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面接

 翌日、泉から連絡があり、履歴書を持参して夕方の5時に面接をするように言われた。授業中に連絡があったため、その場で後輩に命じて履歴書を買ってきてもらい、クラスの一番頭の良い奴を呼んで缶コーヒーを渡し履歴書を書いてもらった。学校が終わって時間的に少し余裕があるため、一旦家に戻り着替えてから向かった。店がある駅に降りると少しその辺をぶらついてみる。この町は歴史が古いく、商店街が有名で、テレビ局の散歩番組に度々使われていて放映されている。家電や惣菜店、衣食住の買い物には困らなくて、ラーメン屋や定食屋も多く、とにかく、この町にいれば買い物に不自由しない。ボーリングやビリヤード、ダーツ、カラオケなどの娯楽施設も充実しているので、学生の俺達も学校の帰りや休みの日など、皆で集まって遊びに来ている。交通の便も良く大手私鉄企業の駅が二つ存在して、それぞれ南北と東西に延び、昼間、夜間共に人の往来が多い場所だ。

スマホを見る、約束の15分前になっていた。場所はすでに確認していたから、裏路地に入り面接場所へと向かった。少し広い通りに出て左に曲がり、駅の中を抜けて国道にぶつかる。そこから左に曲がり数十メートル進んだ左側に『喫茶MAG』がある。扉は自動ドアになっていて、ドアノブのあたりに『押して下さい』の文字。俺はそこに触れてドアを開けた。


「いらっしゃいませー」


 店に入るとすぐ右側にはレジがあり、その先は一人分のスペースを空けてカウンター席が奥へと続き、左側には四人掛けのテーブル席が奥へと五つ並んでいる。入っている客は結構いて、席はカウンター、テーブル関共に満席だった。店内には店の中央あたりに女性がトレーを持ち、明るい声をだして俺を見ている。


「あの、5時から面接予定の日向といいます」


「あ、はい、こちらへどうぞ」


 話は伝わっているようだ、俺はその女性へ向かって歩を進めた。


「マスターの所へ行ってくるから、ちょっとおねがい」


 ウェイトレスの女性が、カウンター席の人に声を掛けた。その人は、洗い物でもしているようで、水の音を出しながら頷き俺を見ている。


 …息が止まった、香月さんだ…

 

 髪を後ろ手に縛り、黒のズボン、白いシャツとその上にニットの黒いベストを着た香月さんがそこにいた。彼女を見かけたのはいつ以来だったか、というか、彼女と目が合ったのはこれが初めてである。


「あのー、どうぞ?」


 口を半開きにして完全に時が止まってしまった俺に、ウェイトレスの人が不思議そうな顔をして俺にもう一度声を掛けた。


「あ、はい!」


 その声に反応し我に返ると急ぎ足で呼ばれた方へ歩き出す。だが、右手と右足が同時に動いてしまいギクシャクしてしまった。恥ずかしくなり、歩きながら思わず周りの客の反応を見る。よく見ると男ばかりだ、こいつら、香月さん目当ての客か? なんか、そのうちの数人が、『彼女を見れば皆そうなるよ』的な表情でうんうんと頷きながら優しい目で俺を見つめている。なぜか、同志ができたような暖かな気持ちになりながらウェイトレスさんの後に続いた。

 店の奥に『STAFF ROOM』の表札がぶら下げられたドアがあり、そこを開けるとすぐ右側に休憩室と書かれたドアが、さらに前方には事務所と書かれたドアがあった。事務所と書かれたドアにウェイトレスさんがノックをすると奥から返事がありドアが開けられた。入ったすぐの左側には事務用のデスクが、奥にはソファと応接用のテーブルがあり、ソファには白髪混じりの男性が座っていた。


「マスター、5時から面接の日向さんが来ましたよー」


「お、清水さんありがとう」


 マスターと言われた人は、何かの書類に目を通していたが、俺の姿を認めると、眼鏡を外しテーブルの上に置いた。清水さんが『じゃあ、お願いしまーす』と一言マスターに告げ、お辞儀をするとドアを閉め部屋を出て行った。


「どうぞ、こちらにお座りください」


 少し高い声で、優しそうに笑うと手を差し出し、反対側に座るようにうながした。俺は『よろしくお願いします』と一言いい、チョコンと頭を下げて座る。


「ここの経営者の鬼頭という者です」


 丁寧にマスターが名刺を俺に渡してくれた。『鬼頭遼平』と書いてある。


「山崎君から話は聞いていますよ、履歴書を見せていただけますか?」


 俺は頷いて、手に持っていた履歴書封筒を手渡した。マスターはそれを受け取ると再び眼鏡を手に取り履歴書を読み始めた。俺は目だけを動かし辺りを見回す、右手に木製のアンティークキャビネットがあり、大きな存在感を醸し出している。高さは俺の腰ぐらいで、扉全体が透明なガラスになっていて、その周りには彫刻が施された木製の枠がはめられている。中にはこれまた古そうなティーカップが並べられているのが見える。キャビネットの天板には何も置かれておらず厚めのニスが塗られた赤茶色が鮮やかに光っている。座っているソファといい、この部屋は店内と同じシックな作りになっている。部屋全体とても清潔感があり、ほこり一つ舞っていないのを考えるとこのマスターはとても綺麗好きなのだろう。


「ふーん、帝高の生徒さんか、私の後輩君なのだね。君で何期生なの?」


 老眼鏡なのか、マスターが眼鏡を少し下にずらし、上目遣いで俺を見た。


「えっと、50期生っす。マスター、帝高の卒業生なんですか?」


「うん、私は10期生なんだよ。そうか、もうそんなになるか。時間が経つのは早いよね」


マスターは目を細めて俺に笑いかけた。


「さて、ちょっと質問をさせてもらうよ。募集はウェイターと調理場の二つあるのだけど、どっちが希望かな?」


「えっと、調理場で。趣味で作っているんで何とかなると思っているのですけど、チャーハンとか天津丼とか油淋鶏なんかは作れるんで、まかせて下さい」


「ハハハ、うちはラーメン屋ではないからね、そういうのは提供してはいないのだよ。でもせっかく作れるのだったら、賄いでお願いしようかね。食事はパスタ類がメインで、サンドウィッチなどの軽食もやっているんだ。スウィーツ類も多くやっていて、これを楽しみに来ているお客様も結構多くてね」


「ああ、そっち系も色々作ってますよ、ほら」


 俺は、ズボンのポケットからスマホを取り出して、今までの力作を見てもらった。


「ほう、ちょっと貸してね。へー、これ全部君が作ったのかい? こりゃ、たいしたものだね」


 マスターが俺のスマホを手に取り、目を丸くして眺めている。実はうちも泉の家と同じで片親なのだ。おふくろは平日仕事に出ているため、冷蔵庫に食材はあるものの、菓子類などは何もない。決まった金額のこずかいはあるが、そんなものは半日でなくなるので買いに行くこともできずに、弟と二人ひもじい思いをしていた。そうなると冷蔵庫から食材を引っ張り出して何か作るしかないわけで、それらのレパートリーが一つ二つ増えていき、知らない間に色々と料理ができるようになったわけだ。特に甘いものが好きな泉と弟のためにスイーツ系の数は多く、生地作りから始めている。


「ティーやコーヒーの淹れ方なんかは決まりがあるけど、すぐに覚えられそうだな。君なら即戦力だし、うちで是非働いてもらいたいのだけど、その頭がね。君の髪型はファンキーで個人的には好きなのだけれど、そういった雰囲気の店舗さんならいいかもしれないが、うちには合わないんだよね。そのあたりはなんとかなるかな?」


 マスターは申し訳なさそうな顔で、自分の頭を触り俺の髪型を指摘した。まあ、そうだろう、飲食店でこんな洒落た喫茶店では似合う髪型ではない。それにしても、このマスターは本当に人がよさそうな感じだな。顔もそうだが、体全体から優しさオーラがにじみ出ているようだ。


「髪型だったら俺も変えたいところなんですけど、ちと事情があって」


「ん、どういうことだい? 」


 マスターが不思議そうな顔をしたので、俺は「鬼のタケル」こと、床屋のマスターの話をした。


「ふんふん、なるほどね。確かにそういう先輩と後輩の縛りっていうのはあるよね。えーと、雅人君は弥生町に住んでいるんだよね、ということは、床屋さんの場所ってコンビニの向かいにあるところかい?」


「あ、はい。そうです、よく知っていますね」


「私は隣町の鈴金に住んでいてね、子供の頃からいるから地元みたいなものだよ。そうだなー、ちょっと待っててね」


 そう言ってマスターがニコリと笑うと、立ち上がって部屋を出て行った。するとドア越しに話声が聞こえはじめた。マスターが誰かと電話をしているようだ。

 困ったことになった。この店でバイトをしないと、あそこにいる香月さんに近づけなくなる。そうなると、また新しい方法を考えないといけない。こうなったら仕方がない、タケルさんに殴られるのを覚悟してほかの店で髪型を変えるしかないわけだが、あの人しつこいからなー。

俺はうなだれながら置いてあるスマホを持ち上げて、タケルさんの店へ電話をしてみた。しかし、繋がらない。一度切ってリダイヤルしてみたが同じ結果だった。仕方ない、面接が終わったら直接言って殴られてくるか。

ため息をしながらスマホを置くと同時にマスターが部屋に戻って来た。すまないというように右手を挙げてソファに腰を掛ける。


「お待たせして申し訳ない。さて、先ほどの話だけどね、その床屋さんには話をしておいたからもう大丈夫だよ。ここが終わったら行ってみるといい、ほかの髪型にしてもらえるように話しておいたから」


「へ? タケルさんと知り合いだったんですか?」


「うん、まあ知り合いというか地元つながりで知っているのだよ、お願いしておいたから安心しなさい」


 マスターが温和な笑顔を見せてきた、マジで仏様のように感じる、これはありがたい。


「ありがとういございます、本当に助かりますよ」


「いやー、これぐらい、たいしたことではないよ。それで、どうかな。いつから入ってくれる? うちとしてはなるべく早くバイトに来てくれると嬉しいのだけどね」


「えっと、明日は学校が休みなので、明日から入れます」


「そうか、それは助かるなー。開店は9時からだけど、コーヒーを淹れたり、ドリンクの準備、清掃などを行うから8時前に来てくれる? それと、うちはシフト制だから、明日にでも希望のシフトを提出してくれるかな?」


「分かりました、では明日からよろしくおねがいします!」


 俺は立ち上がり、マスターに一礼をすると部屋を出た。よし、これで作戦の第一段階は突破したわけだ。後は香月さんに近づくだけだが、そこからどうするかは未定となっている。これは、泉との連携と情報の共有が必要になると思う。香月さんの興味あること、苦手な事柄など共通の話題を振っていけば話もしやすくなり、少しは打ち解けてくれるはずだ。

 フロアに出て扉を開けると、カウンターにいる香月さんと再び目が合ってしまった。俺は即座に目線を下に移し彼女の方向へ頭を下げると、その様子を見た香月さんも俺にお辞儀をしてくれ、「ありがとうございました」と言う声が聞こえた。初めて聞いた香月さんの声、たったそれだけのことなのに、俺の心臓は早鐘を打つ如くドキドキしていた。だが、そんな様子は臆面にも出さず、冷静な表情で俺は店の出入り口を開けて店を出た。


「ヤベー、すげー可愛いぞ! 声まで可愛いなんて完璧すぎるだろう」

 

 この喜びを通行人に悟られまいと、俺は思わずニヤけてしまう顔を抑えるように、苦虫を噛む表情でつぶやきながら空を見上げる。そして、スマホを取り出し泉に報告。泉からは『でかした!』とスタンプで返事がきた。俺は小さくガッツポーズを作りつつ駅へと向かい地元のある方向の電車に乗った。車内は、時間的に帰宅を急ぐ乗客で賑わっていて、いつもなら、ドア側の端から二番目あたりに座るのだが、つり革には掴まれる場所が開いていない。横目でそれをチラリと確認すると、俺はドアの端に立って外を眺めた。夕日が地平線から隠れたばかりのようで、二つの浮浪雲がピンク色に染まって漂っている。

 さてと、喜んでばかりもいられない、これから『鬼のタケル』に会いに行かないといけないのだ。マスターは、ああ言ってくれたが、タケルさんはそんなに甘くはない。一応話は通してくれているわけだから、髪型は変えてくれるだろう、しかし裏切った代償でカット料金ぼったくり価格とか、ハサミで複数回殴られたり、刺されたり。はたまた、生涯、店でタダ働きとか恐ろしい未来しか予想できない。俺も学校で番を張っている以上、黙っているわけにもいかない。正直あの人ぐらいなら勝てるとは思うのだが、あの人の人脈が面倒なのだ。彼よりも年齢が上の連中がかなりヤバい。やくざ、右翼、半ぐれなどそうそうたるワルが揃っていて揉めるとかなり面倒く臭いことになる。こりゃ、山奥の工事現場やマグロ漁船行きを覚悟しねえとダメかな。家族や友人たちが巻き込まれる可能性があるので何とかそこまで被害が広がらないようにしないと。

 そんなろくでもない未来を考えていると、地元の駅に着いた。俺はため息を一つすると、重い足取りでホームの階段を降り、改札へ歩いていく。


「おーい、日向!!」


 いきなり大きい声で誰かが俺を呼んだ。しかし、この声は聞いたことがある、そう『鬼のタケル』である。ギクリとしてそちらを見ると、パンチパーマで、白のスーツに白色のエナメル靴、手にはオーストリッチ革を使用したセカンドバッグを手に持った、今では滅多に見られない姿で俺に向かって手を挙げている。俺は一つ重いため息をつき改札を出ると、神妙な面持ちでタケルさんに向かって歩いていった。


「どうも、お疲れさまですタケルさん」


 俺はペコリと頭を下げた。


「おう、話は聞いているよ。いやー、山中組の佐藤さんから連絡あったからびっくりしたぜ。髪型を変えるんだったら、いいところ紹介してやるから。いまふうのあたまにするのだったら俺なんかよりそこの方がうまいからよ」


 山中組? なんで反社の人間から、タケルさんに俺の話が回ってきているんだ?


「あ、ああ、そうなんですか。どこの店です?」


…なんか、ヤバいところに連れていかれるんじゃないだろうな、ダッシュかまして逃げるか?


「すぐそこに『Air port Hair』って美容室あるだろ? あそこの店長とは知り合いだから、予約なしでカットしてもらえるからついてこいよ」


 首でいくぞと俺に促して、軽やかに肩で風を切りながらガニまたで歩き始めた。


「タケルさん、なんかすいません。せっかくセットしてもらったこの頭変えるようなことになっちまって」


 俺は精一杯の申し訳なさそうな表情をしてタケルさんを見た。


「まあ、いいってことよ。佐藤さんの上の方から頼まれたら断れねえからな」


「あの、山中組ってこれですよね。何でそんなところから俺の話が下りてきてるんです?


 右手の人差し指で頬を撫で、やくざですよね的なジェスチャーをしてタケルさんを見た。


「その佐藤さんより上の方からの依頼でな。おい、なんでお前なんかが鬼頭さんと知り合いなんだよ? 俺でも恐れ多くて近づけない人だぞ」


「タケルさん、マスターのこと知ってんすか?」


「知っているも何も、この辺りじゃ鬼頭遼平は有名人だぞ! 地元のやくざだって逆らえねえ。あの人が若い頃、当時の先輩達と関東の族を全部締めちまったのは有名な話だ。それに目をつけて、当時のやくざがバックアップするから、みかじめ料よこせって迫った時も、単身で事務所に乗り込んで、半数ほどタコにしちまった話は伝説となっているんだ。あの人、見た目はニコニコしていて気の良いじいさんに見えるけど、今でも切れると裏社会が大騒ぎになるって話だ」


 おい、おい。あの温和な人が伝説の人だって? 意味分かんねえぞ。


「なんでそんな人が喫茶店のマスターやってるんですか?」


「知らねえよそんなこと。それらしい奴は客として絶対にいれないって話だぜ。昔、新人のチンピラが知らねえで店にみかじめよこせって入っていってよー、そしたら、その後行方知れず。大慌てでそいつの組長が詫びに店へ行ったものの追い返されて組は消滅しちまったらしい。お前も気をつけろよ、怒らせたら命がないからな」


 なんてこったい、そんな危ない方とは露知らず、フレンドリーに話してしまった、明日から気を付けよう。


 しばらく歩くと目的の店に着いた。タケルさんと店の中に入ると女性客と店員が、タケルさんの姿を見てヒクついている。店長を呼んでもらい俺のカットを頼んだが、予約なしでは無理だと断られた。しかし、マスターの名前をだすとびっくりした表情になり、無理やりな笑顔を作ると空いている椅子へ案内してくれた。…すげえな、マスター。


そして、ばっさりとカットしてもらい、今流行りのフェザーショートに俺の頭は生まれ変わった。

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