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見える人

俺の幼なじみの泉は時間に厳しい、一分でも遅刻をすると、待ち合わせ場所をすぐに去り、帰ってしまう短気な性格だ。幸いにもまだ時間がある、今日こそはあのことを口にしないといけない。でなければ夜もまともに眠れない、今日こそハッキリ聞くんだ。

 地元の駅を降りて、国道に出る。千葉方面に10分ほど歩いて行くと待ち合わせのファミレスがある。一階は駐車場になっていてレストランは二階にある。階段を上がってドアを開け店内に入った。中は客で一杯だった。ドアを閉めて周りを見ると何やら店の雰囲気がおかしいことに気がつく。中にいる全ての男達の視線がとある一つに集中しているのだ。そう、これはいつものこと。俺はその視線が集中している場所へ歩いて行った。

 

 そこには、秀光学園の制服を身に包んだ女子がいる。腰まで伸ばしたキューティクルたっぷりの綺麗な黒髪、ちょっとキツイ感じの猫目なのだが、その大きな瞳は吸い込まれそうなほど美しく、間違って目を合わそうものなら男は一瞬で虜となってしまう。そして、外人モデルの様なスタイルはどんな男でも振り返り、同族の女子ですら溜息が漏れる。 ……と、まあこれ以上褒め言葉を並べると文字数の問題でクレームが出そうなのでやめておくが、彼女こそ俺の友人『立花 泉』である。


「よう、相変わらず来るのが早いな。約束の時間まで一五分あるぞ」

 

泉の対面に座るとメニューを開いた。


「遅いんだよ、何分待たせるのよ!」


 その声は店内に響き渡り、泉に注目をしていた男どもは、ぎょっとした顔をしている。当然と言えば当然だ。見てくれはお嬢様系なのに怒るとかなり怖い。


「何言ってんだよ。約束の時間一五分前だぞ、遅刻してねえじゃねえか」


「だから、待っていたんでしょ、男のくせにグダグダとうるさいんだよ! あんたさあ、折角着てやったのだから、何か奢りなさいよ」


 泉は面倒くさそうに俺の手からメニューをひったくる、俺が奢る意味が分からんのだが。しかし、今日は仕方がない我慢してやる。

 いつもの泉の毒舌に辟易としながらも、テーブルの上にあるボタンを押してウェイターを呼ぶ。


「えーと、俺はニガウリのクリームソーダ。泉は?」

 

「酢昆布のアイスクリーム。筑波マウンテンのブラックとチョコレートムースの味噌バター焼き、それから納豆風味のパンケーキ、イチゴのステテコ丼、更に……」


「ちょ、それ以上は勘弁してくれ金が無くなる」


 俺は目をギョッとさせ、泉からメニューをひったくった。


「んだよ、シケてんなぁ。学生ならバイトして稼げよなあ」


 泉は、仕方なしという顔をして腕を組んだ。


 そして、十五分後。テーブルには沢山のスイーツが並ばれた。泉はそれを、ガツガツと食べ始める。ちなみに、俺には少しも分けてくれない。


「で? 話ってなに?」


 泉はこちらを見ずに、相変わらず食べまくって既に半分は食べ終わっている。


「あ~、去年の夏休み終わった頃から、ずっと話したかったことなんだが」


「うん、うん、それで?」


「ちょっと、こっぱずかしいな。実は前から気になっててさ、お前に会ったら言おうと思っていたんだ」


 泉はピクリと反応すると食べている手を止めて俺を凝視している。


「あのな、実は…」

 

「ちょっとまった!」


 俺が話をしている途中に、泉は右手を俺に向けて出すと、話を止めた。


「へ?」


「分かった、よく分かった。みなまで言うな雅人」



「お、おう」


 どうやら、俺が何を言いたいのか分かっているらしい。泉は食べている手を止めスプーンを空いている皿においた。


「…なあ、雅人。あたしとは随分長い付き合いだよな。母親同士が友人で家も近所だから、お互いが赤ちゃんの頃からと言ってもいい」


「お、おう。まあ、そうだよな。家に帰れば、俺たちがちびっ子だった頃のDVDが置いてあるよ」


「でしょう? そうなると、あたしにとって雅人は、兄弟みたいなもんだと思っている、…つまり」


「ん?」


 何やら泉の様子がおかしい。下を向いて何か言うのをためらっている。


「なんて言うか、今まであたしは雅人をそういう目で見たことは一度もないんだ。だから、悪いけど、あんたとはそういう関係にはなれない、ごめん」


 泉は心から申し訳ないという表情をして両手の手のひらを合わせて俺を見た。


「は?」


 俺は理解ができず、思考が止まった。


「え?」


 ・・・・時間が停止している俺を見て、泉も止まった。


 二人の間に静かな時間が流れている。周りでは、店員達が忙しく動き回り、他の客もワイワイと各々会話を楽しんでいる。そして数秒後、ようやく俺は泉の言葉を理解した。


「あ~、ちがう、ちがう。そういう意味で言ったんじゃねえよ、俺はお前に惚れていねえ。お前の言う通り、お前とはただの幼なじみだ。わりいな、勘違いさせちまって。大体、俺がそんな感情を抱くわけねえだろう? 寝ている時、歯ぎしりがうるせえとか。ガキの頃、お袋と三人で風呂に入っ時に見つけた右ケツにある蒙古斑とか。小3の頃、好きなった宮沢健斗に手作りとか言って渡したチョコレートが実は売っていた物とすり替えて味を自慢していた事とか。…まあ、あいつには振られて相手にされてなかったけど。兎に角だな、俺がお前のことを好きになるなんてことは絶対にないから安心してくれ、ガハハハ!」


 有り得ない事を口にした泉に、オーバーアクションで完全否定し、俺は大笑いをして、すまんと右手を出して謝った。ちょっと声が大きかったみたいで店内はシーンと静まり返り、再び注目の的になっていた。


「…」


 泉は下を向いたまま小刻みに震えている。よく見ると耳が真っ赤になっている。この光景は中坊の頃よく見たな、泉が怒り出すと、決まってこういう様に震えるのだ。


「あの~、泉さん?」


「あんたね~、声がでかいんだよ!? なんだよ蒙古斑とか、今は綺麗に消えているわよ!!!」


 遂に泉がキレた。大きな咆哮を上げ、空いたグラスや皿を次々と俺めがけて投げつけてくる。ただし、食べ残している物や手を付けていないスイーツは一切触っていない。


「お、おい! あぶね~よ! 落ち着け泉ちゃん!」


 次々と投げつけてくる物を、俺は全て受け取り、泉の攻撃を止める。周りの客は驚いた顔をして俺達を見ている。そして、騒ぎを聞きつけた店員がこちらに走って来て、泉を抑えてくれて、ようやく騒ぎが落ち着いた。 

 

「…ハア、ハア、で? 何が言いたいんだ。内容によっちゃあ、ぶち殺すよ」


 大暴れをした泉さんは、肩で息をしながら俺を睨みつける」


「お、おう。前にさあ、お前を電車の中へ引っ張ってきて、同じ学校でカワイイ子の名前を聞いただろう? 香月優香さんのことなんだ」

 

投げつけてきた食器などを全てキャッチした俺は、一つずつテーブルに戻しながら泉を見た。その名前を聞いた途端、ピクリと反応し真剣な表情に変わった。


「お前だから正直に言うんだがな。実はさ、あれから彼女を見かけるのが俺の密かな楽しみでな、たまにだが、同じ時間の電車に乗ったりしていたんだ」


「ふーん。ちょっとキモい話だが、まあ、いいわ。見かけるだけで声は掛けなかったの?」


「それは無理だ、彼女はかわいすぎて、声なんか掛けられねえよ」


「中坊のあんたを知っているあたしとしては、驚きね。あの後、速攻で攻めに行ったのかと思ったけど。何よ、片想いってやつ?」


「それとは違うと思う。彼氏らしき男が現れてからも、遠くで見ていたからな。なんて言うか彼女の笑っている顔がたまらなく好きでな。単なる憧れかな?」


「なんか、更に身の毛もよだつキモイ展開ね。とは言え、一年の頃からずっとでしょ? そういうのを片想いって言うんだよ。あんたににしちゃあ珍しい、というか初めてかそんな心の感覚は」


「うん、そうだなあ、そうなのかなあ?」


 俺は、下を向いたままグラスの中身を少し口に放り込んだ。「カラン」と氷とグラスがぶつかる音がした。


「それでな、去年の夏休み明けから、突然その彼氏らしき男がいなくなってさ、彼女一人になっていたんだよ。その時は単純に「ああ、別れたんかな?」ぐらいにしか思っていなかった。彼女の表情も普通だったしな。ところが、ここ最近ガラリと変わってしまってさあ。何か、もう後が無くて焦っているような悲痛な表情になっていたんだ。それが凄く気になってなあ、何か知っているか?」


 真剣な表情で俺の話を聞いていた泉は、右手に持っていたスプーンを口にくわえたまま、考え込んでいる。


「そうか、そういうことか」


「何がだ、泉?」


「何か自分の支えになる事を作らないと、立っていられないということなのね。そうか、そうか、なるほどね」


「何を納得しているんだ、わかんねえよ」


「亡くなったのよ、その彼氏。早乙女拓磨くんって言うんだけれど」


「え? マジかよ」


「夏休み明けに病気が発覚してさ、そこからずっと入院していたのよ。それが、この間突然亡くなったの。実はさあ、香月優香がいきなり私がいる理系特進クラスに入って来てね。あのフンワリとした雰囲気を無くし、ガラリと表情を変えてやってきたわけ。あと三ヶ月もすれば三年になるし、その時にクラスが変わるのなら分かるけど、今の時期に突然だったからさ、ウチのクラス連中も首をかしげてね」


「なるほどな。で、何が分かったんだ?」


「だからさあ、あの子にしたら早乙女君の死は絶望に等しかったのよ。下手したら彼の後を追うくらいにね。でも、そうはならなかった。香月は絶望の中、『大学受験』という目標を無理矢理作って立ち上がり、何とか這い上がってきたってことよ。それが真相じゃないかと思ったわけ」

 

「おい、それがマジなら、いくら何でも悲しすぎねえか?」


「仕方ないのよ、そうでもしないと自分を支えていられないのじゃないかな。もし、あたしがその立場だったら」


 泉が横を向いて悲しそうな表情を見せた。


「ん?」

 

「ヤッパ、何でもない。とにかく、そういうこと」


「それは辛い話だな。あの彼氏と一緒にいる香月さんは本当に楽しそうだった。そうかあ、それはキツいなあ」


 それ以上、俺と泉は言葉を発せず、しばらく黙り込んでしまった。彼氏を亡くした香月さんの気持ちを考えると胸が引き裂かれる想いだ。自分が愛した人の死、それは家族や身内を亡くした場合と全く違う悲しみだろう。目の前が真っ暗になり掴む物さえないどん底の中、普通ならしばらく立ち上がれないだろう、それを彼女は自分を奮い立たせて立ち上がったということなのか、あんなに必死な顔に変わってまで。


「…ちょっと、雅人あんた泣いているの?」


 泉に言われて、俺は右手の拳で涙を拭った。


「なあ、泉。何とかしてやれないかな?」


「なんとかって何をよ?」


「だからさあ、なんて言うか、香月さんの気持ちをもうちょっと楽にさせてやれないかってことだよ。お前さ、彼女がクラスに来た時、何か話しかけてやったのか?」

  

「そんな状況じゃなかったわよ、あんな表情を見せられたら。それに、私らは他人よ? 何かしてやるって言ったってできるわけないじゃん」


「おい、おい。香月さんとお前って、『秀光学園の翼竜』って言われている仲なんだろう? それくらい察して声ぐらい掛けてやれよ」


「えっと『両翼』ね、アタシら空は飛べないから。まあ、あんたの気持ちは分かるけど、難しい問題よ? 何て声を掛けるのよ。下手に同情したって香月のためにならないわ。残酷な言い方をするけど、しばらく時間を過ごして、少しずつ解決していくしかないのじゃない?」


「う~ん、お前の言っていることは分かるがなあ、それでも何とかならねえかなあ?」


 結局、香月さんの話はそこで終わり、俺は八千円という大金を支払い泉と店を出て国道沿いの帰り道を歩いた。俺は無言で西の方へ顔を向ける。そこには、東京スカイツリーをバックに綺麗な赤紫色の空が広がっていた。

 泉は、ファミレスを出てから一度も話をせず黙っていた。国道を行き交う車の音だけが響いている。

 やがて住宅街に入り、泉と俺の家の前に着いたとき、泉は俺に顔を向けた。俺達の家は通りを挟んだ向かい側なのだ。


「さっきの話だけどさ、明日、香月になにか話し掛けてみるよ」


「そうか、ありがとな」


「ありがとうって、アンタが言うセリフではないけどね。…まあ、私も全くの無関係って話しではないし」


「ハハハ、お前の言うとおりだ、ありがとうはないよな。まあ、頼むよ」


 泉は少し微笑んで家の中に入っていく、それを見届けて俺も自分の家に入っていった。

 

 家に帰ったことをお袋に告げて、二階にある自分の部屋へ入った。大きな溜息をついて、目の前にあるベッドへ着替えもせずに横向けに寝転んだ。そして、しばらく香月さんのことを考える。だが、解決する方法など見つからない。


 悲しみの淵にいる彼女のこと、もうあの笑顔が見られないという俺の想い。色々なことが頭の中をぐるぐると回っている。


「クソ、何とかならねえかな~」


 俺は両手を組むと頭の下へ置いて仰向けに姿勢を変え、目を瞑った。

 すると、そこへ誰かが声を掛けてきた。


「ねえ、ちょっといいか?」

 

「ああ? 今、考えごとしてるから後にしてくれよ芳樹」


 芳樹よしきは俺の弟で現在中三だ。たまにノックもせずに勝手に部屋に入ってくる。


「お、おう」


「あ~、ちょっと待て。お前、帝国受けるんだって? 兄弟そろってバカ高校じゃ、親父とお袋が嘆くじゃねえか、もう少しランク上げた高校を受けろよ」


 俺は横に向きを変え、背中越しで弟に声を掛けた。だが、返事が無い。


「いやさあ、無理なら仕方ねえけどよ。お前の偏差値って25だったろう。だったら他を受けれるじゃんかよ。ちょっとキバってみろよ」


 弟に叱咤激励をしてみたが、返事が無い。あれ? ちょっと言い過ぎたかな。でも、それぐらいでへこむ奴ではないのだが。


「何だよ、自信ねえのか? 大丈夫だよ! おめえなら…」


 俺は起き上がって弟の方を向き、あぐらをかいて座った。だが、そこにいるはずの弟はおらず、知らない男が立っていた。


「ああ、どうも」


 男は挨拶をするように、俺に向かって右手を挙げた。


「誰だ、お前?」


 一瞬、挨拶を返そうと手を挙げかけたがその手を止めた。そこにいる男は、知り合いではなかったからだ。見た目は若く、俺と同じ高校生ぐらいの年齢だ。色々な学校と、もめ事を起こしている帝国高校はそれだけ敵が多い。他校の奴らが、家に乗り込んできた話も聞いたことがある。俺は即座に立ち上がり、間髪入れずに右の拳をその男の顔めがけて振った。


「え~、いきなり攻撃かい」


 相手の男が何か言ったようだったが、俺は構わずにそのまま拳を相手の顔面へ運んだ。当たる、そう思っていたのだが、拳は空を切った。体重を乗せて殴りかかったので体がたたらを踏む、だが、すぐに立て直すと、左のフックを相手の顎めがけて振った。今度こそ当たる、そう思ったが、またもや空振り。相手はよけるのが相当上手い、ボクシングでもやっているのか?


「なかなか、やるじゃねえか。次は簡単にはいかねえぞ」


「いや、ちょっと待ってよ。あのさー?」


 相手が言い終わる前に再び拳を振った。だが、それもよけられる。俺はムキになって両手拳を連打する。だが、それも簡単によけられてしまった。

 あれ? ちょっと待て。相手の男、よけるそぶりを見せてないぞ。ってか、当たっているのに拳がすり抜けている。どういうことだ? 何発も連打をしたものだから、さすがに疲れて俺は拳を止めた。


「お、おまえ、なんなんだ?」


 俺は息切れをしながら両手を膝につけて相手を見た。


「あ~、終わったかな? いくら殴っても無理だよ、僕は幽霊だから」


「え? 何言ってるんだお前。思いっきり姿が見えているじゃねえか、ふざけんなよ」


 幽霊なんざ俺は見たことがないし、信じてもいない。ただ、夏にやるテレビ番組は面白いから見ている、その程度だ。相手の言葉を否定してやると、男は困った顔をして下を向いて考えている。


「じゃあ、これはどうだ?」


 何か思いついたらしく、男は俺を見ると右手をゆっくりと伸ばして俺の胸へ付けてきた。あれ? 付けるどころか、中に入ってくるぞ? え、ナニコレ。


「うぉ~! 何してんだお前、拳が俺の体に入っているじゃねえか!」


 思わず後ずさり。すると男の拳が俺の体から抜ける。


「どうよ、分かってもらえたか?」


「わ、分かったって、何をだよ。も、もしかして、『南斗』の男なのか、お前?


「アホか、そうじゃなくてだな、幽霊だから物体をすり抜けるんだよ、ほらもう一回」

 

 再び男は手を伸ばすと、今度は俺の左肩へ持っていった。そして、その手はすり抜けて後ろへ抜けていく。俺は驚いて言葉が出なかった。


「ふ~、やっと分かってくれたか。それでだね?」


 目の前の幽霊が一つ溜息をつき、何かを言おうとするのを遮り、俺は急いで布団の中へ潜り込み姿を隠した。


「マジかよ! 何で幽霊がいるんだ、意味分かんねえ!」


 パニックになった俺は布団の中で目を閉じて幽霊がいなくなるのを願った。


「何だよ、今度はビビったのか。大丈夫だよ、何もしないって」


 やつの声が俺の耳元で聞こえる。布団を通り抜けて話しているようだ。


「うわ! やめてくれ、取り憑かないでくれ!」


「そんなことしないよ。憑くなら、カワイイ女の子にするし」


「お願いします、どうか出て行ってください。俺はあなたに何もできません」

  

「それじゃあ、困るんだ。話ぐらい聞いてくれよ」


「南無阿弥陀仏、何妙法蓮華経、臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」


「おいおい、色々知っているな。でも、そんなの効かないぞ」


「母ちゃん助けてくれ~!」


「ああ、もう! 香月優香の話がしたいんだよ!」


「そんな人知らねえよ!」


 俺は怒鳴って返事をした。…が、ん? 今、こうづきゆうかさんって言ったか、この幽霊。 

「やっと静かになったか。今まで、あんたが悩んでいた優花の話がしたい。それに、僕のことを知らないと言っていたが、よく見てみてくれ。知っているはずだぞ」


 俺は、恐る恐る、顔だけ出すとその男を見た。


「あ~、もしかしてお前!」


「うん、うん、やっと分かったか」


 俺は、勢いよく布団から出ると立ち上がり、まじまじとその男を見た。


「香月さんの彼氏か!」


「正解! まあ、入院前の時より、髪も短いし分からなかったか。抗がん剤治療で全部抜けて少し伸びてきたところで死んだからな。それに、体重もかなり減って激やせしてしまったし、分からないのも無理がないか」


 

「何で俺の前に?」


「それを言いたかったのにあんた騒ぐから。まあ、いいや。ここ数日、彼女を見てて心配していたよな? それで、さっきファミレスであの子の気持ちを楽にさせてやりたいとも言っていたな?」


「へ? 何で知っているんだ?」


「彼女の後を付いていた時にさ、ジーッとこちらを見ていたあんたを見つけてな、不審に思って今まで付いていたんだよ。そうしたら、ほら、立花さんとあんな話をしていたからさ」


「え? じゃあ、今までずっと俺を見ていたの?」


「うん、バッチリとな。あ、恥ずかしがることはないよ。僕としたら、凄くありがたいことなんだ。あんたいい奴だよな、学校で困っているやつがいたら解決してやるし、駅のトイレでカツアゲくらっている知らない男子生徒を見たら体を張って助けてやるし、電車でも年寄りが立っていたら席を譲ってやるし、男気あるよ本当」

 

「あの、褒めてくれるのはうれしいが、ずっと付いていたというのはぞっとしないな。だって、トイレや風呂の時とかも見ていたんだろ?」


「さすがに、それは無いから安心してくれ、誰が好き好んで男の裸なんか見るかいな。プライベートな部分は見てないよ」


 それはこっちのセリフだ、幽霊とは言え、同性に俺の自由奔放なキングコブラを見られるのは良い気分では無い。


「…で? 香月さんの話ってなんだよ」


 俺はベッドの上に腰掛けて、いぶかしげに男を見た。いくら香月さんの話とは言え、幽霊の話を聞くのは気分が良いものではない。ところが、その内容は健全な体である俺にとって想像だに出来ない内容だった。いきなり医者から残り三ヶ月の命と宣告されたこいつと家族、そして香月さんの気持ちを考えると胸が痛くなる。

 香月さんは毎日欠かさずにこの男の見舞いに来ていたそうだ。いつも笑顔を絶やさず病室に来て、心の支えになり、元気づけるために色々なことを話してくれたらしい。

 彼氏が入院した時期、たまに見かけた電車内の彼女は、自分の淋しさや悲しみの気持ちを自ら押さえ込み、もうすぐ消えてしまうかもしれない彼氏を、どうしたら癒やしてあげられるのか必死で考えていたのだろう。日に日に痩せ衰えていく彼氏を見て、それでも一縷の望みを捨てずに」


「ん? あんた泣いているのか?」


「香月さんの健気な姿を考えると、かわいそうでな。拓磨くんの前では泣かないか。強い人なんだな、香月さんは」


「ああ」


「そんな深い悲しみの底で何とか踏ん張っているのが、現在の彼女と言うことなんだな。なるほど、話は分かったよ」


「それでな、少しでもいいから、いつもの笑顔が出せるように気持ちを楽にしてやりたいんだ。それを協力してほしい」


「えっと、早乙女拓磨だっけ? その話さ、今、俺の前に現れたように、彼女の前にも現れて、拓磨が話をしてやるのが一番じゃないのか?」


「それじゃ、駄目だ」


 拓磨が首を振った。


「彼女の中で僕は完全に死んでいる。今更、僕が出てきたら混乱するだろうし、折角立っているのに再び折れかねない」


「ああ、なるほどな。じゃあ、泉が言ったように、時間が解決してくれるのを待つしかないのじゃないか?」


「まあ、それも一理ある。だけどな、仮に三年経ったとして、その時ようやく傷が癒えたとする。しかし、心の奥底では僕の死が深く刻まれていて、異性を好きになるのが怖くなっていたらどうする? そうなっていれば、僕のせいで、この先ずっと恋愛ができないってことになるんだぞ」


「それは、考え過ぎじゃあないのか? お前のことでしばらく恋愛はできなくなるだろうけど、一生と言うのはちょっとなあ」

 


「その、『しばらく』って言うのも不味いんだ。立ち直るのは、早ければ早いほどいい。だってそうだろう? 今、この瞬間でもあの子はギリギリのところで踏ん張っているんだぞ? 全て僕のせいで!」


 早乙女拓磨は必死な表情で俺を見た。幽霊になってもこいつは香月さんが好きなんだ。だから、心配で仕方ないのだろうな。


「だから、周りの環境から少しずつでも癒やしてやりたい、そう思っているんだ。だから日向雅人、真剣に彼女のことを考えてくれているアンタの力を貸してほしい。たのむ!」


 拓磨はペコリと頭を下げた。そして、そのまま動かない。しばらく沈黙が続いた。

 こいつの気持ちは痛いほど分かる。俺がその立場にいたとしたならば、誰かにその悩みを解決して欲しいと思うだろうな。俺は人に頼まれると断れない性格なんだ。特にこんな浪花節を聞かされたら答えは決まっている。


「ふぅ~、分かったよ、手伝う。お前が今まで俺を見ていた通り、俺も香月さんが心から笑う姿を見たいしな」


 その言葉を聞いて、拓磨がゆっくりと頭を上げて俺を見た。


「マジで、本当に?」


 その言葉で俺が大きく頷くと、拓磨は安堵の表情を浮かべて床にへたり込んだ。


「やっと見つかった! 良かった~」


「やっとって、随分探してたのか?」


「そりゃあ、もう。学校の奴らから、地元の人間まで、優花に関わっている人間は全て見てきたよ。皆、彼女に同情的だったんだ。だが、日向みたいに彼女を何とかしてやりたいって人が出てこなくてね」


「雅人でいいよ。そうだろうな、彼女に近い人間はどうしていいか分からないと思うし、そっとしておこうと言う考えも間違いじゃない。とにかく、約束した以上全力で協力するから安心しろよ」


「見つかって良かったわね」


 俺が任せろと胸を叩いた直後、頭上から声が聞こえた。驚いて顔を上げると、女性が天井から顔を出している。思わず驚いて声を上げ、ベッドの上で後ずさりした。


「おいおい、気持ち悪いから天井から顔だけ出すなよ。紹介するから降りてこいよ」


 拓磨に言われて頷くと、その奇妙な女性は、スルリと天井から降りてきて俺の前に現れた。なんかこの人、宙に浮いてないか?


「驚かせてすまん、こいつは済杖乙那と言って、死神なんだ。何でもこの地域を担当しているらしい」


「ちょっと、お迎え者と言ったでしょ。私は死んでしまった亡者をあの世に送る仕事をしているのよ、この拓磨も本当はあの世に行くはずだったんだけど、彼女のために条件付きでこの世に残っているの」

 

 いきなり理解に苦しむことを言われた。俺は頭上に?マークを数個並べて彼女を見た。


「あらまあ、混乱しているわねこの子」


「そりゃあ、そうか。幽霊が見えるようになっただけでもパニックもんだしな。なあ雅人、少しずつでいいから現実を理解してくれよな。これからもっと色々あると思うし」


「お、おう。頑張ってみる…」


「さて、協力者も見つかったことだし、私からの依頼もお願いするわね」


「そうだな、そろそろ始めるとするか」


「ん? 何だよ、拓磨。お前、香月さん以外のことも何かするのか?」


「さっき乙那が言っていただろう? 俺は条件付きでこの世にいさせてもらっているんだ。条件と言っても大したことはないのだがな。ようは、この世に彷徨っている幽霊を説得してあの世に送る手伝いをするんだよ」


「そ、そうなのか。こりゃあ、また難儀そうな仕事だな。まあ頑張ってくれよ、うん」


 俺は未だ理解に苦しむ状況の中、拓磨を激励した。


「何言っているんだ、お前もやるんだぞ?」


 それを聞いて目の前が暗くなった。

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