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ホストの俺と、未来からきた不倫女  作者: 漣 蓮太郎
第一章
3/8

俺は目を丸くして、"彼女"を見た。

"鳩が豆鉄砲を食ったよう"とは、この様な表情のことを言うのだろう。


少しの間静止していたがハッと我にかえり、「ちょ、ちょっと待って!」と叫んで"彼女"のテーブルへと駆け寄る。


"彼女"もこちらの事情を察したのか、あっ!と声を上げ、マスクで覆った口元を両手で抑えると、勢いよくソファに着席した。


俺が隣に座ると、"彼女"は申し訳なさそうに口を開いた。

「ご、ごめん…その。嬉しくなっちゃって、つい」

「いや、良いですよ」

"彼女"が余りにもしゅんとするものだから、それ以上何も言えなくなってしまった。


それに、だ。

そんなことよりも俺は「何故本名を知っているのか」ということが気になっていたのだ。


「あの…でも今日、初めてお会いしますよね。なぜ俺の本名を知ってるんですか?」


単刀直入に質問を投げかけると、"彼女"は、ふふふっと笑って天井でくるくると回るミラーボールを指差して、こう言った。


「すごく、遠くから来たから」


そして"彼女"は、ミラーボールを見上げたまま呆気に取られている俺を無視して、「何か飲もっか」と言って微笑んだ。


"彼女"がドリンクを決めあぐねている間、俺はさっきの言葉の意味を考えていた。

「すごく遠くから来たから」…もしかして、同じ土地の出身なのだろうか。俺の故郷は九州のど田舎だ。もし故郷が同じならば、俺の本名を知っていたとしても何の不思議もない。


「ね。風斗…くんも、何か飲んだら?」急に話しかけられて、身体が小さく跳ねてしまった。


…くそ、あれからずっと"彼女"のペースだ。他の客の時は、俺が会話をリードしているのに。


ただ、それでも然程嫌な気持ちにはならないのが不思議だ。

"彼女"には、自分の全てを見透かされているような、けれども、ありのままの自分を受け入れてくれているような…まるで、静かな海のような大らかさがあった。


「ビールとか?ほら、あれ好きでしょ。何だっけ、アイルランドの……そうだ!ギネスっていう、ビール」

「えっ?何でそれ知って……もしかして職業、占い師か何か、ですか?」

「ふふふ。飲み物が来たら、教えてあげる」


好きなビールの銘柄を言い当てられて、俺はついに、思考停止状態に陥った。

仮に彼女が同郷の出身であったとしても、俺が最近好きになったビールの名前なんて、知っているはずがない。

あと考えられることは…彼女は俺のストーカーで、俺のことをとことん調べ上げていたりする…とか。いやいや、そんな馬鹿な。


「あ、自己紹介がまだだったね。私の名前は、サクラ。漢字は、あの春に咲く桜と同じ」

彼女はそう言った後、「そっか。マスクは要らないんだね」と言ってマスクを外した。


丸顔で、色白の肌。

二重の目に、細く筋の通った鼻と、小さな薄い唇。

マスクを取って、恥ずかしそうに俯く彼女を、俺は素直に可愛いと思った。


「ああ、恥ずかしい。私、自分の顔、あんまり好きじゃなくて。その…あんまり見ないで。人見知りだから暫く目が見れないと思うけど、早く慣れるように頑張るから」


「っははは、何だそれ!」


さっきまで一方的にぐいぐいリードしていたのに、マスクを外した途端に極端に消極的になる彼女を見て、つい笑ってしまった。


「面白いな」


俺がそう呟いた途端、桜の表情が曇り、瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。


「えっ!?」と言ったのは俺と、そしてボロボロと涙を流している桜自身だった。


「待って待って、止まらない!どうしよ、風斗くん!」

「えぇ!?あ、ティッシュあるよ、使う!?」

「づがう〜〜〜〜!!うぅっ…どまんないよ〜〜」


ティッシュで目と鼻を押さえ、暫くズルズルと音をさせた後、桜は目と鼻を赤くしたまま「あぁ、止まった。もう、びっくりした!」と笑った。


出会ってまだ1時間も経っていないけれども、この"桜"という女性は、型にはまらない、独特な感性の持ち主だということがわかった。

もしかしたら俺は、とんでもないファンを作ってしまったのかもしれない。

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