衝撃
あとは、こんな質問もしてみた。
「俺らはどんな風に出会ったの?」
既婚者であるならば、純粋な出会いである可能性は低い。
つまり、ホストクラブの客だったんじゃないか、と考えたからだ。
もしそうなのであれば、俺は桜に色恋営業を仕掛けていたということも考えられる。
色恋営業というのは、客に対して、まるで恋愛をしているかのように接する営業手法のことだ。
この手法は特に珍しいわけでもなく、どちらかというとスタンダードなやり方で、さっき来ていた莉穂も色恋営業だ。
しかし、俺の予想は大きく外れた。
桜の回答は、全く想定外のものだったのだ。
「私たちの出会いはね、ゲーム。ゲームの中で、私たちは出会う」
「ゲーム?」
「そう!毎日一緒にゲームするの。スマートフォンでできるオンラインRPGなんだけど…颯斗はすごく上手くて強くて、私はいつも助けて貰ってた」
桜は笑顔の花を満開にさせて、イキイキと話している。
余程楽しかった思い出なのだろう。
俺は元々インドアで、今でも、ゲームは好きな趣味のひとつだ。
だから、33歳の俺がゲームをやっているということには、何も違和感はない。
寧ろこれで更に、桜と俺の関係の信憑性は増した。
一応、「ゲームのタイトルは?」と聞いてみたが、桜は予想通り「それは教えられない」と口を噤んだ。彼女はそれ以上何も言わなかったが、表情はさっきと同じく、自慢気で偉そうだった。
「じゃあこれ、最後の質問だけど」
「はい」
「未来に帰る方法とか、わかってるの?」
すると桜は、腕を組んでウンウンと頷いた。
「そう、それなんだよ」そして「その手掛かりを探すために、あなたに会いに来たの」と言った。
なるほど。それでここを訪ねてきたわけか。
「…で、俺に会って、何か分かりそう?」
「うーん…たぶん、おそらく、もう少し、な感じ」
「なんだそれ」
笑い事ではないが、間の抜けた回答につい笑ってしまう。
桜は俯き加減で口元に拳をあて、ぶつぶつ独り言の様に話す。
「私、ここに来る直前の…未来でのさいごの記憶が思い出せなくて。でも、ひとつだけ覚えてることがあって」
桜は顔をあげて、強い眼差しを俺に向けた。
「私ね。さいごに"颯斗に会いたい"って、強く願ったの。……だから、颯斗に会えば何かわかるかもって思って」
それは余程、強い願いだったのだろう。
俺に会いたいと願う桜の強い想いが、桜を過去へとタイムスリップさせた。
聞けば聞くほど、真実味に欠ける話だ。
桜には「信じる」と断言したが、内心は半信半疑だった。
半分信じている理由は、単純に「信じた方が面白いから」だ。
これがもし真実であればこれ以上ない程に非日常であり、スリリングで刺激的な経験になる。
しかし、これが仮に真実だとして、桜は最後に、何故そんなに俺に会いたいと願ったのか。時空を超える程に。
「ごめん、もう一つだけ聞いていい?これで本当に最後にするから」
「…うん」
「桜さんは、何でそんなに俺に会いたかったの?」
「それは…その」
桜は、俯いて言葉に詰まった。
その小さな唇は、少し震えている様にも見える。
「あー…もしかして。俺が誰かと付き合ってて、お互いに会うのが難しい状況だった、とか?」
もしそうだとしたら、その付き合っている彼女にも申し訳ない話だが、未来の俺がどうなっているのかは俺自身にも予想がつかない。
しかし、桜は首を小さく横に振った。
そして「…すごく、言い難いんだけど」と視線を上げて、再び口を開いた。
「颯斗は、交通事故に遭って…死んでしまったの。だから、私…」
頭が、真っ白になった。
俺が、死ぬ?交通事故で?
30代半ばで?嘘だろ。いや、嘘だ。
「…嘘だろ」
「……」
桜は、再び俯いた。
嘘だ、そんな筈ない。俺が死ぬなんて。
じゃあ俺は今、何のためにホストやって、金を貯めてるんだよ。
「…嘘だよな?」
「……」
桜は、押し黙ったままだ。
…おい、何とか言えよ。
じゃあ、俺の夢はどうなるんだよ。
どん底まで落ちて「人生碌なことがない」って落ち込んだけど、また金貯めて、イチからやり直そうって誓ったばっかりなのに。
俺はもう、未来を見るなってことなのか。
ああ、なんでだよ。なんで。
俺はなんで、この世に────。
「ごめんなさい…!」
…なんでお前が謝るんだよ。
「本当にごめんなさい…」
…お前が謝ったって、どうにもならないだろ。
「全部、私のせいで─────」
…うるさい、うるさい、うるさい!
「いい加減にしろ!」
気付けば、俺は、叫んでいた。
ハッとなって桜を見ると、その瞳からは大粒の涙がぼたぼたと零れ落ちている。
何で、お前が泣くんだ。
泣きたいのは俺の方だ。くそ。