恋した亡者の涙
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「…話は分かったわ。要するに、そこのおつむの残念な女が原因で、ここに来るのが遅れたということね。ふつうなら、待ちぼうけをくらわされたわけだからあなた達を怒鳴り散らすところだけれど、そんなにも顔を腫らしているのだから、あなたが制裁を加えたということなのね、なんか痛快だわ」
「当然よ、黙って人の物を借りパクとか考えられない。わたしも久しぶりにキレたから、なんだかスッキリしたわ。肩も結構凝っていたのだけれど、かなり軽くなったわね」
体育座りをしているデスヴォイス姉さんの前で、乙那と神様が叱られた生徒のように立たされている。その横で腕を組んで立花さんがコリをほぐすように首を回した。
「う、うう。ごめんなさい~。次、借りるときは一言いいます…」
「う、うう。なんでワイまで」
目の前でブチ切れた立花さんは凄かった。神様の両耳を片手に持ち、まるで戦斧を振り回す如く乙那にダメージをくらわしていたのだった。一撃ごとにすさまじい風切り音と、神様の『ぎゃあ』という短い悲鳴が聞こえ、実にホラーな光景だった。その様子をビビッて見ていた僕だったが、雅人は冷静だった。付き合いが長いこともあり、殺気を感じるとすぐに離れたところに退避し、彼女が疲れだしたところを見計らってスッと前に出て止める様は流石といえる、幼馴染同士のなせる技なのだろう。
「そのウサギ、神の感じがするのだけれど、これもあなたがやったの? あなた結構やる女なのね、神をも恐れぬその所業、気に入ったわ。私、美人の女って大嫌いなのだけれど、あなたは別ね」
「ありがとう、わたしも、あなたの一途なところはとても共感できるわ。女の子が勇気を出して声を掛けようなんてなかなかできることではないし、それが叶えられなかったあなたの未練もよくわかる。だけど、彼の姿をもう一度見るだけでよいの? 気持ちを伝えた方が、今の苦しみを開放できると思うけど」
立花さんの言葉を聞いて、デスヴォイス姉さんは考え込んだ。以前聞いた話だと、二人の両想いは一年間ぐらい続いていたそうだ。男だったら、とっとと話しかけて先に進めろよ、と僕は思ったが、そういうタイプではないらしい。まあ、確かに急ぎの通勤途中で目的が本気とは言え、女の人に声をかけるという行為はどんなイケメンが声を掛けてもナンパ以外のなにものでもないわけで、周りからの注目度も高くなるし緊張するから気持ちは分からないわけでもない。今回はこの姉さんも相手の男に惚れていて、自身が声を掛けようとしていたのだから成功率は100%。ところが、運悪くこの二人は会えることができなくなった。未だ相手の人がどんな声をしていて、どんな笑顔を見せてくれるのか姉さんは知らないわけだから、もっと欲がでてもおかしくはない。
「毎日すれ違って顔を合わせている時は、お互いにシャイで、目は合わせても挨拶の一言もはずかしくてできなかったわね。実際に再会できたのなら、これ以上のないドラマチックな展開になりそうねえ、ぐふ、ぐふふふふ」
地獄の底から湧き出るような不気味な含み笑いを姉さんがした。…ちょっと怖い。
「でも、どうやって彼は私を目にとめることができるの? 実際に私を見つけることができたのはあなた達だけで、他の人達は全く私の存在に気が付いていないのよ?」
「そんなこと簡単よ、これが見えるように指を鳴らせばあっという間に彼と会話ができるわ」
立花さんはチラッと乙那に目配せをした。
「いやー、それって霊界では禁止事項で、むやみやたらに使ってはいけないのよねー」
乙那がいつもの上から目線で二人に話した瞬間、立花さんの長い髪の毛が少し逆立つのが見えた。
「だ・か・ら、なーに?」
「あっ、やっぱりなんでもないです、是非、ご協力させて下さい!!」
立花さんの一言で、とたんに青ざめた乙那が直立不動で返事をした。後ろにいる僕には見えなかったのだが、相当に恐ろしいにらみを利かせたのだろう。
「本当にそんなことが可能なの? それができれば、何の未練も無く私はこの世から旅立つことがことができる、是非お願いしたいわ」
切実な想いをこめるように、両手を組んで姉さんが立花さんを見た。
「分かったわ。ならば,早速似顔絵を描きましょう、彼の特徴を教えてもらえる? 髪型や顔の特徴、それに顔だけでなく全体像も描きたいから、できれば服装なども思い出してほしいの」
バッグからA4サイズのスケッチブックとサインペンを取り出すと、立花さんは姉さんに男性の特徴を聞いた。大きく頷いたデスボイス姉さんは、超難関な男の特徴を再び口にする。しかし立花さんは、こともなげに軽く頷きながらペンをはしらせている。あの意味不明な特徴で描けるとか、ちょっと意味分かんない。
「まあ、こんな感じかしらね、どう?」
あっという間に書き終えると、デスヴォイス姉さんにスケッチブックを向ける。僕らは姉さんの後ろへ回り、顔を寄せ合ってスケッチブックを見た。
髪型は全体的に短く、前髪は立ち上げていて今風のスタイル。眉は太めであるがきれいに整えられ、目はパッチリと大きく、ややツリ上がっていて若干鋭さがある。鼻は低めではあるが、ツンと立ちあがっていて、口は意思の強さを感じさせしっかりと結んでいる。特徴といえば、左目涙袋のすぐ下あたりにある小さめのホクロか。流石は美術部の立花さん、デッサンで描かれた人相は、まるで今にも動き出しそうで、魂が宿っているかの様な出来映えだ。
「彼にそっくりだわ。あなた凄いわね、感動するわ」
姉さんは、両手を組んで似顔絵に顔を近づけている。顔の表情は黒い瘴気で覆われているため確認できないが、話を聞く分には喜んでいるようだ、なんせデスヴォイスなんで分かりにくい。
「全体像も描きたいから、彼の服装なんかも思い出してくれるかしら?」
立花さんの注文を受けて、姉さんはヘッドバンキングするかの如く髪をタテに揺らしながら何度も頷くと男性の特徴を話す。それを聞いた立花さんが再びペンを走らせ、絵を完成させた。
服装はカジュアルな感じで、茶系のパンツにブルーのスニーカー、上はグレーのパーカーを着ている。背中には革製品で作られた濃い茶色のリュックを背負っていて、姉さんに言わせると身長は180㎝前後でやせ型。背筋はピンと伸ばしてゆっくりと歩き、いつも有線のイヤフォンをしているらしい。
「そう、そう、背丈もこんな感じだわ。なんてことなの、再び彼の姿を目にするなんて思ってもみなかったわ、凄くうれしい、ありがとう!」
恐らく目を輝かせて、立花さんにお礼をしたと思われる。
「お礼は、彼と会ったから。きっと再会させてみせるから期待していてね」
立花さんが片目をつぶって笑顔で返事をした。
翌日の朝、僕らは似顔絵を片手に姉さんが通勤で使っていた駅の入口、昨日待ち合わせたコンビニの前で集まり捜索を開始した。デスヴォイス姉さんに言わせると、彼氏さんはこの駅から朝の7時頃に出てくるのを何度も目にしているらしい。
この駅周辺は、下町の部類になり、一般の住宅と町工場などの中小企業が多く混在している。そのため、駅に入っていく人も多いのだが逆にこの駅で降りて通勤や通学する人も多い。そのため、チームを二つに分け行動した。雅人、神様、乙那は彼がこの地域で住んでいる可能性と、どこかの企業に勤めている可能性、その両方を考えて周辺の聞き取り調査を行い、僕は改札口から、立花さんは改札口から階段で降りてきたコンビニの前で出入りをチェックしていた。
通勤時間ということもあって、かなりの人が改札口から人が降りてきている。僕は見逃すまいと改札口の前に陣取り、ホームから出てきた人をチェックしている。たくさんの人が僕をすり抜けていくのだが、なかなか見つけられない。
僕の勝手な想像だけど、朝の7時にこの駅を出るということは、仕事先の始業時間は8時、もしくは8時半頃と予想する。そうなると、彼氏さんの通勤時間は過ぎているということになるのではないか。ここは一旦、皆と話す必要があるかも。僕は降りてくる人を注視しつつ、階段を下りて立花さんのもとへ行った。
「うーん、姉さんが言っていた時間は大分過ぎてしまったけど、似たような人は駅から降りてこなかったね、見逃してしまったかな?」
降りてくる人々を眺めつつ、僕は腕を組んだ。
「かなりの人が行き来しているものね。私も注意深く探していたのだけれども、それらしい人は見つけられなかったわ。ねえ、早乙女君、彼女が亡くなった時って、いつぐらいだったの?」
「確か、4年ほど前だと聞いたけど」
「それじゃあ、あの女性が亡くなった後、勤めをやめてしまった可能性もあるわね」
「ああ、その考え方もありえるな。そうなると厄介だね、他の方法を考えておかないと」
「雅人の方はどうなっているのかしら? ちょっと連絡してみるわね」
立花さんがスマホを取り出しスピーカーモードで雅人に連絡をした。
「どう、そっちは?」
「例の彼氏さんが通って行った方向にコンビニがあってよ、そこの店員に似顔絵を見せたら似ている人を見たってさ。なんでも、平日には毎朝弁当を買っていったらしいぜ」
「すごいじゃない! 名前とかは聞いたの?」
「いや、そこまでは知らないってよ。彼氏さんが勤めていた場所までは知っていたんだが、その会社は最近倒産したらしく、今は空き地になっているそうだ。それに、彼氏さんの姿は四年ほど前から見かけなくなって、それ以降は一切見ていないらしい。その後、周辺の聞き込みをしてみたんだが知っている人は見つからなくてな。どうする? もうちっと聞き込みを続けるか?」
似顔絵をコンビニ周辺の住人に聞き込みを続けたとして、何人か見かけた程度で終わるだろう。勤め先まで分かったのに、肝心のその会社が無くなってしまったのでは、彼氏さんの住所を突き止めることもできなくなった。
「うーん、手詰まりになったねえ。一旦、姉さんの所に集合して次の作戦を考えよう」
「分かった。戻りつつ、聞き込みをしておくよ」
立花さんが僕を見て頷き、通話を切った。スマホの画面が切り替わり、時刻は8時15分を過ぎていた。
「学校があるのにつき合わせてしまってごめんね、後は僕らでやるから学校に行ってよ」
腕を伸ばして、駅の改札がある方を指さした。
「わたしが好きで手伝っているのだから大丈夫よ。じゃあ、彼女さんの所に行こう?」
立花さんは学校のことを気にするそぶりを全くみせず、僕に片目を瞑って見せると、姉さんがいる方向を指さして歩き出した。僕も後を追い、二人で肩を並べて首都高速の真下の道路を四ツ木方面へ向かった。
通勤時間帯なので歩道を歩く人は多い。霊体になって慣れてきたし、僕はすれ違う人々から避けることはせずに、そのまま通り抜けていく。これは慣れたら結構楽かも。
「そう言えばね、この前、学校で香月に話しかけたの」
歩きながら目線を前に向け、立花さんはダウンジャケットのポケットに手を突っ込み軽く白い息を吐きながら歩いている。
「早速、優香ちゃんに声を掛けてくれたんだ。どうだった?」
「ほんの少しだけど意外と話に乗ってくれてたの。香月って、喫茶店でバイトしているでしょ? 美術部の先輩と後輩の三人で行った喫茶店で偶然あの子がいて、その話がきっかけで少し盛り上がったりして、香月も少し笑ってくれてたのよ」
「へぇー、最近の優香ちゃんにしては珍しい。以前いたクラスの女子とは自分から疎遠にしていたわけだし、笑顔がでるなんて随分久しぶりじゃないのかなー。これなら優香ちゃんの気持ちを上げていけそうだね」
これは、うれしい報告だ。多分、普段交流の無い立花さんから声を掛けられて少し話す気になってくれたということなのか。
「でもね、駅までの間に桜の木を見て何かを思い出したみたいで、また泣き出しちゃったの。心が不安定だから、ちょっとしたきっかけでも強い悲しみが来てしまうから仕方ないのよね」
桜の木と言えば、入学したてで、まだ僕らが出会ったばかりの頃だ。僕だってあの頃のことは強烈に覚えている。立花さんのいう通り、ちょっとしたきっかけで泣き出してしまうと言うのは良くわかる。いまだに母や妹は、僕ついて何かを思い出しては泣き出していて、父親がそれを見て慰めているからだ。
「そうか、まだ駄目か」
僕は下を向いてため息を一つした。
「そんな顔をしないで、拓磨君。これからも学校で香月に話しかけて、少しでも明るくさせてみせるからさ、頑張っていこうよ」
僕の顔を覗き込むようにして、立花さんは優しく微笑んでくれた。
「そうだね、少しずつでもやっていかないとな。本当に協力してくれてありがとう、何とお礼を言ったよいやら。あ、そうだ。お返しってわけじゃないけど、僕にできることがあったら何でも言ってよ。全力でサポートするからさあ」
「だから、気にしなくていいって言っているのに」
立花さんは、少し困った笑顔で答えると再び前を向いた。僕もつられて前を向くと、雅人達がデスヴォイス姉さんのところに到着しているのが見えた。
「おー、来た、来た。さっきまでの事は姉さんに話をしておいたぜ。それにしてもなんだな、通っていたコンビニまで突き止められたのに、そこからの足取りが分かんねえのは悔しいよな」
雅人はうでを組み、口を尖らせながら通りを走っている車を眺めがら悔しがっている。姉さんは雅人から話を聞いて意気消沈した様子、背中を丸め体育座りをして顔を地面へと下に向けていた。
「ようやく彼と再会できる希望が見えてきたと言うのに、ここで手詰まりなんて残念だわ」
「彼氏さんを見かけなくなって四年か。好きになってしまった女性を見かけなくなってやけになり、勤めを辞めちまったかな?」
「四年と言ったら随分経つでしょ? 探す範囲がこの周辺だけでなく、もっと広げなくてはいけなくなるわね。下手したら日本全国が捜索範囲になってしまうわ」
「姉さんの言う通り、これは手詰まりになってしまったなー。さて、どうするか」
僕たち三人は、目線をお互いに合わせると下を向き、一斉に深いため息を吐いた。立花さんの言った通り、捜索範囲は日本全国、いや、下手したら国外もありえる。そんな広い範囲を捜索するなんてまず無理だ。もし、やれるとしたら、昔テレビ番組でやっていたFBI捜査に協力した外国人のおばちゃんや、冝〇愛子さんとか人知を超えた超能力者だけだろう。当然、僕たちにそんな特殊な知り合いはいないわけで、困ったことになったなぁ、これでは、デスヴォイス姉さんを成仏させることなんかできないし、何か良い方法はないものか。もう一度深いため息を吐くと、腕を組んであたりを見渡した。雅人と立花さんは、何かほかに手はないのか話し合っている。乙那は、我無関心といった感じで、頭に神様を乗せたまま、道路と歩道の境になっている腰ぐらいの高さで作られた手すりに腰をおろし、足をブランブランさせている。自分の仕事に関係しているのに、何を考えているんだこいつは?
…ん、まてよ。人知を超えた存在? 僕は目線を乙那の頭の上へと移した。白いウサギは相変わらず、鼻をヒクヒクさせている。
「ねえ、神様?」
「ん、なんや?」
突然神様に話しかけたので、その空気を感じた雅人と立花さんは会話をやめて僕を見た。
「神様って『縁』の神様でしょう。だったら、姉さんの『縁』を調べれば彼氏さんが今どこにいるかわかるのじゃない?」
「おー! 拓磨、ナイスアイデア!! それだったら調べられるよな」
「え、なに、なに? このウサギがどうしたの?」
雅人が深く相槌をしながら興奮したようで僕に近づいてくるのを、立花さんは訳が分からないという感じで神様と僕らを交互に見ている。
「このウサギって行動はあれだけど一応、神様で。その人が過去に関わってきた人間が誰なのか、どれだけの人数がいるのか分かるみてえなんだよ。例え実際に会ったことが無くても、その人物を想っているだけでも『縁』となり、名前まで分かるんだってさ」
「ちょっと、凄いじゃないあなた! 声と行動はただのエロジジイだけど、ほんの少しだけ見直したわ」
「ん? んお? そうやで、ワイは神様やで。そんなことぐらい朝飯前やで!」
僕らが尊敬の眼差しで神様を見たものだから、気分を良くしたようでピンと耳が立ち、尻尾を高速でピコピコと動かしている。
「じゃあ、神様。姉さんの思い人がどこにいるのか調べてよ」
「よっしゃ、一丁見てやるで」
勢いよく、乙那の頭の上から飛び降りると二足歩行で姉さんに近寄りジッと見つめ始めた。姉さんは縋るように顔の前に両手を合わせると正座をした。
他の皆もじっと動かずに、息をするのも忘れているような真剣な表情で、神様を見ている。なんかちょっとドキドキしてきた。
「ふんふん、名前は「タナカ シュンヤ」 30歳か。えーと趣味は食べ歩きと読書にビリヤードか。ほーお、女優の『古垣 唯』が好きなんか、なかなか良い趣味をしてわな、このあんちゃん」
「見た目は勝ったわ、余裕で私の圧勝ね。私は料理も得意だから、彼の舌を満足させる自信はあるし」
乙那のもってきた器具を使っているとはいえ、黒い瘴気を発していて少し見ずらいが、どうやら姉さんが軽く右手でガッツポーズをしているようだ。…亡者に料理が作れるとは思えないのですが
「ほんで、この兄やんがどこにいるかやが、ん? これは!」
少し驚いた様子で、神様のしっぽの動きが止まった。
「え、なに? どうしたの?? 彼が見つからないの?」
姉さんは神様の様子を見て少し興奮したのか、黒い瘴気の噴出量が増えている。
「まて、まて、落ち着くんや、いないとは言ってない。大体の目星はついたんやがな、どうやら、この世にはおらんみたいやで。ふんふん、あの世に旅立ってみたいやで」
神様が右手を空に向けて指さした。
「それじゃあ、また姉さんと彼氏さんは別々の世界にいて会えることができないじゃん」
苦い顔をして僕は天を見上げた。
「なんてこと、これでは、このさき永遠に彼と再会できないじゃない!」
絶望からなのか、姉さんは両手を頭にのせて金切り声を上げて地面に頭を伏せた。そして、聞いたこともないような迫力あるデスボイスを奏でる、恐らく嗚咽を始めたようだ。その声は凄まじく、周りの空気を震わせている。
「どうするんだよ、姉さんが泣いちまったじゃねえか。責任とれよ、神様よぉ」
耳心地のよくない低音を遮断するために、両耳に手をあてて雅人が姉さんの方向に顎をしゃくり神様を見た。
「なんでやー、ワイは探せと言われたから正直に言っただけやで。責任もクソもあるかいな!」
神様は、音を遮断するために、両耳を内側へ折りたたんで雅人へ文句を言っている。
「つべこべ言わずに何とかしなさいよ、頭がおかしくなるわ!!」
怒りの立花さんは、神様の両耳を片手でつかむと、自分の顔のそばに神様を持っていき顔をゆがませている。姉さんの声は更にヒートアップして、走行している’車にも被害が拡大し、走っている車が止まり始めていた。
「内輪もめしている場合じゃないよ、一旦落ち着いてあっちへ避難しようよ!」
幽霊の僕でも、この低周波は体にこたえる。僕は腕をのばして非難する方向を指さした。三人が同時に頷き、僕と雅人が走り出す。神様の耳を握っていた立花さんは、姉さんに向かってうさぎを放り投げると僕らに続いた。驚きの表情で宙を飛んでいる神様の横を、一人の人物がゆっくり姉さんに歩み寄り耳打ちをし始めるのが見えた。
誰が近づいたのか確認する余裕がなく、走り始めて数歩足を動かしたその時、ピタリと姉さんの低周波攻撃が止んだ。あまりにも突然なので、僕はたたらを踏んで止まり姉さんを見た。なんと、姉さんの横に存在を忘れていた乙那がしゃがんで姉さんに耳打ちをしていた。
「そうなの? そうすれば彼に会えるの?」
「勿論よ、それが私の仕事だもん」
「で、でも、今更そんなことできるかしら。恨みと後悔しかないこの私に」
「大丈夫、気持ちを鎮め、目を瞑って念じてみて」
何やら二人でぼそぼそと話をしている。姉さんの暴走が急に止まったので、僕たち三人は何が起こったのかわからず、三人で顔を見合わせながら二人に近づいた。乙那が右手の親指と中指をつかってパチンと指を鳴らす。すると、空のほうからきらきらと輝いた光が下りてきて姉さんを包み込み始めた。これは僕も見たことがある光景だ。姉さんは正座をして姿勢を正し、両手を組んで祈っている。
「え、何? 何が起こっているの?」
「この光はな、魂を浄化させてあの世へ運んでくれる光なんやで」
投げ出されたショックで痛めのか、神様は首を回しながら立花さんに目を向けた。
「ってことは、遂に昇天するのか。おお、黒い瘴気が消えて姉さんの本当の姿が見えるじゃんか!」
「なんだか、とても温かい、そして凄く体が軽いの! ねえ、あの世へ行ったら、真っ先に彼に合わせてくれるんでしょ?」
「勿論よ。あなたが旅立った後、すぐにでも霊界へ連絡して到着後すぐに案内させるわ、だから安心して。ホホホ、どう? 私が解決に導いたのよ。なんだかんだ言っても最後は私が〆ることになるのね」
僕らの行った捜査や似顔絵、説得が姉さんを動かしたしたにもかかわらず、全部ひとりでやったかのように、乙那は満面の笑みを浮かべて両手を腰に当てて高笑いをしている。まあ、こいつはこういう性格なのは知っているからいいけどね。
「皆さん、ありがとう、私、あっちで幸せになるわ」
姉さんの頬に一筋の涙が流れ落ち、姿が透け始めると白く光って天へと昇っていった。実にあっけない幕切れ。とは言え、目的は果たせたのだから、これはこれで良しなのかな?
「なんか、最後は訳がわからないまま終わったわね。アンタさあ、彼女に何を言ったのよ?」
「そんな不思議な顔をしなくてもいいじゃない、簡単なことよ。彼氏があの世に行っているなら、本人が成仏してあの世へ行けばいいことでしょ?」
「あ、そうか、でもさ、そんな簡単に会えるもんなのか?」
「霊界は時代区分に何層にも分かれていて、そこから更に細分化されて昇天者が居住しているわけや。あっちに行ったら一人で探すのは無理やけど、この姉やんの本社に連絡をして二人を引き合わせてやれば簡単なんやで」
「ここからあの世への出口は一つだから。向こうで手続きをしている間にでも、うちのスタッフに行かせるように連絡してみるわ」
乙那は霊界用のスマホを取り出すと、自分の勤務先に連絡を始めた。乙那から聞いた話では、この世に留まっている亡者を昇天させることはかなり大変なようで、達成できた時の成功報酬はかなりのものらしい。背をそらして得意げに連絡先と話をしている。
「一件落着したことだし、時間も早いから学校にでもいくとするか」
「そうね、わたしも行こうかな。新入生を美術部に引き込む作戦を後輩の玖代と考えないといけないし」
雅人と立花さんはスマホで時間を確認すると、僕はどうする? って顔をして僕を見た。
「そうだね、僕はその辺を浮遊してようかな。神様はどうするの?」
「そうやな、時間もつぶせたし、帰るとするかな」
みんなで目線を合わせてうなずくと、乙那から踵を返して駅へと向かった。
「え! ちょ、ちょっと待ってくださいよ、だって、仕事はやり終えたじゃないですか! ちょっと部長、切らないで。ああ!!」
何やら、乙那の様子がおかしい。先程まで背をそらし高笑いをしていたのだが、様子は一変。顔はゆがみ冷や汗すらかいている。
「乙那、どうしたの?」
僕らは再び乙那に近づいた。
「あの女、彼氏と両想いとか言っていたけど、とんだ妄想女だったの! あの世の彼氏に連絡をして女に会うように伝えてもらったんだけど。彼氏が言うには、あいつはストーカーで随分と付きまとわれていたらしいの。しかも無言で、数メートル離れた距離でつかず離れずを保って粘着質な目線を彼に送っていたんだって」
「おお、それはキツイな。さっきの姉さん、言っては悪いがオタクっぽい顔をしていて、とても『古垣 唯』に勝てるルックスではなかったものな。見た目で判断するのは悪いから突っ込まずにいたけどよ」
「現世では見かけた度に走って逃げていたらしく、家とか勤務先までは知られなかったらしいの。彼女が亡くなってからは当然見かけなくなるでしょ? 安堵したのもつかの間、彼も突然この世を去ってしまったらしいの」
「そうか、彼氏さんがこの道を通らなくなったのはそういうことか。亡くなってあの世に旅立っていれば見かけなくなるのも当然だもんね」
「問題なのはあっちの世界でしょ? なんで、あんたが困ったことになるのよ?」
「亡者の身辺調査も私たちの仕事なのよ。報告を受けて本社が亡者の背景を考慮し定住先を決めるから、犯罪なんか起こったあかつきには、あっちの神に相当どやされるの。部長の話によると、あの女が早く会わせろと大騒ぎして暴れているみたいなの」
「ということは、身辺調査を怠った乙那が一番の問題になるわけだ。…自業自得じゃない?」
「責任はお前にあるから、給料半分カットだって! どうしよう、今回の特別報酬を見越して大きい買い物をしちゃった。このままでは来月暮らしていけないわ~」
絶望感いっぱいの表情で僕らに救いを求めるが、そんなことは知りません。あきれた表情をした僕らは浅く長い溜息をしながら、乙那から離れて駅へと向かった。
「ちょっと、まってよ! 誰か助けてよー!!」