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うーん、何があったの?

二日後、僕の体は棺の中に入れられて、葬儀場へと運ばれて行った。僕もすることが無いので棺の上に座って一緒に運んでもらう。

 午後二時には葬儀場に到着し、その後に続いて、両親と妹が爆音を響かせた親父の車で到着した。父親は、葬儀屋と細かい葬儀の段取りを話し合っている。その間、応援に来ている葬儀屋のスタッフさん達が、花や葬儀の飾り付けをテキパキと進めている。通夜開始まで順調に進んでいると思いきや、問題が一つ生じたらしい。


「もしもし、ニコニコ葬儀社の滝川ですが。今日通夜を営まれる、早乙女様の件なのですが、お願いしております、和尚様がまだご到着されていないのですよ」


 何とも危険な匂いを感じる。坊さんのいない葬儀とかあり得ないでしょ。坊さんというと年齢の高い老齢な人を思い浮かべるよな。あまり注視してはいないけど、ベンツとかビーエムとかの高級車を走らせているイメージ。父親が心配そうな顔で葬儀屋さんと話し合っている。


 そんな時、遠くから爆音が聞こえてきた、これはバイクの音だ。すると、バイク好きの父親がピクリと反応する。ハーレーサウンドと言っていたからハーレーというバイクなのだろう。その音は段々と近づいてきて、遂には葬儀場の駐車場内にまで入ってきた。当然ながら、敷地内の人々はそのバイクに注目している。葬儀に爆音を響かせて入ってくるとは、いささか常識を疑う。

 そのバイクは空いている駐車スペースに止めると、乗っていた人間は迷うこと無くこちらに歩いてくる。ああ、葬儀屋さんの電話はこのためのフラグだったのね。


 父親達がいるところまで歩いてくると、そのバイカーはフルフェイスのヘルメットを脱いだ。その瞬間、周りの空気は凍りつく。背中にでかいリュックを背負い。上下真っ黒の出で立ちで、ライダーズの革ジャンに革パンツ、髪型はボウズ。両耳と下唇左側に銀のピアスが光っている。両手の指には、キラキラと光ったスカルリングをはじめ、様々な指輪がはめられている。どう見たってまともじゃない。


「どうも、全日本仏教会から派遣されてきた堂島っス。今日はよろしく」


 頭をちょこんと下げ、親父達に挨拶をした。


「あ、あんたが息子の葬儀を?」


 父親は僅かに肩をふるわせている。僕も、こんなファンキーなお坊さんを見るのは初めて。


「あー、本当は親父が来るはずだったんスけどね、体の具合が悪くなったんで急遽俺が来たんス。心配しなくても大丈夫ッスよ、ボウズの資格は持っているんで問題ないッスから。


 そういう問題じゃねえ、あんたが問題なの。


 父親が引きつった顔のまま、葬儀屋さんの袖を引っ張り少し離れたところでヒソヒソと話をしている。


「ちょっと、いくらなんでもあの人はやばいだろう葬儀屋さん」


「いや~、私も面食らってますよ。しかし、今からチェンジするには時間がありません。今日のところは、あの若い方にお願いして、明日の告別式は他の方にする方向でいきませんか?」


 何やかんやと二人がやりとりをしている。それにしても、あの人がお坊さんか、時代が変わってきたのかね~。僕は振り返りファンキーなお坊さんを見た。ガムを噛みながらクチャクチャと口を動かして辺りを見回している。


 その時だった、ほんの一瞬だが、目が合ったような気がした。


 もしや、僕の姿が見えるのかと思い、興味をもって近づいてその坊さんの顔を見続けたが、全く反応なし。どうやら見間違いだったようだ。


 結局、今回はこのお坊さんにお願いしようということとなり、彼を控え室へと案内した。控え室に入ると、指輪やピアスを外し、無造作に机の上にジャラリと置くとリュックから衣装を取り出し着替えを始めた。するとどうだろう、着替え終えたお坊さんは、どう見ても立派なお坊さんに変身。人は見かけで判断できないね。


 お坊さんは両親の前に姿を現すと、一礼して僕に対してのお悔やみの言葉を伝え。今後の葬儀について話始めた。


「お亡くなりになった息子さんの法名を決めないといけないッスね。法名は必要ないって言う人もいますけど、どうします?」


 父親と母親が話し合い、法名をいただくことにした。すると、ファンキーなお坊さんはペンと紙を取り出して、生前の僕のことを聞き始めた。


「なるほど、中学時代はサッカーをね、ならば蹴地しゅうじなんかどうです?」


 ええ? なんかかっこ悪いな、他のにしてくれないかな。そう思っていると両親も気に入らないらしく他の名を頼んだ。


「じゃ、高校生活でバンドを組んでいたと言うことで。僕の尊敬するエイちゃんの名をもらって英司なんてどうスか?」


「なに? お坊さん谷沢英司のファンなの? 俺もさ、大ファンなのよ!」


 父親の目が輝き始める。


「マジッスか! お父さんいい趣味してるッスね」


「それじゃ、エイちゃんの『成り上がり』は?」


「もち、読破ッス。経典以上のバイブルッスよ!」


 ファンキーなお坊さんが片目を瞑って左手の親指を立てた。そこで二人は谷沢英司の話になり意気投合。結局僕の法名は『釋英司』というありがたい名に決まった。いいのかそれ?


 夕刻六時。僕の通夜が始まった。心配していたお坊さんは、意外と良い声でお経を上げている。葬儀の参加者はお坊さんの後ろ姿しか見えないので、これならば、心配はいらないだろう。

 どれくらいの人数が来るのかと思っていたが、最初から人がドッと訪れ、地元の同級生や先輩、後輩達。そして通っていた高校の生徒や先生そして、町内のおじさん、おばさん達など、大勢の人達が来てくれていた。


 そして、途中御焼香の時間になった。三人ずつが横に並んで御焼香を上げ、前にいる両親や親戚がいる席へ一礼していく。その中には、勿論彼女も来てくれている。高校のクラスの連中と一緒に来てくれていた。女子が彼女の心中を察してか、励ましの声を掛けている。しかし、彼女は、背を伸ばし気丈に振る舞っていた。


 意外だったな。てっきり葬儀の中ではグスグスと涙を流すものだろうと予想していたんだが、泣いているのは他の女の子達や、特に仲の良かった男ども達だった。よほど僕のことを気にしていてくれているんだな、もう死んでいるんだから気にしなくていいのに。


 やがて、来訪者の人数を見て、葬儀屋さんがお坊さんの元へ行き、何か声を掛けた。すると、お坊さんの様子が少し変わってきた。詠んでいるお経の声が熱を帯びテンポが速くなっていった。木魚を叩いているテンポも十六ビートに変わり、ロックなお経に変化している。それにつられてか、御焼香をしている来訪者のテンポも速くなり、遂には、お経を上げている時間内に御焼香が終わった。なるほど、時間内に葬儀が終わるように細工したのね。


 結局、今日の通夜は時間通り進んで終わった。葬儀に来てくれた人たちは精進落しの部屋で料理を食べている。両親と妹が、来てくれた人達、一人一人に挨拶をして頭を下げている。

 あっという間の葬儀だった。自分の葬儀をこうして眺めるというのは実に不思議な感覚だ。明日の告別式もこんな感じで終わるのだろう、そうであるならば、わざわざ明日を待ってあの世へ行くこともない、今、あの残念な死神を呼んで連れていってもらうかな。などと考えたが、せっかく来てくれた人たちに対して、申し訳ない気持ちはあるので、このままここで一泊することにした。


 翌日。冬の快晴らしい、すっきりとした青空がどこまでも見える。時間は午前11時、僕の告別式が開始されている。東京の葬儀というのは、通夜に殆どの人たちが訪れ、次の日の告別式には、近しい人たちのみポツリと訪れるものなのだが、昨日と同じようにたくさんの人達が見送りに来てくれていた。ちなみに、今日のお坊さんも親父の指名でファンキー堂島さんだ。


 お経が終わり、僕の抜け殻が入っている棺に花が手向けられ、蓋をされて釘を打たれる。これが、僕の姿を見る最後の時間となった。たまらずに両親と妹が声を上げて棺の側に近づいて嗚咽を漏らしている。つられてまわりの人たちも涙を流している中、ただ一人優花は涙を見せず遠い目をして棺を見つめていた。


「丁度いい時間だわね。へぇ~、随分多くの人たちがお見送りに来てくれているじゃない。あなた、中身と違って人望があったのね」


 外から様子を見ていた僕の背後から、死神の声が聞こえた。


「ああ、自分でもびっくりだよ。最後にこういう経験をさせてもらって本当にありがいたい」


 僕が入った棺は車の中に入れられる。すると自動車のホーンが長く一つ鳴り、ゆっくりと動き出した。そして、敷地内の通路を半周させると車は止まり、再び棺が降ろされる。そして、火葬炉の前にそれを運んでいく。つまり、これが最後の別れとなるのだ。親類一同が読経と共に御焼香をしている。


 ガラガラと金属音を響かせて火葬炉の扉が開かれる。火葬炉の係員が一礼して棺を中に入れる。扉をバタンと閉めると、何かのボタンを押した。すると、中から「ゴー」という音が聞こえてくる、炉に火が入った音だった、かなりの轟音が聞こえている。 


 両親と妹は放心状態で炉を見つめていた。完全に骨になるのにしばらく時間がかかるので、二階に行くように、と葬儀屋さんが親類一同に声を掛け、父親の兄貴夫婦が、そっと何かをつぶやいて三人を二階へを付き添って行った。


 火葬炉のフロアは人気が無くなり、残っているのは僕一人になってしまった。僕は自分が燃えている炉の前に立った。すると、そこで色々な出来事が思い出されてくる、まさしく走馬灯のごとくである。


「…これで終わりか。終わってみるとアッサリとしたもんだよな」


「人の死なんてそんなものよ。そうやって、人類は人の死を受け入れいていったということよね~。じゃあ、そろそろ出発するわよ」

 

 あくまでも、事務的に死に神が髪をいじくりながら話す。


「そういえば、乙那さあ。あっちの世界ってどんな感じなの?」


「え~と、乙那じゃなくて、乙那さんね。肉体が無いだけで大して変わりはないわよ」


 苦笑いを浮かべながら乙那が答えた。 


「ふーん。まあ、いいか」


「じゃあ、行くわよ?」


「ああ、やってくれ」


 すると、乙那が指をパチンと鳴らす。すると、僕の体全体に白い光が包み込む。何だがとても心地良い感じがする。上を見ると、白い光がゆっくりと葬儀場の天井を抜けて空へ登っていく。僕は目を瞑ってその心地良さを感じていた。今まで感じていた寂しいと言う感じは無くなり、まっさらな気持ちに変わっていく。


 しんと静まり返った場内。いよいよこの世とお別れだ。


 だが、そこで一つの足音が響いた。それはどんどん僕の方へ近づいてくる。やがて僕のすぐ後ろで止まった。振り返ると優花が立っていた。少し睨むように炉を見る彼女。体全体が震えている。


 そんな様子を見ても、気持ちの変化は無く、心地良いままだ。僕は優しく優花に微笑むと、彼女の体をすり抜けて三歩ほど進んだ。光はどんどん空へ昇っていき、それと同時に僕の体はどんどん透けていく。


 …お別れだ、そう思った時だった。


 

「…くん、…タクくん、拓君!」


 後ろを振り返ると、優花が泣きながら膝を落としていた、顔を両手の手のひらで隠し泣き崩れている。ただ、僕の名を繰り返して呼んでいるだけ。それだけなのだが、彼女が何を言っているのか僕の中に言葉が入ってくる。


 もっと、一緒に笑いたかった


 もっと、一緒に喧嘩をして、あなたの困った顔を見たかった。 


もっと、一緒に寄り添いたかった。


 もっと、もっと、もっと!



 ……ずーとあなたと一緒にいたかった……



「ちょ~っとまったぁぁぁぁぁ!」


 僕は目を見開いて声を上げた。すると、それまで僕を包み込んでいた光がピタリと止まり元の霊体へと戻っていた。


「な、何よ急に! あの世への道が閉じちゃったじゃないの!」


「やめた」


「はあ?」


「今、あの世に行くのをやめる」


「んな! 何言っているのよ、あなたは。そんな非常識なことが通用するわけないでしょう!人は死んだ後、必ずあの世へ行くが決まっているのよ?」


「行かないとは言っていないだろう。今は、行けないと言ったんだよ」


「へ? どういうこと?」


「彼女をこのままにはできない。優香が心の底から笑えるようになるまで、僕はこの世にいる」


 そう言った僕を見て、乙那は首を振った。


「あなたの気持ちは分かるけど。彼女みたいな人は世界中に沢山いるのよ? 彼氏彼女が亡くなった。夫、妻が亡くなった。兄弟が亡くなった。そんなことをあげたらきりが無いのよ。人はそうやって死というものを受け入れるしかないのよ」


「だめだ。乙那がいくら言おうと、彼女が笑わない限り僕はあっちへはいかん」


「…乙那さんね。わがままもいい加減にしてね、じゃないと強制的に連れて行くわよ」


 乙那が怖い顔をする、まったく怖くないけど。


「やれるのならどうぞ」


「へ?」


「強制的にやるのならば、どうぞって言ったんだよ」


 すると、乙那の右眉がピクピクと痙攣している。思っていた通りだ。などと考えていると、優花と仲の良いクラスメイトの女子が数人、彼女名を呼びながら近寄ってきた。彼女達も涙を流しながら優香の肩に手を置くと、そっと優花を立たせて火葬炉のフロアから出て行った。


「いやね、昨日あんたが居ないときに町を歩いていたら、偶然にも他の『お迎え者』に出会っちまってさ、聞いたんだよねー。本人の意思が無ければあの世に連れて行けないとってことをさ。だから、ほれ、やれるのならどうぞ?」


 今度は左の眉もピクピクと痙攣している、本当この人分かりやすい。

 

「誰がそんな一級極秘事項をしゃべったのよ! 名前を教えなさいよ!」


 もの凄い形相で乙那が僕を睨む、まるで般若のようだ。


「あんただよ」


「あん?」


「だからほれ、たった今、一級極秘事項って言ったじゃん。そうかあ、思った通りだったわ、ありがとさん」


 僕がカマを掛けて話したことを、理解できない目の前の残念な彼女は、しばらくの間眉をひそめて考え込んでいる。いや~、この人のCPU、10キロバイト以下じゃねえ? チョロすぎるわ。


「ちょっとお、カマ掛けて私を騙したわね!」


 数分後にようやく気がついた残念な彼女は目を見開いて叫んだ。


「おかしいと思ったんだよ。街を歩いているときに、随分と霊体を見かけてさ。この人達なんであの世へ行かないのだろうって思ってね。もしかしたら、行きたくても行けない事情、つまり、この世に未練がある者は、いくら『お迎え者』でもあの世へ送れないのではないかと、そう思ってさ、それでカマを掛けてみたわけだ~、ハハハハ」

 

「くっ! あんたの言うとおりよ。少しでもこの世の未練がある亡者はあの世に送ることができない。だから、私たち『お迎え者』がいるの。特に何か理由も無い、死んだばかりの亡者を連れて行くのは片手間で、本当の仕事は、恨みや悲しみを強く残した亡者、そんなこの世に未練を残した彼らを説得し連れて行くのが本当の仕事なの」


「ほぉ~、なるほどね。それは厄介な仕事だね」


「私がボケかましたことを上司が知ったらとんでもない叱責を受けるわ。……ああ、どうしよう。このままでは首になるどころか、存在自体抹消されてしまうわ。ねえ、今からでも遅くはないわ、お願いだから成仏して!」


 乙那が必死な形相で僕の両肩を掴む。


「うおっ、必死だな乙那。だがそれはできん、目的を達成するまで僕はあの世には行かん」


「…乙那じゃなくて、乙那さんね。そんなことを言わずにどうか、どうかお願いします拓磨さん」


 遂に泣き出した乙那は、膝を地面につけて僕の足へ絡みついた。なんか、さすがに可哀想になってきた。


「分かった、分かった。それでは、僕が一つ良い提案をしてやろう」


「え? なに? 成仏してくれるの?」


「いいから、話を聞けって! さっきだな、あんたはあの世へ行けない亡者を成仏させて連れて行くのが仕事と言ったよな? その仕事、僕が手伝ってやる。その代わり、あんたは、僕の望み、つまり、優香を心から笑わせることを手伝ってくれ」


「へ?」


 再び彼女のCPUが止まる。


「まあ、よく聞け。聞いた話だと、あんたの仕事は随分とブラックだな。この世で言う所の、国営放送の下請けで料金を徴収する仕事ぐらいブラックだ。だが、その分、成功すると入ってくる物は大きいと見た、違うか?」


「ええ、まあ、成功すると収入はガツンと上がるわね。でも、そんなこと、年に一度あるかないかの頻度よ」


 可哀想に、仕事の能力も残念だったか。

      

「そこでだ。僕が手伝うことで年十回成功したとする、するとどうなる?」


「年十回! エラいことになるわ、下手したら私が課長になってしまうかも!」


「そうだ、課長だよ。 ヨッ! 乙那課長!」


「何だか、凄く魅力的な話に思えてきたわ。でも、こんなの、ばれたらただじゃすまないけど」


「女だったら、ここで勝負に出ないでどうするんだよ? 今こそ、出世するチャンスだぞ、どーんと行けって、乙那」


「……乙那じゃなくて、乙那さんね。年上にはさんを付けてね。分かったわ、この話乗ろうじゃ無いの! でも、わたしも忙しいし、あまり手伝えないけど」


「ならば、この世で僕の協力者を探す。何人になるかは分からんが、そいつらと一緒に目的を達成させるよ」


「この世の人間って、簡単には行かないわよ? ただでさえ、死んだ幽霊の話なんかまともに聞いてくれないわ。怖がって逃げ出すのがオチよ」


「まあ、そこは慎重に行くさ。彼女にばれないようにしないといけないからな」


「思ったんだけども、今、あなたが彼女の前に姿を現して、説得する方が早くない? 何もそんな回りくどいことしなくても良いと思うけれど」


「それじゃ、駄目なんだ。僕の影響をゼロにして、優花には笑って欲しいんだ。そうしなければ、彼女の中にある、僕と言う名の鎖は外れないと思う」


「残念な頭の拓磨さんの割には、かっこいい台詞を吐くのね。分かったわ、そういうことならば結託しましょう。何かあったら私を呼んでちょうだい、すぐに飛んで来るわ」


 そう言って、ガッツポーズをしながら乙那は消えた。


 さて、これからどうすっか? この世の人間って言っても、信用できる人間を探すのが大変だ。簡単にクラスメイトの誰かって訳には行かないし、近い人間だと、僕という存在が彼女にばれてしまう可能性があるからな。そこは、慎重に選ぼう。

 それにしても、どうやって協力者に見えない僕を見せるか問題だったのだが、あの死神、ポロッと秘密を暴露したな、いや、本当扱いやすくて助かるわ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・


「もうさ、何を言っていいのか分からないよ」


「だよね、実際私が同じ状況になったら立ち直れないと思う」


「昨日だって、授業中にいきなり机に伏せて泣いちゃったし」


「びっくりだよね。先生なんか、何で泣いているのか分かっていないから、不思議そうな顔してたし」


「あんたさあ、うちのクラスの中じゃ一番仲良しなんだから、なんかしてあげられないの?」


「これ以上は無理だよ。なんかさあ、今の状態じゃ、誰が、どんなに優しい言葉を掛けても駄目だと思う」


・・・・・・・・・・・・・・・


  葬儀が終わり、翌日の朝。仲の良いクラスの友人に支えられるように優花は学校に来た。彼女の目は赤く腫れ上がっていて、誰が見ても優香の心うちは容易に読めた。

 そして、三時限目が終わる頃、体調を悪くして早退し、それから三日間学校には来ていない。


「参ったな。みんなして腫れ物に触るように接していて、一定の距離を置いてやがるわ」


 香月優香の彼氏が死んだことは、すでに学校内で広まっていた。秀光学園の両翼とうたわれ、美少女として有名な彼女は、今回のことで更に注目され、周りにいる生徒達の様々な意見を僕は目にした。まあ、世間で言う『悲劇のヒロイン』的なやつがほとんどで、大方は同情の目を向けているのだが、中には彼女を密かに思っている輩がいて、次の彼氏を狙おうと考えている連中も見かけた。そんな不逞な輩に天誅を、とばかりに拳を振ってやるのだが、無情にも僕の拳は相手をすり抜けてしまうだけである。


 協力者を探しに学校に来て歩き回ったが、これぞ、と言う人は見つからなかった。校内では有名人とはいえ、彼女は普通の高校生。話が出るだけでもましで、全く話題にも上らないクラスだってある。当然と言えば当然だ、興味が無いやつらだっているわな。

 全くの収穫なしで意気消沈した僕は、屋上に上がり、他の生徒に混じり座り込んでいた。昼休みと言うこともあり、弁当持参で食べている生徒がちらほら見える。


「どう? 上手くいってる?」


 突然、頭上から知っている声が聞こえ、僕は顔を上げた。いつもの黒い巫女装束を着た『お迎え者』の済杖 乙那が宙に浮いて僕を見下ろしていた。


「みんな同情はするけどね、それ以上優香に寄り添う人間はいないな」


「それが普通よ。いくらクラスメイトが亡くなったからって、彼氏を失い、悲しんでいる彼女を本気で心配する人なんかいないわよ」


 乙那がゆっくりと降りてきて、屋上の床に足を付ける。


「ドライな意見だな乙那」


「……乙那さんね。結局、『時が経てば忘れる』じゃないけど、立ち直るには自分で何とかしないとね。ねえ、やっぱり彼女のことは諦めてあの世に行かない? どだい無理な話なのよ亡者が生者を助けるなんて」


「いや、そうはいかない。彼女が本当に心から笑ってくれるまでは駄目」


「頑固ねえ。そう言えば彼女は何してんのよ?」


 乙那がキョロキョロと辺りを見渡した。


「三日間、学校を休んでいるよ」


「あらまあ、相当重傷だわね。彼女の家には行ってあげているの?」


「行っていないよ。側に居たって、何かできるわけでもないしな」


「そこよ! 人の目では見えないあなたは、どうやって彼女を救うわけ?」

 その言葉を聞いて、僕は固まった。葬儀場で言った自分の言葉を、乙那は完全に忘れている。まあ、あの時は確かに僕のせいでパニクっていたけど。三歩歩いて忘れるニワトリかお前は。


「ちょっと、なに、固まって変態を見る目で私を見るのよ?」


 乙那が口を尖らせた。


「いや、だって、お前が言ったんだぞ? 彼女の前に出て説得した方が早いって。と言うことは、お前の力でそれが可能ってことだろうがよ」


「何言っているのよ! 私がそんな超一級秘匿事項を言うわけないじゃない!」


 焦った乙那は急に立ち上がり。手をばたつかせながら怒鳴った。


「あ~あ。また自分の口から言ってらあ」


「へ? ああっ! 」


 自分の愚かさに気がついたニワトリの乙那さん、両手両膝を屋上の床に付けて僕にお辞儀をして数秒間死んだふり。


「ねえ、拓磨さん」


「あん?」


「この事は、どうかご内密に…」


 乙那は床に突っ伏したまま、蚊の鳴くような声で僕にお願いをした。


「この事がばれたら、私の存在自体を抹消されてしまうのよ」


「またそれか? どんだけブラックな仕事なんだよ。心配しなくても誰にも言わないよ、結局お前の力が必要だからな」


「ううっ、ありがとう。でも、その力って限界があるのよ」


「そうなのか?」


「よく考えてみて。どっかのアホがその力を連発したら、死者と生者の区別がつかなくて大変でしょ?」


「確かに、ゾッとするわな。じゃあ、何回使えるんだ?」


 乙那が指を三本こちらに向けた。


「三〇回か、結構多いな」


「んなわけあるかい! 普通は三回と見るだろう、三回とぉ!」


 乙那が必死の形相で僕を睨む。


「冗談だよ。お前をからかうと面白いから言ってみただけだよ」


「も、亡者の分際で、わ、私をからかうとか何様なのあんたは!」


「いや、拓磨様だけど」


「た、たくまさま? ムキー!」


 顔を真っ赤にして怒ってら。


「わかった、わかった。ごめん、やり過ぎたよ」


「亡者に馬鹿にされるなんて。千年以上この仕事をしてきて初めてだわ」


 乙那が懐から手ぬぐいを取り出し、涙を拭っている。


「悪かったよ、乙那。それより、今日は僕を相手にしているなんて仕事の方は暇なのか?」


「…乙那さんね、いい加減覚えてね。そうだったわね、新しい亡者の所に行かないと。じゃあ、何かあったら呼んでね」


「ああ、そんときは頼むよ」


 僕が乙那に向かって手を上げると、うなずいた乙那が二メートルほど宙に浮くと、一瞬だけ白く光り消えて行った。


「さてと、今日は帰るか」


 僕は生徒達が残っている屋上を後にした。 



翌日の早朝、僕は生きていた頃に通学に使っていた電車にいつもの時間通りに乗った。電車の中は、いつもの様子で、通勤通学の人々でごった返している。この時間の電車に乗り二つ目の駅で優香が乗ってくる。昨日までの三日間、僕はいつもの通り乗っていたのだが、彼女は乗ってきていない。


「さすがに、今日も学校に来なかったら様子を見に言った方がいいかなあ」


 などと、誰にも聞こえないひとり言を話していると、電車は彼女が乗ってくる駅に到着した。この駅は、沢山の企業があるらしく、サラリーマンやOLのお姉さん方が一斉に降りてきて、人で一杯になっていた車内がスッキリと空くのだ。いつもだったら、僕が車内にいることを確認し優香がうれしそうな笑顔で僕に小さく手を振りながら乗ってきたものだったのだが、今日はどうだろうか?

 

 来た! 当たり前だが、いつもの制服姿で革製の学生鞄を手にぶら下げて彼女は乗ってきた。

良かった、と口に出し、思わず笑顔に僕はなったのだが……。

 気のせいか元気というか、覇気が感じられない。そりゃあ、一人で乗っているのだから、表情が普通なのは当たり前なんだけど、何か違う感じがする。


 ……ん、 何だあいつ?


 

そんなことを思っていたら、人の視線を感じて、僕は一つ奥の扉付近を見た。そこには、学ランを着た男子生徒が扉の端に寄りかかり睨むように優香を見ている。背は僕と同じくらいで百八十センチ前後。黒髪を肩まで伸ばしたドレットヘア。体はガッチリ系の見た瞬間ヤンキーだとわかる風貌。

 だが、この男。たまーに、ちょくちょく見かける男である。そういえばいたよねこの人。やがて、その男は目線を外すと腕を組んで首を外に向けた。ちょっと不審に思いながらも、何かしてくるわけでもないので、まあ、いいか。


 学校がある駅に到着して、僕は彼女の横に並んで学校まで一緒に歩いた。


「様子が変だよね、何かあった?」


 優香に問いかけるも、当然ながら彼女には聞こえない。どうも、彼女の表情がいつもと違う。何というか、焦っているようなそんな表情だ。歩くペースもいつもより速いし、姿勢も妙にピシッとしている。不思議に思いながらも、そのまま学校に到着。下駄箱で上履きに履き替えて、校舎の二階に上がる。僕がいたクラスは階段を上がりきった右奥の二年六組である。去年同様、優香とは同じクラスだったのだ。

 そのまま教室に入り、誰に挨拶をするでも無く席に着いた。僕はそのまま、彼女の側に立った。そして、チラリと自分がいた席を見る。沢山の綺麗で鮮やかな花束が、机の上に飾られている。

 それまで仲良く友人達と話してザワついていた教室内が、彼女が入ってきたことでピタリと止まる。そんな状況でも動じること無く、鞄からカバーに包まれた文庫本を取り出して読み始めた。その様子を見て、仲の良かった女子達の一人が一番仲の良かった山崎凜の脇を小突き、彼女の元へ行くように顎で促す。小さく頷いた山崎は小走りで優花に近づいた。


「ゆうかぁ、大丈夫?」


 少し緊張した笑顔で、山崎が優香を見る。


「うん、大丈夫。心配掛けてごめん」


 視線を本に向けたまま、早口で答えた。


「そう、良かった。しばらく休んでいたからさあ、心配したよ」


「そう、でも大丈夫だから」


「…えっと、何かあった? いつもの、あんたらしくないけど」


「別に。何にもないよ」


 未だに視線は本に向けたままで、未だに早口で返答。


「いや、いや。何にもあるだろう、様子が変わり過ぎだよ」


 僕が思わず声を掛ける。当たり前だが、聞こえていない。


「そ、そう。まあ、良かったよ元気なら」


 山崎が引きつった笑顔をしたまま、元の場所に戻った。みんながすっかり変わった優香を見て小さくザワつきはじめた。いつもなら、人懐っこい笑顔を向けて元気に話をするのに、この変わりようなのだからザワつくのも仕方がない。


 そんな不穏な空気の中、チャイムが鳴り出した。廊下から担任の鈴木(男)が教室に入りホームルームが始まった。


「えーと、今日はみんなに話しておくことがある。香月、ちょっと前に来てくれ」


 担任に呼ばれ、優香は無言で立ち上がると早足でみんなの前に立った。


「突然なんだけど、今日から香月は特進クラスに移ることになった。今は三学期だし、移るのなら三年のクラス替えの時でもいいのでは、と言ったんだが、本人の強い希望でな。香月、みんなに挨拶してくれ」


 みんなが、大きくザワついた。特進コースとは、学年で優秀な成績をおさめている生徒が、大学進学を目指して勉強するクラスのことである。学年で、中間、期末、と各テストの成績が二十番以内に入っている者達を、文系、理系と希望のコースに分け、文系なら一組、理系なら二組に編入されている特別クラスとなっている。

 

 実は彼女、成績優秀者なのだ。僕なんかとマッタリ恋愛をしつつも、学業成績は常に五本の指に入る秀才で、以前からクラスを移らないかと学校側からオファーを受けていたのだ。だが、僕とクラスが分かれるのが嫌で断っていたのだが……。


「突然ですが、クラスを変えることになりました。みなさんには、仲良くしていただきありがとうございました」


 みんなに目を向けること無く下を向いたまま、彼女はおじぎをすると、そそくさと席へ戻った。周りはザワついたままだ。

   


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