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ホストの俺と、未来からきた不倫女  作者: 漣 蓮太郎
第一章
4/8

不倫相手

泣いた理由を尋ねてみたが、桜は「なんでもない」の一点張りで、理由を教える気はないようだった。

「目にゴミが入った」とも言っていたが、「なんでもない」と言った後にそれを言っても、嘘だというのがバレバレだ。

それ以上俺が聞かなくなったので、どうも俺が納得したんだと思っているようだ。

嘘が下手なようなので、力弥と同様、彼女にも夜職は向いてないなと思った。


ここでようやくドリンクがきたので、桜はカクテル、俺はギネスビールで乾杯をした。


桜は持っていたグラスをテーブルに置き、姿勢を正して身体ごと俺の方を向くと「では、話します」と畏まった声で言った。


「信じられないかもしれないんだけど」

桜の真剣な眼差しに、生唾をゴクリと飲む。

そして彼女は、スゥッと息を吸って、こう言った。



「私は……私はあなたの、未来の…不倫相手なの」



「………は?」



言葉は間違いなく聞き取れた。

だが、脳がそれを上手く処理してくれない。


「俺の未来の不倫相手」。


短文でありながら、これ程に深い意味を持つ文章に、俺はかつて遭遇したことがなかった。

落ち着け、冷静に考えろ。つまり、だ。


その一。

桜は、未来から現代にタイムスリップしてきた。この時間軸の人間ではない。


そのニ。

桜は、未来の俺の不倫相手である。


纏めたところで、にわかには信じ難い話ではあるが、桜の瞳は真剣そのもので、どうも嘘を言っているようには思えなかった。

それに、俺の本名を知っていたことと、最近好きになったビールの銘柄を言い当てたことも、それならば納得がいく。


ただ、どうして"不倫相手"なんだ。

こういうのは大抵、未来の結婚相手だとか、息子や娘だとか、そういうのが王道じゃないか。


「…ごめん。信じられないよね、こんなの」

桜は苦笑いを浮かべて、首を少し傾げてみせたが、俺は間髪入れずに「信じるよ」と告げた。


桜は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに安堵の表情を浮かべて、「良かった、良かった」と繰り返した。


まあ、将来俺は不倫をするということを認めるわけだから、気は進まないが。


自分の性格は、自分が一番よく理解している。

未来の自分がどうなのかは分からないが、今の俺は不倫を推奨してはいないし、寧ろ否定的だ。


しかし、ホストとして働いて約1年、色々な人を見てきた。その中には勿論、人妻もいた。小さな子どもがいる女性もいた。

夫のDVに悩む人、毒親との同居に悩む人、生まれつき体の不自由な子どもの子育てに憔悴し切っている人…色々な人が、色々な事情を抱えて、ここを訪れていた。


以前は全否定していたが、この仕事を始めてから、詳しい事情も知らずに"最低な行いだ"というレッテルを貼って接するのは良くないんじゃないかと思い始めた。(かといって、肯定するわけではないが)


だからきっと、未来の俺と桜が不倫関係になったのにも、何か理由があったからに違いない。


それに、今の俺の心はそんな倫理観よりも、身体の奥からとめどなく溢れ出る好奇心でいっぱいだった。

「昼に起きて、夜になればホストの仮面を被る」。ただただ繰り返される同じ日々に退屈していた俺には、桜がまるで、希望を与えてくれる女神のように思えた。


好奇心で胸を膨らませながら、俺は桜に幾つかの質問をした。


まず、「何年後の未来からやってきたのか」。これに対する桜の答えは「8年後」だった。つまり、俺は33歳で桜と出会うようだ。

その時、桜の年齢が35歳であることも知った。外見からは20代後半くらいに見えるので、驚いた。

「35には見えないな」と言うと、「母親もそうだったから、遺伝だと思う」とはにかんだ表情を見せた。


俺たちの不倫関係についても言及した。

桜が言うには、33歳の俺は未婚で、桜には夫がいるという状況下での関係らしい。

俺が歳上の、しかも既婚者を好きになるなんてにわかには信じ難いが、この場では疑わずに受け止めることにした。

変に否定したり取り乱したりして、桜が何も話してくれなくなるのは、俺にとっても都合が悪いと思ったからだ。


「俺、33歳でも結婚してないんだな」

「うーん、でもほら、男は30歳からって言うし」

ふとした呟きだったが、桜のフォローは速かった。桜は少し間を置いて「33歳のあなたも、同じようなことを言ってた」と言った。


原因はやはりこの仕事をしているからだろうか。この仕事は、汚い部分がよく見える。

それは女性に限らず、人間の───


「人間の……汚い部分が見えすぎて、人間不信になったって、言ってた」


俺は「やっぱりか」とため息を漏らした。

桜が、俺の背中をぽんぽんと優しく叩く。未来の俺も、同じように慰められたのだろうか。


質問はまだ続いた。

桜はそれらに答える時、言葉を慎重に選んでいるように見えた。自分の言葉で未来を変えてしまう可能性を危惧しているのだろう。

未来から来たなら、これから起こることがわかるのだから、上手くやれば一攫千金を狙うこともできるわけだが、桜はそんな気は全くないようだった。


「未来は、何か流行ったりするの?」という質問には、少し目線を落とした後「それは言えない」と言った。そして何故だか腰に両手を当てて「言ったら、風斗君が何かしでかして、未来が変わっちゃうかもしれないでしょ」と付け足した。

その表情は何故か自慢気だった。


「なんでそんな偉そうなんだよ」と俺が笑いながら突っ込むと、桜も「ふふふ」と目を細めて笑った。


桜は"無邪気"という言葉がよく似合う女性だと思う。「30代の落ち着いた大人の女性」という俺のイメージからはかけ離れていて、寧ろ、まるで子どものようだとさえ思った。

未来の俺は、桜のそういうところに惹かれたのだろうか。

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