出会い
程なくして、開店時間になった。
ずっとそわそわしていた俺にとっては、たった30分の待ち時間が3時間に思えるくらいには長く感じた。
そんな俺の期待とは裏腹に、"ショートボブの女"は開店から30分経っても、1時間経っても、2時間経っても、現れなかった。
ついに閉店まであと1時間弱。
つい、時計を見る回数が多くなる。
「風くぅん、ねぇ〜聞いてるぅ?」
隣にぴったりと座ったツインテールの女が、これでもかというくらいの上目遣いで、瞳をうるませている。
俺はハッとなって、半分上の空で聞いていた彼女の話を、脳の記憶の片隅から引っ張り出した。
「あ、ごめん。…ちゃんと聞いてたよ。新しい服、買ったんだろ?」
「えへ、そうなの!風くんが好きそぉな服だなーって。お店で一目惚れして、買っちゃったの」
女は、フリフリとしたレースのついた膝丈程のスカートをふわりと持ち上げてみせる。
「そっか。似合ってるよ、可愛い」
「えへへ〜」
女性の服はあまり詳しくないが、セクシーだとかキレイ系だとかよりは、可愛い系の方が好みだ。
ただ、フリフリのレース付スカートはちょっとやり過ぎかな、とは思うが。
「ねぇ〜風くん。お酒飲みすぎて莉穂、眠くなってきちゃったぁ」
莉穂は脱力して、俺の身体にくったりともたれかかった。莉穂の大きめのバストの感触が、腕に伝わってくる。
「ねぇ風くん、莉穂、今日この後空いてるよ〜」
アルコールのせいか、莉穂の頬はほんのり紅潮している。
莉穂のいつもの分かりやすい色仕掛けは、特に今日の俺には通用しなかった。
「莉穂ちゃん、俺、今日は───」
その時だった。
目の前を、影がゆっくりと通り過ぎた。
視線を上げると、それは女性の落とした影だった。
俺の目は、その女性に釘付けになってしまった。
通り過ぎる彼女の情報を、スローモーション再生するように視覚から取り込む。
小柄で、ピンと伸ばした背筋。
緊張しているのか、その目は少し伏し目がちだった。
服は白いニットに、花柄のロングスカート。
そして髪型は、暗色の"ショートボブ"。
俺は確信していた。
力弥が言っていたのは、この女性だ。
直感は当たっていた。
その後すぐに黒服から、場内指名が入ったことを告げられた。
莉穂に事情を説明して席を立ち、"彼女"の待つテーブルへと向かう。まるで、戦地に赴く戦士の気分だ。悪くない。
俺は"彼女"の姿を視界に捉えたまま、ゆっくりと歩いた。胸の高鳴りを、他の誰かに悟られないように。
そして、テーブルまであと2メートルというところで、"彼女"と目が合った。
その瞬間、"彼女"は勢いよく立ち上がり、
「ハヤト!!」
と言った。
それは俺の、誰にも言っていない本名だった。