3 森の深みにて
人間関係を整理し終えた賢者は、人がいない場所を求めて、広大な森へと入って行った。
昼でもなお暗く、聞こえるのは野生の生命の営みのみである。
「ここには生と死しか無い。シンプルですごく良いよね」
賢者本人もここが気に入り、終の住処とするべく条件の良い所を探していたその時。
「ん、何だ? ……貴様は!」
一匹の魔物が現れた。体長二メートルを越える、二足歩行の怪物である。
「あれ? どこかで見たような気がするけど」
「この俺を忘れたと言うか! 俺こそは魔王様の配下、豪腕の……」
「ああ、思い出した。面倒だから吹き飛ばしちゃった奴だ」
この魔物は魔王に挑む直前に現れたのだが、余計な消耗を防ぐため、物理的に遠くに吹き飛ばす魔法で早々に退場させた相手だった。
「あの時はよくも虚仮にしてくれたな。今ここで始末してやる!」
「いきり立ってる所悪いけど、魔王はもう倒したよ」
「何! 魔王様が……ならばなおの事、貴様を生かして帰す訳にはいかん!」
「えぇ~、何でそうなるの? もう仕える主もいないんだから、無駄な争いは止めて、お互い見なかった事にしようよ」
「ふざけるな! この命に替えても、主の敵を討つ。これは利害ではなく、俺の信念の問題だ」
「はぁ。だめだこりゃ」
説得のようなやり取りをしてる間にも、賢者は相手を倒すための魔法を準備していた。
「さあ、覚悟するんだな。それとも、また俺をどこかに飛ばすか?」
「いや、ここでちゃんと仕留めるよ。しつこく追いかけられても嫌だからね」
賢者の指が鳴る。
次の瞬間、透明な注射針を太くしたような管が魔物の周囲に複数現れ、一斉に突き刺さった。
突き刺さった管は、魔物の体内から血液を吸い取り、外へと垂れ流す。
「ふっ。この程度で……何?」
「動けないでしょ? はっきり言って、君の魔法耐性ではそれは破れない。このまま血を全部抜かせてもらうよ」
時間と共に魔物の血は抜け続け、やがて魔物は意識が、そして命までもが流れ落ちた。
「殺すだけなら、実は簡単にできたんだよ。でも、パーティの司祭がこう言う魔法をすごい毛嫌いしててね。禁止されていたんだ」
巨大な肉の塊になった魔物の体が虚空に消える。後に残ったのは、おびただしい量の血溜まりだけになった。
「さて、まとまった食糧も確保できたし、ゆっくりできそうな場所を探そうか」
ほどなくして、生活に適していそうな場所を見つけた。
森の中にあって少し開けており、近くに川の流れる音も聞こえる。もちろん、人が踏み行った形跡は無い。
これからをここで生きると決めた賢者は、周囲から木や石を集め、家屋の作成を始めた。
「やっぱり僕は、人間社会の中で生きるより、こうやって一人で静かに過ごす方が向いてるみたいだ」
魔法を駆使しても一朝一夕では作れず、実に十日をかけて終の住処を完成させた。
それからしばらくは狩りや採取で食い繋いでいたが、やがて日の当たる部分を使って畑も作り始めた。畑には、周囲で見つけた果物の種や根菜などを植えた。
「あらゆる仕事が全部自分のためになる。こんな生き方、今まで想像もできなかったな……」
最初こそ上手くいかず試行錯誤する事もあったが、だんだんコントロールできるようになり、悠々自適な隠居生活ができるようになっていった。
「今なら分かるよ。これが僕の望んでいた生き方、ここが僕の居場所だったんだ。割りの良い仕事だからって、勇者なんかに付いて行ってる場合じゃなかったよ」
そう言いながら、元賢者は自作のベッドで眠りに就いた。
そして翌日もまた同じ生活を繰り返しながら、明日は何を始めようかと、自分の事だけを考え行動する人生を満喫していった。
この一連の引退劇は、一時は世間を騒がせたのだが……
「ふ~ん、そうか。まぁあいつだしな」
と言う勇者の無関心発言をきっかけに沈静化し、やがて人々の記憶からも消え、歴史の闇に消えていった。
お付き合いいただきありがとうございます。
何て事の無い内容ですが、自分では色々詰め込められたので満足です。




