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ホストの俺と、未来からきた不倫女  作者: 漣 蓮太郎
第二章
8/8

過去 -颯斗-

桜が言うには、彼女は断片的な記憶喪失に陥っているらしい。所々、虫食いにあった書籍のページのように、または、誰かの悪戯でページがまるごと破かれたように、記憶が抜け落ちてしまっているようだ。


彼女がこちらの世界に来た時、何も見えない真っ暗闇から突然意識を取り戻し、気付けば未来で自分が住んでいたマンションの前に立っていたそうだ。

しかし、そこにあるはずのマンションはなく、更地だった。おかしいと思って色々調べてみて、これが過去の世界だということに気付いたらしい。


最後の記憶は詳細には思い出せないが、「颯斗に会いたい」と強く願ったことは覚えていて、颯斗が交通事故で死んでしまったから、もう一度会いたいと毎日毎日思っていた、と語った。


その断片的な記憶は、この世界で俺と出会ってから、少しずつ戻ってきているらしい。

駅前の鳩に襲われていた(彼女は、"戯れていた"と言ってきかなかったが)件も、未来の俺と桜が2回目に会った時、俺が率先してやっていたことなんだそうだ。

俺は鳩が手に乗ったことを喜んでいて、逆に桜はその状況を「鳩に襲われている」と認識して、怖がっていたようだ。未来と過去の立場が、まるで逆だったわけだ。


彼女は虫食いになっている記憶に、俺の命を守る方法と、彼女が未来へ戻るヒントがあると思っているらしい。


「だから、その記憶の"虫食い部分"を埋めるために、未来に起こったことを、この過去でもう一度再現したいの!」と目を輝かせ、且つ、鼻息を荒くして言った。


未来が変わってしまうのではないか、という所はやはり気掛かりではあるが、将来、俺が死ぬことを回避するには今のところ彼女の記憶だけが頼りだから、俺はそれに従うしかなかった。


そういえば、俺は今回桜と会って「まだ死にたくない」と思っていることを実感した。

というのも、俺は口ではずっと「いつ死んでもいい」「未練はない」と言っていたし、それは嘘偽りない本心だと思っていたからだ。


よく当たる新宿の占い師には「お前は40代で死ぬ」と言われたし、実際に俺の祖父も曾祖父も早死にしている。だから俺は早死にすることは仕方のないことだと思っていた。

それに、こんなくだらない世界なんてさっさとお別れした方が良いとすら思っていた。

思っていた…はずだった。

しかし、それはどうやら思い込みだったようだ。


俺は幼い頃から、とことん運が悪い。


俺は九州のど田舎で生まれた。

大手商社でサラリーマンとして働く父と、専業主婦の母の元で育てられた。

父は随分自分勝手で気性が荒く、俺は中学校に上がるまで、父からずっと虐待を受けていた。

その日の気分で殴る蹴るなんて当たり前。母は止めようと間に入って、とばっちりを食らうこともあった。

ある日俺は母に「僕はどうして生まれてきたの?」と聞いた。母は声を上げてわんわんと泣きながら、ただただ「ごめんね、ごめんね」と繰り返した。


俺はすぐにこの家を離れたくて、高校卒業後、県外で就職した。建設業の企業だったが、サービス残業は当たり前、寝る時間は毎日3時間程度しか取れないという所謂ブラック企業で、とうとう身体を壊し、数年勤めたのちに転職することになった。自分の運の悪さを呪った。


しかし、転職した会社ではもっと運の悪い出来事が起こった。

同僚のミスが経営破綻を招く程の大損失を生み出してしまい、そのミスの皺寄せが、全て俺に降りかかってきたのだ。

なぜなら、同僚は俺を裏切って、飛んでしまったからだ。そいつは俺をこの会社に誘った張本人だった。信じていた人に裏切られる苦しみを嫌というほど味わった俺は、人間不信に陥った。


ミスの補填が終わり退職する頃、俺は憔悴し切っていて、生きる気力すら失っていた。

人生、碌なことがない。


何もせず、ただただ放心状態で数日を過ごした。


「俺は、なんでこの世に生まれてきたんだろう」

幼い頃、母に対して投げかけた疑問は今も尚、俺の心の奥に棲みつき、じわじわと蝕んでいた。


あの家から逃げたくて、一人で生きるために家を飛び出した。なのに、何だこの様は。

このまますごすごと家に帰ろうものなら、またあの父親に何か言われるだろう。


また、暴力を振るわれるかもしれない。


身体が震えた。

心臓は壊れんばかりにバクバクと大きな音を立てている。

心と身体が、拒否反応を示しているのだ。


俺は、あの家に帰るわけにはいかない。

あの家に帰るくらいなら、どんなことでもやってやる。


取り敢えず、生きていくために金を稼がなければならない。手っ取り早く金を手に入れる方法……。


ああ、そうだ。


そして俺は、夜の道に足を踏み込んだ。

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