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やる気がおきない

 玖代を落ち着かせて、二人で駅へ向かった。時間的には、一般的な勤め人が帰宅する時間なので駅からは大勢の人たちが降りてきている。


「落ち着いたか、玖代」


「はい、今日はありがとうございました」

 

 二人で横に並んで歩きながら玖代がお辞儀をした。


「へ~、おまえがお辞儀とか殊勝なこともするんだな」


「さすがに、ここまでしてもらったら、お礼ぐらいしますよ~。かなり小さい胸もお借りしてますし」


 さすがに玖代節は忘れていなかった。わたしは、笑いながら左ひじで玖代の肩をこずいてやると、少しよろけながら玖代も笑った。

 

 駅に到着する。ちょうど千葉方面の電車がやってきたので、わたしはそれに乗って扉の前で玖代に手を振ると玖代は一つお辞儀をして手を振り返した。玖代の自宅は浅草方面なのでわたしとは逆なのだ。

 扉が閉まり電車が走り出した。わたしはそのまま扉の端に移動して体の右側をそちらに預けて外を見る。そして、やるせない気持ちが心の奥からジワリと沸き、大きくため息をしてしまった。玖代と山崎先輩の仲が発展していくのは知人として嬉しくもある。ただ、何も無くなってしまったわたしとしては、少し嫉妬というのも生まれてくるのだ。だから、先ほどみたいに、それを隠すために無理をしてでも明るく振る舞ってしまうことがあるので、そんな自分が嫌いになる。

 外を見ると、中途半端な形をした月が大きく現れていた。普段なら綺麗だと感じるものだが、そんなことすら気に喰わないと感じる。それでも、何となくそれを眺めながら自宅へと進んでいった。


 自宅にたどり着き、わたしは鞄から鍵を取り出すと扉を開けた。そこには暗闇しかない。母は仕事でいつも帰りが遅いので当然なのだが、この瞬間は嫌い。できれば玄関の明かりは。つけっぱなしにしておきたい。中に入り、廊下、リビング、と明かりをつけっぱなしにして 二階にある自分の部屋へと入った。着替えを持って下へ降りると風呂場へと入りシャワーを浴びる。少し髪を濡らしたまま部屋へ戻り、全身のスタンドミラーの前でドライヤーをつけた。まるで生気を感じない顔がそこにあった、本当、今のわたし嫌い。

 髪を乾かすと机に座り、予定からかなり遅れた学習スケジュールを取り戻すため、ノートと参考書を開いた。しかし、三十分もしないうちに、わたしは大きくため息をつくと手を止め、左手で参考書を持ち上げると軽く前へ投げ捨てる。そして、横に並んでいるベッドへ音を立てて倒れるとそのまま仰向けになった。


「…なにやっているんだろう、わたし」


 再び大きくため息をつくと、わたしは右手を広げてから天井に向けて掴む動作をする。心の中で失ってしまった物はあまりにも大きく、その空間には喪失感という塊が入り、胸のあたりを圧迫していた。 これからどうしたらよいのだろうか? いや、やるべきことは分かっている。志望する国立の美大へ入学するためにやることをやるだけだ。単純明快なのだが心が動かない。


 右手を下ろし、そのまま目隠しをするように腕を目のうえに置いた。すると、下から玄関のチャイムが鳴り鍵を開ける音がする。


「泉、入るぞ~!」


 下僕の男が威勢良く声を上げ、ドスドスと音を立てて階段を上がると扉を開けて部屋に入ってきた。


「よお。お袋が飯出来たからこいってよ」


 雅人がいつもの調子で声を掛けてきた。わたしの母と雅人の母親は昔からの幼なじみで親友なのだ。わたしが帰宅し、家の明かりがつくのを見計らって。いつも帰りが遅い母の代わりに食事を準備してくれている。準備ができると、雅人がわざわざ家にやって来て呼びに来るのだ。電話で済むようなものだが、しっかり顔を見て伝えたいとのことで、毎日のようにやってくる。  


「うん、分かった」


 わたしは起き上がり、けだるそうに首を右左に傾けた。なぜか雅人は部屋に入るなり一歩右へ移動し、こちらを見ている。


「なんか、最近様子がおかしいなお前。お袋も元気がないって心配してるぞ」


 天井のあたりに視線を動かし雅人が言った。


「うん、大丈夫だよ、問題無い」


「ならいいけどよ、悩みがあるなら言えよな。相談にのるぜ」


 まっすぐわたしを見ると、自分の左側を気にするそぶりを見せて少し顔を赤くしている。なにやっているんだコイツは?


「あ、ああ、ありがとう。まあ、大丈夫だから心配しないでよ雅人。それより、何か落ち着かない感じだけど、どうした?」


「ん? いや、何でもねえ。それにしても今日は良い天気だったよな!」


「はあ?」


 サラリーマンが営業先で、会話に困ったのときの日常会話のように雅人が天気の話をする。そして、今度は私のクローゼットに目線を送り、首を左右に小刻みに振った。


「ねえ、あんたこそ大丈夫? さっきから、なにキョロキョロと部屋を見渡しているんだ? わたしの部屋なんざ毎日見ているだろうに」


「ん? いや、そうじゃねんだよ。まわりを見渡しているのは乙那さんが…、あ、いや違う。そう言えば、まじまじとこの部屋を見たことなくて、つい見ちゃってよ! いつも綺麗にしているよな~、さすが泉だぜ!」


「お、おう」


 なんか焦っているな。雅人がこんな表情をするのは初めて見る。


「実はよお、お前に頼みがあるんだよ。それでちょっと緊張しちまってな」


 雅人が言いずらそうに後頭部を頭で掻いた。


「頼み? 九割九分九厘九毛、叶えてやれんが言ってみな」


 その言葉を聞いて雅人がガクリと膝を折った。


「いきなりジャブじゃなくて、ストレートかよ。あー、お前さあ、絵かくの上手いじゃん? それでよ、似顔絵を描いてもらいたいんだよ」


「無理」


 わたしは間髪入れず即答した。


「うお、速いな! まあ、そこを何とか折れてもらえねえかな? 人助けなんだよ」


「人助け? 誰を助けるのさ」


「あ、人っていうか、人だったというか。まあそれに近いもん、なんだが」


「何を言っているんだお前は? わけわからんから、やっぱ無理だわ」


 右の眉をつり上げて、わたしは雅人を見た。


「う~ん、まいったなあ。 …へ? ああ、ちょっとまてよ。聞いてみるからさあ。ああ、そこ、ダメだよ!」


 雅人が、再び自分の左側とクローゼットがある天井を見てなにやらボソボソと言っている。何か誰かと話している感じにも見えるが、当然あいつの目線の先にはなにもない。少しヤバい感じがする。雅人が壊れたか?


「なんか誰かと話しているように見えるけど、あんた大丈夫?」


 わたしは人差し指で自分の頭を指さした。


「ん? ああ、何でもねえ、もちろん大丈夫!」


 そうは言いつつも雅人の行動に落ち着きが感じられない。


「本当に今日はおかしいな? おばさんに言って救急車呼んでくるからここにいなよ」 

わたしは部屋を出て行こうと扉に向かって一歩踏み出した。が、雅人が慌ててわたしの両肩を掴んでそれを止める。


「わ、わぁ! ちょっと待て、違うんだよ。…何て言ったらいいかな。 ああ、わりい、少し待ってくれ頼む!」

 

 雅人は両手を合わせて頭を下げ、廊下へ出て行った。

「う~ん、やっぱキツいわ、ありゃあ、一筋縄ではいかんな~。スイーツとかで釣るしかねえかな。…うん、うん。でもよ、見せちまった方が分かりやすくねえか?」


 誰かと電話しているようで雅人の話し声が聞こえている。コイツ、声がでかいから筒抜けなんだよね。


「それから、乙那さん。あいつの服を取り出して、背後でヒラヒラするのやめてくれよ。え? かわいいから着てみたい? ダメだよ、あいつ見えていないんだから服だけヒラヒラしてキモいだろう? ケチじゃないよ、アンタ何しに来たんだよ~」


 はい、時間切れ。わたしは待たされるという行為が大の苦手で、時間が経てば経つほどイライラが増してくるのだ。向かいにある雅人の家では料理を作ってくれたおばさんが待っている。無視して行こうと考え、わたしは部屋の扉を開けた。


「おばさんが待っているんだから時間切れな。いつまで待たせるんだよ、男だったらハッキリしゃべれよな、ったく! …あれ?」


 てっきりスマホで誰かと話しているかと思っていたのだが、扉を開けて雅人を見れば、手にはなにも持っていない。


「ねえ、今誰と話していた?」


「え? い、いや、誰とも話してないけど」


「嘘つけ。わたしの部屋から、おもいっきりでっかい声が聞こえたぞ」


「え? き、気のせいじゃねえか? 俺はずっとここで一人だったぞ」


 部屋で隠れてエッチな本を読んでいて、親に見つかった子供のような表情で、必死に隠し通そうとする顔をしている雅人。これは、あきらかにおかしい。何かの妄想に取り憑かれてでもいるのだろうか。


「雅人、あんたまじでヤバいわ。やっぱし救急車よんでくるからここにいなよ!」


 わたしはダッシュかまして雅人の脇を通り抜けようとした。


「わあ、ちょっと待てってば」


「馬鹿。ちょっと、痛いから離せってこら!」


 わたしが行こうとするのを必死で止めにくる雅人。しかし、わたしも引きはしない。体をばたつかせて負けじと進もうとする。


「病気だよ、マジで医者に診てもらった方がいい。今は良い薬があるらしいからきっと治る。雅人とは腐れ縁だ、ラリッたあんたでも、毎日見舞いに行ってやるから心配するな」


「何、訳分かんねえことを! 別に頭なんておかしくなってねえよ、頼むからおとなしくしてくれよ。うわ、痛え! 噛みつくんじゃねえよ、泉。だめだ、こうなったら見せるしかねえよ、頼むわ乙那さん!」


「乙那さんって誰だよ、妄想激しすぎるだろ雅人。ちょ、離せってこら!」


 さすがに、男である雅人に力は劣る。わたしが必死に暴れていてもなんだかんだと部屋まで戻されてしまった。それでも、わたしは必死に部屋を出て行こうと体をばたつかせた。


「あの~、こんばんは立花さん」


「こんばんは、じゃねえ! こんな状態で、なにのんびり挨拶してんのさ! …え? あれ?」

 

 誰かがわたしに挨拶をしたので、苛つきながらそちらを一瞬だけ見るも再び体を動かし始める。が、わたしと雅人以外いるはずのないこの部屋で、さらにいるはずのない一人の男性を見かけてしまった。体が一瞬で動くのを止めた。

 

 それは、わたしがもう一度会いたいと願う唯一の人。


「え? …うそ、早乙女くん」


「いや~、ごめんね立花さん。びっくりするよね~」


 目の前にいる彼が、ばつの悪そうな表情を浮かべ右手で後頭部を掻いている。視線が早乙女君に釘付けになってはいるが、その横で女が浮いた状態でいるようだがそちらには関心は無い。


 わたしは両手で口を押さえると、右目から一粒の涙を落とした。

ちょっと、話が長くなってしまうので、ここらで区切ります

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