、最悪大きな戦争になる。

 だからこそアタシたちはここで準S級を討伐しなきゃいけないし、アタシはそのことをリーダーに伝えなくてはならなかったのだ。


 んで、それを踏まえた上で。

 今回、アタシ達の前に現れたのは<国喰い>。文字通り、下手をすると国一つをまるごと平らげてしまうやべー蛇だ。

 とはいえ、こいつの場合どうしてAランクからSランクに進化するのかの理由が明白である。

 食べたものの量に応じて大きくなっていくのだ。

 食べれば食べるほど大きく強くなるのだから、いずれSランクのモンスターにすらなりうるのは当然で。

 幸い、今はまだそこまで対して何かを食べていないようだ。

 あくまでAランクとして討伐できるだろうが、厄介な点として――



 こいつはAランクモンスターの中でも、特別に強い部類に入るモンスターである。



 ▼



「ランデルチームは、カイザルチームへスイッチ。アタシ達とクロードチームは現状維持、ミーシャチームはスタンスをアタッカーからヒーラーにスイッチしてランデルチームのフォロー!」


 リーダーのけたたましくも、甲高い声が響く。

 リーダーはとにかく優秀な冒険者なのだが、そんなリーダーの最も大きな才能は声が大きくてはっきり通ることだと思う。

 こういった大規模戦闘時、どれだけ激しい戦闘音の中でもリーダーの声はよく通る。

 指揮官として、これほど優れた適正はそう存在しない。


 ――ダンジョンの“(コア)”との戦闘はいわゆるレイドバトルだ。

 複数のパーティが一つになって、それぞれに役割を果たしながら戦闘をススメていく。

 うちの場合は、一つのパーティを一個の冒険者に見立てるという戦い方をしている。


 うちにはゴレムチーム、ランデルチーム、カイザルチーム、クロードチーム、ミーシャチームという五つのチームがあるのだがこれをアタッカー、ウィザード、ヒーラー、タンクに割り振る。

 当然、これらのチームにはバランスよく各スタンスの冒険者が揃っているので、必要に応じて役割をスイッチさせることで、パーティの壊滅を防ぐことができる。


 正直、レイドバトルもそうだが、戦闘の戦い方に正解はない。

 今は一般的に、役割分担が主流となっているが、それも歴史の流れで全員がオールラウンダーになるほうがいいってなることもあるかもしれない。

 ともあれ、今は戦闘だ。


 “主”は戦闘状態に入ると、周囲にモンスターをポップさせる。

 これを対処しながら、本体にも適時ダメージを与えていかなければいけないのだが、これがまた難しい。

 アタシ達は現在、的確なリーダーの指示で役割をスイッチさせつづけることで戦線を維持している。

 しかしこれも“主”が追い詰められて攻撃パターンを変えれば、維持できるかは未知数だ。


 <国喰い>はこの国で準Sランクに指定されているため、過去に討伐された記録はあるのだが、詳細は逸失している。

 前回討伐されたのは、数百年以上前なのだから、無理からぬことだ。

 一応解っていることとして、追い詰められると戦い方を変えるということだけは解っているのだが。

 じゃあ、具体的にどういう変化を見せるのか?

 というとよくわからないのが正直なところ。


「――リーナちゃん、危ないです!」


 ふと、ソラリヤさんの声が響く。

 同時に後ろから気配、アタシは振り返りながら剣を振るって、即座に詠唱。


「“風よ”!」


 剣が致命傷を防ぎ、風で一気に距離を取った。

 その後を、<国喰い>の尾が通り過ぎていった。


「くっそこいつ、尾が器用すぎる! っていうかさっきから長くなってないかこの尾!」

「そういう特性があるんでしょうねぇ。ユースちゃん、尾に警戒しつつ攻撃。リーナちゃんは援護、支援はユースちゃんに集中させて!」

「…………解った」


 別に意識が散漫になっていたわけではないが、不意打ちに近い形で攻撃された。

 さっきからずっとこうだ。

 この蛇、とにかく意識の外から攻撃してくるのが巧い。

 連携が取れていて、経験豊富なパーティでなければ一瞬で串刺しにされて終わりだろう。


「アンナ、詠唱はどうだい!?」

「まって……もうすぐ!」


 ユースが飛び込みながらアンナに詠唱の進捗を尋ねる。

 アタシ達の今の役割はウィザードだ。アタッカーとウィザードの大きな違い、ウィザードは最大火力が高く、アタッカーは継戦火力が高い。

 つまり、今アタシ達は戦線を維持しつつ、高い火力の準備をすすめる必要がある。

 アタシがウィザードに回れればいいのだが、蛇がどこから攻撃してくるからわからないために、それも難しい。


 それでもなんとかアンナが詠唱を完成させて、同じくウィザードをしているランデルチームとともに、大火力の一撃を蛇に叩き込む!


“アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!”


 蛇の絶叫が響き、戦況に変化が起きた。


「リーダー! 取り巻きが“脱皮”した!」

「みたいねぇ、パターンが変わったってことでしょ! ミーシャチームとカイザルチームがスイッチ。クロードチームもヒーラーにスイッチ、アタシ達とランデルチームはタンクにスイッチよぉ!」


 状況の変化に合わせて、リーダーが一気に役割を変更する。

 タンク2、ヒーラー2、アタッカー1。かなり慎重な割り振りだ。

 しかし、



 直後、リーダーの眼の前に蛇の口が迫っていた。



 凄まじい速度だ。反応できたのは、おそらくユースだけだっただろう。

 それだって、距離の関係で割って入ることはできなかったし、何よりユースが割って入っても無駄死にになるだけだ。

 リーダーは言葉を発するよりも先に、蛇に飲み込まれた。


「り、リーダー!?」

「くそ、リーダーを吐き出せ!!」


 動揺が一気に広がる。

 ――これが“主”との戦闘の恐ろしいところ。

 “主”には時折、こういったアタシ達の想像を上回るようなとんでもない動きを見せる時がある。

 Aランク冒険者すら、運が悪ければ即死してしまうような、そんな攻撃だ。

 アタシ達がどれだけプロだったとしても、そこに隙は生まれる。

 司令塔を失うなんて、考える限り最悪の状況である。かつて何度か“主”と戦ってきたアタシ達だが、こんな経験は初めてだ。


 しかし、


「――リーナ!」


 アタシはユースの声を聞き逃さなかった。

 そして、その言葉に含まれている意味を余すところ無く察知して、詠唱を開始する。

 ……そういうことか。

 そんな納得が、行動を起こした後に湧いてくる。


 もはや反射だった。

 ユースがアタシに声をかけるということはそういうことであり、アタシの体は勝手に動き出す。


「“風よ”!」


 魔術。

 効果は――



「落ち着け!!」



 拡声。

 ユースの声は、リーダーのようには響かない。

 あの大声は本当に一種の才能だ。普通、司令塔っていうのはこうやって拡声の魔術を使って、声を周囲に届くようにするものだ。


「リーダーはまだ死んでいない。リーダーの指示通りに役割を継続!」


 ユースはリーダーが飲み込まれるという行動に反応できた。

 そしてその時に確認したのだ。

 リーダーが手をうったということを。

 ならば、ユースがするべきことはそれを周囲に伝えて、リーダーの指示を守らせること。

 アタシは掛け声でそれが解ったので、拡声の魔術を使いつつ、動き出していた。


 アタシ達チームの役割はタンク。リーダーが飲み込まれた以上、代わりにそれを果たすのはアタシだ。

 脱皮したモンスターのいくつかに攻撃を入れてヘイトを集めながら、蛇に斬りかかる。

 ――その一拍後、正気に戻った仲間たちが動き始めた。


「ユースくん、リーナちゃん、ありがとうございます!」

「……助かる」


 グラフ夫妻の感謝を受けつつ、アタシとユースは飛び回る。

 他のパーティと違って、アタシたちはメンバーが一人欠けた状態である。

 負担は大きかった。


 蛇は攻撃を激しくしたが、厄介なのは脱皮を果たした周囲のモンスターだった。

 それまで蛇型だったために地面を這っているだけだったのが、空を飛び始めたのである。

 三次元の軌道というのはこういった大規模戦闘においては戦況の混乱を呼ぶ。

 この蛇――リーダーを的確に狙ったこともそうだが、頭がいい。


 それでも、状況は動く。

 それは、



「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」



 戦場をつんざくほどの、一人のオカマゴーレムの叫び声に寄って、だった。


「リーダー!!」


 周囲から歓声が上がる。

 そんな歓声すらかき消すほどの絶叫とともに、ぐぐぐ、と蛇の口が持ち上がり、


 中から、金色に光り輝くリーダーが出現した。


 ――相変わらず、すごくパワーのある絵面だ。

 ともあれ、アレには絡繰がある。

 いや、絡繰の存在しない絡繰がある。


 この世界のモンスターは強い、一体のモンスターに世界が滅んでしまう可能性があるくらい。

 だが、人類だって負けてはいないのだ。

 今リーダーがそうしているように、人類には時折、説明のつかない力を行使する人間が現れる。


 魔術だとか、剣術だとかでは説明のつかない、いうなれば特殊能力のような力。

 一般的にこれは――



 “オルタナティブ・スキル”、そう呼ばれていた。



「“金剛ォォォォオオオ! 夜叉ァアアアアアアア”!」



 ”金剛ォ! 夜叉ァ!”。

 それがリーダーのオルタナティブスキル。ォ! ァ! もスキル名に含むので注意だ。

 ォとァの数はその時のテンションで増えるが。


 オルタナティブスキルの基本は一人一つ、一日一回。

 効果は言うまでもなく、金色に光って硬度が増す。

 更には力も強くなるし、声も大きくなる。

 素晴らしいスキルだ。

 ともかく、


「ユースちゃん! リーナちゃん!!」


 リーダーが叫ぶ。

 ――今が好機であることは明白だった。

 蛇の動きが止まっている、驚き故だろう、知能が高いことが逆に仇となっている。

 リーダーを丸呑みできなかったことは、蛇の想定を上回る行為なのだ。


 一気に状況が好転した。

 リーダーが無事だったことで士気が上がり、リーダーがオルタナティブスキルで蛇の口を留めることで、攻撃手段が一気に減った。

 取り巻きが数を減らしていくなかで、なんとか蛇はリーダーから逃れようとするが、それも失敗している。


 そんな中で、アタシ達へのオーダー。

 リーダーの狙いはすぐに分かる。


 切り札を切るということだ。


「ユース、行くぞ!」

「……ッ! ……ああ! 言われなくたって!」


 アタシはユースの横へ急行し、着地する。

 なんだかユースは驚いたように目を見開いているが、関係ない。

 体を上げながら、くるくると剣を回してユースと肩を並べた。

 ユースもまた、大きく息を吐き出して、剣を構え直している。


 それを、アタシは間近で見た。


 …………か、


「……リーナ?」



 ――――かっこいい。



 なんだよこいつ、イケメンかよ。イケメンだったわ、冒険者の間でも有名なイケメンだったわ。

 え、でもこいつこんなにかっこよかったっけ?

 まてまて落ち着け、アタシは今までこんなこいつを意識してなかっただろ。

 急にどうしたんだよ思春期か? 恋の病でも患ったか!?

 バカいうな、元男だわ、性自認曖昧状態だよ今だって!


 あ、でもアタシ、こいつと一線越えたんだわ。

 やべぇよやべぇよ、こいつアタシと一つになってんじゃん。

 記憶ないけど、酒で何も覚えてないけど。


 っていうかふと思ったんだけど。


 ――――こいつは、どうなんだ?


 アタシは忘れてるけど、こいつは?


「なぁ、ユース」


 ここまで、時間にしてゼロコンマ二秒。

 極限まで鍛えられた体内時計が、一瞬でアタシの頭が沸騰したことを如実に伝えてくる。

 色ボケかよってくらい凄い思考してたな今?

 だが、気付いてしまったからには確認せずにはいられない。

 今は戦闘中? 大丈夫だよ、



 もう決着はついてるから。



「な、なんだいリーナ。そんな急に真面目な顔して」

「こうしてるとさ、思い出すよな」


 アタシは、ユースとピタリと平行に剣を蛇へと向ける。

 身長差から、その位置はだいぶ上下するけれど。


 比翼のようだと、誰かはいった。


「初めて、こうやって一緒に剣を振るったときのこと」


 月下の花畑。

 白金の光明。


 こんなこと、まさかアタシから口にする時が来るなんて思わなかった。

 ――一線を越えてからかな、こういうことは割と多い。

 でもここまではっきりと、こういう事を口に出すなんて。

 なんか、随分と自分の中で色んなものに踏ん切りがついたのかな?


「それはいつものことじゃないか。ほら、行くよ」


 まぁ、いい。

 アタシ達は、アタシ達のオルタナティブスキルを起動させる。

 その裏で、アタシはこれを初めて使ったときのことを思い出していたんだ――

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